「人々はもう一度、何かを信じたいと思っている」──トニー・アウスラーが語るテクノロジーとアート

テクノロジーと人間の知覚、信念の関係を40年以上にわたって探求してきたマルチディシプリナリー・アーティスト、トニー・アウスラー。日本では過去最大規模となる個展「トニー・アウスラー:技術と霊知のはざま ~魔術、メディア、アート~」(TOKYO NODE)の会期終了を目前に控えたいま、テクノロジーの時代にアートは何を可能にするのか、人間にとって「信じる」とは何なのか──アウスラーの「思考」を紐解く。

Tony Oursler / Photo: Nils Junji Edström
「トニー・アウスラー:技術と霊知のはざま ~魔術、メディア、アート~」の展示会場にて。Photo: Nils Junji Edström

──ソニック・ユースやマイク・ケリー、リディア・ランチをはじめ、1980年代初頭のニューヨーク・カルチャーから多くの影響を受けた者の一人として、「なぜ今まで日本であなたの大規模展がなかったのか」と不思議に思いました。

僕もそう思います(笑)。でも、実は長年日本で仕事をする機会には恵まれてきました。初めての来日は1987年で、スパイラル・ギャラリーで作品を展示しました。その後も何度か戻ってきています。初来日の前にも、1981年頃にビデオ作品を日本で見せる機会がありました。つまりかなり早い時期から、日本の人々は僕の作品に対してオープンでいてくれた。それはとても嬉しいことです。

TOKYO NODEは空間そのものがダイナミックだし、キュレーターが設計した動線も面白い。完全に年代順ではなく、初期の作品から始まって、最後はまったくの新作に行き着くという大まかな流れはあるけれど、その中をダイナミックに移動していく。長い通路もあって、ある種の「memory palace(記憶の宮殿)」の中を歩いているような感覚があります。

──日本には、あらゆる物に魂や霊が宿るというような伝統的な感覚があります。だから、あなたの作品との間には言葉にしなくても理解できる何かがあるようにも感じます。今回の展覧会のタイトルで、「Tech」と「Gnosis」という一見異なる概念を組み合わせた理由を教えてください。

僕は、「collective unconscious(集合的無意識)」と、人々が共に参加する物語的な空間、その中間のどこかに僕たちが共有しているものがあると思っています。それはおそらく映画やマジック・ランタン、カメラ・オブスクラのようなものから始まり、テレビへ、そしてインターネットへと移っていく。

その間ずっと、人々の信念体系や伝統的なスピリチュアリティは、さまざまな挑戦を受けてきました。それらがテクノロジーによって変容し、破壊されたり、逆に強化されたりする。そのことに僕はずっと興味を持ってきたんです。テクノロジーは、そうした信念体系を文化の中で未来へ運んでいく方法でもあるからです。

そして今、僕たちとスマートフォンやスクリーンとの関係は、その吸引力と企業化があまりにも巨大になったことで、ある種のどん底に達していると思う。だから今必要なのは、さまざまな方法でメディアをもう一度「re-enchant」──魔法を取り戻すことなんじゃないかと思います。

僕自身にとっては、それほど新しいことではありません。アートの中でずっと取り組んできたことだから。でも文化そのものの活力や創造性を考えたら、僕たちはあの空間をもう一度、自分たちのものとして取り戻さなくてはいけない。人々はもう一度、何かを信じたいと思っているような気がするんです。

テクノロジーを拒絶すれば「語彙を失う」

Tony Oursler
Photo: Nils Junji Edström

──一方、テクノロジーによって創造性のための空間が拡張され、従来とは違う生き方が可能になったと考える人もいます。

もちろん、それはテクノロジーの楽観的な側面として、ある程度は事実です。僕も、それが起きてほしいと思っている。でも、思っていたほどには起きていない。

実際に僕たちが目にしているのは、むしろ情報の収縮です。企業がイメージの選択肢を狭めていく。リサーチでさえ、最近はある局面では以前より難しくなっていると感じます。僕が本当に見てみたいのは、テクノロジーが利他性、つながり、想像力に対して、何を可能にするかです。

でも今は、かなり極端な受動的関与になっている。近年の絵画の復活さえ、人々がヴァーチャル空間であまりにも長い時間を過ごしていることへの恐怖と関係しているんじゃないかと思います。

