メトロポリタン美術館、ダ・ヴィンチ作品を「しれっと公開」──億万長者秘蔵の《糸巻きの聖母》
- TEXT BY BRIAN BOUCHER
ニューヨークのメトロポリタン美術館で、レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452-1519)と工房による《糸巻きの聖母(別名ランズダウンの聖母)》が今春、ひっそりと公開された。「小さいが、極めて重要な絵」を見られる貴重な機会に、専門家からは喜びの声が上がっている。
ニューヨークのメトロポリタン美術館は今春、プレスリリースすら出さず、レオナルド・ダ・ヴィンチの絵画をひっそりと公開した。
作品は、レオナルド・ダ・ヴィンチと工房による板絵《糸巻きの聖母(Madonna of the Yarnwinder)》(1501頃)。ヨーロッパ絵画部門がある2階の第609室に展示されている。高さ約50センチの小ぶりな作品で、フランチェスコ・フランチャとアンドレア・ソラーリオによる巨大な絵画の間に収まっている。8月3日にUS版ARTnewsが訪れた時点では、特段大きな注目を集めている様子はなかった。
絵画の所有者は、ヘッジファンドで財を成した億万長者で、US版ARTnewsの「トップ200コレクターズ」に名を連ねるケネス・C・グリフィンだ。グリフィンの事務所に作品の取得時期を問い合わせたが、すぐには回答がなかった。同館の広報担当者によると、作品は長期貸与されているという。
この作品は、かつての所有者にちなんだ別称《ランズダウンの聖母(Lansdowne Madonna)》でも知られている。メトロポリタン美術館の解説によると、19世紀にランズダウン侯爵夫人のコレクションで初めて公式に記録されたことに由来するという。もともとは、フランス王室の官僚フロリモン・ロベルテのために制作された。
METに「突如現れた」ダ・ヴィンチ作品

《ランズダウンの聖母》は現在、ダ・ヴィンチ本人の関与が認められた絵画として、同館では唯一の作品だ。それにもかかわらず、その公開は驚くほどひっそりと始まった。来館者対応にあたる職員の一人はUS版ARTnewsに対し、館内からの通知ではなく、友人から聞いて初めて展示を知ったと明かしている。
US版ARTnewsが展示を知ったきっかけも、ニューヨークの美術商エヴァン・ビアードが週末に投稿したInstagramだった。ただし、記者のジュディス・ドブジンスキーは、それより早い4月5日に展示について投稿していた。
ビアードはUS版ARTnewsへのメッセージで、「いったい誰が、ダ・ヴィンチ作品を大したことでもないように壁に掛けるのでしょう。それがメトロポリタン美術館ですよね」と語った。
南北アメリカでダ・ヴィンチ作品は2点のみ
ダ・ヴィンチの現存絵画は、帰属に議論のある作品を含めても20点に満たないとされ、その多くは欧米各地の美術館や教会、個人コレクションに分散している。なかでもルーブル美術館は、《モナリザ》(1503-1519頃)をはじめ5点を所蔵する、世界最大のダ・ヴィンチ絵画コレクションを誇る。控えめに言っても、北米で彼の絵画を目にできる機会はめったにない。
ワシントン・ナショナル・ギャラリーが所蔵する《ジネヴラ・デ・ベンチの肖像(Ginevra de’ Benci)》(1474-78頃)は、南北アメリカで常設展示されている唯一のダ・ヴィンチ作品だ。同館は1967年、当時の美術品として史上最高額となる500万ドルで購入した。これは現在の貨幣価値に換算すると約5080万ドル(現在の為替で約80億1200万円、以下同)に相当する。
それでも、2017年にクリスティーズで4億5030万ドル(約710億1800万円)を記録した《サルバトール・ムンディ》(1500頃)と比べれば、わずかな金額にも思える。同作の落札額は現在も、公開オークションにおける美術品の史上最高額とされている。
METで展示がはじまった《ランズダウンの聖母》では、聖母マリアのそばの岩場に座った幼子キリストが、十字形の道具を手にしてじっと見つめている。これは、糸をかせ状にまとめるためのもので、同館の解説では「ニディ・ノディ(niddy-noddy・かせ取り棒)」と呼ばれている。十字架を思わせるその形は、キリストが将来迎える磔刑を予告する象徴として描かれたという。
「かつて誰も描かなかった聖母子」

