現代アートの世界において、絵画のメンテナンスや修復作業に関する情報は、それに関わる一部の人々の間だけで共有される場合がほとんどだ。しかし、そこには意図せぬ弊害がある。多くのコレクター がそのせいで、時を経る中で絵画が辿る複雑な道のりについて知る機会を逸してしまうのだ。フォトショップで欠陥を簡単に修正できてしまう今の時代、絵の具は劣化しないという錯覚にすら陥りやすい。
実のところ、絵画は見た目以上に手がかかるもので、変化しやすい。著名な美術コレクションの歴史を調べれば、それらを次世代に残すために数多くの人々が尽力してきたことが分かる。メディチ家 からディエゴ・ベラスケス に至るまで、あらゆる階層や分野の人々が、作品の保存に欠かせない地道な作業に取り組んできた。その献身的な姿勢は、王の所蔵品であれ、親から受け継いだ愛着ある数点の絵であれ、何ら変わりはない。
アート作品と共に暮らしていれば、思わぬハプニングに直面することもあるだろう。だが、正しい心構えと適切なツールさえあれば、それほど心配する必要はない。アートコレクションを大切に守り抜いていくことは、大きな喜びと充実感を与えてくれるはずだ。今の美術史に対する理解があるのは、それぞれの時代に生きた芸術の守り手たちの的確な選択のおかげだとも言える。ぜひ、以下に挙げる5つの「プロのヒント」を、美術品を後世に伝えていくというやりがいのある道を歩み始めるきっかけにしてほしい。
1. 所有作品の特質とコンディションを把握する
Illustration: Iris Legendre
個人コレクターから絵画を借り受けた美術館 が最初にすることは、写真撮影、検分、レポート作成などのドキュメンテーションだ。ところが、新たに取得した作品に対して同様の作業を行うコレクターはほとんどいないだろう。この手続きに展示機関が多大な労力と費用をかけるのは、アートそのもののためというより、保険会社や貸し手を安心させるための「官僚的パフォーマンス」ではないかと考える人もいるかもしれない。絵画は植物ではないのだし、突然枯れてしまうことを想定しなくてもよいのではないかと。しかし絵画には、(良い意味でも悪い意味でも)想像以上に多くの可変的な要素がある。それなのに、変化の起きる可能性は低く見積られがちだ。
そもそも、絵の具とは何だろう? 単なる赤い点のように見える筆跡も、分子レベルではずっと複雑だ。その中では何千何万もの金属や鉱物の粒子と、植物・昆虫・動物から抽出された物質が混ざり合い、絵の具の膜の中で繊細な均衡を保っている。絵画を植物、動物、鉱物いずれかのカテゴリーに分類するのは困難だ。もし、ツタとカブトムシと鉄の塊が組み合わされて壁に掛けてあれば、それはミクストメディア作品だと見なされるだろう。しかし、同じ素材が微細な粒子にまで粉砕され、顔料に加工され、筆を使って塗られた場合、それは単純化され過ぎて誤解を招きやすい「油絵」という名称で呼ばれてしまう。
さらに、筆跡それ自体は自らを支えることができないため、絵の具は必然的に支持体に依存することになる。画家はあらゆる種類の平面素材(多くの場合は布地)の上に絵の具を塗る。絵を支えている布地は、さらに別の構造体(木枠など)に張られる。顔料に含まれる金属粉から、布地を織りなす糸に至るまで、絵画を構成する多種多様な「内部器官」は、互いに、そして絶えず変化する外部環境と動的な対話を繰り広げている。その変数は専門家にとっても気が遠くなるほど多く、2020年にヘリテージ・サイエンス誌で発表された化学の論文では、絵画を「圧倒的な複雑さ」を持つ「準安定的な状態で多層構造の不均一な高分子材料」と表現していた。
つまり、絵画はそれぞれが唯一無二の存在で、時間の経過が個々に及ぼす変化を単純に予測したり一般化したりすることはできない。また、比較的新しい絵画の塗膜には、特有の脆弱性がある。油彩画の表面が強固な塗膜へと硬化するまで1世紀以上を要することもあるし、発明されてから100年も経っていないアクリル絵の具の経年変化については現在進行形で解明されつつあるところだ。それに、ワニスで保護される前の、まだ柔らかい塗膜にとって、ほこりは特に脅威となる。粉末状の汚れとして絵の具に永久に埋め込まれてしまう可能性があるからだ。
絵画の状態を詳細に記したコンディションレポート、それも特に取得時の状態を記録したものは、取り返しのつかない深刻なダメージを防ぐための重要なツールだ。どんなに簡潔なメモであれ、作品に関する情報には価値があるが、レポートの質は重要だ。経験豊富なコンサルタントによる監査と同様、保存修復 の専門家による優れたコンディションレポートは、単なる現状報告にとどまるものではない。それは、作品の来歴や素材の状態を評価し、将来の見通しまで指摘することで、脆弱性がどこにあるかを示してくれる。
絵画のコンディションは、それを見る機会が多ければ多いほど良好に保たれる。よって、コレクターには定期的に所蔵品を鑑賞する時間を作ることをおすすめしたい。時間帯を変えて見てみたり、1人で、あるいは誰かと一緒に作品を鑑賞したり、近くに寄ったり離れたりして眺めたり──絵画を楽しむことと保存することは切り離せない関係にあるのだ。
本項目のポイント: 今後起きるかもしれない変化の評価基準とするため、作品を取得したら早い段階で写真付きのコンディションレポート作成を依頼すること。定期的に絵画を観察し、ほこりがつかないよう注意すること。絵画を保管する際(特に地下室の場合)は、床に直置きせず、台などの上に載せること。カンバス作品の場合は、保存修復師や額装業者に依頼し、木枠に裏板を取り付けてもらうこと(必要に応じて取っ手も)。これは衝撃、ほこり、振動から絵を守り、ひび割れも軽減できる重要な予防措置となる。
2. すべての変化が修復の必要な傷だとは限らない
llustration: Iris Legendre
貧しい若手画家だった頃にウィレム・デ・クーニング が描いた絵に、ネズミの小さな足跡が見つかったとしたら、それは除去するべきなのだろうか? それとも、それは彼の不屈の精神を今に伝える繊細な証で、キャリアのあらゆる段階においてアーティスト を支援すべきだというメッセージとして受け止めるべきなのか? ジャスパー・ジョーンズ が自宅でドアとして使っていたラウシェンバーグ の版画の縁には、彼らの指紋が付いているかもしれない。この生活の痕跡を単なる汚れと見るのか、それとも親しい間柄だった2人の関係性を映し出す一風変わった肖像と見るべきなのか?
