1500億円の「自己顕示」──「物語」をめぐるルーカス・ミュージアムの致命的な欠陥

構想から約20年、1500億円以上を投じたジョージ・ルーカスの美術館がついに開館する。「ナラティブ・アート」を掲げるこの美術館をひと足先に訪れたUS版ARTnewsのエディターが、その壮大な理念と実態の乖離に容赦なく切り込む。

ロサンゼルスのルーカス・ミュージアム・オブ・ナラティブ・アート。 Photo: Hufton Crow/Courtesy Lucas Museum of Narrative Art

「一枚の絵は千の言葉に値する」というのなら、ロサンゼルスルーカス・ミュージアム・オブ・ナラティブ・アートは、言葉など一つも書くに値しないと判断したらしい。

構想から20年近く、10億ドル(最新の為替レートで、約1540億円)以上を費やした待望のルーカス・ミュージアムがついに9月22日、一般公開される。シカゴ、次いでサンフランシスコと、異なる都市で二度にわたって計画が頓挫し、ロサンゼルスでの建設にも8年を要したことが、アメリカで最も新しいこの美術館をめぐる期待をさらに膨らませたのは間違いない。

美術館のプロモーション映像で、共同創設者のジョージ・ルーカスは、何がアートで何がアートではないのかを厳格に線引きする主流のアート界のあり方に、かねてから疑問を抱いてきたと語っている。それは崇高な理念であり、いまでは多くの人が賛同するものでもある。この10年、アート界は大きく変化してきた。研究者やキュレーター、批評家たちは、18世紀のヨーロッパで美術史が学問として確立されて以来、芸術のメディウムや芸術家のあいだのヒエラルキー、そして一つの運動が次の運動へと整然と取って代わるという考え方を前提としてきた美術史の正典を書き換えようとしている。その過程で、数えきれないほどの芸術家や表現手法が周縁へと追いやられてきた。ルーカス・ミュージアムに展示されている作品の一部、とりわけイラストレーションもその一つだ。

しかし、その大半が4階にある展示室を歩いていても、ルーカス・ミュージアムがこうした主張をしているとはまるで感じられない。私はノーマン・ロックウェルに特化した展示室から見始めた。ルーカスが数十年にわたってロックウェル作品を集中的に収集してきたこと、そしてこのセクションがその後に続く展示の基調を決めていることを考えれば、出発点としてふさわしい場所だろう。

ノーマン・ロックウェル《ゴシップ》1948年。©SEPS by Curtis Licensing/Courtesy Lucas Museum of Narrative Art

ルーカスが所有するロックウェル作品の幅広さには驚かされる。それらはこの専用展示室だけにとどまらない。《Shuffleton’s Barbershop》(1950)のような傑作は、夜の理髪店の内部を大胆に切り取った構図で、いまなお見る者を魅了する。バークシャー美術館が手放した同作を、オークションにかけられる前にルーカスが2000万〜3000万ドルを費やして取得したのも不思議ではない。このほかにも、《The Gossips》(1948)、《Horseshoe Forging Contest》(1940)、《The Connoisseur》(1962)といった魅力的な作品がある。

ロックウェルの制作過程や、その影響をうかがわせる展示も豊富だ。ある壁面では、ダイナーで白人の少年が警察官の隣に座る姿を描いた《The Runaway》(1958)とその準備素描に、リチャード・ウィリアムズの《The Militarization of the Police Department—Deadly Force》(2014–15)が組み合わされている。後者はロックウェルの構図を現代に置き換えたもので、バックパックを背負った黒人の少年が機動隊装備の警察官の隣に座り、ロックウェルの作品では両者の仲を取り持っているように見えるダイナーの店員が、警官を疑いの目で見つめている。《Triple Self-Portrait》(1960)にも同様のアプローチが取られているが、原作はマサチューセッツ州のノーマン・ロックウェル美術館が所蔵している。そこでルーカス・ミュージアムは、理由は今ひとつ明らかではないものの、この絵画をブロンズで再現した作品を委嘱した。作品に鏡が描かれていることを考えると、セルフィーを撮る機会を提供するためなのかもしれない。

