ジョン・アイザックス(John Isaacs)《Erebus》(2022)地塗りを施したキャンバスに、アクリル絵具とゲル状のメディウムを使用。ユーカリ製フレーム 140 × 110 × 2 cm

共鳴し合うアートとファッション──「CELINE ART PROJECT」の意義を4人のアーティストたちが語る

今年7月、セリーヌ表参道が新たな建築コンセプトでリニューアルオープンした。ミニマリズムと自然素材の温もりが邂逅する空間には、ブランドの美意識に共鳴する8人の作家による作品が展示され、来客者との対話を待っている。アーティストたちの言葉を交えながら、同店の魅力を紐解く。

パリのルーブル学院で美術史を学び、デザイナーとしての名声を得ながら、自身の作品集『Berlin』(Steidl)を出版するなど写真家としても独自の表現を発信するセリーヌのアーティスティック、クリエイティブ、イメージ・ディレクターのエディ・スリマン。彼の想像力の源には、いつもアートがあり続けてきた。CELINE ART PROJECTは、そんなスリマンが現職に就任した2019年から秘めたる情熱を注ぎ続けてきたプロジェクトのひとつだ。

現在、世界のセリーヌ旗艦店には、合計して実に200点近くのアート作品がブランドの精神と共鳴するように展示されている。その多くは誰もが知る著名作家の作品というより、わたしたちと同じ時代を生きるアップ・アンド・カミングな現代アーティストたちによるもの。こうしたCELINE ART PROJECTのキュレーションからもブランドの姿勢を感じ取ることができるが、同時にこのプロジェクトは、旗艦店を訪れる人々が新しいアートに出合い、インスピレーションを得ることのできる重要なプラットフォームとなっている。

新たに空間を彩る多様なアート作品

クリス・サッコ(Chris Succo)《Televised Mind》(2022)リネンにシルクスクリーンインク、合成樹脂、顔料 230 × 172.5 cm

今年7月にリニューアルを遂げたセリーヌ表参道は、このCELINE ART PROJECTの最新例だ。スリマンらしいエッジとミニマリスト的美学が貫かれた3フロアからなる空間に有機的な温もりを付加するように、ところどころに木製のヴィンテージ ファニチャーが置かれている。2階へと続く螺旋階段中央には、スリマンがクリエイティブ・ディレクターに就任後の2018年から、セリーヌ表参道の象徴的存在であり続けてきたカナダ人アーティスト、エレーヌ・キャメロン=ウィアーによる《Snake X》(2019)が空間に優雅なリズムをもたらしている。今回のリニューアルでは、この作品に加えて、ヨハネスバーグ出身のキャメロン・プラッターによる《!!!XXXXXXX??JZJSJHDJSJBSSSSHSHSHSHSHZH***ZU》(2019)、コペンハーゲンのアーティスト集団、A.カッセンによる《Bronze pour L》(2021)、ドイツの作家クリス・サッコの《Televised Mind》(2022)、イギリスの著名なアーティスト、デイヴィッド・ナッシュの《Serpentine Column》(2017)とジョン・アイザックスの《Erebus》(2022)、そしてアメリカ出身のエリザベス・アターベリーよる《Bronze Chop》(2018)と《Granite Chop》(2020)が、来訪者との対話を待っている。彼ら8人の中から4人のアーティストが、自身の制作活動や作品について、そしてCELINE ART PROJECTに参加する意義について語ってくれた。

キャメロン・プラッター「常に定義に抗うこと。それが自分の作品を定義する最良の方法」

キャメロン・プラッター(Cameron Platter)《!!!XXXXXXX??JZJSJHDJSJBSSSSHSHSHSHSHZH***ZU》(2019)木彫物およびペイント 240 × 70 × 30 cm

日常にあふれながらも見逃されがちなモチーフを複製して、比喩的なコラージュ作品を制作しているキャメロン・プラッターがこの作品のために用いたのは、南アフリカの道端の至るところに落ちているレンガやブロック。それらをシンプルながら現地の大衆文化を再概念化したリズミカルなトーテム像に仕上げ、社会政治的なメッセージも込めた。

日常生活は私の仕事の原動力であり、インスピレーションを与えてくれるもの。あらゆることが文化に関連しており、私はそうしたものを常にフィルタリングをして見つめています。逆説的ですが、自分の作品を定義する最良の方法は、定義そのものに抵抗することです。作品に影響を与える要素は何百もあり、そうして完成した作品には何千通りの意味があるはずです。他方、今この瞬間に考えついたことが明日も同じとは限りません。全く別の考えに変わっていることもあるのです」

確固とした軸がありながらも、その軸に決して頼ることなく、常に自らの限界を超えようと変化を恐れない姿勢は、エディ・スリマンのこれまでの歩みとも重なる。CELINE ART PROJECTについて、プラッターはこう語る。

私にとって、作品を展示する空間がギャラリーであろうと美術館であろうと、あるいは高級ブランドのブティックであっても、何も違いはありません。そして、最高のファッションデザイナーは最高のアーティストであり、その逆も然りだと考えています」

A. カッセン「魅惑的で常に予測不可能。それはChatGPT的でもある」

A. カッセン(A. Kassen)《Bronze pour L》(2021)ブロンズ製彫刻 48 × 42 × 21cm 木製土台 50 × 50 × 90 cm

「この作品は、存在という一時的なものと、つかの間の瞬間を捉えるアートの力について鑑賞者に語りかけます。また、混沌とした自然界と人間(アーティスト)の介入の相互作用から生まれる新しい美しさを表現しています」

