レンブラントはなぜ「異教徒」を描いたのか──修復で判明した難民への共感

十数年前に真作と認められたレンブラントの初期絵画が、7月1日夜、17〜26億円の予想価格でオークションに出品される。近年の修復によって、これまで知られていなかった図像が姿を現した。専門家はそこに、画家の新たなメッセージを読み取っている。

レンブラント・ファン・レイン《Let The Little Children Come Unto Me》(制作開始1627年) Photo: Courtesy Sotheby's.

オランダの巨匠レンブラント・ファン・レインによる初期絵画が、7月1日(現地時間)にサザビーズロンドンの「オールドマスターと19世紀絵画・彫刻のイブニングオークション」に出品される。十数年前に発見され、その後レンブラントの真作だと認められた作品は、大がかりな修復作業で別の画家による後世の加筆が除去された。そこから出現した図像について専門家は、宗教的対立による難民問題で社会的緊張が高まる中、レンブラントが寛容の精神を訴えていたのではないかとの見方を示している。

加筆が除去された作品に高額落札予想

《Let The Little Children Come Unto Me(幼子たちを私のもとに来させなさい)》(制作開始1627年)と題されたこの絵には、800万から1200万ポンド(最近の為替レートで約17億2000万~約25億8000万円、以下同)の予想落札価格が付けられている。サザビーズによると、高さ約1メートルのこの絵画は、レンブラントが手がけた同じ主題の作品の中で唯一現存するものだ。

出品者は、2014年にケルンのレンペルツというオークションハウスで、この絵を150万ユーロ(約2億8000万円)で手に入れたという。当時、17世紀オランダの無名画家が描いたとされていた作品を見出したのは、アムステルダムのアートディーラー、ヤン・シックス(1654年のレンブラント作品《ヤン・シックスの肖像》のモデルの直系の子孫)だった。その後、専門家のクリストファー・ブラウンとエルンスト・ファン・デ・ヴェーテリングによる鑑定が行われ、レンブラントの作品だと認定されている。

レンブラント作品のオークション記録は、2009年にクリスティーズ・ロンドンで《Portrait of a Man with Arms Akimbo(手を腰にあてた男性の肖像)》(1658)が記録した3330万ドル(約54億万円)。今回もし予想最高額に達すれば、オークションにかけられたレンブラント作品として6番目の高額作品となる(インフレ調整なし)。今年2月には、フランスアメリカ人の貴金属王で慈善家や野生動物保護活動家としても知られるトーマス・S・カプランのコレクションから、《Young Lion Resting(横たわる若いライオン)》(1638-42年頃)が出品され、1790万ドル(約29億円)というレンブラントの素描の史上最高額を樹立した。今回の出品作の予想最高価格はこれに次ぐものだ。

レンブラント・ファン・レイン《Let The Little Children Come Unto Me》(制作開始1627年)。修復前の状態。Photo: Courtesy Sotheby's.

理由は不明だが、レンブラントが未完のままにしていたこの絵の前景は、のちに同時代の無名画家かレンブラントの追随者によって(サザビーズによれば「かなり粗雑に」)仕上げられた。その人物が手を入れた部分は、この10年の間に修復家たちによって取り除かれている。

修復作業から明らかになったのは、この絵を仕上げた正体不明の画家が複数の登場人物に多くの変更を加えていたことだ。画面中央手前で背を向けている裸の子どもには衣服が描き加えられ、その横の女性は少女に、キリストの腕に抱かれた乳児は年長の子どもに変えられ、さらにはキリスト自身の顔、髪、ひげも改変されていた。

サザビーズによると、中でも特に深い意味を持つ変更は、画面中央左側の男性に加えられたものだ。修復前の男性は、白髪に白いひげを蓄え、オランダ風の帽子をかぶって中央の人物たちを指し示すような身振りをしていた。しかし、元の絵では白髪も白いひげもなく、頭にターバンを巻いて東洋風の衣装を身にまとっていたことが判明した。

制作当時に起きていた難民問題と人道危機

ユダヤ人キリスト教徒たちを描いたこの絵にイスラム教徒と思われる男性を登場させることで、レンブラントは他者への寛容を訴えていたのかもしれない。カトリックの母とプロテスタントの父のもとに生まれた彼自身、異なる2つのルーツを持ち、当時激化していた宗派間の対立に心を痛めていたと思われる。

そして、まさに彼がこの絵を描いていた頃、宗教対立に端を発し、ヨーロッパ史上有数の破壊をもたらした三十年戦争で生じた大勢の難民が、彼が住んでいたライデンに押し寄せて社会に緊張をもたらしていた。レンブラントはまた、寛容の精神を訴えていたレモンストラント派(プロテスタント)とも交流があったという。サザビーズがこのオークションのために作った広報資料には、美術史家のアンドリュー・グラハム=ディクソンによる次のような言葉が引用されている。

「レンブラントがこの絵画の制作を始めた1627年当時、ライデンは深刻な人道危機に陥っていました。三十年戦争が激化し、(中略)数十万もの人々が難民としてネーデルラント連邦共和国に押し寄せたのです」

レンブラント・ファン・レイン《Let The Little Children Come Unto Me》(制作開始1627年)。修復前(左)と修復後(右)。Photo: Courtesy Sotheby's.