窓や配管に入ったひびは、明らかに修理が必要な損傷だ。しかし絵画には、窓や配管にはない複雑で謎めいた役割があり、ある作品が突然予期せぬ意味を帯びることがある。欠陥だと思える部分があったとしても、完全な状態に復旧すべきだという固定観念に駆られて安易に「修正」するべきではない。
アーティストにはそれぞれ、自作に対する独自の考え方がある。たとえば、自身の絵画を「ミクストメディア」と呼んでいたメアリー・ラブレース・オニールは、ラメや昆虫、ひもなどの思いがけない物質や生き物が作品に付着することを前向きに捉えていた。彼女にしてみれば、進化し続ける精神を持つ作品にとって、それらは歓迎すべき存在だったからだ。その一方で、可能な限り完成時の状態を保ちたいと望むアーティストもいる。とはいえ、保存修復に関するアーティストの方針についてはまったく情報がないか、情報があったとしても解釈の幅がある場合も多い。そのため、保存修復作業においては、手先の器用さと同じくらい慎重な判断が重要となってくる。
ある作家が手がけてきた作品のほとんどに、制作プロセスに起因する避けられない変質が見られる場合、そうした変質は作品の真正かつ当然の特徴として受け入れられることもある。たとえば、ジョアン・ミッチェル の絵画に詳しい修復師であれば、彼女の作品の多くに見られる広範囲なひびに驚くことはないだろう。なぜなら、ミッチェルが選んだ素材や、絵の具の物理的限界に挑戦するような制作スタイルに起因するものだからだ。実験の痕跡であるこうした変質は、不注意や事故の結果ではなく、むしろ作品の魅力を増幅させる要素として解釈される場合が多い。ミッチェルの絵画の絵の具のひび割れは、彼女の人生や創作上の意図を反映している。だが、カビによる斑点には(通常)そうした意味はない。
こうした文脈に関する知識こそが、直すべきものと直すべきでないものを区別するための最も重要なツールとなる。作品の来歴を理解し、アーティストの意思決定の背景にある「どのように」「どこで」「いつ」「なぜ」を把握していれば、制作プロセスを反映する痕跡などの意味のある変質を、無神経に消してしまわずに済む。
本項目のポイント: あなたが収集している作品と同じ種類の絵を専門とする保存修復師を選ぶこと。ポロック 作品とルーベンス 作品には、異なるアプローチが必要だからだ。理想を言えば、あなたが収集しているアーティストの作品を扱った経験のある修復師に依頼することが望ましい。また、可能なら調査をしたり、アーティスト本人や制作に関わった人物、企業、財団、遺産管理団体、あるいはギャラリーに問い合わせたりして、手元の作品をどう管理するのが最善なのか情報を取集・記録すること。
3. 事故の防止方法と事故が起きたときの対処法
Illustration: Iris Legendre
注意を払うこと。それが全てだ。ずっと同じ場所に掛けられている場合であっても、絵画は環境の細かな変化の影響を受ける。室内の光の状態は1日の間、そして季節ごとに移ろうものだし、空気には見えない流れがあって微細なほこりが漂っている。さらに窓や通気口、天窓の位置など、変化の要因は多岐にわたる。
とりわけ注意が必要なのは輸送時で、保険請求のほとんどは絵画の設置、撤去、または移動中に生じた損傷に対して行われる。ここでは、慎重さと常識こそ事故防止のベストプラクティスだ。大きなものを1人で運んだり、散らかった場所で作業したりするのは危険だし、作品を持ち上げたり梱包したりする作業員は、その仕事を熟知していなければならない。アートハンドラー(美術品の展示・梱包・運搬に携わる専門職)には、多種多様な素材と、さまざまな状況下でそれらを扱うことに関する広範かつ深い知識はもちろん、先の先まで予測する能力が求められる。そして、あらゆる職人技がそうであるように、こうしたスキルは経験を通じてのみ培われる。ニューヨーク のような大都市には世界トップクラスのアートハンドラーが多いが、反面、市場規模が大きいだけに、企業間および企業内での能力のばらつきがある可能性も少なくない。
絵画は鑑賞され、生活空間に飾られるのを前提としているため、完全に事故を防ぐことは難しい。最も厄介な問題は大概、事故そのものではなく、その直後のパニックが引き起こすミスが原因となって起きる。たとえば、誰かに気づかれる前に汚れを落とそうと絵画の表面をこする、破れを接着剤でくっつけようとするといった行為がこれに当たる。事故が起きた時は、まず写真を撮って記録を残し、後はできるだけそっとしておくこと。現場にいた人に、損傷への的確な対処ができる可能性は限りなく低いからだ。
本項目のポイント: 絵を飾る場所を選ぶ際は、その環境をよく観察すること。窓からの日差しは1日を通してどこに当たるのかを把握し、浴室や熱源、換気口の近くは避けること。事故が起きたら、まずは落ち着くように努め、作品に触れないのが最善策である場合がほとんどだ。剥落した絵の具の破片は拾い集めて保管すること。大きな破片はショッキングだが、修復師にとっては微細な欠片よりはるかに再接着が容易だ。米国文化財保存修復学会(AIC)、カナダ保存研究所(CCI)、アメリカ合衆国国立公園局(NPS)は、よくある緊急事態への対処に関する情報をオンライン上で提供している。また、絵画を運搬する際には、経験者の支援とリハーサルが鍵となる。目的地までのルートをしっかり把握し、必要に応じて途中の休憩地点を確認しておくこと。作品を入れた箱にはラベルを貼り、梱包材が絵画の表面に直接触れないようにすること。注意力と手間を要する大変な作業なので、必ず時間に余裕を持って行うことを心がけよう。
4. 修復を恐れない
Photo : Illustration Iris Legendre
人は大昔から作品の修復に不安を感じていた。たとえば、古代ローマ の博物学者で政治家でもあった大プリニウスは、海水で傷んだ絵画について、それを制作した画家への敬意から誰も修復しようとしなかったと書いている。これは現代も同じで、作家自身でさえ色や光沢、質感のバランスが崩れるのを恐れて、一度完成させた絵の「封印」を破って手を加えるのをためらうことがある。
