時間のスケールと関係性から世界の見方を再考する──Akris × ARTnews JAPANの展覧会最終章が開幕

スイス発のラグジュアリーブランド、アクリスとARTnews JAPANが東京・日比谷の「Akris Salon」で開催してきた展覧会シリーズ。その最終章となる第3回のタイトルは「After us : 受け継ぐということ」。キュレーションを手がけた山下有佳子と出展作家の佐々木類渡辺志桜里が鼎談した。

(写真左から)山下有佳子、渡辺桜志里、佐々木類 。山下: ジャケット 渡辺:ニットプルオーバー、パンツ 佐々木:ストール アクリス(アクリスジャパン)その他本人私物

100周年を迎えたスイス発のラグジュアリーブランド、アクリスとARTnews JAPANの展覧会「Reimagining the Values」シリーズ。その締めくくりとなる第3回が、アクリスのポップアップスペース「Akris Salon」で12月22日に開幕した。「After us : 受け継ぐということ」のタイトルのもと、近年注目を集める佐々木類シャイフル・アウリア・ガリバルディ渡邊慎二郎渡辺志桜里の作品が会場に並ぶ。

キュレーションを担当してきたアートプロデューサーの山下有佳子は、作品セレクションについて「今、目の前で起こっていることにフォーカスするだけでなく、長い時間軸や広い関係性で捉えることで、複雑でわかりにくい世界を理解しやすくなることもある。その助けとなるような作品を紹介したいと考えた」と話す。本展のみどころやそれぞれの作品について、山下、出展作家の佐々木類、渡辺志桜里の3人に話を聞いた。

物事への多様的な見方を開く

──まず山下さん、今回のタイトル「After us:受け継ぐこと」の意図を教えてください。

山下:今回は私たちが生きている社会について、そのなかでも特に近年話題になっている持続可能性やエコロジーについてアートを通じて考えていきたいということがテーマの根幹にありました。

特に2023年は、私たちの生きる世界というものがラディカルに変わっていく様を見た1年だったと思います。異常気象や紛争……なぜそうなったのかを考えれば考えるほど、私自身、その解決の難しさや、わからなさ、また憤りが膨れあがっていくような感覚がありました。ただ、あるとき、今起こっていることだけにフォーカスするのではなく、何百年も前から続いている歴史や他の事象との複雑なつながりのなかで現状を捉えることで理解しやすくなり、生きやすさを感じたことがあったんです。

今回の展覧会では、そうした個人的な気づきも起点のひとつの要素になりました。今、私たちが対峙する物事を長い時間軸や大きな関係性のなかで捉え直すことを促し、多様な見方を開いてくれる4名の作家の作品を展示しています。

また、「受け継ぐ」という言葉は、アクリスのフィロソフィーの根幹にあるものだと考えています。アクリスは1922年にアリス・クリームラー=ショッホが家庭用のミシンを携えて、地元の女性たちのためにエプロンを製作するアトリエを起ち上げたのが始まりです。「目的をもつ女性のためのものづくり」から始まったアクリスは、100年が経過した現在も、現クリエイティブ ディレクターのアルベルト・クリームラーの下でその哲学を受け継いています。

上野リチ・リックスの作品からインスパイアされた2024年春夏コレクション

アクリスは、上質な素材とクラフツマンシップで、モダンでありながら季節や流行に左右されないタイムレスなデザインの服を作る、大量生産をしないなど、持続可能な社会のあり方についてファッションの視点から挑戦し、未来へ遺すもの、そしてその方法を模索されています。

変わらない信念を持ちながら、その時代に合わせて柔軟に進化を遂げてきた──その長い歴史のなかで得た多様な視点がものづくりに内包されていると思いますし、今回展示している作家たちの作品ともリンクする部分があると思います。

──展示作家について詳しく教えていただけますか。

山下:渡邊慎二郎さんは、山手線の車両に植物を持った人が乗り込んでくるパフォーマンス的な映像作品《グリーン車》、そして植物が人の動きに反応して音を奏でるインスタレーション作品の2点を展示しています。人間は動物ですが、渡邊さんはそこに実は動物性と、「一箇所に根ざし、空間や場所に浸りながら、周りの世界を感じている」植物性の両面があるのではないかという考え方に基づき、実験的もしくは体験的な作品を制作しています。これまで私たちはエコロジーを人間主体で考えてきたところがありますが、自分たちの中の植物性を捉え直そうとする彼の作品は、エコロジー、あるいは人間と自然の関わりにおける新しい見方を提示してくれると思っています。

