新連載! 菊地成孔が「常設展」に捧げるプレイリスト【Vol.1】:国立西洋美術館のスペイン宗教画とフェイク・ラテン、モネと電子音楽 etc.

音楽家・文筆家の菊地成孔が、美術館の「常設展」鑑賞にふさわしいプレイリストを作成する連載「常設展への供物」をスタート! 記念すべき第1回の舞台は、国立西洋美術館。ヘッドフォンでこのプレイリストを聴きながら常設展を巡れば、いつもとは異なる風景が立ち上がるはず──。

Photo: Koki Takezawa

この連載は「美術館の『常設展』を鑑賞する、その際の音楽をプレイリストにする」というもので、非常に機知に富んだセンスとフォーカシングを有する企画であり、私も大いに乗り気で開始される事となった。

閲覧者の皆様に於いては、プレイリストの使用方法は無限に近くあるであろう。一番ストレイトかつ徹底的なものは、実際にその美術館まで足を運び、イヤーフォンもしくはヘッドフォンを装着し(どれほど優れた常設展を有しようと、イヤーフォン/ヘッドフォンの装着鑑賞が禁じられている美術館は連載のリストからは外される)、プレイリストを聴きながら、その常設展を鑑賞する。というものになろうが、現在、本邦の美術館の大半は、公式サイトに展示作品の写真が掲載されているので、あらゆる場所に於いて、擬似的な経験も出来る。

また、プレイリストは独立して聴くことも出来るし、外部再生まで含めれば、その使用法は前述、無限に近い。これはほんの思いつきに過ぎないが「プレイリストを聴きながら目を閉じ、どんな常設展か空想する」事も「自分の好きな美術品をリストアップし、自分だけの美術館のキュレイターとなって、プレイリストを聴く」事も出来る。

初回は、東京・上野の国立西洋美術館となった。我が国を代表する洋画の美術館と言えよう。1959年開館。本館はル・コルビュジエ設計による本邦唯一の建築物であり我が国の重要文化財かつ世界文化遺産である。前庭のオーギュスト・ロダンの彫刻は待ち合わせ場所にもなっている。そして実業家・松方幸次郎による「松方コレクション」を基礎とした、中世から20世紀にかけての西洋美術よって構成される充実の作品群といった、基本情報はさておくとして、筆者が東京藝術大学音楽学部の楽理科非常勤講師として、東日本大震災の直前、4年間に渡り毎週、藝大上野キャンパスに通っていた時期の記憶が鮮やかに蘇る夏の経験となった。キャンパスに向かう車中の道すがら「この上にコルビュジエが設計した西洋美術館があるんだな、物の本では何度も見ているが、こうして毎週通るのであれば、いつか授業の前にでも行ってみよう」と思いながら、とうとう一度も入館せぬままだったからである。

楽曲に関する解説は一切省くが、音楽の開始地点は本館展示室のエントランス、即ち「まだ、半分は外界で、館内に完全には入っていない状態でのヴューから」である。そこにはエミール=アントワーヌ・ブールデルとオーギュスト・ロダンのブロンズが待ち受けている。ついては、こちらの美術館ホームページを見ながら疑似体験してみてほしい。

何せ法外な企画であり、第一には筆者の選曲過程を追体験する、というヴァーチャリズム、シンクロニシティが非常に低い(「一枚のカンバスの前に何分何秒立つか?」という数値は平均値すら存在しないので)。ここでは、あくまで緩やかな基準として、公式サイト常設展案内のフロア区分表にあるナンバーを記し、照合できるようにしておく。美術館を愛でる方ならばどなたでもご存知の通り、美術館で絵を鑑賞する、というのは、作品のみを鑑賞しているわけではなく、むしろ美術館そのものを鑑賞する行為である。一つの絵画に入り込む前に見渡す区画の全容、順路沿いに移動してゆく最中に見え続ける建築、外景、等々の視覚情報も全て音楽に彩られている。プレイリストのフル・レングスは筆者の総鑑賞総時間とほぼ合致している。それは、訪れるたびに大きく伸縮することになるだろう。

