武田清明が語る「サー・ジョン・ソーンズ美術館」【建築家たちの推し美術館 Vol.2】
建築家に一押しのアートスペースを聞く連載「建築家たちの推し美術館」。第2回で話を聞いたのは「鶴岡邸」をはじめ「自然と建築」をテーマにした建築を手がける武田清明。選んだのは、イギリス留学時代に心惹かれたという、ロンドンで「最も小さな国立美術館」だ。

僕にとって特別な美術館は、ロンドン中心部にある「サー・ジョン・ソーンズ美術館」です。イギリスの建築家であり美術品のコレクターでもあったジョン・ソーンの邸宅兼スタジオを美術館として公開している場所。ロンドンに留学していた学生時代、ふと興味がわいて見に行くことにしました。
住宅であるがゆえに、入口はその存在を知らなければ気づかず通り過ぎてしまうほどさりげない。しかし、中は装飾が隅々まで施された新古典主義と呼ばれる特徴的な建築様式をとっています。
とはいえ、僕が興味をもったのは建築様式そのものではなく、「もともと人の暮らしのためにつくられた空間が、果たして美術作品のための空間になりえるのか」ということでした。というのも、学生時代の僕にとって、美術作品の展示空間というのはとてつもない大きく真っ白な気積で、その中にポツンと美術作品があるというイメージでしたから、「リビングに絵を飾るような感覚の美術館」とはいったいどのようなものなのか、体験してみたかったのです。
空間の中に入ると、ダイニングルームや朝食の間など、いわゆる家の間取りのようなつくりになっています。緊張感のある美術展示空間をめぐっているというよりは、友人のお家にあがってお部屋の中を歩きまわっている感覚です。その日常空間ともいえるスケールの空間の中では、自分とアートの距離が必然的に近くなります。アートが、崇高で遠くかけ離れた存在ではなく、もっと日々の日常をホッとさせてくれるような、距離の近い存在としてそこにあるのです。
作品は雑多に陳列されており、部屋の中の生活物、家具、空間装飾と区別できないほど溶け込んでいました。アートは特別な存在ではなく、暮らしを豊かにしてくれる物のひとつなのだということに気づかせてくれるような空間体験でした。
現代でも、アートは非日常的なものととらえられやすく、私たちとアートの距離感はまだまだ遠いように思います。日常の中にそっとあり、ふとした瞬間に私たちの暮らしを豊かにしてくれる、そんな身近な関係になってくる方が理想的なのかもしれません。

武田清明
1982年、神奈川県生まれ。建築家。2007年イーストロンドン大学大学院修士課程修了。2008年より隈研吾建築都市設計事務所に勤務。「自然と建築」をテーマに掲げて2019年に武田清明建築設計事務所を設立した。〈6つの小さな離れの家〉で「SDレビュー」鹿島賞、〈鶴岡邸〉で東京建築士会「住宅建築賞」、〈PLAY!高架下〉で「環境大臣賞」を受賞。住宅や共同住宅、福祉施設、ホテル、レストランなどの建築のデザインのみならず、プロダクトデザイン、そして植林の活動など、幅広く活動。
サー・ジョン・ソーンズ美術館
住所:13 Lincoln's Inn Fields, London WC2A 3BP イギリス
開館時間:10:00~17:00
休館日:月曜日、火曜日
公式サイト:https://www.soane.org/

















