美術館 ・博物館(以下、ミュージアム)は通常、コレクションを拡大していくものだ。その反面、世界のミュージアムが集めた品の大部分が収蔵庫に置かれている現実もある。ある推計によれば、その割合は最大95パーセントにも達するという。そんな中、著名ミュージアムの一部では、展示しきれない収蔵品への対応策として、コレクションの保管施設を一般公開するようになった。
この「見せる収蔵庫」は1980年代から存在していたが、2021年にロッテルダムにできたボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館 の「デポ」や、2025年にオープンしたロンドン の「V&A イースト・ストアハウス」などは格段に見ごたえがあり、インタラクティブな鑑賞体験も提供している。保管と展示の境界をなくそうというこうした収蔵庫は、スター建築 家を起用し、巨額の費用を投じて建設されることも多い。
「ストレージ(保存)」を論考する新刊
これら新時代のミュージアム収蔵庫について、建築家、批評家、歴史家の論考を集めた新刊『Keeping Culture: The Architecture of Storage(文化を保管する:収蔵の建築)』(Valiz社刊)がこのほど発売された。建築学者のスーザン・ホールデンとアシュリー・ペインが共同編集を手がけた同書の執筆者の多くは、収蔵庫が一般向け展示の空間になってもなお保管施設と見なされるのか、それとも本質は展示を待つ間の保管にあるのかと疑問を投げかけている。
同書が提示するのは、日本 からベルギー のフランダース地方に至るまで、多様な事例研究を通じた「ストレージ(保存)」に関する批評的分析だ。そこでは収蔵施設の建築に焦点が当てられ、一般市民、ミュージアム職員、収蔵品の三者の関係を、建物によっていかに構築できるかが考察されている。
たとえばV&Aイースト・ストアハウスでは、来館者をエントランスからすぐに建物の中心部へ導く動線が設定されている。そして、単に美しく演出された木箱やパレットで収蔵品を見せるだけではなく、それらが美術館の中でどのように収納・搬送・管理されているかといったプロセスを可視化している。
編者による長めの序章では、収蔵品の保管に関するいくつかの視点が挙げられている。その1つは、ミュージアムの権威的な方向付けから解放され、収蔵品とニュートラルに出会える場が保管施設であるとする考え方だ。
つまり、ヴァルター・ベンヤミンが「秩序がもたらす穏やかな退屈」と呼ぶものが存在せず、収蔵庫が一見「無秩序」であるように見える状態こそ、より本質的な体験につながるかもしれないというわけだ。それは、本書のインタビューでV&A副館長のティム・リーブが用いた「可視性」「透明性」そしてコレクションの「民主化」といった言葉で語られることの多い、媒介者を通さない直接的な出会いを意味する。
V&Aイースト・ストアハウスのワイヤーメッシュパネルを用いた引き出し式保管ラック。Photo: Hufton +Crow/V&A
「見せる収蔵庫」への懐疑
しかし、「文化を民主化する」という謳い文句による収蔵庫展示は、収蔵品へのアクセシビリティを空間的・物理的な面でしか捉えていない。そして、キュレーションによる解釈を収蔵品への架け橋ではなく、むしろ障壁であるかのように見なす。ミュージアムが収集する品は往々にして、とっつきにくかったり、難解だったりするものだ。だからこそ、研究成果や文脈の提示によって、そうした品々が持つ意味を引き出すことができる。
もちろん、収蔵庫そのものが展示の対象となる場合でも、ミュージアムは見学者に一定のメッセージを発している。すなわち、収蔵品の豊かさや、それを市民と共有する寛大さのアピールだ。しかし『Keeping Culture: The Architecture of Storage』には、見せる収蔵庫の概念に疑問を呈し、ミュージアムが見た目を変えただけにすぎないと考える執筆者もいる。
イギリス の作家でロンドンのデザイン・ミュージアム元館長のデヤン・スジッチは、ロッテルダムのデポを「見かけ倒し」で「見学者が騙されているように感じかねない」と辛辣に批判している。ミュージアムが現在のような大量の収蔵品──中でも植民地支配によって手に入れたもの──を維持することについて批判が高まる中、収蔵庫の公開には大きなリスクがあると言えるだろう。
