「マニュアルを持った途端に進化は止まる」──カルティエ現代美術財団の革新性の源泉を紐解く

現在、東京国立博物館 表慶館で開催中(7月28日まで)の「カルティエと日本 半世紀のあゆみ『結 MUSUBI』展 ー 美と芸術をめぐる対話」では、多数の日本人アーティストの作品が紹介されている。彼らとの関係構築を率いてきたカルティエ現代美術財団インターナショナル ディレクター、エルベ・シャンデスに、財団の精神や展望について話を聞いた。

1985年にカルティエ現代美術財団に参画し、現在インターナショナル ディレクターを務めるエルベ・シャンデス。

カルティエが1974年に日本に最初のブティックを開いてから50年。ブランドと日本との絆を紐解く「カルティエと日本 半世紀のあゆみ『結 MUSUBI』展 ー 美と芸術をめぐる対話」が、東京国立博物館 表慶館で開催されている。この展示は、日本の伝統的な美意識からインスピレーションを得たメゾン カルティエを象徴するジュエリーなどからなる壮観なアーカイブコレクションだけでなく、1984年に設立されたカルティエ現代美術財団と縁のある日本人アーティストたち──村上隆、北野武、横尾忠則中川幸夫杉本博司森山大道川内倫子、束芋、松井えり菜、三宅一生など──の作品を中心とした150点以上の現代アートを通じて、カルティエ財団の自由で革新的な精神に触れ、没入できる貴重な機会だ。財団設立の翌年からその発展に貢献し、現在インターナショナル ディレクターを務めるエルベ・シャンデスに、財団のミッションや精神、そして目指す場所について話を聞いた。

「カルティエと日本 半世紀のあゆみ『結 MUSUBI』展 ー 美と芸術をめぐる対話」での、北野武によるペインティング作品の展示風景。Photo: © Cartier

──多数のラグジュアリーブランドが今、これまで以上にアートの力に注目していると感じますが、1984年に設立されたカルティエ財団はその先駆けですね。設立当初から変わることのない、財団の根幹にある精神とは何でしょうか?

財団は今年で設立40年になりますが、これまでも我々の原動力となってきたのは、「独自の歴史を築く」という信念です。自らの物語を構築するためには、こうあらねばならないという固定観念や先入観、慣例にとらわれることなく、常に自由と独立性を自らに課していく必要があります。

そのような精神で歴史を築いていく過程で初めて、財団は自らのありようや必然性を獲得することができますし、そのためには、世界に開かれた寛容な存在でなければいけません。自分たちのシステムに閉じこもっていては進化も望めません。芸術家やクリエイター、文化、区分、規律など、この多様な世界にオープンであること、それが財団の原理なのです。そして、表面的な付き合いや理解ではなく、アーティストの思想や背景にある文化に深くコミットし、責任を負うという自らの使命を強く意識し続けることが重要です。

──伝統的なアートの世界は保守的な側面も強く、自由を自らに課し続けるという態度を貫くのは容易ではないように思えます。しかし財団は、アート業界が光を当ててこなかったようなアーティストも積極的に取り上げてきました。

文化芸術の世界は確かに、自らの権威を維持するために保守的になりがちです。でもわたしたち財団が守るべきは、自分自身よりも他者、すなわちアーティストたち。北野武さんと初めて会ったときに、彼は、「アート界を茶化してしまうかもしれませんが、それでもいいですか?」と聞いてきたんです。私は二つ返事で、「ぜひお願いします! ユーモアで私たちを救ってください!」と言いました。そして彼は本当に救ってくれた。だから私たちは、今もここにいることができている。

彼のように非定型で、伝統に囚われない革新的なアーティストは世界に存在します。アート業界がこれまで光を当ててこなかったブラジルのヤノマミ族のアーティストたちとも、我々は早い段階から一緒に仕事をしてきました。すでにアート業界の評価が確定しているアーティストではないからこそ、私たちは彼らの作品を通じて未知の世界を見ることができる。未知であればあるほど、確信を持つのが難しいということはありますが、だからこそ面白いんです。

──今回の展覧会で紹介されている通り、カルティエ財団は多くの日本人アーティストによる作品を所蔵しています。彼らの作品をひとまとめにして共通点を見出すことはできませんが、日本人のアーティストとの仕事から学ぶこと、彼らの美意識に共感する点があれば教えてください。

そうですね。過去に我々と一緒に仕事をしてくれた日本人のアーティストを一般化して、「これが日本の美学です」と定義づけるようなことはできませんが、彼らに共通するのは、それぞれに独自の言語を探究する力と意志、勇気を持ったアーティストであるということです。その態度こそが魅力的であるという点で共通しているのは確かだと思います。