VRだってそうです。僕が最初にVRの話を聞いたのは1980年代末頃だったと思います。マサチューセッツ・カレッジ・オブ・アートで教えていた頃、ピクチャーズ・ジェネレーション(*1)の一員だったエリカ・ベックマン(Ericka Beckman)たちとVRについてのシンクタンクのようなことをやっていました。でも結局、一般の人々にはかなりはっきり拒絶されました。

だから僕は、僕たちが何らかの限界に到達したんじゃないかと思っているんです。

*1 ピクチャーズ・ジェネレーション(Pictures Generation)は、1977年にダグラス・クリンプが企画した「Pictures」展と、その後クリンプが1979年に発表した論考を核に語られる作家群。代表的な作家として、シンディ・シャーマン、リチャード・プリンス、シェリー・レヴィーン、ロバート・ロンゴらがいる。

──興味深いのは、若い世代のほうがテクノロジーに懐疑的な場合もあることです。彼らの中には、AIやテクノロジーに懐疑的で、むしろ距離を置こうとしている人たちもいると感じます。

それは面白いですね。テクノフォビアもこの状況の一部なのかもしれません。でも僕は、それが答えだとは思いません。懐疑的になるのはいい。でも、だからといって学ばないというのは危険です。語彙を失い、そのテクノロジー自体を理解できなくなってしまうから。

特にアートに関わる人は、その時代の一般的な表現言語に対して流暢でいる必要があると思います。それは僕にとって、ずっと重要なことでした。

インターネットが登場した1990年代末から2000年代初頭には、ものすごい楽観主義がありましたが、今ではほとんど、投資家や一部の科学者くらいにしか残っていない。最近は、デジタルを使わずフィルムを好む若い写真家もいるそうです。テクノロジーに反する方向へ向かう美術学校もあると聞きます。

それが経済的な理由なのかは分かりません。絵画やオブジェなら売れるからなのか。それとも単純にテイストの問題なのか。

僕自身はアニメーションにAIをかなり使っていますし、面白い結果も出ています。パフォーマーとAIを組み合わせて、両者を何らかの形でレイヤーにすることにも興味がある。AIだけをそのまま使うことには問題もありますが、同時に、僕にはすごく魅力的です。

だって、ある意味ではAIってカール・ユングが語った「collective unconscious(集合的無意識)」でしょう。仮にそれが究極のデータセット、あるいは総体としてのデータセットだとすれば、本当に魅力的です。僕はそこにものすごく惹かれる。

ただし、すでにいろいろな問題があることもわかっています。AIが登場したのが、いわゆる「woke」の時代でもあったから、特定のものについてはかなり強く制約されているのが分かります。

スクリーンの反対側

──あなたが初めて衝撃を受けたテクノロジーは何でしたか?

完全に年齢がバレますが(笑)、僕の世代は、テレビを見て育った世代でした。実際、統計的には睡眠を除けば何よりも長い時間テレビを見ていた。だから僕は、そのことをよく考えるんです。そこには強迫性、依存、現実逃避、物語、企業による支配、そして政治──そういうものがすべてひとつの空間に集まっていました。

そしてテレビは一方向だった。これは今の人には理解しにくいと思います。自分の何かをテレビに載せる方法なんてなかった。自分でテレビを作ることもできなかった。ほんの数社の企業に支配されていて、ビデオを録画するための機材を手に入れることさえできなかった。

カリフォルニア芸術大学(CalArts)で学んでいたとき、誰かが「このカメラを使ってみたら?」と言ってソニーのポータパック(Portapak)を持ってきたんです。ポータパックは1967年頃に登場したので、その時点ですでに10年くらい前の機材でした。でも、それを手にした瞬間、まるでスクリーンの反対側から覗いているような、テクノロジーのメカニズムの内側に入り込んだような感覚を得たんです。

しばらくの間、それが僕のエネルギーになりました。当時作っていた彫刻や絵画の延長としてビデオを考えていたので、そこからインスタレーション全体を探求するようになりました。それまで映像は、基本的にテレビという形態で家庭の中に設置されていて、僕もほかの多くのアーティストも、そのことを強く意識していました。

その映像というメディアの中に入り、また外へ出る、という感覚は、以来、ずっと僕がやっていることです。今、AIを扱うときでさえ同じ。僕は、動くものなら何でも、そうやっていじって遊ぶんです。

──デジタル空間には物理的な限界がないので、掘れば掘るほど広がっていくような感覚に陥ることがあります。

企業は、その中で収益化できる道を模索しますが、アーティストがやっているのは、歴史の中で選ばれなかった別の道を進んでみること。「あのとき、こっちの道を選ぶこともできたんじゃないか」というような道を歩くことができるんです。

「アートは、僕にとって宗教なんです」

──あなたは長年、幽霊、テレビ、陰謀論、AIなど、目に見えなかったり曖昧だったりするにもかかわらず、人々が信じるものを扱ってきました。そう考えると、アートそのものも同じカテゴリーに属していると言えますか?

