部屋とアートと私:第1回 袴田京太朗の作品が「計測」し続けるもの
とあるアートコレクターの部屋と、ともに暮らす作品にまつわるとっておきのストーリーをお届けします。
プロフィール
40代(男性)、クリエイティブディレクター
東京都渋谷区の一軒家(1LDK)
妻と息子と3人暮らし
作品は、人生のマイルストーン
フランス生まれ。日本で暮らすのはこれで3回目だ。はじめて来日したのは26歳のときだった。パリでインテリアデザインやプロダクトデザインを学び、デザイン事務所でのインターンシップのために日本にやってきた。その後、フランスへ戻るも文部科学省の給費学生として再び日本へ。4年間、美術大学で基礎デザインを研究したのちに、フランスでインテリアデザイナーとして働き始めた。ルイ・ヴィトン、バレンシアガ、サンローラン、ディオールと名だたるメゾンを経て、2015年にあるラグジュアリーブランドのクリエイティブディレクターに就任し、3度目の日本暮らしがスタートした。
現在暮らしているのは、閑静な住宅街にある3階建ての一軒家。玄関を入って1階には、洗面所やトイレなどの水回りがあり、階段を上がった2階、3階に居住空間が広がる。
1階から2階への階段を上っていくと踊り場で、奈良美智のドローイングや安西水丸の版画作品、エットーレ・ソットサスの展覧会ポスターが早速目に飛び込んできた。
「僕にとってアート作品は、『欲しい』ものではなくて、『必要』なもの。欲しいものは欲望が満たされたらいつかはいらなくなってしまうけど、必要なものは僕の人生とともに残り続けます。人生のマイルストーンなんです」
3度目の日本暮らしでは、日本人の女性と結婚し、息子も生まれた。そんな日本での人生のマイルストーンとしてそばに置いたのが、階段の踊り場の壁にかけられた袴田京太朗の《 Measurement》(2019年)だった。
「3年くらい前に、日本で初めて買ったアート作品。袴田さんは以前から知っていたアーティストで作品も好きでしたが、金沢21世紀美術館で彼の作品集を手に入れた際、自分との距離が一気に近づいてきたんです。初めて袴田作品を見たときの強い印象がよみがえり、彼の作品と故郷であるブルターニュの旗の縞模様とが重なって、『必要』だと感じました」
作品を必要とする強い思いが伝わったのか、ふだんは個人の注文を受けない袴田が快く制作に応じてくれたという。自身のコレクションの中でもお気に入りの一つで、購入当時生まれたばかりの息子を横に並べて、その成長を写真に収めていた。「Measurement(計測)」のタイトル通り、息子の成長を測るものでもあったのだ。
壁のひびから出現するツリーハウス
リビングルームの壁にかかる角文平の《Tree-kit》(2016年)は、自身の子ども時代、そして父親としてのマイルストーンだといえる。「僕が10歳くらいまで住んでいた家には大きな庭があって、父とツリーハウスを作ろうという話をしていました。結局、作ることはできなかったけど、いま自分自身が父親となって息子と同じ話をいつかするんじゃないかなと思っています。実際にツリーハウスを作るかはわからないけれど、いつでも作れるようにと、この作品を家の中に置いておきたかったんですよね」
この作品を飾っている場所にも実は理由がある。「エドガー・アラン・ポーの短編小説『アッシャー家の崩壊』を思い浮かべながら、この場所に飾りました」
地震の際、壁にひびが入ることがある。目立つひびの真上に目隠し的な意味も兼ねてアート作品を置いているそうだが、自宅のひびに崩れ落ちるアッシャー家のイメージを重ね合わせたのだという。ただ小説と異なるのは、家がひび割れようとするところにこの作品があることで、小説のように家が崩れて消えていくのではなく、そこから新たな家「ツリーハウス」が出現するように見えるところだ。
ローレンス・ウィナーの展覧会ポスター(左)もひびの上に。展覧会タイトルにある「FRIPON」はフランス語で「いたずらっ子」の意味。息子が1歳のときに、「いたずらっ子でいいよ」との思いを込めて購入したという
子どものときから両親が美術館やギャラリーに連れて行ってくれたこともあり、アートは身近なものではあった。家でも「作品を見て何を思ったか」「どんなところに驚いたか」など、アートの話をするのは日常だったという。
