建築史に残る「ロヴェル・ビーチ・ハウス」が30億円で売りに。シンドラー設計、自然療法家の理想の家

ルドルフ・シンドラーが1926年に手掛けた名建築「ロヴェル・ビーチ・ハウス」が1880万ドル(約29億7000万円)で売りに出されている。健康にこだわる施主のために設計し、一族が100年にわたって守り続けた海辺の住宅だ。

ルドルフ・シンドラーの代表作、ロヴェル・ビーチ・ハウス。Photo: Sterling Reed

カリフォルニア・モダニズムの先駆者、建築家ルドルフ・シンドラー(Rudolph Schindler、1887–1953)の代表作、ロヴェル・ビーチ・ハウス(Lovell Beach House)が1880万ドル(約29億7000万円)で売りに出されている。1926年の竣工以来、100年にわたって同じ一族に受け継がれてきた海辺の名住宅だ。

オーストリアで建築を学んだシンドラーは渡米後、フランク・ロイド・ライトの設計事務所で経験を積んだ。1920年から1953年まで南カリフォルニアで活動し、ロサンゼルス各地で住宅や集合住宅など100件以上を設計。この地の近代建築の発展に大きく貢献した。

「住む人をより健康にする住宅を」

ニューポートビーチのバルボア半島に位置するロヴェル・ビーチ・ハウスは、自然療法家フィリップ・ロヴェル(Philip Lovell)の依頼で建てられた。ロサンゼルス・タイムズ紙に健康コラム「Care of the Body」を執筆していたロヴェルは、菜食や運動、新鮮な空気、裸での日光浴を重視し、屋外で眠ることも健康によいと信じていた。彼にとって住宅は、単に風雨をしのぐ場所ではなく、住む人をより健康にするためのものだった。

その信念から、ロヴェルは寝室の代わりに外気に開かれた就寝用ポーチを設けるよう求めた。シンドラーは屋上に日光浴用のテラスを設計し、浴室には約5個のシャワーヘッドからの流水を、横になったまま浴びられる独特な設備も取り入れた。だが、屋外で眠る試みが続いたのは、わずか2年ほど。ニューポートビーチの夜の冷え込みと霧にはかなわず、1928年にはシンドラーがポーチを囲い、通常の寝室へと改修した。

リビングの様子。ビーチに面した大きな窓が特徴的だ。Photo: Sterling Reed
ロヴェル・ビーチ・ハウスからの眺め。Photo: Sterling Reed
建築当時からの造り付けの棚や家具は、そのまま残されている。Photo: Sterling Reed
ロヴェル・ビーチ・ハウス外観。Photo: Sterling Reed

この住宅の外観を特徴づけるのは、角張った「8」の字に似た巨大なコンクリート製フレーム5基だ。居住空間を地上から持ち上げることで、浜辺を行き交う人々の視線から家族のプライバシーを守りつつ、太平洋を一望できるようにしている。

現在は寝室とバスルームがそれぞれ4室あり、2層吹き抜けのリビングルームには、その空間を見下ろすバルコニーが張り出す。床面積は約255平方メートルで、今日の同価格帯の海辺の住宅としては、それほど広くはない。もっとも、買い手が対価を払うのは、単なる広さではないだろう。

秘められた2人の建築家の確執

この住宅には、近代建築のもう1人の巨匠も関わっている。後にシンドラーのライバルとなるリチャード・ノイトラ(Richard Neutra、1892-1970)が、造園を手がけたのだ。2人はかつて友人であり、協働する仲でもあったが、やがて関係は悪化した。

ロヴェル夫妻の選択も、その一因となった。夫妻は海辺の住宅をシンドラーに依頼した後、ロサンゼルスの自邸、ロヴェル・ヘルス・ハウス(Lovell Health House)の設計をノイトラに任せた。1929年に完成したこの住宅は、ノイトラの名声を確立する一助となる一方、2人の建築家の間に亀裂を生むことにもなった。

一族が100年守り続けた名建築

建築史に名を刻むビーチ・ハウスは、一家の暮らしの場でもあった。フィリップと妻のリアは、やがてここを生活の拠点とし、さまざまなアーティストや知識人を招いた。写真家のエドワード・ウェストン(Edward Weston)も訪れており、一族によれば、歌手で俳優のポール・ロブスン(Paul Robeson)がリビングルームで歌声を披露したこともあったという。

住宅はその後、ロヴェル家の数世代にわたって受け継がれた。1970年代初頭には、夫妻の末息子ゲイリーが父と兄から約5万ドル(現在の為替で約790万円)で取得。妻のバーバラとともに、キッチンを開放的な間取りに変え、もともとあった大きな浴室を2つに分けるなど、いくつかの変更を加えた。バーバラは2025年に亡くなるまで、ここで暮らし続けた。

こうした改修を経ても、一族は造り付け家具を含め、シンドラーの当初の設計を多くの部分で守ってきた。住宅は1974年にアメリカの国家歴史登録財(National Register of Historic Places)に登録され、建築愛好家が訪れる名所となっている。ロヴェル夫妻の孫たちによれば、写真撮影やスケッチのため、大勢の見学者がバスで訪れることも珍しくないという。

だが、一家がこの家を愛した理由は、もっとシンプルなものだった。1958年、建築史家エスター・マッコイの取材に応じたリアは、ノイトラが手がけた、より有名なロサンゼルスの自邸よりも、シンドラーの海辺の家を好む理由をこう語った。

「私たちに、ぴったりだったんです」

竣工から100年を迎えた今、この家は新たに「ぴったり」と感じてくれる誰かを探している。できれば1880万ドルを用意でき、建築の歴史、そして、ときに肌寒い海風を愛せる人を。(翻訳:編集部)

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