私に故・中川幸夫さんを紹介してくれたのは、杉本博司さんでした。杉本さんとお茶をしていたときに、私が「自然や生け花に関連するような作品を探している」と言ったら、彼が中川さんの作品集を見せてくれたんです。ページをめくるごとに、それはもう雷に打たれたような衝撃を受けました。その後、何度も中川さんご自身に会い、彼の自宅を訪れる機会にも恵まれ、パリのカルティエ財団で展示することができました。杉本さんや中川さんだけでなく、森山大道や荒木経惟オノ・ヨーコといった日本人のアーティストは、唯一無二の個性を持つ人間であり、ある意味強迫観念とも言えるほどに絶え間なく独自の言語を追求し続けている。何より、自らの芸術に対して非常に献身的です。私は彼らとの関係から、アーティストに対する財団の責任をより意識するようになりました。アーティストたちと長期的な関係を構築できなければ、私たちが存在する意味はありませんから。

「カルティエと日本 半世紀のあゆみ『結 MUSUBI』展 ー 美と芸術をめぐる対話」のために制作された、澁谷翔《日本五十空景》(2024)。Photo: © Cartier

──長期的な関係という点では、カルティエ財団は、作品を展示する機会と場を提供するだけでなく、アーティスト・イン・レジデンスやコミッションワークといった「アーティストとの旅」を重要視していますね。

その通りです。長い時間をかけて人間関係を築き、本物のつながりを持ち、責任を持って彼らと旅をともにすることが、私たちにとって重要なのです。これほどのコミットメントを実践している機関は珍しいと思います。クレイジーと言われるかもしれませんが、その通りです。でもそれこそが面白いし、今の時代に必要なのは、そうした本当の意味での交流です。私たちは国籍や名声に囚われるべきではありません。そもそも、我々の関心は「パスポート」ではなく「文化」に向いているのですから。

──今回、表慶館の入り口にダイナミックに展示されている澁谷翔さんの作品もコミッションワークです。自ら車を運転して歌川広重の「東海道五十三次」の足跡を辿り、各所で現地の新聞を入手し、ホテルで作品を制作されたと聞きました。澁谷さんには、インスタグラムを通じて連絡をとったというのは本当ですか?

まさにこの携帯からDMしたんです! というのは冗談ですが、彼の作品をインスタグラムで知り、一目見て、そのアイデア、色彩、抽象性に衝撃を受けました。すぐにブルックリンに住む彼にインスタグラムを通じて、「一緒に何かできませんか?」とパリから連絡を取ったんです。彼は自身を現代アーティストと捉えていないどころか、現代アートの世界はまったく知らないと言う。私は、その方が一緒に自由な議論ができるので好都合です!と、すぐにプロジェクトを打診したんです。

「カルティエと日本 半世紀のあゆみ『結 MUSUBI』展 ー 美と芸術をめぐる対話」での、三宅一生《ジャスト・ビフォー イッセイ ミヤケ1998年春夏コレクション》の展示風景。Photo: © Cartier

──直感力と意思決定の速さに驚かされます。最後に、カルティエ現代美術財団は今後、どうありたいと考えていらっしゃいますか?

具体的なプロジェクトでいうと、この1年以内に、パリの中心部に大きな新しい拠点をオープンする予定です。また、現在も我々は海外の様々な芸術祭や機関と提携していますが、そうしたフランス国外での活動をさらに拡充します。中でも個人的にも非常に楽しみにしているのが、オーストラリア最大級の現代芸術祭、シドニー・ビエンナーレとのコラボレーションです。財団の過去20年にわたる南米の先住民アーティストとの取り組みを見ていた彼らが我々に声をかけてくれて、現在、オーストラリアの先住民アーティストを紹介する企画を一緒に準備しています。こうして、これまでの活動がつながっていることを誇りに思います。

そんなふうに、ひたむきに、これまでやってきたことや現在行っている活動にコミットし続けることが、我々のミッションです。アート業界だけでなく世界で起きている様々な事象、気候変動からテクノロジーの進化まで、あらゆる社会課題に関心を持ち、自らの責任に常に自覚的であること。それが本当に大事なのです。

我々はすでに多くのプロジェクトを行なってきましたが、これからも尽きることはないでしょう。先ほどお話ししたように、常に柔軟であること、何事にもオープンであること。シンプルですが、わたしたちの活動に、マニュアルのような決まった手順などありません。マニュアルを持った途端に、私たちの進化は止まってしまいますから。

カルティエと日本 半世紀のあゆみ「結 MUSUBI」展 ― 美と芸術をめぐる対話
会期:開催中~2024年7月28日(日)
会場:東京国立博物館 表慶館
時間:9:30~17:00(金・土は19:00まで/入館は閉館30分前まで)
休館日:月曜日

Photos (Mr. Hervé Chandès): Timothée Lambrecq Text & Edit: Maya Nago

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