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恐竜の骨格標本から日本の前衛作家まで。フリーズ・マスターズを賑わせた注目ブースを振り返り!

今年10周年を迎えたロンドンのアートフェア、フリーズ・マスターズが、10月12日〜16日に開催された。会場には、1億5400万年前の恐竜の骨格やエジプトの石棺から、オールドマスター、20世紀美術の名作まで、幅広い時代・分野の逸品が勢ぞろい。それらの出展ブースから、ベスト10を選んで紹介する。

デビッド・アーロンのブースに展示されたカンプトサウルスの骨格標本(フリーズ・マスターズ会場にて) Photo by Michael Adair/Courtesy of Frieze

今回のフリーズ・マスターズで興味深かったのが、1900年〜51年生まれの先駆的な女性作家を紹介するブースを集めた「スポットライト」部門だ。パリに拠点を置くキュレーターのカミーユ・モリノーと彼女が設立したAWARE(Archives of Women Artists, Research and Exhibitions、女性アーティストのアーカイブ、研究・展示)のチームが、男性中心の美術史を見直そうと、まだ十分認知されていない女性アーティストに「スポットライト」を当てる展示を行った。

 では、ARTnewsが選ぶベストブース10選を紹介しよう(各見出しは展示内容またはアーティスト名/ギャラリー名の順に表記)。


1.先コロンブス期のテキスタイルと3人のブラジル人女性アーティスト/Paul Hughes Fine Arts(ポール・ヒューズ・ファイン・アーツ)

「Resonances(共鳴)」と題されたPaul Hughes Fine ArtsとMAPAのコラボブース Photo: Damian Griffiths

英国ウィルトシャーのポール・ヒューズ・ファイン・アーツが、ブラジルのギャラリーMAPAとコラボを行ったブースの展示タイトルは「Resonances(共鳴)」。その名にふさわしく、1500年という年月を超えて女性の作品が対話し合うエキサイティングな展示を見せて注目を集めた。ブラジル人アーティスト、ミラ・シェンデル、ジャンディラ・ウォーターズ、デルバ・マルコリーニの作品とともにブースに登場したのは、先コロンブス期の羽を素材にしたテキスタイルだ。

アルパカやリャマの毛と鳥の羽を素材に用いた600年頃のナスカの赤い大型チュニックや、抽象的な赤・白・青のストライプ柄のチュニックには驚くほどモダンな魅力があり、ブースの前を通りかかる人が足を止めて見入っていた。ジョセフ&アニ・アルバース、ブライス・マーデン、ショーン・スカリーといったアーティストがこうしたテキスタイルを高く評価しているのもうなずける。そうした手触りのいい羽のチュニックやパネルと並んで、鮮やかな幾何学模様が塗られたウォーターズの木製のレリーフ、シェンデルのドレス、マルコリーニの壁掛け彫刻(素材はアガベ繊維、絵具を塗ったコットン、羊毛、原糸)が展示され、えも言われぬハーモニーを醸し出していた。


2.日本のモダニスト/思文閣

1960年〜80年の日本の前衛芸術家を紹介した思文閣のブース Photo : Courtesy of Gallery Shibunkaku

思文閣のエレガントなブースで紹介されていたのは、1960年から80年にかけて日本のアートシーンで活躍した前衛作家たちの作品だ。具体美術協会のメンバーだった元永定正が64年に描いた躍動感あふれる絵画や、墨人会の森田子龍や井上有一による叙情的な書、走泥社の八木一夫、鈴木治、宮永理吉による彫刻などが一堂に集まった。実験的なアーティスト、宮脇愛子の絵画《作品》(1962)は、油絵の具と大理石の粉末を用いた立体的な表面が美しい。

こうした作品をまとめて見ると、アーティストたちが刺激し合いながら制作に取り組んでいた時代の熱気が伝わってくる。また、同ブースで展示されていたピカソの《男の頭》(1969)からは、日本人アーティストが孤立した存在ではなく、西洋美術の発展に影響を受けながら活動していたことが理解できる。


3.モダンアートの巨匠たち/Kasmin Gallery(カスミン・ギャラリー)

リー・クラスナー《Number 2(ナンバー2)》(1951)、油彩・カンバス 235 × 335.3 cm Photo: © 2022 Pollock-Krasner Foundation / Artists Rights Society (ARS), New York.

