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気高く生きた黒人女性を描く:歴史から排除された人々に光を当てるアーティスト

フランス人アーティストのエリザベス・コロンバは、6歳の時にはすでに画家になりたいと夢見ていた。マルティニークからの移民の娘である彼女は、パリの新聞でピカソについての記事を読んだ後、母親に「私もピカソのようになる」と嬉しそうに宣言したという。

エリザベス・コロンバ《Laure (Portrait of a Negress)(ロール〈黒人女性の肖像〉)》(2018) ©Elizabeth Colomba/Artists Rights Society (ARS), New York/Private Collection

それからというもの、彼女は人生のほとんどを絵画に捧げてきた。いま目指しているのは、美術史の中でこれまで描かれることのなかった黒人像を提示することだ。歴史上の黒人たちを、彼らが排除されたり、いないことにされたりしてきた生活環境の中に描いている。

「注目されずにこのまま忘れ去られそうな、黒人の歴史上の人物に光を当てたいのです」と彼女は語る。

アートの”正統な”歴史の中で、黒人の芸術家や人物、そして彼らの視点は排除されてきた。そのことに対してアート界が自覚するにつれ、コロンバの名声は高まっている。いくつもの美術館で作品が展示され、ニューヨークのハーレム・スタジオ美術館とニュージャージー州のプリンストン大学美術館ではパーマネントコレクション(永久収蔵品)の一部にもなっている。

2022年3月には、コロンバにとって初の美術館での個展がプリンストン大学美術館で開催された。ローラ・ジャイルズとモニーク・ロングがキュレーションを担当したこの展覧会では、歴史上の黒人女性や架空の黒人女性を描いた選りすぐりの絵画のほかに、コロンバがこれまでに制作した唯一の映像作品《Cendrillon(シンデレラ)》(2018)が展示されている。

エリザベス・コロンバ Courtesy Princeton University Art Museum

1976年生まれで、現在はニューヨークを拠点に活動するコロンバは、パリのエスティエンヌ美術学校とエコール・デ・ボザール(国立高等美術学校)で学んだ。オールドマスター(主に15〜18世紀の欧州の有名画家)の技法を現代アートに用いる独自のスタイルで頭角を現すようになった彼女の絵の多くは、一見すると過去のものでありながら、今を生きる人々に訴えかける力を持っている。

コロンバは時に男性を描くこともあり、最近では静物画も手掛けている。そのうちの2点は現在サンフランシスコのアフリカン・ディアスポラ博物館で展示されている。しかし、いくつかの理由から女性を描くことに最も関心があるとコロンバは言う。

まずは、絵の中に自分自身を投影できること。「そのほかにも、女性が女性を見るまなざしは、男性のそれとは違うというのもあります。私がテーマにしている時代では、特にそうです。女性は主にモノとして見られていましたからね」。そして、黒人女性を描いた古典絵画との初めての出合いが、自分の主題選びに影響を与えているという。

「アートスクールに通っていた学生時代に、ルーブル美術館で美しい肖像画を見たんです。今は《Portrait of Madeleine(マドレーヌの肖像)》と改題された絵で、以前は、《Portrait of a Negress(黒人女性の肖像)》として知られていました。とても美しい18世紀の絵画で、黒人女性だけを描いた初めての絵画の一つです」

コロンバはこう続ける。「絵の中の空間を占めているのは彼女だけ。小道具でも、脇役でもない。黒人の彼女が主役なのです。初めて見た時の衝撃があまりに強かったので、いつもその感覚を再現しようとしているのかもしれません」

作品に登場させる人物を選ぶため、彼女は奴隷制や植民地時代に関する本を読むなどしてリサーチを重ねている。また、好奇心に導かれるまま、さまざまな対象を取り上げることもある。

現在、ロサンゼルス・カウンティ美術館(LACMA)で2022年4月まで開催されていた「Black American Portraits(ブラック・アメリカン・ポートレイト)」展に展示された作品、《Biddy Mason(ビディ・メイソン)》(2006)で描いた人物の魅力について、コロンバは熱く語ってくれた。メイソンは、ジョージア州で奴隷として生まれ、ロサンゼルスで自由の身となって助産師・看護師となり、不動産で財をなしてからは慈善家として活躍したという。

「彼女は黒人の子ども達のために保育園を開き、地域社会に貢献しました。さらに教会を建てて、民族や信条に関係なく、困っている人に手を差し伸べたのです。その生涯は称賛に値します。私が絵を描くことで、彼女のような存在に光を当てたいのです」

