ミラノ・コルティナ五輪直前にハイチ公式ユニフォームの絵をIOCが禁止。ハイチ革命の指導者の姿を「政治的」と判断

2月6日の夜(日本時間7日早朝)、ミラノ・コルティナ2026冬季オリンピックの開会式が行われた。ハイチからは2人の選手が出場し、代表団が会場に姿を現した。しかし、彼らが身にまとっていた公式ユニフォームには、観客の目には見えないドラマが刻まれていた。開会式の直前に、本来ウェアに描かれていた人物が、国際オリンピック委員会(IOC)に「政治的・宗教的・人種的プロパガンダ」を禁じる規則に違反すると通告されていたのだ。

2026年2月6日、イタリア・リヴィーニョのリヴィーニョ・スノーパークで開催されたミラノ・コルティナ2026冬季オリンピック開会式で行進するハイチ代表チーム。Photo: David Ramos/Getty Image

ミラノ・コルティナ2026冬季オリンピックハイチ公式ユニフォームが、開会式の直前になって国際オリンピック委員会(IOC)から「政治的・宗教的・人種的プロパガンダ」を禁じる規則に違反すると告げられ、前代未聞の事態に陥っていたことをアートネットが伝えている。

ハイチの公式ユニフォームを手がけたのは、イタリア系ハイチ人デザイナーのステラ・ジャン。ジャンは、ハイチ生まれでアメリカを拠点とするアーティスト、エドゥアール・デュヴァル=カリエが2006年に制作した《トゥーサン・ルーヴェルチュール》を、大胆にユニフォームへ配したデザインを選んだ。デュヴァル=カリエは、今年のヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展ハイチ館の代表アーティストにも選ばれている。

トゥーサン・ルーヴェルチュール(1743頃–1803)は、ハイチ革命を主導した最大の指導者であり、黒人解放と反植民地主義の象徴的存在だ。デュヴァル=カリエによる同作では、正装しながらも裸足のルーヴェルチュールが赤い馬にまたがり、剣の代わりに蛇を掲げる姿が描かれている。ハイチのブードゥー信仰において蛇は、知恵、忍耐、平和を司る偉大な精霊ダンバラを象徴する存在だ。ジャンは、ミラノ到着直後に行われたマイアミ・ヘラルドの取材に対し、「この作品こそがハイチの精神そのものです」と語っている。

「彼らにはユニフォームがない」

ジャンは約1年をかけてユニフォーム制作に取り組んでいたが、2026年1月、IOCから、ルーヴェルチュールの肖像が、オリンピック会場およびユニフォーム上で政治的・宗教的・人種的プロパガンダを禁じる規則に違反すると通告された。

残された時間はわずかで、新たにユニフォームを用意する予算もすでになかった。ジャンは、「1日考えた末に、『もう終わりだ。彼らにはユニフォームがない』と思いました。しかし同時に、ハイチの芸術、文化、卓越性、そして多くの人々の助けが、私たちをここまで導いてきたのだと気づいたのです」と振り返る。さらに、ハイチ人である母からかけられた「困難なときには、失われたものに目を向けるのではなく、すでに持っている全てのものを見るのです」という言葉も、彼女の背中を押したという。

敗北を受け入れることを拒んだジャンは、無償でこの仕事に取り組みながら、これまで自身のコレクションで協働してきたイタリアの職人たちに助けを求めた。彼らは5日間昼夜を徹して、手描きでルーヴェルチュールと蛇のモチーフを消し、ユニフォームを描き直した。作業が完了したのは開会式のわずか2日前で、ジャン自らがそれをミラノへ運んだという。

「ハイチを伝える」ユニフォームで晴れの舞台へ

こうしてトゥーサンの姿はユニフォームから消えたが、赤い馬は残り、熱帯雨林を思わせる背景の中を突進している。トップスの背中には、青空を背景に「Haiti」の文字が大きく配されている。ジャンは、「この絵には国旗の二つの色、赤と青がある。一目でハイチだと分かります」と説明する。

彼女は、代表団の他のメンバー、コーチやサポートスタッフのために、ターバン状のヘッドラップ「チニョン」に着想を得たヘアアクセサリーもデザインした。チニョンは、かつてフランス植民地であり最も裕福だったサン=ドマング(現在のハイチ)において、フランス人が黒人女性の奴隷に髪を覆うことを強制したことから生まれたものだ。ジャンはまた、ハイチの露天市場で働く女性商人たちの装いに敬意を表し、ポケット付きのスカートもデザインした。「このユニフォームの全てのパーツには、それぞれ固有の歴史的意味があります」と彼女は語る。

一方、デュヴァル=カリエは、誰かが不快に思うかもしれないという理由でトゥーサンを消そうとする判断について、「少々皮肉な判断だ」と語った。それでも彼は、世界的な舞台でハイチが可視化されること自体に大きな価値があると述べている。

開会式でのハイチ代表団の登場時間は、10秒にも満たない。しかしジャンは、その数秒には重みがあると強調する。ハイチはいま、ギャングによる暴力の激化、政治の停滞、外国軍の駐留といった深刻な問題に直面している。今週初めにも、国内で子どもたちが利用できる数少ないスポーツ施設のひとつが、犯罪組織によって破壊され、一部が焼き払われた。

ジャンは次のように語っている。

「私たちに与えられるのは10秒だけかもしれません。しかしその時間の中で、選手たちは自らの身体を通して、ハイチ国旗そのものになるのです。言葉を使わず、イメージだけで、世界にハイチの全てを伝えなければならないのです」

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