そして、最大の問題は人骨の保管だ。オーストラリア 先住民の建築家キャロル・ゴー=サムの寄稿では、先住民 の文化資料を収める施設や、出所が不明または不確かな遺骨を安置する「国立安息の地(National Resting Place)を整備しようとするオーストラリアの試みが概説されている。そこで浮き彫りになるのは、建築物に依存して過去の過ちを償おうとすることの複雑な側面だ。
V&Aイースト・ストアハウスにあるウェストン・コレクション・ホール。Photo: Kemka Ajoku/V&A
「国家をデジタルで保存する」試み
収集とは喪失の裏返しでもあり、つまりは、収集しなければ消え去ってしまうかもしれない何かを救おうとする試みだと言える。その事実を痛切に語るのが、この本の最後に収録されているスペイン 人建築家マリーナ・オテロ・ヴェルジェの論考だ。ヴェルジェは、南太平洋の島嶼国ツバルの取り組みに光を当てている。
ハワイ とオーストラリアの中間に位置する群島からなるツバルは、海面上昇で水没の危機に瀕する国土をデジタルデータとして保存しようとしている。その目指すところは、「国土の再構築、文化のアーカイブ化、行政のデジタル化」を進め、祖国をメタバース上で再現する「世界初のデジタル国家」となることだ。
だが、莫大なエネルギーを必要とする世界各国のデータセンターは、ツバルの存続を脅かす環境変動の一因になっている。そうした遠隔地のデータセンターに自国の領土をデジタルデータとして再保存しようとする試みは、データの「保存」がはらむパラドックスと、その代償を痛感させる。
文化評論家のスーザン・スチュワートは、保存や収集の未来の可能性を論じる際、ノアの箱舟こそがコレクションの原型だと述べている。しかし、ツバルの例を見ると、神が起こした大洪水について、そして私たちが何かを残すことと引き換えに、流され失われてしまうものについて思いを馳せずにはいられない。(翻訳:清水玲奈)
from ARTnews
世界の美術館建築、100年間のベスト25。日本からは3館がランクイン
優れた美術館が備えるべき条件とは何だろう? それは内部に展示されている作品だけではなく、美術品を収める建物も重要だ。多くの建築家が、美術館もアートとして鑑賞の対象になりうると認識しており、所蔵されている傑作と同じくらい建築そのものが広く知られている美術館も少なくない。ここでは、過去100年間に建てられた
美術館 のうち、それ自体が最も重要な芸術作品といえる25の建築を紹介する。
25. Azerbaijan Carpet Museum(アゼルバイジャン・カーペット・ミュージアム/アゼルバイジャン、バクー) 設計:フランツ・ヤンツ Photo: Marius Becker/picture-alliance/dpa/AP Images
24. Manetti Shrem Museum of Art(カリフォルニア大学デービス校 マネッティ・シュレム美術館/アメリカ、カルフォルニア州) 設計:SO–IL Photo: Courtesy Manetti Shrem Museum of Art
23. Zeitz Museum of contemporary African Art(ツァイツ・アフリカ現代美術館/南アフリカ、ケープタウン) 設計:トーマス・ヘザウィック Photo: AP Photo
22. 金沢21世紀美術館/日本、石川県 設計:SANAA Photo: Kyodo via AP Images
21. Odunpazari Modern Art Museum(オドゥンパザル近代美術館/トルコ、エスキシェヒル) 設計:隈研吾建築都市設計事務所 Photo: Batuhan Keskiner
20. Museo Tamayo(ルフィーノ・タマヨ美術館/メキシコ、メキシコシティ) 設計:テオドロ・ゴンサレス・デ・レオン、アブラハム・ザブルードフスキー Photo: Archivo Agencias EL UNIVERSAL/JMA/GDA via AP Images
19. Louvre Abu Dhabi(ルーブル・アブダビ/UAE、アブダビ) 設計:ジャン・ヌーベル Photo: Mohamed Somji/Courtesy Louvre Abu Dhabi
18. National Museum of Modern and Contemporary Art(韓国国立現代美術館 果川館/韓国、果川市) 設計:金泰修(キム・テス) Photo: Jinho Jung/Courtesy Wikipedia