《ランズダウンの聖母》は、同じ構図を持つ別バージョンに、《バクルーの聖母(Buccleuch Madonna)》がある。同作はバクルー・リビング・ヘリテージ・トラストからスコットランド国立美術館に貸し出され、同館で公開されている。2003年には、所有者であるバクルー公爵の居城、ドラムランリグ城から盗まれた。当時の評価額は4000万ポンド(約84億8000万円)。その後、約4年間にわたって行方不明となったが、2007年に回収された。
メトロポリタン美術館の解説には、1501年にフィレンツェのカルメル会修道院長フラ・ピエトロ・ダ・ノヴェッラーラが、ルネサンスを代表するパトロンの一人であるイザベラ・デステに宛てた書簡も引用されている。ダ・ノヴェッラーラは、ダ・ヴィンチが制作中だった作品について、次のように記した。
「糸を紡ごうとしているかのように腰掛けた聖母。傍らの幼子は糸の入った籠に足を置き、十字架の形をした糸巻きをじっと見つめています。十字架を望んでいるかのように微笑み、それをしっかりと握って、母親に渡そうとしません」
ダ・ヴィンチ研究者のマーティン・ケンプは、2011年に開催された《バクルーの聖母》を中心としたスコットランド国立美術館の展覧会「Leonardo da Vinci: The Mystery of the Madonna of the Yarnwinder」の図録で、「それ以前に、聖母子をこのような姿で描いた者はいなかった」と評している。
彼は聖母について、「不安げな視線と宙に浮かせた手には、明らかな動揺、さらには予感すら感じられる」と指摘した。さらに十字架の象徴性について、「ダ・ヴィンチは極めて革新的な方法によって、象徴の意味を絵画の物理的、心理的な物語へと溶け込ませた」と評価。「この新たな動的象徴主義は、フィレンツェにおける盛期ルネサンス美術の発展に大きな影響を及ぼすことになった」と述べている。
ケンプによれば、この構図はほどなくイタリアをはじめ、ヨーロッパ各地で広く知られるようになり、「驚くほどの人気」を博した。2011年の展覧会当時、《ランズダウンの聖母》はニューヨークの個人コレクションにあると記載されていた。
ケンプは、《糸巻きの聖母》を主題とする諸バージョンのうち、《ランズダウンの聖母》を最も優れた2点の一つと位置づけている。ただし、その帰属をめぐる見解は時代によって揺れ動いてきた。過去には、弟子による模写、工房で制作された複製、ダ・ヴィンチ本人が「相当程度手を加えた」工房作、さらにはオリジナルそのものともされてきたのだ。
背景に描かれた《モナリザ》と同一のモチーフ

背景については、ほかの作品にも見られる特徴と共通する「典型的なレオナルド様式」だとケンプは指摘する。中景に描かれた橋は、《モナリザ》の右側にあるものと「ほぼ同一」だという。
一方、ケンプは2011年当時、比較的自由な筆致で描かれた風景に「レオナルド本人の手を認めるつもりはない」と記していた。岩や山の形態には、ダ・ヴィンチ自身が描いた背景に見られるリズミカルな構成が欠けていると考えたためだ。
それでも、当時のケンプは次のように結論づけている。
「現時点では、《ランズダウンの聖母》はバクルー版より少し遅れて、巨匠の工房で完成されたものだと考えています。ただし、ダ・ヴィンチ本人の直接的な監督下で制作され、構図の設計だけでなく、人物群の実制作にも本人が積極的に関与した可能性があります」
ところがケンプは、US版ARTnewsの電話取材に対し、その後見解を「レオナルドとその工房」に修正したと語り、次のように説明した。
「さらなる科学調査により、この絵が複雑な成立過程を持つことが明らかになりました。2点の作品には、いずれもダ・ヴィンチによる下絵があります。一方はほぼ間違いなくフランス王のために、もう一方は宮廷官僚のために描かれたものです。ダ・ヴィンチは一つの構図に着手したのち、同じ主題で2点の絵画を制作することにしたのです」
《ランズダウンの聖母》は、2011年にシカゴ美術館で開かれた展覧会「Kings, Queens, and Courtiers: Art in Early Renaissance France」に出品された。さらに、ダ・ヴィンチ没後500年を記念してルーブル美術館が開催した2019〜20年の大規模回顧展にも出展されている。
所有者のグリフィンは有数のコレクターとして知られ、最近ではジャン=ミシェル・バスキアの作品10点を、ペレス・アート・ミュージアム・マイアミに貸し出している。そのなかには、2017年にサザビーズで当時のバスキア作品の最高額となる1億1050万ドル(174億2700万円)で落札した1982年の《無題(Untitled)》も含まれる。
ケンプは《ランズダウンの聖母》の展示を歓迎し、「この作品が一般の目に触れるようになり、とても嬉しく思います。長いあいだ、所有者のもとで厳重に秘蔵されていましたから。小さな絵ですが、その重要性は極めて大きいのです」と語った。(翻訳:編集部)
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1. アンドレア・デッラ・ロッビア《聖母子》(1470–75年頃)
才能は時に遺伝すると言われるが、デッラ・ロッビア家ではまさにその通りで、テラコッタ彫刻で名声を博したルカ・デッラ・ロッビアの技術を甥のアンドレアが受け継いだのは間違いない。ルカの作品の多くは美しい青色の釉薬がかけられているが、この作品で見られるように、アンドレアは叔父の技法をさらに発展させている。彼の作品は、ある意味で叔父のものを凌駕するほど優美だ。彼は人物像を白く残し、青い釉薬をかけた背景との対比を一層鮮烈なものにした。また、この作品の背景では、稜線のように盛り上がった雲から神と天使たちが聖母とキリストを見下ろす様子が生き生きと表現されている。展示場所:グレートホール

