パリのカルティエ現代美術財団がパレ・ロワイヤルに移転。建築やプログラムから、そのビジョンを紐解く
10月25日、パリのカルティエ現代美術財団が、モンパルナスからパレ・ロワイヤルへ移転オープンした。ジャン・ヌーヴェルが改装を手がけたこの新拠点で、同財団はどんなビジョンを提示しようとしているのか。
活気あふれるパリ・アートウィークで、最も華やかだったのは言うまでもなくアート・バーゼル・パリだった。しかしそれと同じくらい注目を集めたイベントがある。新拠点に移転したカルティエ現代美術財団のリニューアルオープンだ。
1984年、当時カルティエ・インターナショナルのプレジデントだったアラン・ドミニク・ペランが、彫刻家セザールの提案を受けて創設した同財団の新拠点は、ルーブル美術館やフランソワ・ピノーの私設美術館ブルス・ドゥ・コメルスなど、主要な文化施設が集まるパレ・ロワイヤル広場の2番地に立つ建物だ。2期に及ぶ長期の賃貸契約により、40年の歴史を持つ同財団は、今後40年ここで活動を展開していくことになる。
歴史的な外観を保ちつつ、内部のインフラを一新
1855年のパリ万国博覧会に向けて建設されたこのオスマン様式の建物は、当初フランス第二帝政の経済発展を象徴する豪華な5階建てホテル「グラン・オテル・デュ・ルーブル」として使われていた。1887年には百貨店「グラン・マガザン・デュ・ルーブル」に生まれ変わり、革新的な小売スペースと特別展示が人気を博した。1970年代に再び改装され、240軒以上の骨董店やアートギャラリーが入る「ルーブル・デ・ザンティケール」として営業していたが、来場者の減少により2019年に閉館した。
シャルル・ペルシエとピエール・フランソワ・レオナール・フォンテーヌによる設計で、リヴォリ通りに面したアーケードが特徴的な建物の外観は、19世紀に建設された頃と変わらず歴史的建造物が立ち並ぶ周囲との調和を保っている。それに対して内部は、モンパルナスのラスパイユ大通りにあったガラスと鋼鉄の旧拠点を手がけたフランス人建築家、ジャン・ヌーヴェルによって完全に再構築された。カルティエ財団の戦略・国際プロジェクト部長で、リニューアル後初の展覧会の共同キュレーターを務めるベアトリス・グルニエによると、「周辺では唯一、1階全体が一貫したデザインになっており、150メートルに及ぶファサードのどの入口からも出入りすることができる」という。
ヌーヴェルの設計は開放性と柔軟性を重視しており、展示室には自然光がふんだんに差し込む。そして、改築プロジェクトの中核となっているのは、リサイクルされた鋼鉄でできた5つの可動式プラットフォーム(それぞれの面積は200~340平方メートル)で構成される革新的なモジュラーシステムだ。各プラットフォームが11段階の高さに調整できるこの先端的なインフラによって、展示内容に応じた多様な空間構成が実現可能となる。その意図についてグルニエはこう語った。
「私たちはルーブル美術館の真向かいに位置しています。古典的な類型論に沿ったルーブルでは、直線的に展示室が配置され、展示物は年代順に並んでいます。それに対し、ここではオブジェ(物)のナラティブ(物語)にもとづく従来のアプローチではなく、アイデア(思考)のナラティブにもとづいて作品を見せていきます」
21世紀の美術館のあるべき姿とは、静的な美術品の収蔵庫ではなく、文化交流と創造的対話のための動的で実験的なプラットフォームだというのがヌーヴェルの長年の考えで、新拠点のプロジェクトもその延長線上にある。旧拠点を思わせるガラスの天蓋は、サントノレ通りとマレンゴ通りに囲まれた建物の内部空間と街路を融合させ、室内の開放的なレイアウトによって、リヴォリ通りからパレ・ロワイヤルまでを見渡すことができる。これは、街路を行き交う人々に商品を見せる百貨店のショーウィンドウの機能を再解釈したものだ。さらに、街に開かれた1階の大きな窓の連なりが視覚的な連続性を生み出している。

4つのセクションで構成されるオープニング展
