身体はどこまで抽象になれるのか──ヴィヴィアン・サッセン「Myriads」【EDITOR’S NOTES】
日本では2年ぶりとなるヴィヴィアン・サッセンの写真展「Myriads」が、東京・原宿のThe Massで開催中だ。鮮烈な色彩と影によって身体と抽象の境界を揺さぶり、「見る」という行為を問い直す。

写真に写っているのは身体なのか、それとも色と形なのか。東京・原宿のThe Massで開催中のヴィヴィアン・サッセン「Myriads」展を歩いていると、その境界が次第にわからなくなってくる。
1972年アムステルダム生まれのサッセンは、ミュウミュウやルイ・ヴィトン、ディオールなどのキャンペーンを手がける一方、2011年にはMoMA「New Photography」、2013年にはヴェネツィア・ビエンナーレに参加。ファッションと現代美術の双方を横断してきた写真家だ。2024年にはKYOTOGRAPHIEで大規模個展を開催しており、日本では2年ぶりの個展となる。
本展でまず目を奪われるのは、やはり色だ。鮮烈な赤や青、肌の色、植物の緑。そして、それらを切断するように落ちる黒い影。サッセンの写真において影は、光を際立たせる脇役ではない。顔を覆い、身体を分断し、被写体から固有の人格や物語を奪っていく。腕や脚、背中は幾何学的なフォルムへと変換され、人体と静物、具象と抽象の区別さえ危うくなる。
興味深いのは、こうした方法がアート写真とファッション写真のどちらにも成立してしまうことだ。通常、ファッション写真では服やモデルを「見せる」ことが求められる。しかしサッセンはむしろ隠し、切断し、影に沈めることで、見るという行為そのものを不安定にする。それでも写真は驚くほど官能的で、美しい。
タイトルの「Myriads」は「無数」を意味する。日本初公開の未発表作品と、長年継続している「Frau Holle」シリーズが並ぶ本展は、回顧展というより、サッセンがいまなお写真というメディアを解体し続けている現場に近い。身体、植物、影、色、記憶。それらは固定された意味を失い、互いに侵食しながら別のイメージへ変貌していく。
写真とは世界を写し取るものだとすれば、サッセンはその約束を軽やかに裏切る。彼女が撮っているのは、目の前にある世界ではなく、そこから生まれ得る「無数の世界」なのだ。
ヴィヴィアン・サッセン「Myriads」
会期:2026年9月5日(土)〜11月8日(日)
場所:The Mass(東京都渋谷区神宮前5-11-1)
時間:12:00〜19:00
休み:月・火曜日
料金:無料