2. ジョヴァンニ・ディ・パオロ《天地創造と楽園追放》(1445)
もしあなたが神によって楽園から追い出されたとしたら? 大半の人は慌てふためき、大きな不安を抱えながらそこを去るのではないだろうか。だがシエナにある教会の祭壇画の一部だったこの絵に描かれたアダムとイブは、エデンを後にしながら、うっすらとほほえみを浮かべている。まるで、知恵を得たことに喜びを感じているかのような不思議な表現だ。全体としてもかなり奇妙な絵で、アダムとイブの左側に描かれた天地創造の物語が目に飛び込んでくる。それは天使が転がす天球儀として視覚化され、内側には黄道十二宮や岩山などが描かれている。しかし奇妙だからといって、この絵の質が低いわけではない。真っ青な空と生い茂るレモンの木が印象的なこの作品は、陽光が降り注ぎ、METのどのセクションとも違う趣のあるロバート・リーマン・コレクションの中でも特に美しい作品の1つだ。展示場所:ロバート・リーマン・コレクション

3. ペトルス・クリストゥス《カルトジオ会修道士の肖像》(1446)
もっぱらテンペラ画法で作品を制作していた同時代のイタリアの画家たちとは異なり、ペトルス・クリストゥスら北方ルネサンスの画家たちは油彩を使い、それまで不可能だった緻密な表現に取り組んだ。油絵の具のおかげでクリストゥスは、この修道士のふぞろいに伸びた顎ひげや、長いまつ毛、金色の眉毛を1本1本細かく描き出すことができた。自らが描いた絵の本物らしさを自覚していたクリストゥスは、それをさらに強調するため、この肖像の周りに経年劣化を思わせる驚くほど写実的な額縁を描き加えた。そこには、これは芸術作品であって本物の人間ではないことを示す「私はペトルス・クリストゥスによって1446年に制作された」という銘がある。展示場所:ロバート・リーマン・コレクション

4. サンドロ・ボッティチェッリ《受胎告知》(1485-92年頃)
ボッティチェッリの最も有名な2つの作品、フィレンツェのウフィツィ美術館が所蔵する《ヴィーナスの誕生》と《プリマヴェーラ》とは異なり、この《受胎告知》には押し出しの強い派手さはない。ボッティチェッリの2大傑作よりはるかに小さく、静謐ではあるが、視覚的なドラマに欠ける分を構図の妙が補っている。ボッティチェッリは一点透視画法を用い、この簡素な部屋の奥行きを表現している。ひざまずく天使ガブリエルと聖母マリアは、部屋を2分する柱列によって隔てられているが、鑑賞者の視線は窓から差し込む神聖な光に導かれ、この仕切りを超えていく。ボッティチェッリは金で描いたこの線で超自然的なきらめきを表現し、この絵に輝きを与えている。現在METのロバート・リーマン・コレクションに展示されている《受胎告知》は、祈祷のための絵画として用いられたのではないかと考えられているが、今もなお見る者にスピリチュアルな感覚を呼び起こす作品だ。展示場所:ロバート・リーマン・コレクション

5. ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル《ド・ブロイ公爵夫人の肖像》(1851–53年)
ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングルが手がけたこのフランス貴族の肖像画は、筆の跡がほとんど見えないほど滑らかなタッチで描かれており、写真のようなリアルさがある。新古典主義の画家アングルは、イブニングショールの金糸の光沢と青いドレスの豊かな質感を巧みに描き出し、これほど洗練された衣服を手に入れるためにどれほど莫大な富が費やされたのだろうと見る者に想像させる。この絵画はかつて、大富豪の銀行家ロバート・リーマンが所有していた。リーマン・コレクションの大部分が遺贈されたMETには彼のコレクション専用のセクションがあり、この絵がその中心的存在となっている。展示場所:ロバート・リーマン・コレクション

6. ドゥッチョ・ディ・ブオニンセーニャ《聖母子》(1290-1300年頃)
13世紀イタリアの画家ドゥッチョは、キリスト教の題材を現実世界の一場面として表現し、聖書の登場人物を我われと同じ地上の人間として描くことで絵画のルールを書き換え始めた。この作品では、幼子キリストが聖母のベールをそっと横に払い、その荘厳な顔をあらわにしている。背景にある金箔によって、母子が現実世界から隔絶されているようにも感じるが、手前に描かれているのは当時のシエナに存在したであろう橋の欄干だ。こうした細部に、この母と子が我われと同じ空間に属していることが示唆されている。METは2004年に、この作品を4500万ドル(約70億円)もの金額で取得している。これは同館の所蔵品の中でも最高レベルの額だが、それに値する至高の美術品だ。展示場所:ヨーロッパ絵画ギャラリー

7. ジョット・ディ・ボンドーネ《東方の三博士の礼拝》(1320年頃)
ドゥッチョなどシエナ派の画家たちが築いた基盤を受け継いだジョット・ディ・ボンドーネは、フィレンツェを拠点に活躍した。彼は登場人物1人ひとりに心理描写を加えることでキリスト教主題をさらに現実味のあるものとし、聖書の人物も地上の人間と同じであることを示している。この作品でも、聖母マリアの慈愛に満ちたまなざしの細やかさや、空を舞う天使たちそれぞれを描き分ける技法が注目に値する。この表現手法でジョットはルネサンス前夜の時代を代表する画家になり、それを弟子のボンドーネがしっかりと受け継いだ。フランシスコ会の教会のために制作された《東方の三博士の礼拝》(1320年頃)は、キリストの生涯の各場面を描く貴重な7枚の連作の1点で、残る6点の多くはニューヨークを遠く離れた場所に収蔵されている。展示場所:ヨーロッパ絵画ギャラリー

