思い込みに揺さぶりをかける「不気味なものたち」──中国絵画を再発明するリア・ケ・イー・ジェン【New Talent 2025】

US版ARTnewsの姉妹メディア、Art in America誌の「New Talent(新しい才能)」は、アメリカの新進作家を紹介する人気企画。2025年版で選ばれた20人のアーティストから、不可解な絵画で現代社会に溢れるデータと情報の無限ループを断ち切ろうとするリア・ケ・イー・ジェン(柯顗)を紹介する。

リア・ケ・イー・ジェンの作品。左:《no. 60》(2024) Photo: Courtesy Mendes Wood DM, Sao Paulo, Brussels, Paris, and New York、右:《Untitled(fusée in its flesh)》(2023) Photo: Guanyu Xu
リア・ケ・イー・ジェンの作品。左:《no. 60》(2024) Photo: Courtesy Mendes Wood DM, Sao Paulo, Brussels, Paris, and New York、右:《Untitled(fusée in its flesh)》(2023) Photo: Guanyu Xu

リア・ケ・イー・ジェンは、初めからアーティストを目指していたわけではなかった。中国で育った彼女は、自国の伝統絵画を専門とする画家に書道と名画の模写を習っていたが、進路選択の段になって裁判官を目指すことを選んだ。

アメリカ史やアメリカの法律には疎かったものの、香港で受験したLSAT(アメリカのロースクールに入るための試験)に合格し、インディアナ州の法科大学院に入学。だが、早々に失望し、2年目で中退したジェンは、母親からビジネスの学位を取得するよう勧められた。当時を彼女はこう振り返る。

「3日間部屋に閉じこもり、ひたすらタバコを吸い、お酒を飲んでいました。そして自分にこう言い聞かせたんです。このまま死ぬか、真剣になれる道を選ぶかのどちらかだと」

間もなく彼女はシカゴ美術館附属美術大学を受験したが、その決断は正しかったようだ。今年1月にニューヨークのメンデス・ウッド・DMで2回目の個展を開き、現在はウィーンのギャラリーとシカゴ大学のルネサンス・ソサエティで開催される展覧会の準備に追われている。

シカゴを拠点とするジェンは、ニア・ウェスト・サイド地区の工場や倉庫が立ち並ぶ一角に、パートナーと共同でスタジオを構えている。そこを訪ねたとき、彼女はウィーンのギャラリーの模型をいじりながら、展示レイアウトを練っていた。スタジオの床には幼い息子のものと思われるビー玉の山があり、どこを向いても画集や本が並んでいる。それも、ロラン・バルト、ミシェル・フーコーなどの思想書や、ドストエフスキーの小説など重厚な書籍ばかりだ。

法学と芸術は水と油のように思えるが、それぞれの領域を駆動する力はジェンの作品の中で融合している。そこでは、理性的で図面的とさえ言える構図が、より直感的な表現と共存しているのだ。たとえば、2020年から取り組んでいる機械を題材にしたシリーズの一作に《Untitled(fusée in its flesh)(無題 [体内のフュジー] )》(2023)がある。その絵には何かの部品らしいシリンダーとギアによる機構が宙に浮いたように描かれ、何もない背景を横切るようにして、おそらく機械の一部であろう色の帯がある。

ジェンは、この絵に登場するようなフュジー(アンティーク時計で滑車の役割をする部品)のほか、何に使うかよく分からない架空の装置をたくさん描いている。また、易経の六十四卦から着想を得たシリーズの作品、《No.45》(2024)では、水平の線が視覚的な緩急を生み、厳密さと不可解さの印象を同時に醸し出している。

「現代の生活にはデータや情報が溢れています。私が探求しているのは、延々と続くデータと情報のループを中断させるスピリチュアルな能力です」

ジェンによると、ループを中断するためのテクニックの1つが、絵画の本質に関する鑑賞者の思い込みに揺さぶりをかけることだという。カンバスには不定形なものが多用され、中国絵画で使われる絹布をマホガニーや桜材などの木材でできた特注の枠に張っている。

そうした自作について彼女は、絵画の二次元性に対する私たちの概念を変質させる「不気味なものたち」だと説明している。シルクの透明性によって、表と裏、表層と奥行きが同時に立ち現れ、特に光源の前に吊るされると、その絵は水彩画のような透き通った玉虫色のニュアンスを帯びる。ジェンはこう言った。

「伝統的な中国絵画は袋小路に入り込んでいました。古来の素材と西洋の前衛芸術の形式的な実験を組み合わせながら、私の作品はそれを再発明、あるいは編集しようとしているのです」

その絵画制作のアプローチには、コンセプト的にも物理的にもリスクが伴う。絹は容赦ない素材で、いかなる失敗も修正不可能だ。だがジェンは動じない。「間違いは存在しません」と彼女は言う。「すべての痕跡が真正で、偽りのないものなのです」 (翻訳:野澤朋代)

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