国立西洋美術館PLAYLIST

スペース 1
1. Morton Feldman - For Aaron Copland for Solo Violin (1981) 5:19
2.Morton Feldman - Palais de Mari (1986) 21:57
スペース 2
3.Messiaen: Turangalîla Symphonie: 2. Chant d'amour 1 8:14
4.メシアン 「美しき水の祭典(6台のオンド・マルトノ)」第5,6曲 EOM 11:09
スペース 3・4
5.Kip Hanrahan - Velasquez 5:07
6.Quimbara 2000 - DEEP RUMBA 7:53
7.Kip Hanrahan - At The Moment Of The Serve 5:26
8.Kip Hanrahan… Beautiful Scars 6:42
9.Lhasa De Sela - The Lonely Spider 3:18
スペース 5・6
10.弦楽のためのアダージョ / Adagio for Strings Op.11 / Samuel Barber 9:43
11.「カッチーニのアヴェ・マリア」 編曲&演奏: 加羽沢美濃 Ave Maria (Caccini) 3:15
スペース 7・8
12.21savage Acapella Remix │田中義崇 [Hip Hop/R&B- 18] 8:29
13.Satō[Electronic-2] 3:50
14.高橋大地 [Uncategorized-6] 3:25
スペース 9
15.菊地成孔「スパンクハッピーのテーマ(altcv)」 2:12
16.Miles Davis - Flamenco Sketches 9:27
17.Miles Davis -The Pan Piper 4:01
18.冨田勲「月の光」 5:56
19.The Planets, Op. 32: Venus, The Bringer of Peace. Adagio 8:39
20.Miles Davis -My Ship 4:28
スペース 10
21.John Cage Sonatas n. 1, 2, 3, 5 for prepared piano - A. Toniutti, piano 9:32
スペース 11・12
22.委細昌嗣 [Hip Hop/R&B-5] 5:53
23.大野格 [For Films-3] 1:41
24.一騎│花守コウ Koh Hanamori [Electronic-16] 8:11
25.MINAI [Electronic-10] 3:41
26.大野格 [Uncategorized-3] 3:07
スペース 13
27.佐々木語 [For Films-2] 2:26

エミール゠アントワーヌ・ブールデル 《首のあるアポロンの頭部》 1900年 国立西洋美術館(スペース1)
オーギュスト・ロダン 《青銅時代》 1877年(原型) ブロンズ 国立西洋美術館(スペース1) 松方コレクション
アンドレア・デル・サルト(本名アンドレア・ダーニョロ・ディ・フランチェスコ)≪聖母子≫ 1516年頃 油彩、板(ポプラ) 国立西洋美術館(スペース2)
15世紀フィレンツェ派《聖ヴェロニカ》 テンペラ、板 国立西洋美術館(スペース3)
グイド・レーニ 《ルクレティア》 1636-38年頃 油彩、カンヴァス 国立西洋美術館(スペース4)
エドワールト・コリール 《ヴァニタス-書物と髑髏のある静物》 1663年 油彩、板 国立西洋美術館(スペース5)
アンゲリカ・カウフマン 《パリスを戦場へと誘うヘクトール》 1770年代 油彩、カンヴァス 国立西洋美術館(スペース6)
ヨハン・ハインリヒ・フュースリ 《グイド・カヴァルカンティの亡霊に出会うテオドーレ》 1783年頃 油彩、カンヴァス 国立西洋美術館(スペース7)
ベルト・モリゾ 《黒いドレスの女性(観劇の前)》 1875年 油彩、カンヴァス 国立西洋美術館(スペース8)
クロード・モネ《睡蓮》 1916年 油彩、カンヴァス 国立西洋美術館(スペース9) 松方コレクション
ヴィルヘルム・ハンマースホイ 《ピアノを弾く妻イーダのいる室内》 1910年 油彩、カンヴァス  国立西洋美術館(スペース11)
アンドレ・ドラン 《ジャン・ルノワール夫人(カトリーヌ・ヘスリング)》 1923年頃 油彩、カンヴァス 国立西洋美術館 山本英子氏より寄贈(スペース12)
エミール゠アントワーヌ・ブールデル≪弓をひくヘラクレス≫ 1909年(原型) ブロンズ 国立西洋美術館(スペース13)

国立西洋美術館
住所:東京都台東区上野公園7-7
時間:9:30~17:30(金・土曜日20:00まで、入室は閉館30分前まで)
休館日:月曜日(祝日の場合翌平日休館)
料金:500円、大学生250円、高校生以下および18歳未満、65歳以上、心身に障害のある方および付添者1名無料


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