「無名の傑作」を異例の約29億円で購入! ロンドン・ナショナル・ギャラリーの積年の念願ついに叶う

ロンドンのナショナル・ギャラリーが創立200周年を記念して、作者不明の希少な祭壇画を約29億円で購入した。フランスかネーデルラントの芸術家によるものと推測されている本作は、60年間一般公開されておらず、5月10日から改装されたセインズベリー棟で展示されるという。

ロンドンのナショナル・ギャラリーが入手した《The Virgin and Child with Saints Louis and Margaret and Two Angels》。Photo: © The National Gallery London
ロンドンのナショナル・ギャラリーが入手した《The Virgin and Child with Saints Louis and Margaret and Two Angels》。Photo: © The National Gallery London

ロンドンのナショナル・ギャラリーは、創立200周年を記念して、数十年にわたって購入を検討していた2000万ドル(約29億円)相当の祭壇画を手に入れたことを発表した。《The Virgin and Child with Saints Louis and Margaret and Two Angels》と題された作品は1500〜1510年頃に制作されたもので、作者は不明。

作品の購入資金はナショナル・ギャラリーの支援団体「American Friends of the National Gallery」によって調達され、サザビーズが仲介したプライベートセールを通じて、個人コレクションから入手したという。作者不明で、これまで広く知られていなかった作品に対してこれほどの金額が支払われるのは異例だが、その品質やクラフツマンシップ、そして芸術的・歴史的な重要性が評価された結果とみられる。

《The Virgin and Child with Saints Louis and Margaret and Two Angels》の作者はフランス人かネーデルラント人であると考えられているが、ナショナル・ギャラリーの初期オランダ・ドイツ絵画部門のキュレーターを務めるエマ・キャプロンは、後者である可能性が高いと見ている。というのも、本作は低地諸国の芸術家たちがよく使用していたバルト海のオーク材で作られたパネルに描かれており、同時期のフランス人画家は地元のオーク材で作られたパネルを使っていたからだ。

一方で、作中に登場する聖ルイが着用しているガウンには、フランス王家の紋章であるフルール・ド・リスが描かれており、フランス国王のルイ9世だと考えられている。このことから、作者がフランス人であるという可能性も捨てきれない。

作品の中央には、聖母と幼児キリストが描かれ、その周りには2人の聖人と2人の天使が配置されている。画面下部には「品のない表情で堂々とよだれを垂らしているドラゴンの姿」が特徴的に描かれており、北欧の作品には通常登場しない珍しい存在だという。また、キュレーターのキャプロンは、この作品には「図像学的に奇妙な点が多い」といい、こう続ける。

「これは当館の初期ネーデルラント絵画コレクションに加わる貴重で注目すべき一点だと言えるでしょう。この祭壇画は、無名でありながらも才能豊かで非常に独創的な芸術家が手がけており、今後の研究と公開展示によって、この謎が将来的に解明されることを期待しています」

過去には、アールト・オルトケンス、ジャン・ヘイ、サン・ジルのマスター、ヤン・ゴッサール、ヒューゴ・ファン・デル・ゴースに影響を受けた作家がこの祭壇画を描いた可能性があると専門家たちが指摘してきた。ナショナル・ギャラリーは作品解説のなかで、次のように記している。

「全体の立体感、記念碑的な構成、そして色濃く描かれた陰影は、ジャン・ヘイなどのフランス人画家の作品を思い起こさせる。一方、滑らかに描かれた部分と細やかなディテール、そしてよりダイナミックな部分とが交互に織りなす構図と多才な表現は、ヤン・ファン・エイクといった作家が手がけるオランダ絵画に影響を受けたことがわかる」

この絵画は、18世紀のアートコレクター、ヘンリー・ブランデルの家族の子孫によって売却され、ブランデル家とゆかりのあるウェルド家が所有するドーセット州の私有地、ラルワース・エステートに最近まで保管されていた。ナショナル・ギャラリーによると、この作品は1803年までに、ブランデルが現在のベルギーのゲントにあるドルンゲンの都市修道院から購入したという。この来歴は1602年のベルギーにまでさかのぼり、当時はゲントの教会から依頼を受け、祭壇画として奉納されていたものだと考えられている。

この絵画の売却に関してナショナル・ギャラリーと交渉を担当したサザビーズ・オールドマスター部門の名誉会長アレックス・ベルは、こう語る。

「オールドマスターの作品の偉大さは、その作品がどういったものであるかを知らなくても、特別なものを見ていると肌で感じられる点にあります。この祭壇画の場合、その本質的な価値は、作者の正体ではなく、作品がもつ歴史と卓越した品質にあるのです。作者が不明という謎もさらにこの作品に深みを与えています。この作品は、過去半世紀の間ほとんど公開されたことがなく、これまでカラー図版として出版されたことも一度もありませんでした」

ナショナル・ギャラリーの館長、ガブリエレ・フィナルディはアート・ニュースペーパーに対して、ナショナル・ギャラリーの歴代館長たちは「何十年にもわたって」本作を入手しようと画策していたが、今年になってようやく購入に至ったと語った

さらにフィナルディは、作者不明の絵画がこれほど良好な状態で見つかることは「非常に珍しい」と語り、「もしかすると、才能のある画家がキャリア初期に手がけたもの、あるいは若くして亡くなった芸術家による作品なのかもしれない」と推測している。

60年間公開されていなかった《The Virgin and Child with Saints Louis and Margaret and Two Angels》は、5月10日からナショナル・ギャラリーで公開される。ナショナル・ギャラリーは200周年を記念して、1億ドル(約145億円)を投じてメインエントランスとなるセインズベリー棟の改装工事を行っていたが、今回のお披露目は、そのリニューアル・オープンと同時に行われる。(翻訳:編集部)

from ARTnews

あわせて読みたい