8. ピーテル・ブリューゲル(父)《穀物の収穫》(1565)
ヨーロッパ絵画部門の入口でまず目に飛び込んでくるのはティエポロの大作だ。しかし、少し先の展示室へ進むと、一見素朴だが真の名作であるこの風景画が待っている。ブリューゲルの傑作の例にもれず、広大なフランドルの風景の中に小さな人影が描かれているこの絵では、干し草を刈る1人ひとりに細やかな注意が払われている。一心に干し草を刈り取る者、それを束ねる者、木陰で休憩しながら食事をとる人々もいれば、遠景には球技に興じる人影がごく小さく描かれている。遠景の人物は見つけにくいが、彼らが確かに存在するという事実そのものが小さな奇跡のように感じられる。それは、ブリューゲルの描く世界がキャンバスの枠を超えて広がっていることの証なのだ。展示場所:ヨーロッパ絵画ギャラリー

9. エル・グレコ《トレド風景》(1599-1600年頃)
METはエル・グレコの傑作を多数所蔵しており、ほぼその作品だけで占められた展示室がある。どの作品もじっくり鑑賞する価値があるが、特に注目すべきはこの風景画だ。スペインで活動していたエル・グレコが、同国の都市を描いた現存する2点のうちの1点で、他の作品同様、暗く陰鬱な雰囲気が漂う。そこに描かれた木々や茂み、そして丘全体までもが曇り空の下で揺れ動き、大聖堂と周辺の建物は倒れないように必死で踏ん張っているように見える。これはもちろん実際のトレドではなく、主観的な視点で描かれた風景だ。主観的であるゆえに、エル・グレコは伝統的な遠近法を逸脱しても構わないと思ったのだろう。3世紀後にピカソがエル・グレコの熱烈なファンとなったのも不思議ではない。展示場所:ヨーロッパ絵画ギャラリー

10. アンソニー・ヴァン・ダイク《ルーカス・ファン・ウッフェル》(1622)
偉大な肖像画家は、ある人物の全人格を1枚の絵で伝えることができる。アンソニー・ヴァン・ダイクは、ルーカス・ファン・ウッフェルの肖像でまさにそんな偉業を成し遂げたと言えるだろう。ファン・ウッフェルは膨大な美術品コレクションを築いたフランドルの商人だが、ヴァン・ダイクは背景に地球儀としわの寄った紙を配し、彼を文人として描いた。この作品では、ヴァン・ウッフェルの世俗的な教養だけでなく、心理的な深みが巧みに表現されている。また、普通の肖像画家なら単に座った姿を描いただろうが、ヴァン・ダイクは椅子を後ろにずらし、机から立ち上がろうとするまさにその瞬間を捉えている。体をひねり、その視線が鑑賞者と交わるとき、世界中のアーティスト、評論家、キュレーター、コレクターにとって不可欠な「深い審美眼」を、芸術のパトロンであったファン・ウッフェルが私たちと共有しているという感覚が生まれるのだ。展示場所:ヨーロッパ絵画ギャラリー

12. ディエゴ・ベラスケス《フアン・デ・パレーハ》(1650)
ベラスケスの肖像画《フアン・デ・パレーハ》(1650)は、1971年にMETが550万ドル(約8億5000万円)で取得して以来、ヨーロッパ絵画部門の名作として愛されてきた。しかし、この作品のモデルが正当な評価を得たのはごく最近のことだ。もとは奴隷として生まれ育ったフアン・デ・パレーハは、ベラスケス家に雇われたのちに画家となった。彼はベラスケスの工房で働き続け、1650年にようやく奴隷の身分から解放されている。ベラスケスによるパレーハの肖像画は、深い黒の背景と光が肌に当たる部分に白を置く技法で称賛されてきたが、パレーハ自身には自らの肌をこれより暗い色で塗ったものがある。2023年にMETがパレーハに光を当てた展覧会を開催したことをきっかけに、この絵は当時の人種間の緊張を伝える重要な記録として新たな評価を得ることになった。展示場所:ヨーロッパ絵画ギャラリー

13. レンブラント・ファン・レイン《自画像》(1660)
50代半ばになったレンブラントが描いたこの自画像には、目のまわりの弛み、白髪混じりの髪、以前の自画像にはなかった額のしわなど、その年齢が如実に表れている。彼の自画像で繰り返し使われる茶色の背景を背に、レンブラントは自らを闇の画家として、闇の奥に消えつつあるかのように描写している。それはおそらく、キャリアの晩年を迎えつつあることを自覚していたからだろう。皮肉なことに、この作品には光のきらめきを捉えるレンブラントの手腕がよく表れている。赤らんだ鼻の先が強い光を受け、輝いているように見えるのだ。展示場所:ヨーロッパ絵画ギャラリー