間違いなくそうです。僕にとって、アートはある意味、宗教に近いんです。僕は創造性を信じている。そして、人々の間でアイデアを共有することを信じています。それによって深い意味で世界を作り上げていくことができると思っている。

僕はかなり若い頃に、その世界に自分の居場所を見つけることができた。それは幸運だったと思っています。ただ、ここ数年のアートは、以前よりずっと経済中心になったし、ある意味では自らの成功によって攻撃されている。

アメリカで早い頃から僕が気づいていたことのひとつは、政治的にはまったく異なる極にいる人たちでも、アートの場では本当に一緒になることができたということです。人々が違いをいったん脇に置く。僕はアートのそういうところが好きでした。それができるものは、ほとんどないから。

その意味で、アートは文字通り、あるいは詩的な意味においても、間違いなくある種の信念体系だと言える。そこには可能性があります。なぜなら、アートとは、常に自分自身を書き換え続ける信念体系であり、固定されることがない。そこが僕には刺激的なんです。

僕が作品を作っても、それで作品が完成するわけではない。展示するにしても、輸送して、箱から出して設置しなければ「作品」にならない。つまり作品は、必ずしもそのオブジェクトそのものではなく、「経験のための枠組み」なんです。そこには、ある種の概念的アニミズムがある。そしてそれは共有される。人々が一緒になって作っていくことのできるゲームのようなものです。そこが面白い。

一方、ポピュラーカルチャーは、僕の考えでは例えば映画館に座ったらジェットコースターに乗るように、A地点からZ地点まで進んでいく。人によって反応は違うけれど、基本的には同じ道を通る。

アートにはそれがない。代わりに、「参加」するための「構造」があるだけで、何を考えろとは言われないんです。今の文化の中で、そういう場所は本当に少なくなっています。だから刺激的なんです。

変わっているのは絵ではなく「あなたの脳」

──「アートとはオブジェクトではなく枠組みだ」という話はとても面白いですね。それがあなたの作品が古く見えない理由でもあるのかもしれないと思いました。テクノロジーを使う作品は、つい最近登場したものですら今日には古く見えてしまう可能性がありますが、あなたの作品にはそれがない。

まさにそれが僕のやろうとしていることです。僕は昔から歌舞伎にすごく影響を受けてきました。とくに、黒衣の人たちの存在に、イメージを構築する別の方法がそこにあると感じました。観客が自分の頭の中でイメージを構築する、そのプロセスそのものに参加するような方法です。

よくある話ですが、絵画を見て「見るたびに違って見える。毎回違うものが見える」ということがありますね。絵画は物理的には固定されているのに。でも実際に変わっているのは、その人の脳なんです。アーティストはそれを理解している。でも、絵画からさらに一歩進んで、固定されない知覚や夢の空間そのものを扱うこともできると思うんです。

「正しいかどうか」より、人をどこまで連れていけるか

──オカルトやスピリチュアリズムについて聞きたいと思います。ヒルマ・アフ・クリントは現在では美術史の重要人物として再評価されていますが、かつてオカルトはアートの世界でも科学の世界でも真剣に扱われないことがありました。

このテーマは、僕の家族の歴史とも関係しています。特に《Imponderable》は、僕の祖父母や父から聞いた話に関わる作品です。

僕の祖父は若い頃マジシャンで、彼自身の言い方では「降霊会のテーブルの下で育った」らしい(笑)。家族と一緒に降霊会に行き、そこで使われていたトリックを目撃したことが、マジックへの興味につながったのかもしれません。同時に作家でもあり、後にはフーディーニやコナン・ドイルといった、自分のヒーローたちにも実際に会っています。