ノーマン・ロックウェル《逃亡者》(1958)の習作(左)と完成作(中央)。右はリチャード・ウィリアムズ《警察の軍事化──致死的武力》(2014–15)。展示風景。Photo Paul Salveson/Courtesy Lucas Museum of Narrative Art

「解説」を排した美術館

しかし、すぐに気づくのは、美術館のどこにも解説テキストがないことだ。同館にも確認したが、ここでの考え方は、「見る」という行為を優先すべきだというものだ。確かに美術館では、見ることが重視されるべきだろう。しかし美術館には、ルーカス・ミュージアムが回避しようとしているもう一つの重要な機能がある。知を生み出し、公衆に学びを提供することだ。美術史という学問と同様、美術館の第一義的な役割は、展示されている作品を文脈のなかに位置づけることにある。

私が美術史に昔から魅了されてきた理由の一つは、とりわけ具象美術について、初心者であっても正典とされる作品が生み出された文脈をより深く理解する手助けをしてくれることだ。高校のAP美術史(アメリカの高校で履修できる大学レベルの美術史)の授業で、ジャック=ルイ・ダヴィッドの《ナポレオン一世の戴冠式》(1807)の構図が何を意味し、フランス貴族の一人ひとりの配置によって、ナポレオンの宮廷における彼らの地位がどのように示されているのかを学んだことを、いまでも鮮明に覚えている。それが私を美術史の虜にした。(ミゲル・コバルビアスが1933年に描いた《Hollywood’s Malibu Beach》についても、描かれている人物が誰なのかを示すガイドがあれば、ルーカス・ミュージアムで作品を見る体験はより豊かなものになるはずだ。)アートが過去について何を教えてくれるのかを知る喜びを、アート界のプロフェッショナルから気軽に美術館を訪れる人まで、誰もが味わってほしいと思う。しかしルーカス・ミュージアムでは、そのような体験はほとんど得られない。

文脈説明の欠如が最も深刻なのは、開館時の展示に借用された6作品の一つ、ロックウェルの《The Problem We All Live With》(1963–64)を前にしたときだ。解説がなければ、この絵が、学校の人種統合を進めることになったニューオーリンズの小学校へ、6歳のルビー・ブリッジズが連邦保安官に付き添われて登校する姿を描いていることすら、多くの来館者は知らないかもしれない。一方、見る者が背景ですぐに気づくのは、壁に殴り書きされた黒人への差別語「Nワード」と、ルビーを狙って投げつけられたトマトだ。ロックウェルの政治的立場はどのようなものだったのか。タイトルの「問題」とは、具体的に何を指すのか。この作品の場合、どちらの問いにも明確な答えがあり、曖昧さを残すことはロックウェルにとっても鑑賞者にとっても不利益となる。(念のため記しておけば、ロックウェルが批判していたのは、公立学校の人種統合に反対する南部白人であり、「問題」とは、この国における人種差別と反黒人主義の歴史、そして奴隷制の遺産である。)

ノーマン・ロックウェル《逃亡者》(1958年)の習作(左)と完成作(中央)。右はリチャード・ウィリアムズ《警察の軍事化――致死的な力》(2014-15年)。展示風景。Photo: Paul Salveson/Courtesy Lucas Museum of Narrative Art

しかもルーカス・ミュージアムが、歴史的に黒人コミュニティの中心だった地域の一つ、サウス・ロサンゼルスに位置していることを考えれば、この問題はいっそう看過できない。1960年当時のルビーと同じ6歳の黒人少女が、何の説明もないまま美術館に展示されたNワードを目にすることは、彼女にとって何を意味するのだろうか。ルーカス・ミュージアムが肩を並べようとしているレベルの美術館には教育部門があり、あらゆる年齢の来館者が展示内容をより深く理解できるよう、そしてこの作品のように議論を呼びうる作品について展示室で対話が生まれるよう、絶え間なく働いている──しかもその努力がアート界のほかの人々から十分に評価されることは少ない。そうすることで、私たちが互いを、そして私たちに共通する人間性をより深く理解する機会を生み出している。それこそが、優れた芸術の力なのだから。