14. ヘラルト・テル・ボルフ《好奇心》(1660-62)
ヘラルト・テル・ボルフの絵画の多くは異様なほど簡素で、ほとんど何もないと言っていいような背景に1人あるいは数人の人物を配し、彼らの周りにわずかな小道具が置かれているだけだ。こうしたミニマリズム的な手法は、彼の絵画が描き出す心理的なドラマの絶妙な(そして絶妙に控えめな)緊張感を高める上で、大きな効果を発揮する。この作品の題名は、仕事仲間の背後から身を乗り出して、私的な手紙を書いているらしい手元を覗き見る詮索好きな女性から来ている。しかし、それがどんな手紙なのか、誰に宛てたものか、そしてそもそもこの女性たちは誰なのか? テル・ボルフは意図的に、そうした疑問を残したままにしている。同じように謎めいた(そして同じようにミニマルな)作品で、風俗画の制約を利用しつつ既成の芸術的慣習に挑んだエドゥアール・マネなど、後世の画家たちの先駆者と言えるだろう。展示場所:ヨーロッパ絵画ギャラリー

15. ヨハネス・フェルメール《信仰の寓意》(1670-72年頃)
METが所蔵するヨハネス・フェルメールの5点の絵はどれも傑作揃いで、それに優劣をつけるのは至難の業だ。しかし、1点だけじっくり鑑賞する時間があるのなら、《信仰の寓意》(1670-72年頃)を選ぶといいだろう。この作品は、室内空間に差し込む光を捉えるフェルメールの卓越した技術と、魅惑的な寓意を構築する力量を示している。主題はカトリック信仰における敬虔さの価値であり、中央の女性は信仰を擬人化したもので、絵の中には視覚的な反復がいくつも見られる。十字架上のキリストの彫刻は画中画に描かれたキリスト像と呼応し、カーテンは信仰を表す女性の身体の曲線と、吊り下げられたガラス玉は女性の足元の地球儀との類似を見せている。このように多くの類似を盛り込むことで、フェルメールは宗教心が単に心の内や思考の中だけに存在するのではなく、世界観全体を形作るものであることが示されている。展示場所:ヨーロッパ絵画ギャラリー

16. マーガレタ・ハヴァーマン《花瓶の花》(1716)
近年、METはこれまで見過ごされてきた女性のオールドマスターたちに正当な注目を向け始めているが、改めて展示されるようになった名画の中には長年倉庫で眠っていたものもある。中でも希少性が高いのがこの静物画で、18世紀のネーデルラント連邦共和国で活躍したマーガレタ・ハヴァーマンの、現存するわずか2点のうちの1点だ。題名には花瓶があることが示されていても、それが全く見えないほど豊かに花々が咲き乱れる様子が鮮やかに描かれている。静物画は、オランダの植民地が世界に広がり、それによってあらゆるものが手に入ることを意図的に思い起こさせるものでもあった。この絵は、その時代を代表する輝かしい一枚だ。展示場所:ヨーロッパ絵画ギャラリー

17.アントワーヌ・ヴァトー《メズタン》(1718-20)
残念ながら、ロココ絵画にかけてニューヨークで最高の美術館はMETではなく、ジャン・オノレ・フラゴナールの連作《恋の成り行き》の全作品を所蔵するフリック・コレクションに軍配が上がる。それでも、METには18世紀のフランスで発展したロココ美術の傑作が数点所蔵されており、その1点がアントワーヌ・ヴァトー《メズタン》(1718-20)によるこの絵だ。ここでは、イタリアの喜劇に登場する定番キャラクターであるメズタン(あるいはメッゼティーノ)がギターを弾き、片思いの恋人を思って寂しげに歌う姿が描かれている。ヴァトーは愛の女神であるヴィーナス像の傍らにメズタンを配置しているが、その像は彼に背中を向けている。このロココ美術の傑作にパステルカラーで描かれた卑俗な人物は、鑑賞者を惹きつけると同時に安易な理解を拒んでいるようにも見える。展示場所:ヨーロッパ絵画ギャラリー

18. ジャン=バティスト・グルーズ《割れた卵》(1756)
現代の私たちが見ても、この絵が単に割れた卵のかごとそれを抱える少女を描いただけのものではなく、状況が示す以上に深刻な意味があるように思える。ジャン=バティスト・グルーズがこの作品を制作した当時は、おそらく処女喪失と純真さの毀損の寓意があると受け止められただろう。だからこそ、叱責される少女が恥ずかしそうな表情を見せているのだ。18世紀フランスを代表する風俗画の巨匠だったグルーズの道徳的メッセージの多くは時代遅れに感じられるが、《割れた卵》の主題は古びても、躍動的な構図は今も新鮮さを失っていない。展示場所:ヨーロッパ絵画ギャラリー ※現在は展示なし

19. 作者不詳《バルバネラの聖母》(1770-80年頃)
近年METの所蔵品になった美術品のうち、おそらく最高傑作と言えるのが2018年に寄贈されたペルーのクスコ派画家による10点の絵画だろう。彼らは、ヨーロッパ人に指導されたカトリックの宗教画を、アンデス地域の人々向けに翻案した作品を残した。そのうちの1点であるこの絵は、次のようなスペインの伝説を題材としている。ヌーニョ・オニェスという盗賊が農家の品物を盗もうとしたときに天使に出会い、木の中にバルバネラの聖母像があることを告げられる。カトリックの超越性を悟ったヌーニョは改心し、隠者となった。ヌーニョの心の内に信仰への種がまかれる瞬間を描いたこの絵は、金箔で縁取られ、空を舞う鳥たちで埋め尽くされている。これが最近ヨーロッパ絵画部門で展示されるようになったのは、ヨーロッパの様式が他の大陸へと広がっていったことの重要性をMETが認識するようになったからだろう。展示場所:ヨーロッパ絵画ギャラリー

