ありふれたものを用いて「社会政治的な限界」の拡張に挑む、リア・ディロン【New Talent 2025】
US版ARTnewsの姉妹メディア、Art in America誌の「New Talent(新しい才能)」は、アメリカの新進作家を紹介する人気企画。2025年版で選ばれた20人のアーティストから、奴隷制や移民のアイデンティティへの思索をベースに、分野横断的な制作活動を行うリア・ディロンを紹介する。

ニューヨークのホイットニー美術館が運営するインディペンデント・スタディ・プログラム(ISP)のスタジオで、リア・ディロン(Rhea Dillon)は今年の5月から数週間おきに開かれる3つの展覧会の準備作業について静かな口調で語ってくれた。アーティストであり作家でもある彼女が作品を出展するのは、ISPのグループ展、ハイデルベルク美術協会での個展、そしてスイスのアート・バーゼルでの「ステートメンツ」部門のソロブースだ。
マルクス主義的傾向があり、理論に重点を置くセミナーで知られるISPは、ディロンにふさわしいものだと言える。現在29歳の彼女は、カマウ・ブラスウェイト、ビバリー・ブライアン、ジューン・ジョーダン、シルヴィア・ウィンターといった黒人やカリブ海諸国出身の詩人、哲学者、教育者、活動家を参照した作品づくりをしているからだ。なお、ISPに参加するため、ディロンは拠点としている南ロンドンから一時的にニューヨークへと居を移している。
ディロンは、イギリス国籍を持つジャマイカ系移民2世。ジャマイカに暮らす親族とのやり取りから着想を得た作品が多く、移民のアイデンティティに継承される社会政治的な限界が批評的に扱われている。また、昨年パリのパレ・ド・トーキョーで開催された展覧会、「Tituba, qui pour nous protéger?(ティテュバ、誰が私たちを守ってくれるの?)」(*1)で展示された彫刻《Caribbean Ossuary(カリブの納骨堂)》(2022)のように、移民が旧世界の贅沢な暮らしに対して抱く憧れを示唆する作品もある。
*1 ティテュバ(Tituba)は奴隷にされた南アメリカの先住民女性で、17世紀にマサチューセッツ州で起きたセイラムの魔女裁判事件に巻き込まれたとされる。
《Caribbean Ossuary》は、ディロンの祖母が所有していたようなマホガニーのキャビネットを床に倒した作品で、展示室の床に浮かぶ船のように見える。背板部分が鏡張りになったこのキャビネットに積まれているのは、「女王様がお茶に来たときのため」の切子ガラスのティーセットだ。
こうしたディロンの彫刻作品は、日常のありふれたものやシンボル、言語をヒントに、ポストコロニアルな黒人の体験を感覚的に表現する。彼女はそれらに込められた特定の地理的領域における政治的な視点を、「私は今、土地のことを物理的に、つまり地理などではなく、土について考えています」と語り、アメリカの人類学者ヴァネッサ・エガード=ジョーンズの研究を例として挙げた。
昨年、ロンドンのテート・ブリテンで行われたディロンの個展、「An Alterable Terrain(変更可能な地形)」では、目、口、肺、手、足、生殖器など思わせる彫刻がバラバラに配置され、断片化された黒人女性の身体をコンセプチュアルに提示。また、《Swollen, Whole, Broken, Birthed in the Broken; Broken Birthed, Broken, Deficient, Whole—At the Black Womb’s Altar, At the Black Woman’s Tale(腫れた、全体の、壊れた、壊れたものの中で産まれる。壊れて産まれる、壊れた、欠損した、全体の-黒い子宮の祭壇で、黒人女性の物語において)》(2023)という作品は、斜めになったサペリ材の台に乾燥したヒョウタンの実を取り付けたもので、割れたり、完全な形だったりするそれぞれの実は、子宮や乳房、女性器を象徴している。
ディロンはこの作品で、奴隷制度のもとでは人間の肉体が木材と同じ商品と見なされていたことを指摘している。そして、黒人の移動と植物の移動が並行して起きていたことが強く印象付けられる。
彼女はまた、「ポエシクス(poethics)」(詩人のジョーン・レタラックの造語で、詩学と倫理学を合体させたもの)で理論的な厳密さを補完し、言葉のずれやナンセンスな逸脱のあるテキストを作品に取り入れる。ディロンの文章には省略と反復を用いたものが多く、後者の一例として挙げられるのが、2021年にロンドンのサーペンタイン・ギャラリーで上演されたパフォーマンス《Catgut-The Opera(オペラ-腸線)》の台本だ。
スタジオで会ったとき、ディロンは昨年ロサンゼルスのポール・ソト・ギャラリーで開かれた個展「Gestural Poetics(身振りの詩学)」の中心となった一連のドローイングの写真を示し、その言語的アプローチについて説明してくれた。彼女は「スペード」という言葉が人種差別的な中傷の表現として使われていたことを知り、それをきっかけに制作を始めたという。
ディロンはオイルスティックでトランプのスペードの輪郭を繰り返し描き、その軽蔑的な表現を、木や盾、一対の乳房の形に変形させている。左右対称の形が繰り返されるドローイングを通して、「定義を拡張することができるだろうか?」、あるいは「反復によって新たな定義を生み出すことができるだろうか?」と彼女は思索しているのだ。(翻訳:清水玲奈)
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