約8500平方メートルの公開部分のうち、展示スペースとして使用されるのは約6500平方メートル。ここでリニューアルを記念して開かれているのが、19世紀後半にこの建物に入っていた百貨店「グラン・マガザン・デュ・ルーブル」を彷彿とさせる「Exposition Générale(エクスポジション・ジェネラル)」展で、財団の歴史を作ってきた 100人以上のアーティストによる約600点の作品が並ぶ。そう聞くと、逆にこのリストに入っていないアーティストは誰なのか、気になる人がいるかもしれない。
この数十年の間にカルティエ現代美術財団で少なくとも2回作品を展示しているナン・ゴールディンは今回の展覧会には出品されていないが、特に理由があるわけではないようだ。その代わりというわけではないが、来年の3月にはグラン・パレで彼女の個展が予定されている。
レイモン・アンスの《Du Grand Louvre aux 3 Cartier(グラン・ルーブルからカルティエのトリニティまで)》も、2026年6月までは展示されない。この作品は、イオ・ミン・ペイが設計した象徴的なガラスのピラミッドの建設など、ルーブル美術館の改修を記録した写真で構成され、ラスパイユ大通りの旧拠点が開館した1994年にカルティエ現代美術財団で初公開された。屋外インスタレーションというその展示形態から、パレ・ロワイヤルに面した百貨店の外壁に飾られていた大きなポスターが通行人を誘い込んでいた時代を想わせるような作品だ。
「エクスポジション・ジェネラル」展は、建築を実験のための多目的な場と捉えてきたカルティエ財団の先駆的な姿勢を反映したセクション、「Machines d’architecture(建築という装置)」で幕を開ける。「最初のプラットフォームは、たとえばアニエス・ヴァルダによる木の幹のように、パリの街並みの延長と見ることができます」とグルニエは説明する。ここで彼女が言及しているのは、2019年の「Nous les Arbres(私たち木々)」展で展示されたヴァルダの彫刻で、彼女の飼い猫が木の幹に座る様子を表した《Nini sur son arbre(木の上のニニ)》(2019)という作品だ。
このセクションでは、アレッサンドロ・メンディーニの遊び心あふれる《Petite Cathédrale(小さな大聖堂)》(1999-2002)や石上純也の幽玄な《谷の教会》(2018)、フレディ・ママニのサイトスペシフィック作品《Salón de eventos(イベントホール)》などが目を引く。そしてこれらと対比されるのが、社会変革のツールとして都市を捉えるボディス・イセク・キンゲレスとママドゥ・シセのユートピア的なビジョンだ。

「Être nature(自然であること)」と題された2つ目のセクションでは、焦点を建築物から生き物へと移し、森の生態系の複雑さを美術館内に再現している。クラウディア・アンドゥジャールとヤノマミ族(南米の先住民)の作品は、先住民の土地と文化の保存に関する喫緊の課題を提起し、サウンドウォーク・コレクティヴとバーニー・クラウスによるサイトスペシフィックな音響空間では、自然の中に迷い込んだような没入体験を味わえる。また、数千本もの羽根で作られたソランジュ・ペソアのインスタレーション《Miracéus(ミラセウス)》(2003-04)は、財団のコレクションに加えられた最新の作品だが、本展で最も印象深い展示の1つだ。
「Making Things(ものをつくる)」というセクションでは、第5プラットフォームの下にあるアンドレア・ブランツィの鉄製のパビリオンや、オルガ・デ・アマラルの巨大なテキスタイル作品、1階に展示されたジャン=ミシェル・オトニエルのガラス彫刻など、工芸的手法や物質性が特徴的な作品に加え、先祖伝来の知恵を活かした現代アートが並ぶ。この展覧会では1つのセクションが複数階にまたがることもあるが、それについてグルニエは、「遠くから作品をちらりと見て目を離し、ほかの作品を見た後にまた新たな視点で近づく──そういう鑑賞体験を意図しています」と説明する。

