アート・バーゼル・パリVIPデー速報! 新導入の2部制プレビューがもたらした熱狂と課題

10月22日にアート・バーゼル・パリのVIPプレビューが開催された。前日には新たに導入された招待制プレビュー「アヴァン・プルミエール」が実施され、主要ギャラリーで高額取引が相次いだ。24日の本開催を前に、2段階のプレビューがもたらした成果と課題を現地からレポートする。

アート・バーゼル・パリの会場となったグラン・パレ。Photo: Courtesy of Art Basel
アート・バーゼル・パリの会場となったグラン・パレ。Photo: Courtesy of Art Basel

10月22日にアート・バーゼル・パリのVIPプレビューが開催された。これは、特定の顧客向けに実施された新たな招待制プレビュー「アヴァン・プルミエール」の翌日に開催されたもので、22日に行われたプレビューイベントが依然として「ファースト・チョイス」と呼ばれていることには、いささか違和感を覚えた。US版ARTnewsの取材に応じたあるコレクターは、「むしろセカンド・チョイスと呼ぶべきではないか」と皮肉めいたコメントを残した。

主要ギャラリーは、アヴァン・プルミエールが終了するまでに数多くの作品を売却していた。例えば、ハウザー&ワースは、ゲルハルト・リヒターが1987年に制作した抽象画を2300万ドル(約35億円)で売却しており、これまでに報告されたなかで最も高い金額で取引された作品となる。他の主要ギャラリーでも同様に高額取引が相次ぎ、段階的に開催されるオープニングイベントの効果を評価する声が多く聞かれた。パリを拠点とするアート・アドバイザーのフランチェスカ・ナポリは、投機的な動きを抑えた市場の状況を踏まえ、「ギャラリーやコレクターの間に落ち着いたバランス感覚が見られた」とした上でこう続ける。

「過去のアート・バーゼル・パリと比較して最も売れ行きがよいのではないでしょうか。アヴァン・プルミエールとファースト・チョイスのいずれも、主要ギャラリーが集まる1階では目玉作品が次々とコレクターの手に渡っていましたし。今回のフェアの結果は、パリのアートマーケットにとって極めて重要なものとなるでしょう」

2部制のプレビューは奏功

ディーラーたちにも話を聞いてみると、アヴァン・プルミエールに参加したコレクターたちは翌日のVIPプレビューにも参加したといい、ポーラ・クーパー・ギャラリーのシニアディレクターを務めるシモーネ・スバルはこう語った。

「4時間という短い開催時間は非常に賢い運営だったと思います。すべてのブースを回ることは難しかったはずですが、翌日のVIPプレビューが控えていたことで、コレクターたちの心理的な負担が軽減されたのではないでしょうか」

ポーラ・クーパー・ギャラリーは、ドナルド・ジャッドが1965年に手がけた彫刻作品を販売したという(販売価格は公にされていない)。これ以外にも、クレス・オルデンバーグの作品を25〜30万ドル(約3810〜4570万円)で売却したほか、アリギエロ・ボエッティ、草間彌生、ジョヴァンニ・アンセルモ、ジュリオ・パオリーニ、クリスチャン・マークレーの作品を販売している。ミニマリズムに焦点が当てられたこのブースは、ピノー・コレクションで現在開催中の展覧会「Minimal」と呼応するものが感じられた。

また、同ギャラリーのブースで一際目を引いたのが、メグ・ウェブスター(Meg Webster)の《Moss Bed, Twin》(1986/2025)だった。苔で作られたツインベッドサイズの本作には20万ドル(約3050万円)の値がつけられており、ギャラリーのスタッフが一日を通して作品に水やりをする姿が見られる。これは、ウェブスターの掲げる生態学と無常性のテーマが体現されている光景だ。このほかにも、ソル・ルウィットの彫刻は95万ドル(約1億4500万円)、1978年に制作されたジャッキー・ウィンザーのワイヤーメッシュ彫刻は35万ドル(約5340万円)で出品されていた。

アヴァン・プルミエールでは、数百万〜数千万ドル規模の取引が相次いだ。ハウザー&ワース、Paceホワイトキューブタデウス・ロパックデイヴィッド・ツヴィルナーなどメガギャラリーが中心で、ニューヨークに拠点を置く中堅ギャラリー、レヴィ・ゴーヴィ・ダヤンもリヒターの抽象画を販売したという。詳しい金額は公表されていないが、この作品は、クリスティーズ・ニューヨークが2021年に開催したオークションで、2720万ドル(約41億5100万円)で落札されている。

