女性への視線に内在する暴力性──ジェン・デルーナの絵画が喚起するもの【New Talent 2025】

US版ARTnewsの姉妹メディア、Art in America誌の「New Talent(新しい才能)」は、アメリカの新進作家を紹介する人気企画。2025年版で選ばれた20人のアーティストから、匿名の女性の肖像や牙をむいた犬の口の絵を、独特の方法で描くジェン・デルーナを紹介する。

ジェン・デルーナの作品。左から《Hounding》(2024)、《Rallying Sigh》(2024)
ジェン・デルーナの作品。左から《Hounding》(2024)、《Rallying Sigh》(2024)

ジェン・デルーナは、絵の具が乾く前のカンバスに巨大なブラシを走らせ、そこに描かれたイメージを、ぼんやりとした瞬間の中に閉じ込める。その効果について彼女は、「どんどん薄れていく記憶の断片が、指の間からすり抜けていくような感覚」だと表現する。実際、彼女の作品には強い不安感が漂う。そして、古いファウンドフォト(*1)をもとに彼女が描く静と動の組み合わせは、その本質において絵画的だ。

*1 自分が撮ったものではなく、撮影者が特定されない写真。蚤の市で売っていたり、捨てられていたりするもの。

「私は自分のことを、何よりもまず肖像画家だと考えています」とデルーナは言う。しかし、彼女は自分が描く女性たちの素性を知らない。たとえば《Rallying Sigh(ため息の呼び声)》(2024)のように、最近彼女が制作に使っている写真の多くは、1970年代のピンナップガールのものだ。デルーナは顔をアップにしたり、体の一部を切り抜いたりして、あらゆる文脈から女性たちを分離する。それでも、彼女たちが商品のように扱われていたという奇妙な感覚は見る者に伝わってくる。

「誰なのかは知りませんが、この人物に敬意を払いたいと思うのです」と、彼女は思いを語る。それが、匿名の人物を描きながら自作を「ポートレート」と呼ぶ理由だ。デルーナは、誰かの顔を丹念に描いていくことは「恋に落ちるようなもの」だと言い、自分のありふれた表現に照れ笑いを浮かべた。

私がデルーナを訪ねたのは、彼女がイースト・ロンドンにあるPLOPというレジデンシー・プログラムに参加していたときだった。スタジオに足を踏み入れたとたん目に飛び込んできたのは、口を開けてよだれを垂らし、牙をむいた犬の巨大な絵で、彼女は「これまで自分が手がけた絵の中で最大のもの」だと説明してくれた。ボストンにある自宅の作業場から、初めて専用のスタジオに移ったデルーナは、以前よりスケールの大きな作品に挑戦できるようになった。いわく、「自分が場所の制約を受けていることに気づかなかったんです」。

ジェン・デルーナ《Looking Forward》(2024)
ジェン・デルーナ《Looking Forward》(2024)

犬の口のシリーズで、デルーナは新たな方向性を探求している。女性の肖像画を描くときと同様、イメージをぼかした後にハイライトを入れる彼女の絵には、不安定さと艶やかさが併存し、一種矛盾した仕上げが施されている。とはいえ、犬の絵は威嚇的だ。そこに凍結された凶暴性が今にもカンバスから飛び出してきそうで、じっくり見ていられなかった。

この《Hounding(追い詰める)》(2024)に類する作品について尋ねると、犬は従順で飼い慣らされた生き物だと考えられているが、根底にある動物的な攻撃性は決して消えないという答えが返ってきた。デルーナはいつも、女性の肖像画と犬の絵を並べて飾るという。

「両者の間に対話が生じます。説教がましかったり、説明的になりすぎたりすることはありません」

デルーナの作品は、フォーマリズム的(*2)でありながら直感的でもある。何らかの決断をするとき、シンプルに自分がしたいか、したくないかで決める彼女の作品は、「グラマラス」あるいは「暴力的」と言われたり、ファッション写真やゲルハルト・リヒターなどの作品と比較されたりしてきた。だが彼女自身は、言葉で自作を表現するのは簡単ではないと考えている。

*2 フォーマリズム(形式主義)とは、線、形態、色彩など、作品の形式的要素を重視する理論や方法。

「そんなふうに自分の作品に多くの意味を込めるのは退廃的な感じがします」

そう話す彼女は、美術の学士号を取得したカーネギー・メロン大学で自分のスタイルを確立するまで、写真をもとにしたリヒターの作品も、よく比較されるほかの画家についても知らなかった。だが、最近ネットで目にするのは、「アルゴリズムのせいで」自分の画風とよく似た作品ばかりだという。

デルーナの描く女性や犬の絵は、単体でも非常に魅力的だ。独特の制作プロセスから生まれる作品には、長い時間目を離せなくなるような磁力がある。そして、それらを並べると、さらに衝撃的な効果が生まれ、鑑賞者は女性への視線に内在する暴力性と強制的に向き合わされることになる。いくつもの目や口が、不調和なまま異なる音域で肉欲の感覚を呼び起こすのだ。(翻訳:野澤朋代)

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