ところがルーカス・ミュージアムは2025年5月、フルタイム職員15人とパートタイム職員7人を解雇し、その人員削減は主にラーニング&エンゲージメント部門とミュージアム・サービス部門に及んだ。当時、同館は「教育は今後も運営の中核をなす柱である」としつつ、教育プログラムはまだ開発中だと説明していた。(ちなみに、11ページに及ぶ開館時のプレスリリースには、「教育」という言葉も、その種のプログラムについての記述も一切ない。)

水曜日に報道陣を前に語った共同創設者メロディ・ホブソンは、夫のジョージがこの美術館を通じて、「その貢献がしばしば十分に評価されてこなかったイラストレーターたち、しばしば一枚の絵で物語を語り、私たちの人生を絵によって物語ってきた人々を称えたいと考えていた」と述べた。この点で彼女は正しい。ロックウェルのような例外を除けば、イラストレーションは長年、主流の美術館によって周縁化されてきた。だからこそルーカス・ミュージアムに課された仕事は、こうした作家たちが、いずれも同館のコレクションに含まれ、階下に展示されているアルテミジア・ジェンティレスキ、ルーカス・クラーナハ(父)、ピーテル・ブリューゲル(子)の傑作と並ぶに値する理由を、私たちに納得させることだ(これについては後ほど触れる)。

ルーカス・プラザから見上げるオクルスの風景。Photo Hufton Crow/Courtesy Lucas Museum of Narrative Art

解説テキストの欠如は、ルーカス・ミュージアムが抱えるさらに大きな問題を物語っている。新設の美術館である以上、同館には当初から途方もなく大きな課題があった。自らの使命と目的を一般の人々とアート界の双方に納得させることだ。自らをまさに「ナラティブ・アートの美術館」と宣言する以上、開館時の展示は、「ナラティブ・アート」という概念について説得力ある論拠を提示する必要があった。この言葉は同館が事実上復活させたもので、現在の美術史研究ではもはや広く使われていない。簡単に言えば、物語を語るアートということになる。ただし鑑賞者が、それぞれの作品が生まれた時代精神を示す重要な視覚的手がかりを知らなければ、その物語を読み解くのはしばしば難しい。そこで美術史と美術館の出番となる。ルーカス・ミュージアムはウェブサイトで、自らを「イメージを通じて物語を語る力に捧げられた機関」と説明し、ルーカス自身も「ナラティブ・アートは、社会の物語──つまり、その社会を結びつけている共通の信念が何であるか──を語る」と述べている。

解説テキストがないことについて尋ねると、最高経営責任者(CEO)のトレイシー・ベイツは、ルーカス・ミュージアムがタッシェンと共同で刊行した全2巻の大著を紹介した。(ちなみに展示室には、閲覧用のものすら1冊も置かれていなかった。)これは、私が美術館に対して抱く最大の不満の一つだ。キュレーション上の主張の重要な部分を展覧会カタログにだけ残す美術館があるが、高額すぎるため、一般の来館者はそうしたカタログを買わない。豪華な全2巻版は200ドル。一方、6×8.5インチに縮小した版は30ドルと比較的手頃だが、購入できるのはルーカス・ミュージアムだけだ。

優れた展覧会や常設コレクション展示がそうであるように、ルーカス・ミュージアムも、なぜここにある作品群が一緒に展示されるべきなのかについて、説得力ある論拠を示す必要があった。しかし、そうなってはいない。展示全体を説明する導入文、各テーマについてのより詳しい解説、一部の作品に付された詳細な作品解説があれば、同館のキュレーション上の主張を明確にするうえで大いに役立っただろう。しかし、そうしたものはどこにもない。来館者には、これから何を見るのかを把握する手がかりがまったく与えられていない。あるのは、作家名、作品名(スペイン語訳付き)、制作年、そしてなぜかスペイン語には訳されていない素材・技法だけを記した作品ラベルだ。