自身にとっての強烈なアート体験は、9歳のころ。パリで開かれた展覧会でゴッホの自画像を目にしたときだった。「どの角度から見てもゴッホと目があって、2Dなのに目が動いているとビックリしたのをおぼえています。ゴッホがずっと自分を見ていたのは本当に不思議で、深く印象に残りました。アーティストの強さを感じたし、この思い出が頭の中をぐるぐると巡って、アートが自分の中で大切なものになっていったんです」
フランスでもナイジェル・ピークのリトグラフなどのアート作品を購入することはあったが、本格的にコレクションし始めたのは日本に来てから、ここ数年だ。「フランスと日本では、言葉が違うから考え方も違う。そうした違う考え方をアート作品を通して理解したいと思いました。僕の考えと、まだ僕が知らない(日本的な)考えが掛け合わされば、もっとおもしろい考えにたどり着けますよね」
植村宏木の作品《関守石》(2017年)からは、自分なりのユニークな考えを導き出せた。日本庭園や神社仏閣などで立ち入り禁止の目印として置かれる「止め石(関守石)」をモチーフにした作品に用いられたのは、透明な石。「透明石」と「止め石」と、日本語の響きと意味をミックスしたような作品でおもしろいと感じたという。「日本人だとそんなふうには考えないかもしれないけど、外国人の僕の中ではそんなふうに言葉の響きと意味が合致したんです」
写真左が植村宏木の作品。右上はカナダのアーティスト、ソフィア・メーサのヘアブラシをモチーフにした作品。アーティストの作品集などアート本も集めている
アーティストとの会話が、作品への愛情を深める
アート作品を買うときに必ずすることがある。アーティストとじっくり話すことだ。「僕にとって大切なのは、作品の背景にある考え。アーティストと話して彼らの考えを知ることで、物としての作品の意味がもっと大きくなります。作品が自分の人生の一部となって、より大事なもの、より大きな存在になるんです」
ギャラリーに足を運んで、会話を重ねて親しくなったアーティストも多い。立体作家の藤堂もその一人だ。「彼の作品を見て自分が感じたこと、考えたことを話したら、作品の意図が説明なしに伝わったと喜んでくれました。それからは友人として付き合うようになり、息子が生まれたときには作品をファーストトイとしてプレゼントしてくれたんですよ」
アーティストとの会話からは発見もある。「袴田さんとの話で面白かったのが、縞模様の使い方。袴田さんの作品のカラフルな縞模様は、遠くから見ても近くから見ても作品の輪郭やボリュームなどをはっきりさせない効果があります。一方、ヨーロッパでは “目立つ”ために囚人や漁師に縞模様の服を着させていたんですよね。袴田さんが作品に用いた縞模様というシステムが、別の文化・時代では逆の意味で使われている。同じものでも、捉え方が変わってくるのは面白いなと思いました」
刻々と変化していく社会を、鋭く先見の明をもって見つめるアーティストたちだからこそ、話をしたいという。その思いは大きくなり、1年前から個人プロジェクトとして日本人アーティストたちにインタビューし、冊子にまとめ始めた。いずれは書籍化したいと夢をふくらませる。目標は100人。これまでに35人の取材を終えている。
「アートにあまり触れてこなかった人は、アーティストを神様のように思いがち。だけど、彼らもふつうの人だというのを見せていきたいです。日本にはいいアーティストたちがたくさんいるのに世界にあまり知られていない。このプロジェクトを通して日本のアーティストを世界に紹介することもできればうれしいですね」
自分とは異なる視点で社会を見ているアーティストたちの考えを知れば、自分自身の視点ももっとシャープになる。身をもってそれを実感しているからこそ、息子にもアートを身近に感じてほしいという。「赤ちゃんのころから美術館やギャラリーに連れて行っています。もちろん全てを理解しているわけではないけれど、確実に何かを感じてはいるんですよね。我が家にはアート作品はもちろん、アート本もいろいろあります。字が読めなくても、イメージに触れることで、彼なりの想像力を育んでいってほしいです」
そんな父親の願いは息子が描いた絵を見るに、しかと届いているようだった。アーティストの作品と同じように飾られていることも息子にとっては今後大きな自信へとつながっていくかもしれない。「ここは美術館ではなく、住む場所。だから、アーティストの作品だけでなく、いろんなものが混ざり合っていていいと思います」
人生を物語るさまざまなピースの中に、アートというpiece(作品)もある。それこそが自分の人生の中にアートを取り込むことであり、アートとともに暮らす醍醐味なのかもしれない。
文=岩本恵美
写真=在本彌生