20. アデライド・ラビーユ=ギアール《2人の弟子、マリー・ガブリエル・カペとマリー・マルグリット・カロー・ド・ロゼモンを伴う自画像》(1785)
18世紀のフランスで芸術家を目指す女性たちは、数々の困難に立ち向かわなければならなかった。だからこそ、アデライド・ラビーユ=ギアールはこの作品で自らの成功を誇示したのだ。当時、こうした自画像は珍しいものではなかったが、ラビーユ=ギアールのように、女性の弟子2人とともに自身を描いたものは珍しい。2人の弟子は彼女から学ぼうと、身を乗り出して制作中の絵を見ている。1971年に美術史家のリンダ・ノックリンは、US版ARTnewsに掲載された画期的なエッセイで、「『なぜ偉大な女性芸術家は存在しないのか?』という問いの背景にある前提」について論じた。その2世紀も前に、ラビーユ=ギアールはまさに同じ前提に異議を唱え、偉大な女性芸術家は古くから常に存在していたことを示している。展示場所:ヨーロッパ絵画ギャラリー

21. ジャック=ルイ・ダヴィッド《ソクラテスの死》(1787)
ジャック=ルイ・ダヴィッドは、古代の様式と歴史の復興を意図し、合理主義と秩序を称揚する新古典主義を代表するフランス人画家の1人だ。《ソクラテスの死》(1787)は、信念を貫き通し、毒杯を飲み干して死を選んだソクラテスを描くことで、新古典主義のこうした価値観を説いている。意図的に神殿のフリーズ(壁にある帯状の装飾)に似せた構図では、ソクラテスを中心として渦巻くように人物が配されている。ソクラテスはそこに安定感を与え、混沌とした場面を落ち着かせようとする存在として描かれている。ダヴィッドは自己主張しすぎない落ち着いた色彩を効果的に用い、その劇的な瞬間を控えめに表現した。展示場所:ヨーロッパ絵画ギャラリー ※現在は展示なし

22. カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ《月を眺める2人の男》(1825-30)
啓蒙主義から生まれたロマン主義運動が追求したのは、理性では捉えきれないもの──高揚した感情、死の意識、目に見えない力──などだ。ドイツ人画家カスパー・ダーヴィト・フリードリヒは、畏敬の念を抱かせ、超越的なものへと向かうような風景画でこの運動に貢献している。薄暗い情景の中で、人生を象徴する月を見つめている2人の男を描いたこの絵もその一例と言える。フリードリヒは、鑑賞者が自らこの丘陵の風景を見つめている姿を想像できるよう、男たちを後ろ姿で表現している。展示場所:ヨーロッパ絵画ギャラリー

23. ローザ・ボヌール《馬の市》(1852-55)
迫力あるスケールで馬の市を描くため、ローザ・ボヌールは間近で馬を観察しようと現場に向かった。しかし、当時女性はこうした市場や屠殺場に立ち入れなかったので、男装して行ったという。馬の筋肉構造や解剖学的特徴を把握した彼女は、自らの絵画に登場する他の動物たちと同様、馬に対しても自然主義的な描写を施している。傑作と称賛された《馬の市》(1852-55)には、動物たちの心理描写のみならず、躍動感あふれる構図を生み出す彼女の才能や技量が示されている。馬の行列が鑑賞者に向かって駆け出したのち、背景へと疾走していく様子は、古代ギリシャ建築のフリーズ(壁にある帯状の装飾)に見られる人物配置を思わせる。展示場所:ヨーロッパ絵画ギャラリー

24. エドゥアール・マネ《エスパーダの衣装をまとったV嬢》(1862)
19世紀絵画の展示室を訪れる人の多くは、印象派のみずみずしい風景画を求めてやってくるが、まずはこのマネの絵画の前に立ち止まり、その概念的な複雑さをじっくり鑑賞してほしい。この絵は、マネの《オリンピア》のモデルでもあるヴィクトリーヌ・ムーランを、男性闘牛士(エスパーダ)の姿で描いている。当時、女性の闘牛士は実在しており、ゴヤも女性闘牛士をエッチングの題材にしている。マネはゴヤの作品に影響を受けてはいるが、それ以上に挑発的で、真実を捉えるものとして長らく崇められてきた風俗画にも本質的に偽りが内在することを示そうとする意志が感じられる。かすんで消え去りつつあるようなムーランの足元の地面は、文字通り既存の概念を揺るがせる意図を暗示するかのようだ。展示場所:ヨーロッパ絵画ギャラリー

25. ギュスターヴ・クールベ《女とオウム》(1866)
フランスの画家ギュスターヴ・クールベも、マネと同様、長年の芸術的慣習を大胆に解釈することで見る者に衝撃を与えた。下層階級のモデルを描いた写実主義絵画で賛否両論を巻き起こしたクールベは、この絵でオダリスク(オスマン帝国の後宮で権力者に仕える女性)に目を向けている。従来のオダリスクは概して、美の幻想を提供する魅惑的で受動的な女性として描かれていたが、クールベのオダリスクは衣服を破り捨ててシーツの上に倒れ込み、ペットの鳥と戯れ始めたかのようだ。欲望の対象であると同時に生身の人間でもある彼女を見て憤慨した人は多く、評論家たちは乱れた髪をありのままに描いたクールベを激しく非難した。サロンで落選が続いていたクールベは、その当時「今も戦い続けている」と記すなど、一貫して後悔する様子を見せなかったという。展示場所:ヨーロッパ絵画ギャラリー