アルテミジア・ジェンティレスキと協力者《ガラテアの勝利》17世紀半ば。Courtesy Lucas Museum of Narrative Art

そうした情報がないため、私は、ルーカス・ミュージアムが自らをどのような美術館として位置づけようとしているのか、明確につかめないまま館を後にした。率直に言えば、もともと知っていた以上のことはほとんど何も学べなかった。展示作品やその作者についても、ルーカスとホブソンがコレクターとして何を動機に収集してきたのかについても、作品がいつコレクションに加わったのかについても、そしてなぜこれらの作品がさらなる探究や研究に値するのかについても、である。

「美術館」ではなく「コレクション」

キュレーションの観点から見れば、ここには一貫して全体を貫くものがない──「ナラティブ・アートの美術館」には、いかなるナラティブも存在しないのだ。展示する作品に文脈と解釈、そして一貫した枠組みを与えるという、美術館が果たすべき本質的な役割を完全に放棄している以上、この施設は「ルーカス・コレクション・オブ・ナラティブ・アート」とでも名乗ったほうがいい。現状では、「ミュージアム・オブ・ナラティブ・アート」という名称にふさわしい実質を伴っていない。

ある意味、これは驚くべきことではないのかもしれない。結局のところ、ルーカス・ミュージアムは、ルーカスとホブソンの趣味や好み、気まぐれを反映した私設美術館なのだ。構想段階で掲げられた使命と、概念的にも物理的にも壮大なプロジェクトの規模は、完成した施設が単なるコレクターの陳列ケース以上のものになることを予感させていた。振り返ってみれば、10億ドルという費用こそが、ルーカス・ミュージアムが究極的には自己顕示的なプロジェクトであることを示す、最も明確な兆候だったのかもしれない。

だからといって、コレクターが創設した美術館が優れたものになりえないというわけではない。アメリカで最も権威ある美術館のいくつか──ニューヨークのメトロポリタン美術館ワシントンD.C.のナショナル・ギャラリー、ロサンゼルスのハマー美術館、アーカンソー州のクリスタル・ブリッジズ・ミュージアム・オブ・アメリカン・アートなど──も、一人のコレクターの構想から始まり、その創設者の鑑識眼や明確な嗜好を反映していた。しかし彼らは最終的に「王国の鍵」をキュレーターたちに託した。キュレーターには、コレクションを意味あるものとして整理し、一般の人々がより深く理解できるよう手助けし、創設者自身の偏りゆえに見落とされた空白を埋めるべくコレクションを拡充する役割が与えられた。ジョージ・ルーカスが身を引く決断をしたとき、ルーカス・ミュージアムもようやく、自らが約束してきた美術館になれるのかもしれない。

カディール・ネルソン《ブラック・ゴシック》2017年、『Ebony』表紙。©Kadir Nelson/Courtesy Lucas Museum of Narrative Art

ロックウェルの展示室は、ルーカスの美的嗜好の限界を知る手がかりにもなる。その後もロックウェル作品はふんだんに登場し、20世紀半ばに同様の様式で制作した作家たちの作品も続く。その知名度やアート界で受け入れられている度合いはさまざまだ。ロックウェルの展示室に続くギャラリーにはN・C・ワイエスの優れた作品があり、ワイエスにも専用の展示室が設けられている。ただし、そこに展示された作品は精彩を欠く。そして現代に目を移せば、ルーカスはカディール・ネルソンに「現代のロックウェル」を見いだしたようだ。ネルソンは『ニューヨーカー』をはじめとする出版物のイラストレーションで最もよく知られ、館内の各展示室には少なくとも十数点の作品が展示されている。

ルーカス・ミュージアムはジェシー・ウィルコックス・スミスにも専用の展示室を設けている。6つある個人作家の展示室を与えられた唯一の女性だ。ただし、その部屋はほかよりずっと小さい。私はウィルコックス・スミスの作品に詳しくなかったが、『3びきのくま』(原題:Goldilocks and the Three Bears=ゴルディロックスと3匹のくま)の挿絵から、猫と触れ合う少女、娘に愛情を示す母親を描いた作品まで、心を動かされた。だからこそ、ルーカス・ミュージアムには彼女についてもう少し教えてほしかった。このような展示は、ウィルコックス・スミスがさらなる評価と研究に値する芸術家であることを示し、ほかの美術館が後に続く先例となりえたはずだ。それによって、ルーカス・ミュージアムが知を生み出す場であるという地位も確立できただろう。しかし繰り返すが、ここではそうなっていない。