渡邊慎二郎《グリーン車》(2020)

シャイフル・アウリア・ガリバルディインドネシアを拠点に活動しているアーティストで、キノコなどの菌類が形成する独特の構造を参照したドローイング作品や、人間の皮膚をクローズアップし、そこで起こっている水や空気の動きを捉えた映像作品などを発表しています。多様な物事の見方を提案する本展において、彼の作品は私たちの物の捉え方、考え方に対する「スケールチェンジャー」としての役割を担ってくれると思います。菌類という非常にミクロな世界を大きなスケールで見たり、私たちの皮膚の見えないところに起こっているダイナミズムを観察したりと、彼の作品のようにスケールチェンジして世界を見ることで、今まで気づかなかったことを発見できるかもしれません。

シャイフル・アウリア・ガリバルディ《Irmo Ehoor#2》(2023)、《Sudor Klasira#1》(2020)

人間と自然はどう絡み合うことができるのか

──渡辺志桜里さんと佐々木類さんも本展の出展作家ですね。まず、渡辺さんから、ご自身の制作における関心ごとやコンセプトをお伺いできますか。

渡辺:私の場合、特に一貫したコンセプトはなく、どちらかというと、制作の過程で変化していくことを重要視しながら制作しています。それは、私が作品において、生き物や植物など常に変化するものを使い、自身がコントロールできないものを作っていることとも関係していると思います。今回の出展作品ではありませんが、私が近年、繰り返し発表してきた《サンルーム》では、植物と魚、バクテリアそして無機物の溶岩などを組み合わせ、それ全体のつながりによって生きられるエコシステムを作品として見せています。そこで私が関与しているのは、システム作りのみ。いわば土壌を耕すようなことです。ただそのシステムもメンテナンスが必要で、そうすると人の手を借りることになる。そうやって、予定調和でないことも含め、横に広がりながら作品が出来上がっているところもあります。

──今回の出展作品《RED》は、ある鳥をモチーフにした彫刻ですね?

渡辺:このタイトルは、絶滅のおそれのある野生生物の種のリスト「デッドレッド」あるいは「レッドデータブック」から取ったもの。日本でも1992年に「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」(種の保存法)が制定されましたが、その際、議論の中心にあったのがこの鳥でした。

なぜ、佐渡に保護センターが設けられ、保護される対象になったかというと、学術名が「ニッポニア・ニッポン」だからと言われています。学術名に「ニッポン」の名がつく鳥を絶やしてはいけない、威信に関わるような問題だということで、種が保存されるための生態系が「人為的」に作られたわけです。その意味では、自然と考えられているものには、そもそも自律的で普遍的なものではなく人間込みの「自然」ということなんです。実は人為的な介入によって成立している部分もあるし、さらにはナショナリズムの問題や国策も絡んでくる。そうしたことが、この《RED》の根底にあるテーマです。

渡辺志桜里《RED》(2022)

また、絶滅の話をしはじめると、私たち人類も絶滅するだろうと言われている種のひとつなわけです。その同じ種のひとつとして他の生物を捉え、人類が他の種とどう絡み合っているのかを考えるマルチスピーシーズ人類学の視点も、私が創作において大切にしていることですね。もちろん、私自身人間なので、100%その視点に立つことはできないとも思っていますが。

山下:渡辺さんの《RED》は、骨の状態から肉付けし、極限まで復元していく、いわゆる複顔法的な手法で作られていることも面白さのひとつだと私は思います。やはりそこには想像力も介入し、元の個体の姿と全く同じにはならないこともある。いい意味で元よりも美しくなってしまうパターンもある。それは、事実として残されている歴史や概念、あるいは今見ているニュースなどが、本当はそのままのものではないかもしれないということにつなげて考えられますし、それを自分の力で考えることは、今、混沌とした世界を生きていくときに、実は一番必要なことだと私は思います。