カスミン・ギャラリーのブースで圧倒的な存在感を見せていたのが、リー・クラスナーの幾何学的な大型抽象画《Number 2(ナンバー2)》だ。落ち着いた暖色系のブロックで構成された作品で、制作年と同じ1951年、ベティ・パーソンズのギャラリーで開催されたクラスナーの初個展に出展された。今回はそれ以来初めての一般公開になる。クラスナーは、描いたカンバスを破壊したり、上から別の作品を重ねて描いたりすることが少なくない。この個展で展示された作品も2点しか現存しておらず、展示されたのはそのうちの貴重な1点だ。

カスミンのブースでは、米国人アーティストを中心としたモダンアートの巨匠20人を展示し、それぞれの作品の間にさりげない対話が生まれるよう構成していた。たとえば、ともにハンス・ホフマンの教えを受けたリー・クラスナーとリン・ドレクスラーの場合、クラスナーの《Number 2(ナンバー2)》は、緑や藍色を基調にオレンジ、赤、ピンクの華やかな色彩が風景を思わせるドレクスラーの抽象作品《Tribute(トリビュート)》(1963)と何かしら相通じるものがある。

また、マルチに活躍するコンセプチュアル・アーティスト、ジェームズ・ナレスの流れるような筆致の絵画《SO BE IT(それならそれでいい)》(1999)と、彫刻家ジョージ・リッキーのポエティックな彫刻《Column of Five Lines with Gimbal II(ジンバルIIを用いた5本の細長い柱)》(1990)もダイナミックな関係性を感じさせた。後者は、5本のステンレス鋼でできた刃が微妙に揺れるが、それぞれは決して触れ合わないような作りになっている。


4. 古代の遺物/David Aaron(デビッド・アーロン)

デビッド・アーロンのブースに出品されたジュラ紀後期のカンプトサウルスの骨格。376 × 140cm Photo : Courtesy of David Aaron gallery

1億5400万年前の恐竜カンプトサウルスの骨格が入り口に置かれたブースは、会場でひときわ目を引いた。ロンドンのデビッド・アーロンは4代続く家族経営のギャラリーで、古代イスラム美術、エジプト美術、古典美術などが専門だ。フリーズ・マスターズでは、目を見張るような逸品の数々がドラマチックな照明で美しく展示されていた。

たとえば、完全な状態のトリケラトプスの幼体の頭骨(6600万年〜6800万年前)や、ジャッカルの姿をした古代エジプトの冥界神アヌビスの美しい木像(紀元前751年〜紀元前414年頃)、ひげと眉が非常に細かく彫刻された古代ローマ貴族の大理石胸像(紀元前100年〜紀元後20年頃)などもある。また、古代エジプトの凛とした猫のブロンズ像(紀元前332年〜紀元前30年頃)は保存状態が非常に良く、目の周りに薄いラピスラズリの象眼が残っているのが印象的だ。


5. フランドルの巨匠たち/De Jonckheere(デ・ヨンケーレ)

フランドルの巨匠の作品を展示したデ・ヨンケーレのブース Photo: Photo by Michael Adair/Courtesy of Frieze

デ・ヨンケーレは例年通り、豪華なラインアップでフランドルの巨匠たちの作品を展示。ブースには、ロヒール・ファン・デル・ウェイデンの弟子による授乳中のマドンナ像、ルーカス・クラナッハ(父)とその工房によるマルティン・ルターの迫力ある肖像などが並ぶ。また、異なる季節の村の風景を描いたピーテル・ブリューゲル(父)による円形画3点は、精緻な描写に人間の営みのすべてが詰まっているようで、何時間でも眺めていられそうな作品だ。

ヤン・ウェレンス・デ・コックやピーテル・ホイス、ボッシュの流れを汲む画家たちによる幻想的な絵画は、いろいろな怪物が混じった奇怪な生き物、身体のない巨大な頭、犬にむさぼり食われる人間などを描いていて、怪物や地獄の絵に目がない筆者にとってはとりわけ魅力的だった。想像力豊かなディテールは見事としか言いようがない。


