エルハム&トニー・サラメ(Elham and Tony Salamé)
拠点:レバノン・ベイルート
職業:高級ブランド品販売、フィランソロピスト(アイシュティ財団)
収集分野:現代アート

レバノンの実業家トニー・サラメは、妻のエルハムとともに10年以上にわたって現代アートを収集している。2015年には、ベイルートの中心部から地中海沿岸を車で少し走ったジャル・エル・ディブ地区に、自らが創設したアイシュティ財団の約3700平方メートルにおよぶ展示スペースをオープン。著名建築家デイヴィッド・アジャイの設計による展示ホールは、サラメが所有するショッピングモール、アイシュティ・シーサイドに新たな魅力を加えるものとなった。
トニー・サラメは、レバノン内戦後のベイルートで成功を収めたビジネスマンの1人。過去25年で彼は、一軒の高級衣料品店だったアイシュティを、この地域を代表する企業へと成長させている。そんな彼は、アイシュティ財団の展示スペースを創設したことによって、プラダやピノー、アルノーといったファッション界のメガコレクターの仲間入りを果たしたと言えるかもしれない。
2015年にデイヴィッド・アジャイは、US版ARTnewsの取材にこう答えている。「トニーから展示スペースをどう設計したいか聞かれたとき、ライフスタイル、ウェルネス、カルチャーを融合させたハイブリッドなビルを作りたいと言いました。この街は、30年以上にわたって紛争の中にあったり、近隣に紛争地域があったりしました。それでもベイルートの人々は、暮らしを楽しむ術を見つけてきたのです」
夫妻は、約150人のアーティストによる2000点以上の作品を所有している。そこに名を連ねるのは、ルーチョ・フォンタナ、ピエロ・マンゾーニ、グレン・ライゴン、ウルス・フィッシャー、ルドルフ・スティンゲル、ウェイド・ガイトン、モナ・ハトゥム、ワリード・ラード、ファード・エルクーリなどだ。アイシュティ財団設立のオープニング展企画に携わったニューミュージアム(ニューヨーク)のアーティスティック・ディレクター、マッシミリアーノ・ジオーニは、トニーについてこう語っている。「彼はアートに対して本当に純粋な探究心を持っている。それは、時に狂気に近いと感じるほどの純粋さだ」
この財団のコレクションのもう1つの特徴は、市内では珍しい屋外彫刻群があることだ。建築家のアジャイは、「ベイルートには、治安上の懸念から公共の彫刻があまりなかったが、これが先例を作ることになる」と語っている。2020年夏、ベイルートの港や繁華街の複数の建物を破壊した大爆発が起きたが、財団の主な展示スペースは被害を免れた。
サラメは数年前から、ベイルートに国際的な現代アートを紹介する活動も行っている。ベイルート・アートセンターで行われたジュゼッペ・ペノーネやゲルハルト・リヒターの展覧会を支援したほか、2013年にはベイルート中心部にある古い別荘を借り、内外からギャラリストを招いてフェアを開催している。出展ギャラリーには、ミラノのマッシモ・デ・カルロ、グラスゴーのモダン・インスティテュート、ニューヨークのスザンヌ・ガイス、パリのバリス・ヘルトリングとカメル・メヌールなどが含まれていた。