26. フィンセント・ファン・ゴッホ《糸杉》(1889)
ニューヨークで最も有名なゴッホ作品は、ニューヨーク近代美術館(MoMA)が所蔵する《星月夜》(1889)かもしれない。しかし、一番の傑作はMETにある《糸杉》(1889)だろう。この作品は、南フランスのサン=レミにある療養施設に入院したゴッホが、敷地内の糸杉を描いたものだ。ゴッホの描いた糸杉は、その精神状態のように激しく揺れ動き、特徴的な厚塗りで描かれた葉や周囲に沸き立つ雲は渦巻き、ゆがんでいる。ゴッホはこの糸杉をエジプトのオベリスクに例えている。絵を見た後は、METのすぐ裏にあるセントラルパークに設置されている古代エジプトのオベリスク「クレオパトラの針」と《糸杉》と比べてみてほしい。展示場所:ヨーロッパ絵画ギャラリー

27. クロード・モネ《4本の木》(1891)
ゴッホの糸杉とは対照的に、クロード・モネのポプラは威厳と静謐に満ち、周囲の自然が変化する中でも堂々とそびえ立っている。しかし当時、ここに描かれた4本のポプラの木を取り巻く環境は大きく揺れ動いていた。モネは、自身の最高傑作が生まれたフランス・ノルマンディーのジヴェルニー村で《4本の木》を描いたが、そのとき地元当局が売却目的で木を伐採する計画を進めていたのだ。モネはひるまず、作品が完成するまで伐採が行われないよう自ら費用を負担した。ぼやけた青と黄色の点が散りばめられたこの絵は焦点が定まらない。風情ある川辺の情景が、モネがそれを永遠に留めようと筆を走らせるその瞬間に、モネの手中からこぼれ落ちていったことを示しているようだ。展示場所:ヨーロッパ絵画ギャラリー

28. フェルディナンド・ホドラー《羊飼いの夢》(1896)
METの19世紀絵画部門は、他の多くの美術館と同様、歴史的にフランス絵画偏重だったが、近年は他のヨーロッパ諸国の芸術家にも光を当てるようになっている。スイス人画家フェルディナント・ホドラーの《羊飼いの夢》(1896)は、METが2013年に取得し、19世紀絵画部門に加わった。その豊かな色彩は、同じ部門に展示されている印象派の作品の色調と見事に調和している。ここに描かれているのは、うたた寝をする羊飼いと、その夢の中に出てくる光景、すなわち周囲の山々の上で踊る8人の裸のニンフたちだ。高さが約250センチあるこの作品は、性的暗示だけでなく、かなり奇妙な印象を与える。それは、平坦化された遠近法や、岩がフェードアウトして未完成のように感じる風景描写によってもたらされるものだ。展示場所:ヨーロッパ絵画ギャラリー

ヨーロッパ彫刻・装飾美術部門
29. グッビオの小書斎(1478-82年頃)
METのグレートホールを過ぎたあたり、見落としがちなコーナーにひっそりと展示されているのがこの部屋だ。これは、ウルビーノ公フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロ(フェデリーコ3世)の宮殿に設けられていた小書斎(ストゥディオーロ)で、かつては広大な宮殿の一部だった。簡略化された状態で展示されているが、それでも見事な美しさに圧倒される。ジュリアーノ・ダ・マイアーノによるインタルシア(木象嵌)が施された優雅な壁面は、実際には存在しない棚の扉が開き、その中に砂時計、かごの中の鳥、パイプオルガンなどが置かれているかのような錯覚を起こさせる。展示場所:ヨーロッパ彫刻・装飾美術ギャラリー

30. ベレス・ブランコ城のパティオ(1506-15)
元はスペインのアンダルシア地方にあったこのパティオの一部は、METに収蔵される前はニューヨークのコレクター、ジョージ・ブルーメンタールが所有していた。ブルーメンタールが自宅に飾っていたパティオの大理石装飾は遺贈され、METはそれを補完する2000点余りの大理石装飾を取得した。そのおかげで現在、グレートホールに隣接する開放的な吹き抜け空間でパティオの全容を見ることができる。そこでは、バルコニーや木材を用いた天井、 ゴシック様式のガーゴイルなどが、ベレス・ブランコ城に存在した当時のままに再現されている。また、バルコニーの下では、ジャン・ロレンツォ・ベルニーニによる酒宴の場面など、バロック彫刻の傑作が定期的に展示されている。展示場所:ヨーロッパ彫刻・装飾美術ギャラリー

31. オルフェウスの杯(蓋の装飾部分:1641-42年頃、オルフェウスの像:1600年頃)
METが所蔵するヨーロッパ装飾美術の一大コレクションが軽視されがちなのは、非常に残念なことだ。同部門で展示されている豪華な酒器、家具、ミニチュアなどは、この部門がもっと注目されるべきである理由を示している。たとえば、ヤン・フェルメイエン率いるプラハ宮廷工房の《オルフェウスの杯》は、ギリシャ神話の吟遊詩人オルフェウスを中心に、エナメル加工を施された犬やウサギ、裸の人々が群像として描かれている。一部にルビーが散りばめられているこの傑作の細やかな表現は、オルフェウスの足元で水から這い上がり、彼を仰ぎ見るトカゲやカエルにまで及んでいる。展示場所:ヨーロッパ彫刻・装飾美術ギャラリー