A.カッセンのブロンズ製彫刻は、液体のブロンズを水に注ぎ込むという非常に革新的なプロセスから生まれた。この流し込みから、慎重に選択されたモデルをスキャンし、スケーリングした後にブロンズで鋳造され、ダイナミックな変化の瞬間を永続的な形で保存する。魅惑的でありながら常に予測不可能だという点で、ある意味ChatGPT 的だという。

「セリーヌ表参道は、思いがけない場所でアートに出会う機会を提供します。この型破りな環境は、私たちアーティストにとっても、作品がどのように認識されるかを考え直す機会になり、創造的なプロセスに厚みをもたらしてくれます。また、アートと建築は関わることで空間に変革をもたらし、活気が満ちて示唆に富むことで、鑑賞者に没入感を与え、その空間における対話と交流が生まれることでしょう。アート、ファッション、建築がお互いに刺激と情報を与え合い、新鮮な視点が生まれ、次なる魅力的な芸術表現につながっていくのではないでしょうか」

ファッションによってアートが幅広く人々にリーチし、アートがスタイルにどのような影響を与え、ファッションがどのように芸術的なキャンバスとなるか。そして、建築、空間がダイナミックにクリエイティビティを引き上げる。彼らと同じく、無限の可能性に期待が膨らむ。

デイヴィッド・ナッシュ「アートはいつも、人々の思考の進化を導いてきた」

デイヴィッド・ナッシュ(David Nash)《Serpentine Column》(2017)焼いたシカモアの木 60.5 x 27.5 x 25 cm

彫刻とランドアートの領域で活躍してきたアーティスト、デイヴィッド・ナッシュは、過去50年にわたり、自然との調和をテーマに作品を制作してきた。彼の作品では多くの場合、材料となる倒木や、病気や樹齢、安全性を理由に切り倒された樹木を一度解体し、卵や柱、十字架、ピラミッドといった造形を再構築するという独自のアプローチが取られている。その作品はときに、ギャラリーや美術館の大きな空間を埋め尽くすほどに巨大で、(材料である木は「死んでいる」のに)何か新しい生命体のようにも見える。

《Serpentine Column》と題された本作は、有機的なシカモアの木に幾何学的なジグザグが連なり、視覚的な拡張をもたらしていく。

「アートは人々の思考の進化を牽引し、好奇心を刺激するもの。アートは常に限界に挑戦しながら、様々な価値を問うてきたんです。私が自分の長いキャリアの中で大切にしてきたのは、モチベーションよりも推進力、そして好奇心と鋭い観察力を持ち続けること。アートは鑑賞者に『見られる』ことで初めて成り立ちます。その意味で、『見られる』状況や場所が多ければ多いほど良いのです。目の肥えたセリーヌの顧客にとっても、ハイファッションの中で予期せぬアート作品に出会えるというのは、価値がある体験だと思います」

エリザベス・アターベリー「アートは、生き方や考え方の多様な選択肢を教えてくれる」

エリザベス・アターベリー(Elizabeth Atterbury)《Bronze Chop》(2018)ブロンズ 26 × 8 × 8 cm

「思い出、質問、会話、物語、歴史、家族、デザイン、物体、自然など、日々触れる物質的な世界に影響を受けて、制作活動を行っています。年齢を重ねるにつれて、作品と使用する素材のバリエーションが増え、好奇心が刺激され、ますます制作に夢中になっています。生き方や考え方には様々な選択肢と可能性がある──アートは、そんなことを思い出させてくれるのではないでしょうか」

《Granite Chop(Big)》と《Bronze Chop(Small)》の2作品は、エリザベス・アターベリーによる、中国の印章に着想を得た彫刻シリーズ。石、木、ブロンズでつくり直した印章に自分の名前を刻むと、墓石にも二人掛けの椅子にも見えてくる。彼女の作品はどれも、二次元と三次元、具象と抽象の間で常に変化しており、元々の機能や使途から切り離された文化遺物の持つ「自律性」への興味が、彼女を創作に駆り立てるのだという。

「セリーヌの空間で偶発的にアートに出合い、突如、鑑賞者になるという経験は人生でかけがえのないもの。美術館やギャラリーでは、往々にして作品からある種の固定観念やプレッシャーを受け取ることがありますが、店舗でアートを見るという行為は、そうしたものから解放されて驚くほど親密な鑑賞体験にもなり得ます。あるいはずっと表面的で、存在感がないものにも思えるかもしれません。それもまた良いものだと思います」

エレーヌ・キャメロン=ウィアー(ELAINE CAMERON-WEIR)《Snake X》(2019)エナメル製パイソンスキン彫刻 900 × 40 cm

目の前にあるものごとの捉え方や生き方の選択肢は、もっと自由でいい──CELINE ART PROJECTが提供するファッションとアートを通じた新しい体験から、そんなメッセージが感じられる。同プロジェクトが展開されているのは、世界で合計6店舗。それぞれに作品もキュレーションも異なるので、実際に訪れてみて、ファッションとアートの対話に耳を傾けてみよう。

セリーヌ公式サイト

Text: Aika Kawada Edit: Maya Nago Photos: Courtesy of CELINE

  • ARTnews
  • CULTURE
  • 共鳴し合うアートとファッション──「CELINE ART PROJECT」の意義を4人のアーティストたちが語る