一方、メトロポリタン美術館 の絵画保存修復部門で責任者を務めていたジョン・ブリーリーには、「今の見た目こそが、その絵画にほかならない」という有名な言葉がある。もし、絵の構図よりも損傷部分が先に目に飛び込んでくるなら、その絵画は本来のあり方を失っていることになる。白いシャツのシミにばかり目が行くのと同じように、ごくわずかな欠損でさえ、驚くほど作品の印象を損なわせることがある。
優れた修復師は欠損部分の補彩を行う際、油絵の修復に水彩絵の具を使うなど、元の絵とは異なる組成の材料を用いる。それは、将来的に補修部分を除去できるようにしておくためだ。肉眼では見分けがつかないほど巧みな修復でも、紫外線ライトを当てればその痕跡が浮かび上がる。そして修復の跡は、元の絵についたシミとして不当に判断されてしまうこともある。ここで忘れてはならないのは、問題は損傷そのものであり、それを修復するために施された処置ではないということだ。
どこまで修復するかは、その都度柔軟に判断する必要がある。アート作品の創造に「正しい」方法がないのと同様に、その損傷に対する唯一の「正しい」解決策も、多くの場合は存在しない。まずは最小限の処置をした後に見直して、さらなる処置が必要かどうかを決めればいい。どんな保存修復であっても、そのプロセスはいわば対話のようなものだ。そして、上手くいけば魔法のような奇跡が起きることもある。裂け目や穴は完全には直せないが、擦り傷や液体が滴った跡、小さな染み、こびりついた汚れの層、カンバスのたわみなどは、技術があればかなり解消できる。適切な処置をすれば、まるで最初からなかったかのように消せることもあるのだ。
ただ、アート市場では完璧な状態が重視されているとはいえ、完成時の状態を保ち続けることがアート作品にとって唯一の望ましいあり方だとは言い切れない。古くから、絵画は手つかずの完璧な状態で保存されることが理想とされているので意外に思うかもしれないが、長い歴史の中で何度も修復を経てきたことで、時とともにその絵画の重要性が高まっていく場合もある。
その一例に《夜警》(1642)がある。これが傑作とされる理由は、レンブラント の芸術的手腕だけではない。保存修復家のエスター・ファン・ドゥインやキュレーターのヤン・ピート・フィレット・コックが指摘するように、大がかりな修復(経年劣化したワニスの除去と塗り直し)が何度も行われ、そのたびにこの絵は世間の注目を浴びた。いくつもの世代が、レンブラントの描いた人物が暗く変色した塗膜の下から鮮やかによみがえるのを目の当たりにしたのだ。そのようにして、新たな観客が作品の魅力に引き込まれていった。まるでそれが天啓でもあるかのように。
絵画は有形の物体だが、その価値はモノの中だけにあるのではない。それを取り巻く文化的意義は人々と作品との間に築かれる関係性から生まれるもので、作品に対する愛着は保存修復のプロセスと密接に結びついている。修復師のイーゼルに載せられた作品はどれも、誰かにとって思い入れのあるものだ。それゆえに、修復の成果は絵画の物理面を超えた影響を及ぼすことになる。
本項目のポイント: 最も重要なのは作品を安定した状態に保つこと(絵の具が剥落していないかなど)。それを超える処置は、その都度最善の方法を模索しながら一歩ずつ慎重に進めること。絵画のメンテナンスに時間と資金をかけることで、作品が改めて評価される機会が、予期せぬ恩恵としてもたらされることがある。
5. 今すぐ修復できないなら、一旦立ち止まる
Illustration: Iris Legendre
どれほど周到にコレクションの管理に取り組んでいる人でも、乗り越えられない壁に直面することがある。たとえば、黒いミニマリズム 絵画の表面についた光沢のある擦り跡や、ほんのちょっと触れただけで質感が損なわれる繊細な絵の具に付着した汚れに対しては、現時点では完璧な解決策が存在しない。
また、時間の経過は画材だけに変化をもたらすわけではない。保存修復における興味深い研究分野の1つに、原子状酸素に関するものがある。これは宇宙空間や地球の高層大気中に漂う反応性の高いガスで、太陽風(プラズマ)と衝突して緑色のオーロラを起こすこともある。この研究が進めば、原子状酸素を使って絵画の塗膜に閉じ込められた煤の粒子を気化させることができるという。つまり、オーロラの緑色のカーテンに通せば、火災で黒ずんでしまった絵がきれいになるかもしれないのだ。
本項目のポイント: 将来どんな技術が発明されるかは誰にもわからない。時には気長に待つことが最善策になる場合もある。(翻訳:野澤朋代)
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美術史上、最も高額で落札された作品は?──オークション記録を塗り替えた16作品
芸術作品には、人々を感動させたり考えさせたりする文化的価値がある。同時に、それが市場を流通するものである限り、金銭的価値に関心が集まるのも事実だ。ここでは、何十年から何百年という時を超えてコレクターを魅了し、駆り立ててきた作品の中でも、とくに高い落札額を記録した16作品を紹介する。
16. フィンセント・ファン・ゴッホ《Orchard with Cypresses(果樹園と糸杉)》(1888):1億1700万ドル(約186億円)
ゴッホ の《Orchard with Cypresses(果樹園と糸杉)》(1888)は、アート市場がコロナ禍による活動制限からようやく抜け出そうとしていた2022年11月にクリスティーズ ・ニューヨークのオークション に出品された。それは故ポール・アレン(マイクロソフト共同創業者)のコレクションのセールで、本作はそこに登場した作品の先陣を切って1億ドル(159億円)の壁を超えている。パンデミック発生後数年間は金利が低水準で推移していたため、高額作品が購入されやすい状況にあった頃だ。
