「島の塔」に捧ぐ時計芸術の「究極」──ヴァシュロン・コンスタンタンが創業270周年を祝うレ・キャビノティエ三部作を発表

2025年9月、スイスのラグジュアリー・ウォッチメゾン、ヴァシュロン・コンスタンタンは創業270年を迎える。これを祝い、発祥の地であるジュネーブの歴史を象徴する建造物「トゥール・ド・リル(島の塔)」にオマージュを捧げた「手仕事の極致」である特別な三部作「レ・キャビノティエ - トゥール・ド・リルへ敬意を表して - 」を発表した。

ヴァシュロン・コンスタンタンのレ・キャビノティエ部門による熟練技が創業の地を称えるユニークピース3モデルを生み出した。Photo: Courtesy of Vacheron Constantin
新作三部作「トゥール・ド・リルへ敬意を表して」エングレービングピースの制作風景。Photo: Courtesy of Vacheron Constantin

トゥール・ド・リル(フランス語で「島の塔」の意味)は、レマン湖の南端に位置するスイスの都市ジュネーブの防衛を目的に、湖と地中海をつなぐローヌ川にある小さな島に1219年に完成した城砦の一部を成す時計塔だ。その後、ジュネーブが中世からルネサンス期にかけてヨーロッパ貿易の主要な経由地へと繁栄した背景にこの城砦の存在があることは、決して無視できない。そして、そのジュネーブで1755年に産声を上げたヴァシュロン・コンスタンタンにとっても、トゥール・ド・リルは重要な場所。メゾンは1843年、この時計塔に工房を開設し、その後1906年にはメゾン初のブティックもオープンしている。

こうした歴史から、この塔はメゾンの歴史の本質を捉えた様々なタイムピースの着想源となってきた。1924年に製造されたシルバー製ケースの懐中時計は、エッチング酸化/腐食技術を用いて彫られた塔の図案で装飾されており、1926年のシルバー製ケースの懐中時計には、トゥール・ド・リルとサン・ジェルヴェ地区の詳細な風景が浮き彫り技法で彫金されている。1994年には、ケースバックに「ベル・エール広場とトゥール・ド・リル」をエナメルで装飾したイエローゴールド製懐中時計を、さらに2005年には創業250周年を記念し、16の複雑機能を搭載した腕時計「トゥール・ド・リル」を製作している。

そして創業270年を迎える今年、ジュネーブという街とメゾンの歴史をともに刻んできたこの歴史的建造物への賛辞は、「レ・キャビノティエ -トゥール・ド・リルへ敬意を表して - 」と名付けられた新作のトリプティック(三部作)へと結実した。この三部作を手がけたのは、新たな領域を開拓する使命とそのための自由が与えられ、技術的な卓越と芸術的な美しさの不断の追求が求められるメゾンの「心臓」、一点製作に特化したレ・キャビノティエ部門のチームだ。

それでは実際に、それぞれに異なる職人技が注がれた各ユニークピースを見ていこう。

「島の塔」を細緻に描き出したユニークピース

「レ・キャビノティエ -トゥール・ド・リルへ敬意を表して - 」。グラン・フー・ミニアチュール・エナメルによる瑞々しい色彩がダイヤルを彩る。ケースはプラチナ950製、ポリッシュ仕上げ。自社製自動巻きキャリバーを採用。Photo: Courtesy of Vacheron Constantin
ジャン・デュボワによる石版印刷。Photo: Courtesy of Vacheron Constantin

「レ・キャビノティエ -トゥール・ド・リルへ敬意を表して - 」三部作の1作目は、グラン・フー・ミニアチュール・エナメルで製作されている。通常よりも高温で焼成する高度かつ複雑な装飾技法、グラン・フー・エナメルによって実現された瑞々しいパステルカラーのミニアチュール(細密画)がダイヤルを彩る。このミニアチュールの着想源となったのは、19世紀に活躍した画家ジャン・デュボワが描き、スペングラー社が石版印刷した、ベル・エール広場を前にする塔の姿。ヴァシュロン・コンスタンタンの職人は高い敬意とともにこの原画を再解釈し、18世紀からジュネーブで発展したミニアチュール・エナメルの技法を使って、1カ月という時間を費やしダイヤルを手作業で完成させた。