17. MAXXI(イタリア国立21世紀美術館/イタリア、ローマ) 設計:ザハ・ハディド Photo: AP Photo/Pier Paolo Cito
16. Kunst Haus Vienna(クンストハウス・ウィーン/オーストリア、ウィーン) 設計:フリーデンスライヒ・フンデルトヴァッサー Photo: Krystof Kriz/CTK via AP Images
15. 豊島美術館/日本、香川県 設計:西沢立衛 Photo: Kentaro Ohno/Courtesy Wikipedia
14. Neue Staatsgalerie(シュターツギャラリー新館/ドイツ、シュトゥットガルト) 設計:ジェームズ・スターリング Photo: Michel/picture-alliance/dpa/AP Images
13. Yale Center for British Art(イェール大学英国美術研究センター/アメリカ、コネチカット州) 設計:ルイス・カーン Photo: Courtesy Wikipedia
12. Guggenheim Bilbao(ビルバオ・グッゲンハイム美術館/スペイン、ビルバオ) 設計:フランク・ゲーリー Photo: Frank Rumpenhorst/picture-alliance/dpa/AP Images
11. Louvre(ルーブル美術館/フランス、パリ) ガラスピラミッド設計:I・M・ペイ Photo: Jeanne Accorsini/SIPA via AP Images
10. Museu de Arte de São Paulo(サンパウロ美術館/ブラジル、サンパウロ) 設計:リナ・ボ・バルディ Photo: Bruno Rocha/Fotoarena/SIPA USA via AP Images
9. Tank Shanghai(上海油罐芸術中心/中国、上海) 設計:オープン・アーキテクチャー社 Photo: Courtesy Qiao Zhibing
8. Neue Nationalgalerie(新ナショナルギャラリー/ドイツ、ベルリン) 設計:ルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエ Photo: Christophe Gateau/dpa via AP
7. 地中美術館/日本、香川県 設計:安藤忠雄 Photo: Seiichi Ohsawa/Courtesy Fukutake Foundation
6. Museum für Moderne Kunst(フランクフルト現代美術館/ドイツ、フランクフルト) 設計:ハンス・ホライン Photo: Jan Haas/picture-alliance/dpa/AP Images
5. Sainsbury Wing, National Gallery(ナショナル・ギャラリー セインズベリー・ウィング/イギリス、ロンドン) 設計:ロバート・ヴェンチューリ、デニス・スコット・ブラウン Photo: Richard George/Courtesy Wikipedia
4. Guggenheim Museum(グッゲンハイム美術館/アメリカ、ニューヨーク) 設計:フランク・ロイド・ライト Photo: Anthony Behar/Sipa USA via AP Images
3. National Museum of African American History and Culture(国立アフリカ系アメリカ人歴史文化博物館/アメリカ、ワシントンD.C.) 設計:デビッド・アジャイ Photo: Graeme Sloan/Sipa USA via AP Images
2. Niterói Contemporary Art Museum(ニテロイ現代美術館/ブラジル、ニテロイ) 設計:オスカー・ニーマイヤー Photo: Marcelo Maragni/Red Bull Content Pool via AP Images
1. Centre Pompidou(ポンピドゥー・センター/フランス、パリ) 設計:ジャンフランコ・フランキーニ、レンゾ・ピアノ、リチャード・ロジャース Photo: AP Photo/Jody Kurash
あわせて読みたい