ファン・ゴッホのアルルの住居の近くに並ぶ桜の開花を描いたこの作品は、春にしてはひんやりした印象を与えるが、パリ時代の後にファン・ゴッホが発展させた作風──絵の具の厚塗り、鮮やかな色彩、奔放な表現──の確立に貢献したとされる14点に含まれるものだ。しかし《Orchard with Cypresses》は、同じ11月に1億ドル以上で落札された5点のうちの1点にすぎない。これは非常に稀なことで、当時鑑定士のデイヴィッド・シャピロは、1億ドルの大台を突破した作品の多さについて「前例がない」と述べていた。
《Orchard with Cypresses》が出品されたポール・アレン・コレクションのセールは、一晩で15億ドル(約2385億円)を記録し、単一所有者による史上最高額を樹立した。驚異的な成功を収めたこのセールでは、全ての出品作が落札され、その多くが最高予想価格を上回っている。これにより、不確実な経済状況の中でも高価格帯の作品には底堅い需要があることが裏付けられた。|Photo: Digital image copyright ©Christie’s Images Ltd. via Bridgeman Images
15. エドヴァルド・ムンク《叫び》(1895):1億1990万ドル(約191億円)
ムンク によるパステル画の《叫び》(1895)は、2012年5月にサザビーズ ・ニューヨークで手数料込み1億1990万ドル(約191億円)で落札され、当時の公開オークションにおける最高額作品となった。それまでトップの座に君臨していたのは、2010年にクリスティーズで1億650万ドル(約169億円)で落札されたピカソの《Nude, Green Leaves and Bust(ヌード、緑の葉と胸像)》(1932)だった。なお、ムンクは叫びを主題とする絵画を4点(油彩画が2点、パステル画が2点)制作しており、上記はそのうちの1点だ。
この作品は当時、唯一個人蔵となっていた《叫び》だった。売り手はノルウェーの実業家ペッター・オルセンで、彼の父トーマスはムンクの友人でパトロンでもあった。入札は4000万ドル(約63億6000万円)から始まり、会場内や電話を介した入札者が12分間にわたって激しく競り合った。ウォール・ストリート・ジャーナル紙の報道によると、落札者はニューヨーク近代美術館(MoMA)の理事を務める投資家のレオン・ブラックで、その後《叫び》は同美術館で展示されている。
US版ARTnewsの姉妹誌であるアート・イン・アメリカが、「ボサボサの髪に、眼鏡をかけた売り手」と形容したオルセンは落札後の声明で、この作品を気候変動や地球温暖化と結びつけたコメントをしている。「これは人間が、自らが自然環境に与えた影響と、それによる取り返しのつかない変化に気づいた恐ろしい瞬間ではないかと感じます。地球はますます住みにくくなっていき、死が増え、命は減っていく。そして、沈みゆく世界の中で残された救命ボートはごくわずかしかないと思い知る。私は《叫び》を見てそう感じます」| Photo: Digital image copyright ©Sotheby’s
14. ルネ・マグリット《光の帝国》(1954):1億2100万ドル(約192億円)
2024年のオークション市場を代表する「至宝」とクリスティーズ・ニューヨークが表現したこの絵は、マグリット が25点以上も描いた同じテーマの作品中、最も優れた1点と言えるだろう。不思議な夜の情景が描かれている「光の帝国」シリーズでは、木々が立ち並ぶ通りと家は闇に包まれているにも関わらず、その上には青空が広がり、綿のような大きな雲が漂っている。デザイナーで慈善家のミカ・エルテュンのコレクションから出品され、2024年11月に1億2100万ドル(約192億円)で落札されたこの《光の帝国》(1954)は、マグリット作品のオークション記録を更新した。
当時クリスティーズで20世紀・21世紀美術部門を率いていたアレクサンダー・ロッターは、オークション終了後、その晩のセールは「傑作重視のアプローチだった」と説明した。「今の難しい市場において、入手できる限り最高の作品を出そうと考えました。まさにこれらがその好例です」。ロッターはそう語りつつ、コレクターの関心を引けなかったロットも少なからずあったことを認めた。その一方で、「私たちが全力で推した作品群は、その判断の正しさを証明してくれました。複数の入札者が参加し、個人的な趣味嗜好を基盤とする市場が台頭しつつあることを示したのです」とも語っている。|Photo: Digital image copyright ©Christie’s Images Ltd. Artwork copyright © 2025 C. Herscovici/Artists Rights Society (ARS), New York
13. ポール・セザンヌ《サント・ヴィクトワール山》(1888-90):1億3770万ドル(約219億円)
フランスの田園風景とセザンヌ がこよなく愛したサント・ヴィクトワール山が描かれたこの美しい風景画は、2022年11月にクリスティーズ・ニューヨークで開かれたポール・アレン・コレクションのセールから本記事のリストに入った5点の2つ目だ。《サント・ヴィクトワール山》(1888-90)はこのセールで、ジョン・ヘイ・ホイットニー所蔵の静物画が記録したセザンヌ作品の最高額6050万ドル(約96億2000万円)の倍以上にあたる1億3770万ドル(約219億円)で落札されている。
セザンヌによる他の傑作と同様、《サント・ヴィクトワール山》では、世界の事象──この絵の場合はフランスの山──が、まるで三次元の幾何学的形態であるかのように色彩で陰影をつけた形に分解されている。それはパブロ・ピカソやジョルジュ・ブラック といったキュビスト たちに道を開いくものであり、彼らはその後、セザンヌの革新をさらに推し進めた抽象表現を生み出している。|Photo: Digital image copyright ©Christie’s Images Ltd