キャプション:「トゥール・ド・リルへ敬意を表して-ギヨシェ&ミニアチュール-」。周りの建物を黒の単線で描くことで塔とコントラストを付けている。Photo: Courtesy of Vacheron Constantin
2作目の「レ・キャビノティエ -トゥール・ド・リルへ敬意を表して - 」には、フィギュラティブ・ギヨシェとグラン・フー・ミニアチュール・エナメルが採用された。周りの建物を黒の単線で描くことで、塔とのコントラストが際立っている。ケースはプラチナ950製、ポリッシュ仕上げ。自社製自動巻きキャリバーを採用。Photo: Courtesy of Vacheron Constantin

同じくプラチナ製ケースに収められた2作目の「レ・キャビノティエ -トゥール・ド・リルへ敬意を表して - 」には、フィギュラティブ・ギヨシェとグラン・フー・ミニアチュール・エナメルが用いられた。自社の熟練ギヨシェ職人がこのシリーズのために特別に開発したギヨシェ彫りとグラン・フーエナメルを組み合わせることによって、奥行きを表現した趣あるデザインだ。トゥール・ド・リルから川を挟んだ正面にあるベル・エール広場に当初あった写真工房と絵葉書の発行者であったシャルノーが製作した、 20世紀初頭のイラストがモチーフとなっている。精密なギヨシェ彫りの技術には約16時間、そして、色の豊かさ、深み、鮮明な色合いを極めるために何層にもわたり加えられたグラン・フーのミニアチュール・エナメルには約40時間が費やされ、繊細なイラストを再現したダイヤルが完成した。

3作目の「レ・キャビノティエ -トゥール・ド・リルへ敬意を表して - 」はエングレービングで製作された。ケースは18K(5N)ピンクゴールド、ポリッシュ仕上げ。自社製自動巻きキャリバーを採用。Photo: Courtesy of Vacheron Constantin
熟練エナメル職人による偉業とも言えるバス・レリーフ(浅浮き彫り)による陰影が美しい。鐘楼の上のドームには、さらなる立体感とコントラストが生まれている。Photo: Courtesy of Vacheron Constantin

三部作の最後を飾るタイムピースは、エングレービングで製作された。繊細なバス・レリーフ(浅浮き彫り)が施された18Kピンクゴールド製ダイヤルとピンクゴールド製ケースが織りなす、重厚さが際立つユニークピース。わずか1mmの厚さの基盤プレートを加工するバス・レリーフ技術は、ヴァシュロン・コンスタンタンの職人だからこそ成し得たもので、実に140時間以上が費やされた。荘厳さと躍動感をたたえるダイヤルの図案は、1822年にピエール・エスキュイエによって製作されたトゥール・ド・リルとローヌ川にかかる橋の彫金に着想したもので、熟練エナメル職人によって表現されたトロンプ・ルイユ的な効果により、トゥール・ド・リルと周辺の風景が目の前に広がっていくようだ。ミニマルに仕立てられた時分の表示とケースが、手仕事の芸術性をさらに際立たせているのは言うまでもない。

ジュネーブとメゾンが共有する思想

「レ・キャビノティエ -トゥール・ド・リルへ敬意を表して - 」三部作は、その裏側にもヴァシュロン・コンスタンタンの技術と芸術に対する飽くなき探求心──これはメゾンの2025年のテーマでもある──が現れている。時計の裏を返せば、オフィサースタイルのサファイアクリスタルのシースルーケースバックからムーブメントのメカニカルな美しさを覗くことができるのだ。

ケースバックにはさらに、“Post Tenebras Lux(闇の後に光あり)”という言葉が刻まれている。これは、トゥール・ド・リルの大時計の文字盤に記された、大転換機にあった16世紀半ばのジュネーブのモットーであり、どんなに暗い時代にあっても明るい未来への可能性を忘れないという思想が反映されている。加えて並ぶのは、“Pièce unique”、“Les Cabinotiers”、“AC”(Atelier Cabinotiers=キャビノティエ工房の略)のエングレービング。こうしたディテールからも、まさに「レ・キャビノティエ -トゥール・ド・リルへ敬意を表して - 」三部作は、希少で歴史的な装飾工芸技術を守り育て、その発展を促進し、世代を超えて遺産と伝統を継承することに取り組むヴァシュロン・コンスタンタンの責任感に裏打ちされた「意地の結晶」であり、「究極の探求」を通じた未来への誓いともいうことができるだろう。