ジェシー・ウィルコックス・スミス《マザーズ・オウン》1920年。Courtesy Lucas Museum of Narrative Art

その合間には、フリーダ・カーロ、チャールズ・ホワイト、T・C・キャノン、カルメン・ロマス・ガルサ、ジョン・ウィルソン、ポール・カドマス、アーニー・バーンズグランマ・モーゼス、アーチボルド・モトリー・ジュニア、ノーマン・ルイスらによる傑出した作品が点在する。(残念ながらルイスは、1941年の具象作品1点だけで紹介されている。)これらの作品はしばしばほかの展示とはかなり趣が異なり、どこか場違いに感じられる。そのため私には、これらがいつ収蔵されたのか──より具体的には、開館直前の時期にどれほど近かったのか──という疑問が浮かんだ。とりわけ印象的なのは、フェルナン・レジェの《Woman with a Cat》(1955)とエクトール・イポリットの《The Woman in Green—The Siren》(1947頃)の組み合わせで、どちらも横たわる女性を描いている。

建物外周の展示室を時計回りに進んでいくと、中ほどに差しかかり、「サイエンス・フィクション」「ファンタジー」「ロマンス」「アドベンチャー」のセクションに入ったあたりから、展示作品の質が急激に落ち始める。これらについては、多くを語らないほうがいいだろう。しかし最も失望したのは「歴史」のセクションだ。私はここで、かつて西洋美術の頂点とみなされ、それ自体が本質的に物語性を備えたジャンルである歴史画が扱われるのではないかと期待していた。ところが実際には、ばらばらの歴史的瞬間を描いた絵画の寄せ集めだ。エミリアーノ・サパタとジョン・F・ケネディの肖像が近くに掛けられ、そのそばにはスペインによるテノチティトラン征服とアメリカ独立革命を描いた作品がある。

コレクションが露呈する「大きな空白」

概して、ルーカス・ミュージアムは困難な議論を避けている。19世紀最後の10年間に制作された数点を除けば、4階に展示されている作品はすべて20世紀か21世紀のものだ。このこともまた、展示作品を正当に扱っているとは言いがたい。「労働」と題された展示室を例に取ろう。作品の大半は20世紀アメリカの工業化を称揚するもので、とりわけ白人アメリカ人に重点が置かれている。しかし一角には、ラティーノの労働者(おそらく非正規滞在者)を描いたナルシソ・マルティネスの作品、小作農を描いたチャールズ・ホワイトの肖像、そしてほぼ間違いなく刑務所労働者を描いたショーン・マイケル・ウォーレンの《Abbot’s Waterway》(2019)がある。この3作品はいずれも労働の搾取を描いている。その歴史はこの国の動産奴隷制と直接結びついており、この国を築いたのが奴隷とされた黒人たちの労働だったことは強調しておく必要がある。

「歴史」セクションの作品群に埋もれるように、奴隷状態から逃れる人々を描いたジェイコブ・ローレンスのシルクスクリーン《To Preserve Their Freedom》(1988)がある。奴隷制に正面から向き合う作品がこれ一つしかないのは残念だ。トランプ政権が、フィラデルフィアのプレジデンツ・ハウス・サイトの説明板を含め、アメリカ史から奴隷制への言及を消し去るために極端な手段にまで出ているいま、美術館でこうした歴史に向き合うことは、なおさら重要になっている。

ルーカス・ミュージアムの「歴史」ギャラリー。中央はロバート・コールスコット《ジョージ・ワシントン・カーヴァー、デラウェア川を渡る──アメリカ史教科書の1ページ》(1975)。Photo: Paul Salveson/Courtesy Lucas Museum of Narrative Art