グラハム=ディクソンはさらに、ライデンが1626年だけで約1万人もの難民を受け入れたと推定されていると指摘し、こう続けている。

「大勢の人々が登場するこの絵の中で、レンブラントはキリストが子どもたちや何組もの家族を温かく迎え入れる様子を描いています。当時、これは大いに物議を醸す題材でした。ライデンには彼らを受け入れたくない人々もいたからです。しかしレンブラントは、人道的救済を擁護していたということがこの絵画から読み取れます。彼は苦しむ子どもたちの味方でした」

そして、グラハム=ディクソンはこう結論付ける。「これは単なる絵画ではなく、レンブラントの道徳的立場と彼が抱く共感の表明だと私は思います。レンブラントほど人間の境遇に心を寄せた画家はいません。確かにこれを描いた時の彼はまだ若く、作品は未完成です。でも彼の目と切迫したその表情を見れば(群像の中の自画像については後述)、レンブラントが生を肯定し、これらの人々を助けたいと思っていたことが感じ取れるはずです。『幼子らが私のところに来るのを妨げてはならない』と言ったキリストの側に自分も立っている──彼はそう意思表示しているのです」

レンブラントが描いた家族と自らの姿

さらにサザビーズは、この作品は聖書の物語の一場面を描いた絵であると同時に、レンブラントが自身の両親や彼の名付け親、そして彼の父が名付け親となった女性など、近しい人々をモデルにした極めて個人的な作品でもあると指摘する。

これが制作された1627年は、アムステルダムの著名画家ピーテル・ラストマンの下での修行を終えたレンブラントが、故郷のライデンに戻って間もない時期にあたる。息子が法律家や役人、聖職者などの安定した職業に就くことを望んでいた両親をレンブラントが作品に描いたのは、その支援への感謝を示すとともに、画家を志した自身への投資が報われたことを表現するためだったのではないかとサザビーズは推測している(皮肉にも彼はその後、国内外で名声が高まる中で浪費や不適切な投資を重ね、1656年に破産を宣告された)。

レンブラントの母、コルネリア・ヴィレムスドフテル・ファン・ザイトブルックは、ターバンを巻いた男性のすぐ右側に描かれ、父のハルマン・ヘリッツゾーン・ファン・レインは、彼女の頭上後方の影の中にいる。また、数多くの自画像で顔つきがよく知られている画家本人は、右後方の最上段で白い衣をまとった人物として描かれ、鑑賞者の方に視線を向けている。

サザビーズの資料によると、レンブラントの隣にいる年配の男性と、その下の毛皮の帽子をかぶった中性的な人物はレンブラントの名付け親ではないかとされている。また、刺繍のある布を被って乳児を抱いている若い女性はレンブラントの家族または使用人と見られ、彼の父が名付け親となり、孤児となった後に身元を引き受けた人物の可能性があるという。

レンブラント・ファン・レイン《Let The Little Children Come Unto Me》(制作開始1627年) Photo: Courtesy Sotheby's

サザビーズは《Let The Little Children Come Unto Me》の来歴に関し、この絵が同時代のオランダにおける2つのコレクションの目録に記載されている可能性を挙げている。それが実際にこの絵であれば、最初の所有者は裕福な独身男性のフローリス・ソープということになる。

ソープは、1654年にレンブラントが制作した人物画(現在ニューヨークメトロポリタン美術館が所蔵)のモデルではないかとされている。そのコレクションの目録には、この作品の内容に合致する絵画が記載されており、のちにこの絵を受け継いだ彼の親戚の息子のヴィルヘルムス・スクリヴェリウスがレンブラントの作品2点を含む多数の絵画をオークションで売却したという記録が残っている。

レンブラントの真作だと認められて以降、この作品は2019年から20年にかけて、ライデンのラーケンハル市立博物館とイギリスのオックスフォード大学附属アシュモレアン博物館で開催された「Young Rembrandt(ヤング・レンブラント)」展に出品された。また、7月1日のオークションに先立ち、サザビーズ・ロンドンは6月27日からこれを一般公開している。(翻訳:野澤朋代)

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