アンドリュー・ワイエス《クリスティーナの世界》に手直しの痕跡。不朽の名作を生んだ変化とは?

20世紀のアメリカ具象絵画を代表する画家、アンドリュー・ワイエスの人気作《クリスティーナの世界》から、これまで知られていなかった手直しの跡が見つかった。草原に横たわり、遠くの家を見つめる女性の後ろ姿を描いたこの絵は、不思議な情感で数多くの人々を惹きつけてきた名作だ。

《クリスティーナの世界》(1948)の舞台となったメイン州クッシングにあるオルソン・ハウスと周囲の草原(2017年4月5日撮影)。Photo: Staff Photo by Gregory Rec/Portland Portland Press Herald via Getty Images

ニューヨーク近代美術館(MoMA)がアンドリュー・ワイエスの《クリスティーナの世界》を取得したのは、制作の翌年にあたる1949年だった。以来70年以上にわたり、ワイエスの代表作となったこの絵は、MoMAの所蔵品の中でも特に有名で、人気が高く、かつ謎めいた作品の1つとして存在感を放っている。

小ぶりなメゾナイト板にテンペラで描かれた《クリスティーナの世界》は、通常はMoMAの5階にある「Picturing America(アメリカを描く)」と名付けられた展示室で、ベレニス・アボット、ウォーカー・エヴァンスの写真作品や、エドワード・ホッパー、チャールズ・シーラーの絵画とともに展示されている。

それが昨年、作品の入れ替えにともなって展示室から外され、約30年ぶりに保存修復士による大がかりな調査分析を受けることになった。その内容について、MoMAのシニア・コレクション・フォトグラファーであるアダム・ニースが書いた詳しい解説が、美術館のオンラインマガジンで最近公開されている。

それによると、これまで作品の最も新しい写真は、1996年に撮影され、スライドフィルムとして残されていたものだった。しかし、近年は画像処理技術が大幅に進歩したことから、MoMAの保存修復チームは作品の筆致や表面の質感、絵の具の層を詳細に分析したいと考えていた。

今回の調査にあたりニースとチームメンバーは、高倍率ズームや絵画表面の細かな凹凸を浮かび上がらせる斜光照明、赤外線リフレクトグラフィーなどの最新技術を用いている。赤外線リフレクトグラフィーとは、絵画に赤外線を照射し、表面からは見えない下層に隠されている下書きや修正前の絵の情報を得る手法だ。ニースは分析作業についてこう記している。

「撮影と分析が何度も繰り返された。保存修復チームから新たな疑問が呈されるたびにスタジオで撮り直しを行い、科学的な見地から保存を行う専門家による質問で再度赤外線の照射を行うこともあった。これは画像処理、保存修復そして科学の力を合わせたことで得られた成果だ」

高解像度画像の分析から、ニースらはワイエスが《クリスティーナの世界》の一部を手直ししたと見ている。特に顕著なのが家の軒先、中央の小屋、そして地平線で、それが絵画の「感情的な重み」に影響を与えたという。

赤外線リフレクトグラフィーによって明らかになったのは、ワイエスが下地のジェッソを塗った後に遠近感を変化させたことだ。それによりクリスティーナと遠くの家との空間がより広く感じられ、結果として彼女の孤立感が強調されている。

保存修復チームはまた、顔料の化学的な分析も行った。その結果、ワイエスがテンペラ絵の具を調合する際、卵黄に混ぜた水によって生じた微小な気泡が絵画の表面の顔料内に存在することが確認されている。

「ルーブル美術館の《モナリザ》に匹敵する」とも言われる人気を誇る《クリスティーナの世界》は、間もなくMoMAの常設展示室に戻ってくる。来館者はこれからも、ここに描かれたメイン州の牧歌的な風景に見入ることだろう。ワイエスの緻密な筆致に感嘆し、痛切な思いで遠くの家を見つめているような、年齢のはっきりしないこの女性に一体何が起きているのかと思いを巡らせながら。(翻訳:石井佳子)

from ARTnews

あわせて読みたい