ルーカス・ミュージアムのコレクションの空白も目につく。所蔵品が20世紀半ばの白人男性作家にあまりにも大きく偏っていることを考えれば、ロバート・コールスコットの《George Washington Carver Crossing the Delaware: Page from an American History Textbook》(1975)や、ジュディス・F・バカによる《Great Wall of Los Angeles》のアーカイブを収蔵した際、同館がそれを積極的に広報したのも無理はない。解説テキストの欠如は、これらの作品にとっても不利益となっている。両者はいずれも、非白人の視点からアメリカ史を再構想するという、それぞれ異なるアプローチを取り、こうした狭い人口層の外側にいるアメリカ人の経験を力強く主張する作品だからだ。

女性の扱いも大差ない。スポーツを描いた作品のセクションでは、20点中、女性アスリートを描いたものは私が数えた限りわずか1点だった。一方、「サイエンス・フィクション」や関連セクションには、男性作家が描いた露出度の高い女性像が登場する。人種的多様性という点では黒人作家が最も多く、次いでラティンクスの作家が続くが、展示作品が約1300点にのぼると知れば、その数でさえ誤差の範囲に思えてくる。アジア系作家の作品はほとんどが「マンガ」の展示室に追いやられている。ただし「グラフィック・ストーリーズ」には、マルジャン・サトラピの『ペルセポリス』のページも含まれている。ネイティブ・アメリカンの経験は、「アメリカ西部」の展示室における「カウボーイとインディアン」という紋切り型の表象を通じて、ほぼ全面的に示されている。クィアネスを扱った作品は一つも思い出せないし、キリスト教以外の宗教を扱ったものも記憶にない。

こうした欠落は、メディウムの偏りにも及んでいる。彫刻はほとんど展示されていない。例外はインカ・ショニバレの《Boy on Globe》(2012)だが、館内のインディ・ジョーンズや屋外のジャバ・ザ・ハットといったけばけばしい委嘱ブロンズ像、あるいはバットマンや『オズの魔法使』の臆病なライオンの映画衣装の近くに置かれているため、残念ながらその輝きが損なわれている。写真専用の展示室以外では、展示されている写真を私は1点しか数えられなかった。どうやらルーカスは、ナラティブ・フォトグラフィー(デュアン・マイケルズを思い浮かべてほしい)やコンセプチュアル・フォトグラフィー(シンディ・シャーマン)、テキストとイメージを組み合わせた作品(ジョン・バルデッサリ)について聞いたことがないらしい。これらはいずれも、想像力の力を引き出し、無数のナラティブを生み出すジャンルである。

また、写真ギャラリーに展示された40点近い作品が、ルーカス・ミュージアムの所蔵品であるということ以外に、互いにどう関係しているのかもまったくわからない。たとえば、人種隔離下のアメリカ南部を捉えたゴードン・パークスの胸をえぐるような写真の近くに、ビートルズの写真が掛けられている。芸術家やセレブリティがカメラに向けて自らのアイデンティティを構築する行為は、それ自体がナラティブな身振りであり、イメージにあふれた現代文化を生きる多くの来館者にも容易に理解できるはずだ。だがフリーダ・カーロやジェームズ・ディーンの写真は、私たちがすでに何度も目にしてきた有名人の写真がまた一枚ある、という以上のものには見えない。

ルーカス・ミュージアムにおける『スター・ウォーズ』の展示は、数少ない想像力に富んだ展示の一つ。Photo Maximilíano Durón/ARTnews

展示室には映像作品が一つもない。ハリウッドで名を成したコレクターの美術館であることを考えると、これはとりわけ意外だ。もしかするとルーカスは、動画を用いた芸術は「プロ」に任せるべきだと考えているのかもしれない。さらにもう一つ、明らかな欠落を挙げておこう。抽象だ。20世紀初頭のモダニズムにおける非対象芸術はナラティブな読みから距離を置いたが、近年、抽象的な表現に取り組む多くの作家は、一見しただけでは明らかでないにせよ、そのカンバスにナラティブを込めてきた。