その時、その環境を記憶するカプセルとしてのガラス作品

──佐々木さんは植物が閉じ込められた美しいガラスの作品を作られています。ガラスに着目した理由を教えてください。

佐々木:私が制作に応用している、ガラス以外の有機物や無機物を入れて制作する方法は「インクルージョン」と言って、実は欧米では以前からある技法です。ガラスはサイエンスの分野と非常に近い素材。科学者がガラスを開発するときに、いろいろな異物を入れて実験したことからこの技法が始まっていると言われています。

また、私にとってガラスが面白いのは、繊細で脆いイメージがあるものの、建物にも使われ、古代の遺跡からそのままの状態で出土することもあるぐらい、ほとんど経年変化せず土にも還らない素材であること。そうしたガラスを、私は物質を保存し、記録するのに適した素材として作品で使っているところがあります。

──植物を挟むという発想はどのように得たのですか?

佐々木:以前アメリカに5年ほど住んでいたのですが、帰国したときに生まれ育ったはずの日本という場所に懐かしさを感じなくなり、また、味覚などの感覚にもズレが起こったことがひとつのきっかけです。これは「リバースカルチャーショック」と呼ばれる現象なのですが、そこで一種のセルフメディケーションとしてはじめたのが植物採取でした。植物採取は、匂いや手触りなど五感を全て使います。そうしたなかで、植物を介した私と土地の記憶を物質として残したいと思い始め、採取した植物をガラスに挟んで焼成するという作品を手がけ始めるようになりました。

──ガラス板の間で焼かれた植物は灰になります。この世に存在する自然、人間を含む全ての物の最後の状態がガラスの中に固定されていることも印象的です。

佐々木:植物はその土地の空気や水分、ミネラルなどを吸い上げているので、私の作品はある意味、その環境の情報カプセルみたいな存在。焼成の過程で、そうした植物の中にあったものが表に現れてくることも、私にとって興味深いことです。

佐々木類《Subtle Intimacy》(2022)

例えば、以前アメリカで作品を制作したとき、山火事で空がスモークに覆われた状態になった次の日に採取した植物を作品に使ったことがありました。そうすると、なぜか灰がピンクに変色して現れたんです。コロナ禍に作品を作ったときも、焼成した際の植物の収縮度などがいつもと違っていて驚きました。経済活動がストップしたことによる大気の変化や、私のアトリエは山間部にあるのですが、人間が山に入らなくなり、熊や猪が降りてきて糞をすることによる影響が表れたのかもしれません。黄砂やPM2.5が発生したときなども、同様に作品の植物の表情に違いが起こりました。そうやって植物は人間が気づけない環境のことも微細に記憶していて、その見えない事柄を、作品を通して可視化する。それも私の創作の特徴のひとつかもしれません。

佐々木類《Subtle Intimacy》(2022)部分

──今回の展示作品について教えてください。

佐々木:ちょうどコロナ禍の最後の年、2022年の夏に作った作品です。コロナが収束に向かっていることが制作過程で植物から感じるような時期でもありました。
まだそのときはあまり外に出歩けなかったので、山間部にある私のアトリエのまわりで採った植物を使っています。コロナ禍、家から窓を通して外を見ることが多かったので、作品も窓のような形と大きさになっています。中に入っている植物は、私のアトリエのある北陸の植物ですが、おそらく誰もが雑草として見たことがあるものです。植物の面白さは、世界中のあらゆる人の記憶に既視感として存在していること。私の作品を見て、いつもは目に留めない雑草も「この植物、子どもの頃に見たものかもしれない」と、鑑賞者がそれぞれ記憶のストーリーを紡いでもらえたら素敵だなと思っています。

アートが未来に遺すもの

──最後に、今回の「受け継ぐ」というテーマを受けて、皆さんはご自身のお仕事を通じて、例えば100年後の未来をどう見据え、何を遺すことができると思いますか?