《Imponderable》は、1920年代の戦間期を舞台に、祖父が出会ったこうした人々をめぐる、ある種の「信念同士の闘い」から生まれました。そしてそこには、女性の解放という問題もあります。なぜなら、僕の祖母も作家だったからです。当時、多くの女性が創造的な分野へ進み始めていました。スピリチュアリズムも、司祭階級の家父長制の外側で、女性が声を持つことのできる場所だったんです。

祖父母は僕が生まれる前に亡くなっていたので、僕は父からこうした話を聞いて育ちました。だから僕にとっては、ある種の奇妙なゴーストストーリーでもありました。

──1920年代の有名な霊媒師、マージェリー・クランドンも《Imponderable》に登場しますね。

彼女はすごく面白い。暗闇の中に人々を集め、音や光を使ってパフォーマンスをしていたんです。しばしば裸になり、蛍光塗料や蓄光塗料、ブラックライトのようなものを使って身体を照らした。意識の流れのように話したり、書いたり、コラージュも作っていました。

それを全部まとめて考えたら、ほとんどマン・レイのプロトタイプみたいなものでしょう。つまりスピリチュアリズムは、人々が非常に強烈な創造性を発揮することを可能にしたとも言える。

もちろん、当時のスピリチュアリズムには詐欺も横行していました。だから単純に霊媒師たちが不当に排除されたという話ではありません。でも、僕が面白いと思うのはそこではない。

ヒルマ・アフ・クリントのような人たちが関わっていた活動には、一人の人間が普通にできることを超えた何かをしようとする試みがあった。そして、それこそ僕がアートでやろうとしていることなんです。人間はみんな、自分にできることを超えた何かをしようとしている。

僕自身、美術学校でコンセプチュアル・アートを発見していく中で、神智学者のアニー・ベサントとC・W・リードビーターによる『Thought-Forms(思念形態)』(1901年)に出会いました。彼らは思考を絵画やイメージとして描こうとしていた。それは、魂や夢を写真に撮ろうとした人たちにもつながっています。

こうした実践は、人々に、自分の能力を超えることを許すんです。「風景を描こう」「肖像画を描こう」というところから、「魂を描こう」「思考をイメージにしよう」「夢を描こう」となった瞬間、人は自分自身に許可を与える。

だから僕にとって重要なのは、こうしたシステムが正しいか間違っているかではありません。それによって、人が深い意味で自分自身を超越できることなんです。

合理主義は線を引き、境界を作ります。そして時には、それが人々を対話から排除することにもなる。ヒルマ・アフ・クリントが長い間、美術史の外側に置かれていたことも、その一例だと思います。

「魂を描こう」と思った瞬間、人は自分を超えられる

──あなた自身も、そうした「自分を超える」経験をしてきたのでしょうか。

僕自身の話をすると、美術学校でコンセプチュアル・アートを発見していく中で、偶然『Thought-Forms(思念形態)』という本に出会いました。神智学者のAnnie BesantとC. W. Leadbeaterによる本です。

彼らは、思考を絵画やイメージとして描こうとしていて、それが魂や夢などを写真に撮ろうとしていた人たちにもつながっていく。こうしたアウトサイダー的な実践は、人々に、自分の能力を超えたことをすることを許すんです。

アーティストにも、これは何度も起きている。「魂を描こう」とか「思考をイメージしよう」とか、「夢を描こう」となった瞬間、人は自分自身に許可を与えるんです。

つまり僕が言いたいのは、こうしたシステムが正しいか間違っているかは、それほど重要ではないということです。面白いのは、それによって、人が深い意味で自分自身を超越できることですから。

「機械もアートを作れる。でも人間のほうがうまい」

Photo: Nils Junji Edström

──今の話を聞いていると、今回の展覧会を「more-than-human」という概念から見ることもできそうです。現在のアート界では、気候危機などを背景に、作品に対する人間のコントロールを手放そうとするアーティストもいます。

でも、人間は必要です。しかも、できるだけたくさん必要です。アートを作るためにもね。もちろん機械だってアートを作れるでしょう。でも、間違いなく人間のほうがうまくやると思います。

ただ、「more-than-human」ということなら、今回の展覧会の最後に《Chimera》という新作があります。これは、ある意味で「人間とは何になり得るのか」を再構成するというアイデアに関わっています。最近、僕が考えていることのひとつです。

──「人間」という存在そのものを?