12. パブロ・ピカソ《腕時計をした女)》(1932):1億3930万ドル(約221億円)
ピカソ が愛人マリー=テレーズ・ウォルターを描いた数多くの絵の1枚である《腕時計をした女》(1932)は、2023年11月にサザビーズ・ニューヨークで1億3900万ドル(約221億円)で落札され、ピカソ作品としてオークション史上2番目の高額を記録した。慈善家の故エミリー・フィッシャー・ランドーが所蔵していた本作は、活発な競り合いの末、サザビーズ・グローバル・ファインアート部門の責任者ブルック・ランプリーを介した電話入札者が落札している。
この作品はまた、1932年にピカソが完成させて以来、所有者がほんの数回しか変わっていないという珍しい来歴を持つ。ランドーが1968年にこの作品を購入したペース・ギャラリーは、その2年前にスイスのバイエラー・ギャラリーからこれを買い取っていた。
ピカソによるマリー=テレーズの肖像は高額で売れることが多い。同じ1932年に制作された《ヌード、緑の葉と胸像》には、2010年に1億650万ドル(約169億円)という記録的な値がついた。だが、これまでで最も高額な値が付いたピカソ作品は、マリー=テレーズを描いた作品ではない。これについては後ほど詳述する。|Photo: Digital image copyright ©Sotheby’s. Artwork copyright © 2025 Estate of Pablo Picasso/Artists Rights Society (ARS), New York
11. 斉白石《山水十二屏》(1925):1億4080万ドル(約224億円)
斉白石の《山水十二屏》(1925)は、2017年12月に北京 のポーリー(保利)・インターナショナル・オークションで、中国美術作品の最高額となる1億4080万ドル(約224億円)で落札された(人民元で9億3150万元)。20分以上に及んだ競り合いでは60回以上の入札で価格が上昇し、ある中国人コレクターが最終的にこの12枚組の作品を落札した。
高さが180cmほどあるそれぞれの絵には、斉が中国各地を旅した際に見た雄大な風景が描かれている。1954年に開かれた斉の個展で初公開されたこの作品は、1958年の追悼展にも並び、以降は斉の弟子だった郭秀儀が保管していた。2017年に落札された当時は、個人蔵となっていた唯一の斉作品として極めて希少なものだった。
なお、1932年頃に描かれ、国民党の軍人だった王纉緒に贈られた類似作が重慶博物館に所蔵されている。|Photo: Courtesy Poly Beijing
10. アルベルト・ジャコメッティ《指差す男》(1947):1億4130万ドル(約225億円)
アルベルト・ジャコメッティ の《指差す男》(1947)は、2015年5月にクリスティーズ・ニューヨークで1億4130万ドル(約225億円)で落札され、オークション史上最高額の彫刻作品となった。不動産王のシェルドン・ソロウが売りに出した高さ約168cmのこのブロンズ像は、その5年前にサザビーズ・ロンドンで《歩く男I》(1960)が樹立したジャコメッティのオークション記録、1億430万ドル(約166億円)を上回った。
《指差す男》は、同じ型から鋳造された6点(このほかにアーティストプルーフも存在する)の1点で、このオークションに出されるまで45年もの間、個人蔵となっていた。ほかの4点は、ニューヨーク近代美術館(MoMA)やロンドンのテートなど主要美術館に所蔵されているため、この時のオークションはコレクターにとってまたとない機会だった。
当時クリスティーズのグローバル・プレジデントだったユッシ・ピルッカネンは、この作品を「私が取り扱いの栄誉にあずかった芸術作品の中で、最も優れたものの1つ」だと評価している。この作品の買い手は明らかにされていないが、その人物も同じ意見だったのは間違いない。|Photo: Digital image copyright ©Christie’s Images Ltd. Artwork copyright © Succession Alberto Giacometti/Artists Rights Society (ARS), New York 2025
9. フランシス・ベーコン《ルシアン・フロイドの3つの習作》(1969):1億4240万ドル(約226億円)
2013年11月にクリスティーズ・ニューヨークで1億4240万ドル(約226億円)で落札されたフランシス・ベーコン の三連画《ルシアン・フロイドの3つの習作》(1969)は、2012年にサザビーズで1億1990万ドル(約191億円)を記録したエドヴァルド・ムンクのパステル画《叫び》(このリストで15位)の記録を塗り替え、当時オークション史上最高額の作品となった。
それぞれ高さ2メートル弱の3枚に描かれている歪んだ体の人物は、ベーコンの長年の友人で、同じ画家としてライバル関係にあったルシアン・フロイドだ。また、この肖像画には複雑な来歴がある。1970年代にあるディーラーが3枚をそれぞれ別のコレクターに売ってしまい、そのうちの1人が残りの2枚を買い取る1989年まで15年間バラバラになっていたのだ。
オークション開始前には8500万ドル(約135億円)以上で売れると予想されていたこの作品は、5分間の激しい入札合戦の末、ニューヨークのアクアベラ・ギャラリーが代理を務める入札者のものとなった。クリスティーズは、《ルシアン・フロイドの3つの習作》を手に入れられなかった人々がほかの作品に挑戦できるよう、同作品をセール序盤の9番目のロットに出す戦略を取っていた。これが功を奏し、その夜の落札総額は当時のクリスティーズの記録を塗り替える6億9160万ドル(約1100億円)に達した。
