伝統に新しい命を吹き込む職人支援プログラムが始動! ヴァシュロン・コンスタンタンがMETと協力

今年創業270周年を迎えたヴァシュロン・コンスタンタンメトロポリタン美術館と協業し、職人の技術を未来へ伝えるレジデンシープログラムを発表した。選出されたファイナリストたちは、メゾンと美術館の支援を得ながら1年半にわたって作品を制作し、2026年10月にメトロポリタン美術館で完成した作品を発表する。

「アルチザン レジデンシープログラム」のファイナリストに選ばれた職人たち。左からアスペン・ゴラン、イブラヒム・サイード、そしてジョイ・ハーヴェイ。Photo: Courtesy of Vacheron Constantin
「アルチザン レジデンシープログラム」のファイナリストに選ばれた職人たち。左からアスペン・ゴラン、イブラヒム・サイード、ジョイ・ハーヴェイ。Photo: Courtesy of Vacheron Constantin

スイスの高級時計メゾン、ヴァシュロン・コンスタンタンが、ニューヨークのメトロポリタン美術館(MET)と手を結び、「アルチザン レジデンシープログラム」を発表した。同メゾンの創業270周年を記念して、メトロポリタン美術館の分館、クロイスターズ美術館で開催された特別イベントでは、プログラムの最終選考に選ばれた3人の職人──アメリカに拠点を置く家具職人のアスペン・ゴラン、エジプト人陶芸家のイブラヒム・サイード、そしてイタリア拠点のジュエラー職人、ジョイ・ハーヴェイ──が発表された。

18カ月間にわたって展開されるレジデンシープログラムは、選出された3人の職人たちにさまざまな教育と表現の機会を提供するもの。選出された職人はまず、メトロポリタン美術館のコレクションに触れ、同館に所属する専門スタッフと交流を深める。その後、ヴァシュロン・コンスタンタンの拠点スイス・ジュネーブで、同メゾンの熟練職人による工芸芸術やその制作工程を学び、その成果を、メトロポリタン美術館で2026年10月に開催される展覧会で発表するという内容だ。

選考プロセスでは、世界中から集まった応募者に対し、キュレーター、芸術管理者、教育関係者、職人で構成される審査委員会が3回の審査を実施。作品の独創性や芸術的魅力はもちろん、伝統工芸技術を継承していること、さらにそれを審美的・技術的価値のある作品へと昇華させる能力に基づき、ファイナリストが選出された。メトロポリタン美術館のディレクター兼最高経営責任者であるマックス・ホレインはファイナリストの発表に際して、声明で次のように述べた。

「ヴァシュロン・コンスタンタンとの協力により、このレジデンシープログラムを開始できることを大変喜ばしく思います。選出された3人の職人は、伝統的な技術に新しい生命を吹き込む、とても熟練した専門家です。このプログラムを通じて、彼らが過去と現在を力強く結びつける新しい作品を生み出す様子を見守れることを、楽しみにしています」

アスペン・ゴランは、現代美術とアメリカの伝統的な家具の形状を融合し、工芸の世界における権力やジェンダーの在り方を問いかける作品を手がけている。木工分野における公平性の実現を目指す非営利団体「ザ・チェアメーカーズ・ツールボックス(椅子作りを誰もが学べる機会を広げるプロジェクト」の創設者である彼女は、17〜19世紀の伝統的な木工芸技術を駆使しながら、アメリカの象徴的な家具の形状を巧みに扱った作品を手がけてきた。これらの作品は、アメリカの装飾芸術の歴史を批評しつつも讃える現代的な表現となっている。

高い技術力と創造性、そして革新性で知られる陶芸家のイブラヒム・サイードは、文化遺産を讃えながら新境地へと昇華させるアプローチが高く評価された。陶器生産で名高いカイロ近郊のフスタート地区で陶工の家系に生まれた彼は、古代エジプト陶芸にみられる力強い線と大胆な形状のバランスを保ちながら、構造技法と表面装飾の両面から粘土を用いた表現の可能性を押し広げている。

ジョイ・ハーヴェイは、純粋科学を学んだのちに工芸の道を歩みはじめた。彼女のジュエリー・スタジオ、ラ・ルーチェは、伝統的なフィレンツェの金細工とアルメニアの宝石加工技術を融合させ、古代の手法と現代の革新的な技術を組み合わせることに成功している。彼女はそこで、これまで構築されてきた美の概念に疑問を投げかけながら、不完全性、老化、そして美に対する社会規範や認識をテーマに作品制作に取り組んでいる。個人的な物語が込められているハーヴェイの作品は、日常的に身に着けられる意味のある作品を創り出すことでウェアラブル・アートとハイジュエリーの溝を埋めようとする、意欲的な試みだ。

ゴランは過去に、全米芸術家フェローシップなどを受賞している。Photo: Courtesy of Vacheron Constantin
サイードが手がける陶芸作品は、ヴィクトリア&アルバート博物館やブルックリン美術館などに収蔵されているPhoto: Courtesy of Vacheron Constantin
ハーヴェイが創業したラ・ルーチェは、社会や環境に対する積極的インパクトが認められ、Bコープ認証を受けている。Photo: Courtesy of Vacheron Constantin

「アルチザン レジデンシープログラム」は、2023年にメゾンとメトロポリタン美術館が締結した長期的パートナーシップに基づく最新の取り組みだ。技術、文化、芸術の伝統継承に対する両者の献身的な姿勢に基づいたパートナーシップは、今後もさまざまな取り組みを展開していく予定だという。メトロポリタン美術館の教育部門を率いるハイジ・ホルダーは、声明を次のように締めくくった。

「好奇心を刺激すると同時に、芸術的・文化的境界を再定義するアートの力を当館は深く信じています。その証左と言えるこのレジデンシープログラムは、情報提供と創作意欲の喚起により職人たちを支援することを目的としています。具体的には、職人たちに私たちのコレクション、学術的リソースを提供し、美術館に所属する専門家との交流の場を設けることで、次世代のための伝統的な工芸知識と技術の再構築を目指します」