救いなのは、ルーカス・ミュージアムが、壁画運動の作品の収集と展示に資源を投じている数少ない美術館の一つであることだ。ただし、それらは美術館南側の5階にひっそりと置かれている。ここでは、バカによる《Great Wall》の最終彩色案と、作品をクローズアップで見せる映像、トーマス・ハート・ベントンの準備素描、さらにバンクシーの最も有名な作品のいくつかを見ることができる。それらは、この美術館のために作家自身によって再構成され、自ら設置されたようだ。しかし優れた美術館なら、これらをただ唐突かつ混沌と隣り合わせに置くのではなく、作品同士がどのように関係し、どのような遺産を引き継いでいるのかを、もっと説明してくれるはずだ。

ルーカス・ミュージアムの良い点を一つ挙げるなら、「コミックス」と「グラフィック・ストーリーズ」の展示室を除き、大半のギャラリーで作品を詰め込みすぎていないことだ。30あまりあるコレクション展示室を、2時間ほどで無理なく見て回ることができる。4階は広大だが、身体的にも知的にも、圧倒されたり疲弊したりすることはない。

ルーカス・ミュージアム東側からの眺望。Photo: Maximilíano Durón/ARTnews

『スター・ウォーズ』は秀逸だが……

ルーカス・ミュージアムで実際に作品を見る体験についても、事情はさほどよくない。けばけばしい鏡面仕上げのサインが、なぜかスポットライトを浴びながら、現在いるテーマ別セクションを示している。作品ラベルではタイトルだけがスペイン語に訳され、素材・技法は訳されていないため、ルーカス・ミュージアムはスペイン語話者の来館者について、作品がどのような技法で作られたかを気にするほど洗練されてはいないと考えているかのような印象を与える。展示室自体も保守的で、革新的な展示デザインについてはほとんど考慮されていないように見える。実際、最も優れた展示は『スター・ウォーズ』シリーズに特化したもので、実際に使われたセットや衣装が躍動感のある方法で配置され、展示に活気を与えている。ほかのすべての展示室にも、これと同じくらいの配慮が払われていればよかったのだが。ときにルーカス・ミュージアムは、美術館として専用設計された施設ではなく、もともと作品展示など想定していなかった建物を、美術館に転用したかのように感じられる。

展示室はまた、より強い照明にも耐えられる絵画と並べて展示された紙作品など、光に弱い作品に配慮して薄暗く設定されている。中央のオクルスと、建物の北、南、東側にある3つの大きな窓から自然光が大量に差し込んでいなければ、この暗さもそれほど気にはならなかっただろう。空間から空間へ移動するたび、目にはかなりの負担がかかる。このうち二つの「眺め」は──駄洒落をお許しいただきたいが──見る意味がない。北側には、遠くにハリウッド・サインが見えるだけの退屈なロサンゼルス中心部の景色。東側には、エクスポジション・パークとコロシアムの醜い裏側が見える。一方、南側の窓からは、ルーカス・ミュージアムがキャンパスの一部として整備した敷地と、その先に広がる、太陽を浴びたヤシ並木のサウス・ロサンゼルスの眺望が広がっている。

だからといって、ルーカス・ミュージアムがロサンゼルスに何も貢献していないというわけではない。建築家が意図したように「雲」と見るにせよ、メディアがそうしたように「宇宙船」と見るにせよ、私はこの建物の未来的なデザインをかなり気に入っている。継続的に行われる映画上映プログラムも、大きなスクリーンではめったに上映されない映画の至宝を、新たな観客に届けるうえで大きな役割を果たすだろう。160エーカーの緑地と、チケットなしで無料利用できるリサーチ・ライブラリーの新設も、この地域の都市景観を変え、教育へのアクセスを拡大するうえで間違いなく大きく貢献する──しかし、ここは美術館であるはずなのだ。