「Un monde réel(現実の世界)」というセクションには、現代を生きる私たちが置かれた状況を想像力豊かに表現した、思弁的で時にディストピア的な作品が並ぶ。ここでは、コロナ禍で中断された展覧会で初公開されたサラ・ジーの《Tracing Fallen Sky(落ちた空をなぞる)》に改めて光が当てられている。鏡のような凹面状の床とステンレスの断片、映像プロジェクション、日用品、そして不規則に揺れる振り子で構成されるこのインスタレーションは、デジタル画像の氾濫によって変容した私たちの時間感覚と記憶のあり方を探求するものだ。
また、思想家のポール・ヴィリリオのコンセプトをもとにしたディラー・スコフィディオ+レンフロのデータドリブンなインスタレーション《EXIT》も展示されている。研究者が収集したデータにもとづき、経済的、政治的、環境的要因によって故郷を離れた人々のグローバルな移動をマッピングしたこの作品は、パレ・ロワイヤルへの移転を記念するこの展覧会に合わせてアップデートされた。
蔡国強の《The Vague Border at the Edge of Time / Space Project(時間の縁の曖昧な境界線/スペースプロジェクト)》(1991)には、ほろ苦い歴史がある。火薬を使って制作された7点の折りたたみパネルの1点であるこの作品は、旧運営委員会によって財団のコレクションに加えられたが、これ以外の同シリーズの作品はその後グッゲンハイム美術館など、ほかの主要美術館に収蔵された。コレクションの空白、あるいははキュレーション上の失策と指摘されかねないこの状況は、美術館が直面する不確実性を反映している。
教育スペースと有名シェフのレストランも開設予定
新たな作品の購入資金を調達するために所蔵品の一部を売却する「除却/収蔵ポリシー」を積極的に推進するニューヨーク近代美術館(MoMA)とは異なり、カルティエ財団は所蔵品の売却をほとんど行わない。同財団のコレクションは、戦略的な入れ替えよりも、アーティストに対して忠実であり続けることによって形成されてきたからだ。
サステナブルなアプローチと、長期にわたる財団との関係を買われてこの展覧会のデザインを任されたのがフォルマファンタズマだ。ロッテルダムとミラノに拠点を置いてきたこのデザインスタジオの創設者、アンドレア・トリマルキとシモーネ・ファレジンは、2019年にカルティエ現代美術財団で開催された展覧会「Jeunes Artistes en Europe. Les Métamorphoses(ヨーロッパの若手アーティストたち:メタモルフォーゼ)」にアーティストとして参加している。
その後もこのイタリア人ユニットは、2022年のミラノ・トリエンナーレでカルティエ現代美術財団が開催した「Mondo Reale(現実の世界)」展のデザインを手がけたほか、「Cambio(変化)」と「Oltre Terra(地球を超えて)」というフォルマファンタズマの展覧会でも同財団と協働してきた。「エキスポジション・ジェネラル」展で彼らは、来館者を誘導するサイネージに布製の表示を使っている。これについてグルニエは、「テキスタイルは、さまざまな表現媒体の間のヒエラルキーがなかった百貨店の時代を想起させる重要な素材です」と指摘する。

今回の移転でカルティエ現代美術財団には、21世紀における芸術表現の多様性を反映し、現代アートのプログラムを拡大させる2つのスペースが追加された。新設されたホールでは、パフォーマンスやコンサートなどの演目に加え、展覧会で提示されたテーマを深掘りしたり、それに対抗する視点を示したりするため、クリエイターたちの対話の場となるトークショーや討論会を開催していく。また、付属の書店には、アーティストと緊密に連携して財団が発行した書籍を中心に、分野横断的で多彩な出版物が並ぶ。
2026年には、1階に300平方メートルの教育スペース「La Manufacture(ラ・マニュファクチュール)」がオープンする。ここでは、さまざまな年齢層やバックグラウンドの人々が参加できるアートプログラムを提供し、「手の知性」をテーマとするワークショップや創造的プログラム・教育イニシアチブが運営される。さらに、世界的な有名シェフ(現時点では誰だか明らかにされていない)が率いる高級レストランも、敷地内でオープンが予定されている。(翻訳:野澤朋代)
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