密林下でインカ帝国の知られざる道路遺構を発見。レーザー測量でマチュピチュ周辺の研究前進

インカ帝国の都市遺跡マチュピチュ近郊の考古学調査で、アンデスの雲霧林に隠されていた全長2.5キロメートルを超える複数の道路や段々畑・基壇状の遺構が確認された。マチュピチュ周辺では今春にも、日本の調査チームが複数の遺構を新たに発見している。

マチュピチュとその周辺地域。Photo: Peruvian State

8月10日にペルー文化省は、スペイン人による侵攻以前のものとされる遺構がマチュピチュ近郊で見つかったことを発表した。ヘリテージ・デイリーの報道によると、2023年7月の予備調査以来の探査で確認されたのは、複数の道路や段々畑、基壇状の構造物だ。

高度なレーザー測量技術によって密林の下から見つかった人工的な構造物のうち、少なくとも約1.2キロメートルに及ぶ主要道路が特に注目されている。考古学研究者によると、そこにはジグザグの形状など、インカの建設様式に特徴的な要素が見られるという。

マチュピチュは、おそらく1420年代に王族や貴族の避暑のための離宮として建造され、1500年代半ばにスペイン人がインカ帝国に侵攻した頃、放棄された。「インカの失われた都市」とも言われるが、考古学的証拠によると厳密には正確ではない。マチュピチュに居住していたのは最盛期でも最大750人ほどで、その大半は王族とその従者だった考えられている。

マチュピチュの遺跡は1983年にユネスコ世界遺産に登録され、今では年間200万人以上の観光客が訪れるペルー屈指の観光名所だ。しかし、スペイン人による征服より前の時代における周辺地域との関係については、まだまだ分かっていないことが多い。

今回の発見につながった調査は、ワルシャワ大学アンデス研究センターとペルーのクスコ文化局との協力で行われた。今後の研究では、新たに見つかった道路が建設された年代や手法の特定に加え、それがマチュピチュ周辺地域における人々の移動や地域社会の形成に果たした役割の解明を目指す。

なお、今年3月末に発表されたところによると、日本のJICAと福島県の民間企業、ペルー文化省の協力によって、マチュピチュの北東部からL字型の壁状構造や線対称の三段の段々畑、加工された可能性がある直方体の石材の存在などがドローンレーザー測量によって明らかになっている。(翻訳:石井佳子)

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