モネ晩年の大作《アイリス》が約100年を経て初公開。予想落札価格54億円でオークションへ

モネ晩年の大作《アイリス(Iris)》(1924-25)が、制作から約100年を経て初めて一般公開され、サザビーズ・パリに出品される。予想落札価格は最高約54億円。フランス国内における絵画のオークション最高額を更新する可能性がある。

Photo: Damien PERRONNET, courtesy Sotheby's

クロード・モネ(1840-1926)が晩年に描いた大作《アイリス(Iris)》(1924-25)が10月22日、サザビーズ・パリのオークションに出品される。フランスの美術収集家ジャンヌ・シュルンベルジェ(1889-1983)が数十年にわたって所蔵し、制作以来、一度も一般公開されてこなかった作品だ。予想落札価格は2200万~3000万ユーロ(約39億6000万~54億円)。落札されれば、フランス国内のオークションにおける絵画の最高額を更新する可能性がある。

個人が所有するモネ作品のなかで最大の絵画

モネが亡くなる前年の1925年に完成させた《アイリス》は、水面に映る紫と黄色のアイリスを、抽象表現を思わせる大胆な筆致で描いた作品。US版ARTnewsは9月17日、公開されたばかりの実物を取材した。

160×180センチの本作は、モネの「アイリス」連作のうち、これまで市場に出た作品としては最大。また、晩年に制作された作品のなかで、現在も個人が所有する最大の絵画だという。

サザビーズのシニア・インターナショナル・スペシャリスト、トマ・ボンパールはUS版ARTnewsの取材に対し、「モネ晩年の作品に対する需要は、かつてないほど高まっています」と語った。実際、モネ作品のオークション落札価格上位10点のうち5点は、1914年以降に制作された作品だ。

《アイリス》は、印象派・近代美術オークション「失われた時を求めて:シュルンベルジェ・コレクション(Le Temps Retrouvé: The Schlumberger Collection)」に出品される全28点のうちの1点。コレクション全体の評価額は4500万ドル(約70億円)を超える。

2026年はモネの没後100年にあたり、世界各地で記念展が相次いでいる。オークションの開催時期は、アート・バーゼル・パリとも重なる。

同じく出品されるモネの《枝垂れ柳(Saule pleureur)》(1918-19)は、第1次世界大戦の終結期に、秋を思わせる燃えるような色彩で描かれた作品だ。予想落札価格は900万~1200万ユーロ(約16億~22億円)となっている。

シュルンベルジェは、ポール・セザンヌが南フランス、エクス=アン=プロヴァンスにある一族の邸宅ジャ・ド・ブッファンに描いた壁画《漁師のいるロマン主義的風景(Paysage romantique aux pêcheurs)》(1862-64)の一部も所有していた。

今回出品されるのは、セザンヌ初期の実験的な風景画を構成していた8点のうち3点で、予想落札価格はいずれも40万ユーロ(約7200万円)から。この3点はフランスの「国宝」に指定されており、フランス政府には今後30カ月間、取得に必要な資金を調達する猶予が与えられている。

2人の女性の尽力で創られたコレクション

ジャンヌ・シュルンベルジェは、石油サービス会社シュルンベルジェの共同創業者マルセル・シュルンベルジェの妻で、同家を代表する美術収集家だった。自由な精神と先見性を持つ一方、私生活をほとんど公にしなかった。そのコレクションには、保存状態の良いモネ晩年の作品をはじめ、セザンヌ、ピエール・ボナールギュスターヴ・モロー、シャイム・スーティン、ジョルジュ・ルオーらの作品が含まれている。コレクションの形成に大きな役割を果たしたのが、パリの画商カティア・グラノフだ。

グラノフは、シュルンベルジェの助言者兼美術商として作品収集を支えた。当時のフランスでは、モネ晩年の作品に関心を示す人はまだ少なかった。しかし1958年、グラノフはモネの息子ミシェルが所有していた、ジヴェルニー時代の作品群を一括して購入するという大胆な決断を下す。その際、シュルンベルジェは自宅を担保に入れ、資金調達に協力した。購入後、彼女はいち早く《アイリス》や《枝垂れ柳》を取得したという。

ボンパールは2人について、「自立心が強く、非常に聡明だった」と語る。

「ジャンヌ・シュルンベルジェは、優秀な技術者を輩出した一族の一員でした。フランスで早くから運転免許を取得した女性のひとりで、美しいスポーツカーを運転するのが大好きでした。一方、人から注目されたり、世間で話題にされたりすることを嫌っていました」

そのため、コレクションの大部分は長年にわたり、人目に触れることがなかった。

「彼女は多くの美術館を惜しみなく支援していましたが、自分のコレクションを自宅の壁から持ち出したがりませんでした。作品を見ることができたのは、ごく親しい人々だけだったのです」とボンパールは説明する。

さらにボンパールは声明で、次のように述べている。

「ジャンヌ・シュルンベルジェとカティア・グラノフは、多くの人がまだ見過ごしていた時代に、これらの作品が放つ革新的な輝きを見抜いていました。一方は作品を収集し、もう一方はその価値を世に訴えた。世界がすでに結論を下したかのように見えたときも、2人は自らの直感を信じたのです」(翻訳:編集部)

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