落札からまもなく、この三連画は匿名の買い手によってポートランド美術館に貸し出され、2013年12月から2014年3月まで一般公開された。|Photo: Digital image copyright ©Christie’s Images Ltd. Artwork copyright © The Estate of Francis Bacon/DACS, London/Artists Rights Society (ARS), New York 2025 (CR 69-07)
8. ジョルジュ・スーラ《ポーズする女たち(小)》(1888):1億4900万ドル(約237億円)
20世紀初頭にジョルジュ・スーラ が描いた傑作《ポーズする女たち(小)》(1888)は、2022年11月にクリスティーズ・ニューヨークで1億4900万ドル(約237億円)で落札された。スーラの代名詞とも言える点描法で3人の裸婦を描いたこの作品は、個人蔵のスーラ作品の中でも特に希少なものとされ、ポール・アレン・コレクションのセールでは1億ドル(159億円)を超えると予想されていた。
入札は7500万ドル(約119億円)から始まり、ニューヨークやアジアの顧客の代理を務めるスペシャリストを含む4人が競り合った。数分間にわたる激しい応酬の末、1億3000万ドル(約207億円)でハンマーが振り下ろされ、クリスティーズのアジア地域のチェアマンが担当していた顧客が、手数料込み1億4900万ドル(約237億円)でこの作品を落札した。それまでのスーラのオークション記録は、2018年に《The Harbor at Grandcamp(グランカンの港)》(1885)が達成した3400万ドル(約54億円)で、本作はそれを大幅に更新した。
《ポーズする女たち(小)》がそれ以前に市場に出たのは1970年で、クリスティーズでの落札額は100万ドル(約1億5900万円)強だった。また、アレンのコレクションに入る前は、20世紀初頭の近代アーティストたちの支援者だった有力コレクター、ジョン・クインがこの絵を所有していた。|Photo: Digital image copyright ©Christie’s Images Ltd
7. アメデオ・モディリアーニ《横たわる裸婦(左を下にして)》(1917):1億5720万ドル(約250億円)
アメデオ・モディリアーニ が描いた裸婦像の中でも特に評価が高い《横たわる裸婦(左を下にして)》(1917)は、2018年5月にサザビーズ・ニューヨークのオークションで手数料込み1億5720万ドル(約250億円)を記録した。ハンマープライスは1億3900万ドル(約221億万円)と、非公開の予想価格だった1億5000万ドル(約239億円)にはわずかに及ばなかった。それでもこの絵は、当時のサザビーズにおける最高額の作品となっている。
肩越しに鑑賞者を見つめる裸婦を描いたこの大作は、サザビーズの印象派・近代美術セールの目玉だった。オークショニアのヘレナ・ニューマンの進行で1億2500万ドル(約199億円)から入札が始まったオークションの値動きは漸進的で、慎重な競り合いの末に決着している。落札したのは、サザビーズの印象派・近代美術部門のグローバル共同責任者のサイモン・ショーを介した電話入札者だった。
この作品は、モディリアーニが1916年から19年にかけて制作した革新的な裸婦像のうちの1枚だ。1917年にパリの画商ベルト・ヴァイルのギャラリーで初めて展示された際、これらの官能的な絵は大スキャンダルを巻き起こし、展覧会はわずか2日で警察によって中止された。当時売れたのは、デッサン2点のみだったという。
サザビーズでの落札額は驚異的だったものの、モディリアーニ作品のオークション記録更新には至らなかった。その記録は今も、2015年にクリスティーズで中国のコレクター、劉益謙に1億7040万ドル(約271億円)で落札された《横たわる裸婦》(1917-18)が保持している。それでもサザビーズは本作を画期的なものとして位置付けており、サイモン・ショーは「裸婦像には、モディリアーニ以前と、モディリアーニ以後がある」と述べている。|Photo: Digital image copyright ©Sotheby’s
6. アメデオ・モディリアーニ《横たわる裸婦》(1917-18):1億7040万ドル(約271億円)
2015年11月、アメデオ・モディリアーニの《横たわる裸婦》(1917-18)が、クリスティーズ・ニューヨークで1億7040万ドル(約271億円)で落札された。事前予想を大きく超えたこの金額は、それまでモディリアーニのオークション記録だった7070万ドル(約112億円)の倍以上に相当する。1億ドル(159億円)を超える予想価格が付いていたこの絵画は、当時オークションにおける史上2番目の高額作品となった。
出品されたのは、20世紀の傑作を数多く集めて話題性を狙ったイブニングセール「The Artist’s Muse(アーティストのミューズ)」だ。ウィレム・デ・クーニングやルシアン・フロイドの作品を含むいくつかの主要作が不落札に終わるなど、この夜の結果にはばらつきがあったが、モディリアーニの裸婦像は会場を大いに沸かせた。熾烈を極めた入札合戦を制したのは、電話で参加していた中国のコレクターだったと、オークション終了後にクリスティーズのピルッカネンは明かしている(後に中国の億万長者で実業家の劉益謙であることが判明した)。
この絵は、1916年から19年にかけてモディリアーニが制作した横たわる裸婦シリーズの1枚で、1917年にパリのベルト・ヴァイルのギャラリーで初めて展示されると大いに物議を醸した。展覧会が警察の取り締まりによって中止を余儀なくされるまでになったのは、従来にない官能性と大胆なポーズが理由だったが、今日では近代の裸婦像の中でも特に重要な作品群とされている。