渡辺:私の場合は、そういった「遺す」という意識はあまりないかもしれません。例えば《サンルーム》は、作品内のある特定の植物が強くなって繁茂する場合もありますし、生物のDNAも変化していきます。時間とともに作品の姿が変わり、また100年後に作品自体が姿かたちを保っているかどうかもわからない。その意味で、「受け継ぐ」という言葉や「未来」に対して私が思うのは、物事は常に「不変的であるとは限らない」ということかもしれません。作品作りにおいても、度々エラーが起こりますし、そのエラーがなぜ起こったのかを広い視点で考えたときに、そこから新しいテーマが派生的に浮かび上がってくることもある。そうしたつながりが私にとって大切なことだと思っています。

佐々木:私の場合は、渡辺さんと違って、ガラスという大昔の遺跡からでも発掘される素材を扱っているので、100年後も残ってしまうでしょう。その意味での責任を感じながら作品を作っています。アーティストというものは、専門家が気づけない余白をピックアップして見せられる存在だと思っています。私は、天気や植物を作品の中に取り込みますが、気象予報士でも植物学者でもありません。ですが、アーティストだからこそ気づけるものがあり、作品を通して残していける何かがあるのかもしれません。その可能性が100年後に何か良い影響を与えていればいいなと思います。もしかして、遠い未来に私の作品が植物学者の研究対象になるかも知れないと想像するとワクワクしますね

──山下さんはいかがでしょうか。

山下:私の仕事は作品を作るのではなく、アーティストの方々や、アート作品を伝えていくこと。その中で、現在のアート作品に込められた、私たちが生きている跡、この時代の知恵や知識を残し、伝えていくことは、未来の世代に向けて私ができることだと思います。

また、教育も大事にしています。現在プログラムディレクターを務めているアートフェア「Art Collaboration Kyoto」でも子ども向けの教育プログラムを企画していますし、京都市内にある私が運営するアーティストレジデンスでも小学生の教育サポートのためのプログラムを運営しています。アートの教育において、イエス・ノーはありません。今回の展示のテーマにつながる部分でもありますが、時代や認識する世界のスケールによって、正しさは変化するものであり、物事にはいろんな見方があっていいということ──それを子どもたちに伝えていくことが、微力ながら私自身が未来ヘ向けて行なっていることのひとつです。


Akris × ARTnews JAPAN Reimagining the Values Vol. 3「After us : 受け継ぐということ」
会場:Akris Salon(東京都千代田区内幸町1-1-1 帝国ホテルプラザ1階)
会期:12月22日(金)~2024年1月31日(水)
時間:11:00〜17:00
入場料:無料
休業日:12月26日(火)、12月30日(土)~1月3日(水)


山下有佳子(やましたゆかこ)
アート・プロデューサー。1988年京都で茶道具商を営む家庭に生まれる。 慶應義塾大学卒業後、ロンドンのサザビーズ・インスティチュート・オブ・アートにて アート・ビジネス修士課程を修了。サザビーズロンドン中国陶磁器部門でのインターンを経て、サザビーズジャパンにて現代美術を担当。2017 年GINZA SIX内のギャラリー「THE CLUB」マネージングディレクターに就任。2022 年より「Art Collaboration Kyoto」プログラムディレクター、京都市成長戦略推進アドバイザー(アート市場活性化担当)就任。京都芸術大学客員教授。

佐々木類(ささきるい)
1984年高知県生まれ、2006年武蔵野美術大学造形学部工芸工業デザイン学科卒業、2010年ロードアイランドスクールオブデザイン ガラス科修士課程修了。現在は石川県を拠点に活動。近年のおもな展覧会に「Voice of Glass Collaborative」(2021年、ラトビア国立美術館、ラトビア)、「インタラクション:響き合うこころ」(2020年、富山市ガラス美術館、富山)、個展「Subtle Intimacy: Here and There」(2023年、ポートランド日本庭園、アメリカ)など。

渡辺志桜里(わたなべしおり)
1984年東京生まれ。2008年中央大学文学部仏文学専攻卒業、15年東京藝術大学美術学部彫刻科、17年同大学大学院美術研究科彫刻専攻を修了。近年のおもな展示に「非≠人間と物質/ Non Not equal Between man and matter」(2021年、3331 Arts Chiyoda、東京)、「Das Fremde in der Isolation」(2021年、Halle Zollstock、ドイツ)、「ベベ」(2021年、WHITEHOUSE、東京)、「FLUSH-水に流せば-」(2021年、EUKARYOTE、東京)など。

Text: Masanobu Matsumoto Photo: Kaori Nishida Editor: Kazumi Nishimura

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