32. ジョヴァンニ・フランチェスコ・スジーニ《ヘルマプロディートス》(1639)
両性具有の神を表現した古代ローマの彫刻《ボルゲーゼのヘルマプロディートス》が1608年に発見されると、17世紀のイタリア彫刻家たちの間で神話上の人物ヘルマプロディートスへの関心が高まった。その1人、ジャン・ロレンツォ・ベルニーニはこの彫刻の下に敷くための大理石のマットレスを制作したが、そのマットレスと《ボルゲーゼのヘルマプロディートス》は現在ルーブル美術館に所蔵されている。一方、ジョヴァンニ・フランチェスコ・スジーニはベルニーニの作品に刺激を受け、このブロンズ彫刻《ヘルマプロディートス》(1639)を制作した。ここでは、ヘルマプロディートスが精巧な装飾のある寝台に横たわり、寝返りを打とうとしてシーツが脚に巻きつく様子が表現されている。この彫刻は当時高く評価されただけでなく、現代の人々をも魅了し続けている。ファッションデザイナーのイヴ・サン=ローランも、複数鋳造されたうちの1点を所有していた。展示場所:ヨーロッパ彫刻・装飾美術ギャラリー

33. バルタザール・ペルモーザー《マルシアスの胸像》(1680-85)
ギリシャ神話に登場する半人半獣のマルシアスは、音楽の腕前を競おうとアポロンに挑んだものの勝負に敗れ、傲慢の罰として皮膚を剥がされるという悲惨な最期を遂げた。この作品で彫刻家のバルタザール・ペルモーザーは、対決の様子ではなく、マルシアスが受けた恐ろしい刑を描いている。しかも、暴力行為そのものではなく、悲鳴を上げる歪んだ顔によってその残酷さを表現した。マルシアスが頭を横にひねると、身体にまとった布も捻れていく動きが見えるようなリアルさだ。このように痛みを鮮烈に描写したペルモーザーの手法は、視覚的ドラマと高揚した感情を強調するバロック美術の様式を体現している。展示場所:ヨーロッパ彫刻・装飾美術ギャラリー

34. ヨハン・ゴットリープ・キルヒナー《ライオン》(1732年頃)
ドレスデンのマイセン磁器製作所は1710年に置物や食器の生産を開始し、人気を博すようになった。その主要な資金提供者の1人が、強健王ことザクセン選帝侯アウグスト2世だった。マイセンの主任製作者だったヨハン・ゴットリープ・キルヒナーが、アウグスト2世の日本館内に設ける動物園用に磁器で作ったのが等身大の動物の数々だ。《ライオン》もそのうちの1つで、キルヒナーが哺乳類の被写体の心理描写に長けていたことを示している。眉をひそめたライオンは、凶暴さというより、むしろ悲しげな表情を浮かべている。展示場所:ヨーロッパ彫刻・装飾美術ギャラリー

35. ジャン=バティスト・カルポー《なぜ奴隷として生まれたのか!》(1868/73)
近年METが手がけたキュレーションの中でも特に刺激的なのは、ジャン=バティスト・カルポーの《なぜ奴隷として生まれたのか!》(1868/73)のような人気のある作品を再評価したケースだ。この胸像は2022年に企画展「Fictions of Emancipations: Carpeaux Recast(解放のフィクション:カルポーを問い直す)」で脚光を浴びたが、その時は奴隷制廃止の象徴として扱われ、奴隷制終焉への熱烈な訴えと受け止められた。しかし、この作品が提示するものはもっと複雑だ。フランスでは、この彫刻が制作される約20年前にすでに奴隷制が禁止されていた。また、縛りつける縄の間から乳房がこぼれ出ている表現は、カルポーが黒人女性を性的な対象として見ていたように思わせる。ではなぜ、《なぜ奴隷として生まれたのか!》を見る必要があるのだろうか? この作品は、奴隷制がようやく廃止されつつあった19世紀のヨーロッパ人が奴隷制をどう考えていたかについて重要な洞察を提供するからであり、善意に基づく芸術作品であっても、抗議の対象となるテーマへの否定的な議論を起こしかねないことへの警鐘となっているからだ。展示場所:ヨーロッパ彫刻・装飾美術ギャラリー

楽器部門
36. ジャン=バティスト・ヴォボアム作とされるギター(1697)
METには絵画や彫刻の名品の数々が揃っているが、それと同じく見ごたえがあるのが楽器部門だ。バイオリン、オルガン、チェンバロ、打楽器などが巧みな工芸技術で美しく仕上げられたとき、それが芸術の域に達することを示す逸品が揃っている。このギターはその好例で、側面には赤みを帯びた美しいべっ甲が象嵌されている。かつては5本の弦が張られていたはずだが、今はそれが失われていることで、精緻な装飾が施された星形の響孔を思う存分眺めることができる。展示場所:楽器ギャラリー