6.Carlos Cruz-Diez(カルロス・クルズ=ディエズ)/Galleria Continua(ガレリア・コンティヌア)

カルロス・クルズ=ディエズの《Fisicromía 3(フィシクロミア3)》(1959)、カゼイン、厚紙、木材、51 × 51 cm Photo: Courtesy of Galleria Continua

会場で迫力ある存在感を示していたのが、キネティック・アートやオプ・アート(*1)の分野で活躍したベネズエラ人アーティスト、カルロス・クルズ=ディエズの作品だ。クルズ=ディエズは角度によって見え方が変わるレリーフ絵画で有名になったが、ガレリア・コンティヌアのブースではそれ以前の作品も含め、作風の変遷をたどる展示を行っていた。中でも、1950年代の初期作品のうち有機的な形を特徴とする抽象絵画2点と彫刻1点は、後年の代表作と興味深い対比を見せている。

*1 キネティック・アートとは、動力、人力、自然の力で動く作品。オプ(オプティカル)・アートとは、錯視や視覚の原理を利用したり、鑑賞者の視点によって見え方が変わる作品。いずれも「動き」を取り入れたアートを指す。

《Fisicromía 3(フィシクロミア3)》(1959)は、厚紙と木にカゼインを重ねて制作されたもの。赤い幾何学的な形と垂直に走る線が印象的な作品で、スタイルの過渡期にあったことがうかがえる。ブースの目玉は、生命感にあふれる「Physichromie(フィジクロミー)」と「Couleur Additive(色を足す)」のシリーズだ。《Physichromie 502(フィジクロミー 502)》(1970)は強いエネルギーを放つ作品で、色とりどりの長方形が重なり合い、カンバスに垂直にあしらわれた細いプラスチック板の連なりが、見る角度を変えていくと秩序ある動きを見せる。


7. 李康昭(イ・ガンソ)/Gallery Hyundai(ギャラリー現代)

韓国人アーティスト李康昭(イ・ガンソ)を紹介したギャラリー現代のブース Photo: Mark Blower/Courtesy of Gallery Hyundai

喧騒に満ちた会場の一角で、ギャラリー現代(ヒョンデ)のブースは静かなオアシスのように感じられた。展示されていたのは、1970年代に頭角を現した韓国人アーティスト、李康昭(イ・ガンソ)の絵画、彫刻、写真、セリグラフ(シルクスクリーン)版画など、多岐にわたる作品だ。中でもブース全体に静寂に満ちた雰囲気を作り出していたのが、大胆なリズムを感じさせる筆使いとグレーの濃淡で描かれた瞑想的な大型絵画のシリーズだ。これらの絵を背景にして展示された李のポエティックなインスタレーション《Paljindo(八陣)》では、レンガ、木、ロープでできた台の上に石が1つずつ置かれている。八陣とは、戦場で集めた自然素材によって感覚を狂わせ、敵をあざむく古代軍事戦術だと説明していた。

ギャラリーの資料によると、李は自らの作品を、主観的な感情や意図を排除した「描かれた絵」と位置づけ、「見えるものと見えないもの、粒子とエネルギー、こことそこ、存在と非存在の間を行き来する」ことを目指しているという。

李は2023年春に開幕するグッゲンハイム美術館(ニューヨーク)の大規模な企画展、「The Avant-Garde: Experimental Art in South Korea in the 1960s–1970s(前衛:1960-70年代の韓国の実験芸術)」に参加する予定だ。


8. Ljiljana Blaževska(リリャナ・ブラジェフスカ)/Alison Jacques(アリソン・ジャック)

マケドニア生まれのアーティスト、リリャナ・ブラジェフスカの作品《無題》(1975頃) Photo: Courtesy Alison Jacques/©Ljiljana Blaževska Collection & Archive/Photo Michael Brzezinski

「スポットライト」部門にブースを出したアリソン・ジャックは、マケドニア生まれのアーティスト、リリャナ・ブラジェフスカ(1944-2020)を出展。セルビアの首都ベオグラードに暮らし、同地の活発なアートシーンに参加してはいたが、国外では無名だったブラジェフスカの作品に出会える貴重な機会となった。幻想的な風景の中に、幽霊のような人物やエキゾチックな鳥が描かれている夢の一場面のような絵画は、チェチリア・アレマーニがキュレーションした今年のヴェネチア・ビエンナーレのメイン展示「The Milk of Dreams(ミルク・オブ・ドリームズ)」にふさわしいような作品だ。