コロンバはまた、《Chevalier de St Georges(シュバリエ・ド・サン=ジョルジュ)》(2010)という絵についても情熱的に語っている。作品の中では、18世紀の優雅な服を着た黒人男性が、覆いを取り去ったばかりの自身の肖像画の後ろに堂々と立っている。絵のタイトルにもなっているこの男性は、フランスの白人とアフリカ出身の奴隷の女性の間に生まれた音楽家。後に「黒いモーツァルト」と呼ばれたが、実際に彼が活躍し始めたのはモーツァルトよりも早い時期のことだ。

エリザベス・コロンバ《Phillis(フィリス)》(2010) ©Elizabeth Colomba/Artists Rights Society (ARS), New York/Collection of the Artist

コロンバと似たアプローチで展覧会を企画するキュレーターもいる。たとえば、デニース・マレルが手掛けた2018年の「Posing Modernity: The Black Model from Manet and Matisse to Today(ポージング・モダニティ:マネ、マティス〜現代絵画の黒人モデル)」は、マネの絵画《オランピア》に描かれている召使のモデルとなった黒人女性、ロールがきっかけだ。

展覧会には、コロンバがそのロールを描いた《Laure(Portrait of a Negress)(ロール〈黒人女性の肖像〉)》(2018)も展示された。《オランピア》での控えめなたたずまいとは対照的に、コロンバの絵の中のロールは主役だ。落ち着きはらい、凜(りん)とした風格を漂わせて、まるでカイユボットの絵のような通りをこちらに向かって歩いてくる。

「Posing Modernity」展と似た企画展に、メトロポリタン美術館で現在開催されている「Fictions of Emancipation: Carpeaux Recast(解放のフィクション:カルポーを問い直す)」がある(会期:2022年3月10日〜23年3月5日)。ジャン=バティスト・カルポーの、アフリカ系女性をモチーフにした有名な大理石の胸像《Why Born Enslaved!(なぜ奴隷として生まれたのか!)》(1868)に焦点を当てた同展。植民地制度や大西洋をまたぐ奴隷貿易の視点から西洋彫刻を見直した企画としては、メトロポリタン美術館初のものだ。同展のカタログの中でコロンバは、19世紀の白人芸術家のまなざしが黒人の身体をどのように捉えていたかについて書いている。

「地獄の道は善意で舗装されている。芸術家たちは奴隷制という残酷で恐ろしい制度を全力で告発しようとしていた。だが、作品の多くが縄で縛られた女性の姿である。私はそのパラドックスについて論じつつ、黒人女性の商品化についても触れたい。というのは、あの胸像はカルポーの作品の中でも最も人気が高かったので、彼はその複製を無数に作ることができたからだ」

メトロポリタン美術館の「Carpeaux Recast」展の展示室からそう遠くないところに、現在コロンバの絵が1点展示されている。それは、19世紀の米国を代表する画家ウィンスロー・ホーマーの回顧展でも展示されたもので、彼の絵を画中に描き込んだ《Armelle(アルメール)》(1997)という作品だ。作品に描かれた若い黒人女性(モデルはコロンバのいとこ)は、ホーマーがバハマ滞在中に黒人女性を描いた水彩画《Under a Palm Tree(ヤシの木の下で)》(1885)を見つめている。さらに、19世紀から20世紀初頭にかけて活躍した米国人画家、ジョン・シンガー・サージェントが描いた《Madame X(マダムXの肖像)》(1883-84)を思わせるポーズを取っている。

コロンバはこの作品を通して、ホーマーやサージェントの作品と対話を試みているのだ。

各地で展覧会が開催され、勢いに乗っているコロンバ。彼女自身の見方では、2020年からアートの世界で高まってきた人種問題に正面から向き合おうという機運が追い風になっているという。

「黒人やその文化がそこかしこに存在することに、やっとみんな気づいたようです。だからこそ、黒人女性作家である私の仕事や私自身への関心が高まっているのでしょう」と語る。

そう言いながらもコロンバは、成功したと宣言するのはおろか、新たなステージに立ったと言うことにも慎重だ。

「アーティストとして生きることの途方もなく恐ろしいところは、確実なことが何もないということです。うまくいくと、出来すぎなんじゃないかという思いにつきまとわれるし、不安な気持ちは常にあります。でも、それは良いことかもしれません。だからこそ常に新しいアイデアを探し、自分の物語を伝えるための新しい表現を模索できますから」(翻訳:野澤朋代)

※本記事は、米国版ARTnewsに2022年4月18日に掲載されました。元記事はこちら

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