VIPプレビューでも、主要ギャラリーによる高額取引が続いでおり、デイヴィッド・ツヴィルナーが出品したマルレーネ・デュマスの絵画が250万ドル(約3億8150万円)で販売された。また、ハウザー&ワースがブースの最前面に展示していたブルース・ナウマンの《Masturbating Man》は470万ドル(約7億2000万円)でコレクターの手に渡った。これ以外にも、ホワイトキューブが出品したジュリー・メレツの《Charioteer》(2007)は1150万ドル(約17億5500万円)、ゲオルク・バゼリッツの彫刻作品《Dresdner Frauen》(1989/2003)は250万ユーロ(約4億4200万円)、そしてリュック・タイマンスのペインティング《Bend Over》(2001)は135万ドル(約2億600万円)で売却したという。グラッドストーン・ギャラリーが出品した、エリザベス・ペイトンの絵画《Kiss (Love)》(2020)も130万ドル(約2億円)で買い手がついている。

ノイゲリームシュナイダーの関係者は、フェアはこれまでのところ「非常にうまくいっている」と語り、VIPプレビューは昨年と比較して混雑していなかったと述べた。また前日のプレビューに訪れたコレクターたちは「いつもと比べてリラックスしている」ように見えたと語る。「両日とも、美術館やプライベートコレクターに大作を販売することができました」

中小規模ギャラリーは明暗分かれる

一方で、アヴァン・プルミエールには課題も存在した。先述の関係者によれば、各ギャラリーに割り当てられた招待枠は6つに限られており、渡す顧客を選ぶことは難しく、招待状が届かなかった一部のコレクターを「不機嫌にさせてしまった」という。

人通りの少ない2階には、新興ギャラリーや中規模ギャラリーのブースが並んでいた。何人かの関係者に話を聞いてみると、このイベントから得られる恩恵はなかったという。たとえ中小規模のギャラリーから招待状を受け取ったとしても、必ずしも上の階まで上がってくることはなかったといい、匿名を条件に取材に応じたアメリカ人ディーラーは「閑古鳥が鳴いていた」と語った。一部のギャラリーにとっては貴重なプレビュー日が空振りに終わったものの、ファースト・チョイスが開催された日の午後になると、グラン・パレの2階部分は賑わっていた。

ただし、上の階にブースを構えたすべてのギャラリーが苦戦を強いられたわけではない。サンフランシスコのギャラリー、ジェシカ・シルバーマンはUS版ARTnewsの取材に対し、「フェアはコレクターやキュレーター、美術館の上層部が集まる国際的な集いの場のように感じられた」と語る。

ギャラリーにとって「素晴らしい一日」になったと語る彼女は、ダヴィーナ・セモ(Davina Semo)が手がけたブロンズ製の鐘2点をそれぞれ2万5000ドル(約380万円)で販売したと話す。また、加賀温の《Nature’s Resilience》(2025)が12万5000ドル(約1900万円)で売却されたほか、他6点をそれぞれ2万2000ドル(約335万円)で取引したという。これ以外にも、十数点の作品を1万8000〜6万ドル(約275万〜9150万円)の価格帯で販売したと報告した。

初日に執着しないギャラリーも

一方で、即座の売り上げだけでなく、将来的な関係構築に焦点を当てているギャラリーもある。アウトサイダー・アート・フェアも運営するニューヨークのアンドリュー・エドリンは、昨年出品したポーリーナ・ピーヴィー(Paulina Peavy)の作品がアート・アドバイザーの目に止まり、パリのギャラリーでの展示につながった例を挙げた。そのギャラリーがピーヴィーの作品を販売したことは、エドリンにとって金銭的にも、作品の新たな観客開拓という点でも利益となったと、エドリンは語る。

リッソン・ギャラリーのCEOを務めるアレックス・ログスデイルも同様に、フェアの初日に執着していないと語った。

「私たちは5日間ブースを構えるわけであって、作品を1日だけ出品して撤収するわけではありません。会場を訪れるコレクターの目は肥えていますし、ディーラーたちは彼らのお眼鏡にかなう素晴らしい作品を持ち込んでいます」

夕方ごろになると、ニューヨークとロサンゼルスにギャラリーを構えるブレンダン・デュガンは、自身のブースでビールを楽しんでいた。それもそのはず。アヴァン・プルミエールとファースト・チョイスの期間中にデュガンは、マシュー・ウォンの《White Wave, Black Sand》(2017)を350万ドル(約5億3400万円)、マヌーチェール・イェクタイ(Manoucher Yektai)の《Still Life with "France-Soir"》(1960)を75万ドル(約1億1400万円)で販売するなど、12点以上の作品を販売。「アート市場における新たなエネルギーが感じられましたよ」と語る彼は、フリーズ・ロンドンを上回る手応えを実感していた。(翻訳:編集部)

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