神秘的な風景や妖しい生き物を描いた作品は、レメディオス・バロやレオノーラ・キャリントンといったシュルレアリスムの女性画家を思い起こさせる。一方で、《無題》(1995)はシャガールを思わせる作品で、赤い帽子の人物と、その背景の鮮やかな青い大気の中に亡霊のような影が描かれている。今回展示された6点は1974〜95年の20年間に制作された作品だが、その後のブラジェフスカの作品もぜひ見てみたいと感じさせる内容だった。


9. ダニエラ・ビノパロヴァ/Stephenson art(スティーブンソン・アート)

ダニエラ・ビノパロヴァ《Socha-váza VIII / Sculpture-vase VIII, 1963-1964(彫刻-花瓶VIII、1963-1964)》、テラコッタ、色釉、金彩、48 × 50cm  Photo: Photo by František Ježerský/Courtesy of Stephenson art

やはり東欧のアーティストだが、ブラジェフスカとは趣が異なるチェコの彫刻家、ダニエラ・ビノパロヴァ(1928-2017)を紹介したのが「スポットライト」部門に参加したロンドンのギャラリー、スティーブンソン・アートのブース。展示作品の中心は、石膏、釉薬のかかったテラコッタ、錫(すず)、ブロンズを素材とする1960年代の彫刻だ。

この時期、ビノパロヴァは勢いを増していた社会主義リアリズムに逆行し、具象から抽象へと移行していく過渡期にあった。具象を完全に放棄したわけではないことは、白い石膏の優美な女性像からうかがえるが、展示の大半は抽象彫刻だ。大胆に傾き、穴の開いた容器のような形からは、質量と空間、内部と外部の間にある緊張を感じさせる。

ビノパロヴァが使っていた道具や写真、資料を展示したガラスケースの中には、彼女の手紙も収められている。そこにはこう書かれていた。「作品を通して、私はある種の秩序を見出そうとしている。それは多くの矛盾、ときには『理解不可能なナンセンス』によって成り立っているが、全体としては矛盾の間にバランスが取れて、1つのまとまりを生み出している」

ビノパロヴァは66年に最初の個展を開き、その後の短い期間にいくつかのグループ展に参加した。しかし、68年のソ連による軍事介入後、再び個展を開いたのは96年のことだった。


10.チーフ・ニケ・デイビス=オクンダイエ/(コー)

バティック(ろうけつ染)とナイジェリアの伝統染色技法アディレを用いるテキスタイルアーティスト、チーフ・ニケ・デイビス=オクンダイエの作品《Untitled》(1968) Photo: Photo by Kazeem Adewolu/Courtesy of kó gallery

「スポットライト」部門に出展したナイジェリアのギャラリー、kó(コー)は、テキスタイルアーティストのチーフ・ニケ・デイビス=オクンダイエを出展。ヨルバ神話の動物や神々をモチーフに、バティックやアディレなどの染色技法を用いて作られた鮮やかなテキスタイル作品が目を引いた。展示作品は、1960年代〜80年代にかけてのビーズワーク、絵画、染色、織物、刺しゅうなど幅広い。デイビス=オクンダイエは、母国ナイジェリアでは「ママ・ニケ」の愛称で知られ、手描きの布に藍染めをするヨルバ族の染色技法、アディレをはじめとする伝統工芸を復興させるための活動を主導している。

ブースの中でも、刺しゅうで自然を生き生きと表現した《Animal World(動物の世界)》(1968)、板にビーズを貼って緻密な絵を描いた《The palmwine tapper and ayo game(ヤシ酒を注ぐ人とアヨゲーム)》(1969-1970)、アディレのテキスタイル作品《Osun, The Goddess of the River(川の女神オスン)》(1987)のすばらしさは特筆に値する。(翻訳:清水玲奈)

※本記事は、米国版ARTnewsに2022年10月13日に掲載されました。元記事はこちら

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