ルーカス・ミュージアムのライブラリー。Photo Paul Salveson/Courtesy Lucas Museum of Narrative Art

「美術館」で傑作の「複製」を見るという矛盾

美術館側の考えに従えば、「ナラティブ・アート」とは何かを理解したいなら、私は1階から見始めるべきだったのだろう。そこには細長い一つのギャラリーを丸ごと使い、「The History of Narrative Art: Heroes · Myths · The Sacred(ナラティブ・アートの歴史:英雄・神話・聖なるもの)」と題した展示が設けられている。そうしなくてよかった。この展示を「展覧会」と呼ぶのはいささか無理がある。「ディスプレイ」と呼ぶほうが適切だろう。もっとも、ルーカス・ミュージアムは、自らを「美術館」と称しているのと同じように、自分たちの目的に合うよう現実を引き伸ばし、ねじ曲げようとしているらしい。このディスプレイはむしろ、ルーカスに「ナラティブ・アート」というものを成立させようと思わせた種類のアートを集めたムードボードのように機能している。

ここには、歴史上の有名作品の複製が並ぶ。強烈なバックライトで照らされたデジタル版もあれば、メキシコ政府の承認を得て制作された「アステカの太陽の石」の複製のような立体物もある。その意図についてCEOのベイツは、「世界を旅して、これらすべてを実物で見ることができる人はほとんどいません。しかしこの1階のギャラリーでは、それらを一堂に集め、誰もがナラティブ・アートの根源的な神話をたどる旅に出られるようにしました」と説明した。しかし結局のところ、実物のアートを見ることこそが、美術館の存在意義ではないだろうか。

確かに、これらの作品を見るために世界中を旅するには途方もない費用がかかる。しかしルーカス・ミュージアムが言っているのは、その代わりに傑作の複製と出会うことで、私たちはみな満足すべきだ、ということのように思える。だとすれば、私たちはいったい何のためにルーカス「ミュージアム」にいるのだろうか。

ベイツの説明によれば、このセクションは美術館のDNAそのものに組み込まれている。だとすれば、近年人気の「イマーシブ体験」に近いこの展示が、歴史的な時系列や文脈を無視して構成されていることは、なおさら問題だ。アルタミラ洞窟の壁画の下を通るトンネルを抜けると、数歩先にはシスティーナ礼拝堂が現れる。その奥にはアヤソフィアの内部があり、途中のどこかにはトラヤヌスの記念柱の一部がある。そしてダヴィッドの《ホラティウス兄弟の誓い》とホルバインによるヘンリー8世の肖像の間には、古代エジプトが挟み込まれている。

ルーカス・クラーナハ(父)《ソロモンの審判》(1526年、中央左)は、トラヤヌス帝記念柱の細部を再現した作品から発せられる強い光のため、鑑賞しにくい。Photo Paul Salveson/Courtesy Lucas Museum of Narrative Art

何より落胆させられるのは、この場所にルーカス・コレクションの優れた作品が実際に展示されていることだ。ロサンゼルスにはこれで、アルテミジア・ジェンティレスキ(およびその協力者)に帰属するとされる作品がもう1点加わった。《The Triumph of Galatea》(17世紀半ば)である。このほか、トンマーゾ・ベルナベイの《Scenes from the Life of the Virgin》(1525~28頃)のプレデッラ・パネル、アンドレア・ソラーリオの《Salome with the Head of Saint John the Baptist》(1520~24)、ルーカス・クラーナハ(父)の《ソロモンの審判》(1526)、ピーテル・ブリューゲル(子)の《錬金術師》(1600頃)も展示されている。デジタル複製のまぶしい光に邪魔されて、これらの作品がこれほど見づらくさえなければよかったのだが。

これが、ルーカス・ミュージアムが自らを位置づけようとしている「ナラティブ・アート」の世界なのだ。残念ながら大失敗だが、興行成績はきっと悪くないだろう(大人の入場料は25ドル)。ジョージ・ルーカスといえば、世界を構築する手腕で知られている。『スター・ウォーズ』シリーズは、その複雑さとニュアンスに富んだ世界観によって広く称賛されてきた。その新しい美術館にも、同じだけの細やかな配慮を注いでくれていたならよかったのだが。(翻訳:編集部)

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