《横たわる裸婦》は、まちまちの結果に終わったイブニングセールのハイライトとなった。この夜の落札総額は4億9140万ドル(約781億円)で、予想最低額の4億4000万ドル(約700億円)を上回ったものの、同じ年に行われた同種のセールが叩き出した7億580万ドル(約1122億円)には遠く及ばなかった。セールではギュスターヴ・クールベ やバルテュス 、ロイ・リキテンシュタイン などのオークション記録も更新されたが、主役は間違いなくこの《横たわる裸婦》で、アート市場で有数の人気作家としてのモディリアーニの存在感を示した。|Photo: Wikimedia Commons
5. パブロ・ピカソ《アルジェの女たち(バージョンO)》(1955):1億7940万ドル(約285億円)
パブロ・ピカソの《アルジェの女たち(バージョンO)》(1955)は、2015年5月にクリスティーズ・ニューヨークで1億7940万ドル(約285億円)で落札され、当時オークション史上最も高額な絵画となった。15点あるピカソの「アルジェの女たち」シリーズ(1954-55)のうち最後に描かれ、最も複雑なこの作品は、激しい競り合いの末に1億4000万ドル(約223億円)の予想価格を大幅に上回る額で落札された。
この傑作への入札は、全て電話を通じて行われた。当時クリスティーズの幹部だったロイック・ガウザーとブレット・ゴーヴィがそれぞれ競り合う入札者の代理を務め、入札額が1億4000万ドル(約223億円)を突破したときには、オークショニアのピルッカネンが「まだ多くの入札者が残っています」と声を張り上げた。最終的にゴーヴィが代理を務めた入札者が1億6000万ドル(約254億円)で競り勝つと、会場からは歓声が上がった。
「アルジェの女たち」は、ウジェーヌ・ドラクロワ が1834年に描いた同名の傑作にインスパイアされたシリーズだ。フランスの植民地支配に抗うアルジェリアの独立運動に触発されたピカソが制作したこの連作は、ヨーロッパのオリエンタリズム美術と、当時の政治情勢に対する彼の関心を反映している。中でも「バージョンO」は、特に完成度が高い作品とされている。
この絵の来歴も注目に値する。1956年にニューヨークのコレクター、サリー&ヴィクター・ガンツ夫妻が伝説的画商ダニエル=ヘンリー・カーンワイラーから直接購入したのち、1997年に初めてオークションに出品され、3190万ドル(約51億円)で落札された。つまり、20年足らずの間に6倍近くも価格が高騰したことになる。
クリスティーズは落札者の名前を明かしていないが、その後の報道によれば、買い手はカタールの元首相ハマド・ビン・ジャーシム・ビン・ジャブル・アル=サーニーだったという。この結果は、アート市場におけるピカソの圧倒的な存在感を再確認させ、《アルジェの女たち(バージョンO)》を2010年代のハイライトの1つとしてオークション史に刻んだ。|Photo: Digital image copyright ©Christie’s Images Ltd. Artwork copyright © 2025 Estate of Pablo Picasso/Artists Rights Society (ARS), New York
4. ジャクソン・ポロック《ナンバー7A》(1948):1億8120万ドル(約288億円)
幅が約3.3メートルあるジャクソン・ポロック の《ナンバー7A》は、第一級の来歴と素晴らしい歴史的価値を兼ね備えている。1948年、ポロックは絵の具を筆で塗る代わりにカンバスに垂らすドリップ・ペインティングの技法を生み出し、翌年この絵を制作した。その技法を使うようになって以来、ポロックは自らの手で描くことをやめ、絵画制作を偶然に委ねるようになっている。
実業家でサザビーズ元オーナーのA・アルフレッド・タウブマンは、同社を買収する数年前の1980年にこの絵を手に入れ、2000年に出版界の大物S・I・ニューハウスに売却した。そして、ニューハウスの死から10年近く経った2026年5月、クリスティーズのオークションに出品されて1億ドル(159億円)の予想価格が付けられ、ポロックの記録を更新すると見られていた。この作品が公の場に出されたのは1977年以来のことだった。
《ナンバー7A》は最終的に予想を大幅に上回り、史上最高レベルの金額で落札された絵画の1つとなった。入札は8000万ドル(約127億円)から始まり、60回の応酬を経て1億5700万ドル(約250億円)でハンマーが下ろされている 。手数料を含めた落札額は1億8120万ドル(288億円)だった。|Photo: Christie's Images Ltd. 2026
3. アンディ・ウォーホル《ショット・セージ・ブルー・マリリン》(1964):1億9500万ドル(約310億円)
現代アートにおける最も象徴的なイメージの1つであるアンディ・ウォーホル の《ショット・セージ・ブルー・マリリン》は、2022年5月にクリスティーズ・ニューヨークで手数料込み1億9500万ドル(約310億円)で落札され、当時最も高額な20世紀アートの作品となった。これは、マリリン・モンロー の映画『ナイアガラ』(1953年)のスチール写真をもとにしたシルクスクリーンの肖像画で、有名な「ショット・マリリン(撃ち抜かれたマリリン)」シリーズの1点だ。シリーズ名は、1964年にパフォーマンス・アーティストのドロシー・ポドバーが、積み重ねられていたウォーホルの作品に向けて発砲した事件に由来する。
オークションの目玉だった《ショット・セージ・ブルー・マリリン》では、電話入札者3人と会場の入札者1人の計4人が競り合った。最終的に会場にいたアートディーラーのラリー・ガゴシアンが1億7000万ドル(約270億円)のハンマープライスでこの絵を手に入れたが、これは予想価格の2億ドル(約318億円)をかなり下回る額だった。
「撃ち抜かれたマリリン」シリーズの作品は、わずか5点しか存在しないため、ウォーホル作品の中でも特に入手が難しい。50年間にわたり個人蔵となっていた本作は、スイス のディーラー、ドリス&トーマス・アマンの遺産管理団体によって出品された。保証なしでオークションにかけられたこの作品が高値で売れたことは、ウォーホルの市場だけでなく、現代アート市場全体にとっても重要な節目となった。