そう。今はCRISPR-Cas9(*2)の時代でしょう。なぜかあまり興味を持っていない人も多いですが、僕にはものすごく魅力的です。このゲノム編集技術によって蚊という生物を抹消することもできますが、問題は、蚊と一緒に何を消してしまうのか分からないということ。でも同時に、そこには大きな可能性がある。例えば、夜に光る木を作ることもできる。そういうこと自体はしばらく前から行われてきたけれど、CRISPR-Cas9によって本当に現実のものになりつつある。それがどこへ向かうのか。僕はそのことを考えています。

*2 DNAの狙った部分を切断し、遺伝情報を改変できるゲノム編集技術。「遺伝子のハサミ」とも呼ばれる。

──CRISPR-Cas9は私も大好きです(笑)。この技術を開発した中心人物が二人の女性科学者だったということも含めて。

そろそろ、女性の手にこうした力が戻ってきてもいい頃でしょう。

「僕は固定された人格を信じない」

──アイデンティティについても聞かせてください。あなたはこれまで、断片化されたアイデンティティ(fragmented identities)やデジタル時代の自己像を繰り返し扱ってきました。現在の世界では、アイデンティティはしばしば「主張し、守るべきもの」として語られます。でもあなたの作品は、むしろその反対を示しているようにも見えます。

僕は固定された人格というものを信じていません。それは出発点としては面白いかもしれませんが、固定化された人格をあまりにも大切なものとして扱うことには、少し奇妙さを感じます。もちろん、特定のあり方で自分をアイデンティファイしたい人たちに反対しているわけではありません。でも僕は、そもそものプロジェクトは、もっとオープンになることだったんじゃないかと思っていました。

僕が日本に来るのが好きな理由のひとつも、それです。日本という文化を、僕はおそらく完全には理解できない。でも、理解しようとしている。僕は「違い」が好きなんです。他の人から学べること、他の文化から学べることが好き。そして、それによって僕自身が一秒一秒変わっていく。

僕は「アイルランド系の白人男性」という意味で固定され、定義された存在ではありません。

ある意味では、それこそがインターネットのプロジェクトだったと思います。テレビのプロジェクトではなかった。インターネットは双方向のメディアだからこそ、「自己発明(self-invention)」を可能にしたんです。

ただ面白いのは、僕たちがグローバルな時代に生きているからこそ、逆に特定のものを保存したいという反応も生まれているのかもしれないということです。だからこれは、常に揺れ動いているものとも言えます。

──固定されたアイデンティティを持たないと考えることで、私たちは創造性をさらに解放できると思いますか?

間違いなくそう思います。

そして、それこそ僕がデイヴィッド・ボウイのような人を好きな理由のひとつでもあります。彼は僕の人生においてとても特別な位置を占めていて、今回の展覧会でも重要な存在です。

彼は、ある意味で、断片的(fragmented)でありながら、同時に可変(changeable)で流動的(fluctuating)な自己の象徴でした。

「自分自身を失うことができる」という能力

──最後に、信念体系の話に戻りたいと思います。これからの人間が決して失ってはいけない「信じる力」とは何だと思いますか?

信念ということよりも「情熱」という言葉に置き換えられるかもしれません。それは同時に、信念でもあるので複雑ですが、僕が言いたいのは、自分自身を失うことができる、超えていくことができる、ということ。それは重要な資質です。

例えば誰かと会話をしているうちに、アイデアが行ったり来たりしながら、何か新しいものが生まれたりする。それ以上に大きな喜びって、何があるでしょう?

僕にとって、マイク・ケリーはそんな存在でした。彼は最もユーモラスで素晴らしいやり方で、アメリカ文化を脱構築する偉大な人でした。僕たちは一緒に多くの仕事をしたし、バンドもやった。そして、脱構築と構築について幾度となく話をしていました。破壊することはできる、再構築することもできる。「じゃあ、その次はなんだ?」と議論していたんです。そしてその答えが、「アートを作ること」でした。

そして今回の展覧会のテーマに戻るなら、僕たちにとって次のステップとは、テクノロジーという空間をもう一度「信念」のための空間として取り戻すことなのではないかと思います。それは、ポジティブな一歩であるはずなんです。

トニー・アウスラー:技術と霊知のはざま~魔術、メディア、アート~
会期:9月27日(日)まで
場所:TOKYO NODE GALLERY A/B/C(東京都港区虎ノ門2-6-2 虎ノ門ヒルズ ステーションタワー45F)
時間:10:00〜19:00(金土は20:00まで、入場は30分前まで)
休館日:なし

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