2015年にピカソの《アルジェの女たち(バージョンO)》(1955)が樹立した1億7940万ドル(約285億円)の記録を《ショット・セージ・ブルー・マリリン》が上回ったことで、ウォーホルは価格面における近現代アートの頂点に立った。このセールを画期的と捉える専門家がいる一方で、プライベートセールではかなり前から2億ドル(約318億円)の大台を超える作品が出ていたとの指摘もある。|Photo: Digital image copyright ©Christie’s Images Ltd. Artwork copyright © 2025 The Andy Warhol Foundation for the Visual Arts, Inc./Licensed by Artists Rights Society (ARS), New York
2. グスタフ・クリムト《エリザベート・レーデラーの肖像》(1914-16):2億3640万ドル(約376億円)
グスタフ・クリムト の《エリザベート・レーデラーの肖像》(1914-16)は、2025年11月にサザビーズ・ニューヨークで2億3640万ドル(約376億円)で落札され、オークション史上2番目に高額な美術作品となった。また、それまでのクリムト作品のオークション記録を塗り替えただけでなく、近現代美術作品の史上最高額を樹立している。クリムトがパトロンの依頼に応じて制作した同種の作品(モデルの全身を描いた肖像画)のうち、個人蔵のものは当時これを含め2点しかなかった。そうした希少性もあり、この作品は故レナード・A・ローダー・コレクションのセールの目玉となった。
入札は1億3000万ドル(約207億円)から始まり、20分にわたる緊迫した競り合いの終盤には、サザビーズのスペシャリスト、デイヴィッド・ガルペリンとジュリアン・ドーズが代理する2人の電話入札者が残った。最終的にドーズが担当した入札者が2億500万ドル(約326億円)のハンマープライスで勝利を収め、会場からは拍手が湧き起こった。2億ドルの大台を超えたこの作品はサザビーズの史上最高額となり、2015年に1億7940万ドル(約285億円)で落札されて以来、《アルジェの女たち(バージョンO)》が保持していた近代アート作品の最高記録を更新した。
クリムト最大のパトロンだったレーデラー家の依頼を受けて描かれたエリザベートの肖像画は、第2次世界大戦中にナチスに没収され、1948年に遺族に返還された後、1980年代にローダーのコレクションに加わった。予想価格が1億5000万ドル(約239億円)を超えていたこの作品は、クリムトのオークション記録を更新すると予想されていたが、結果はそれ以上の大成功だった。クリムトは現代のアート市場においてコンスタントに1億ドル(約150億円)以上の高値をつける数少ない近代初期の画家の1人としての地位を確固たるものにし、今後さらに2億ドルの壁を突破する作品が出てくる可能性を示した。|Photo: Sotheby's
1. レオナルド・ダ・ヴィンチ《サルバトール・ムンディ》(1500年頃):4億5030万ドル(約716億円) レオナルド・ダ・ヴィンチ の《サルバトール・ムンディ》(1500年頃)は、2017年11月にクリスティーズ・ニューヨークで4億5030万ドル(約716億円)という驚異的な値で落札され、オークション史上最も高額な美術品となった。ロックフェラー・センターのクリスティーズ本社内の満員の会場で行われたこのオークションでは、19分にわたり激しい入札合戦が続いた。
競り合いは保証価格だった1億ドル(約159億円)を超えてから本格化し、急速に熱を帯びていった。そして2億ドル(約318億円)の大台を突破すると、会場から歓声と拍手が沸き起こった。この時もオークショニアを務めていたピルッカネンは、終盤にかけて入札額が小刻みに上昇する中、巧みに会場を盛り上げた。そうするうちに3億5000万ドル(約557億円)を超え、最終的に4億ドル(約636億円)で決着。そこに手数料としてさらに5000万ドル(約80億円)が加算された。
《サルバトール・ムンディ》をめぐっては、オークションに出される前から真正性に関する議論や、ダイアン・モデスティニが手がけた修復への賛否など、憶測も含めて話題が尽きなかった。このように不確実な要素が多かったにもかかわらず、この絵の驚くべき背景と、真作か否かにかかわらずレオナルド・ダ・ヴィンチと関連したものであることがコレクターたちを魅了した。この作品は、レオナルドの弟子の作品とされていた2005年に、わずか1175ドル(約19万円)で売却されたが、その後、修復を経てレオナルド自身の作品として再評価されている。
このセールに先駆け、クリスティーズは世界各地でこの絵を展示し、パティ・スミスやレオナルド・ディカプリオなどの著名人が登場するプロモーション動画を制作するなど、綿密なマーケティングキャンペーンを行っていた。それが功を奏し、《サルバトール・ムンディ》の落札価格は、2015年の5月に史上最高記録を更新したパブロ・ピカソの《アルジェの女たち(バージョンO)》(1955)の1億7940万ドル(約285億円)を大幅に上回った。この成功は、オークションハウスにとって記録すべき瞬間となっただけでなく、絵画の価格がその歴史的・芸術的意義を覆い隠してしまうこともあるアート界において、市場価値の影響力がますます増大していることを浮き彫りにしている。
落札から1カ月後、《サルバトール・ムンディ》の買い手はサウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子であることが明らかになった。彼は同作品を将来リヤドで公開するため、密かに計画を練っているという。|Photo: Wikimedia Commons (翻訳:野澤朋代)
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