日本特有の市場構造やジェンダー格差も浮き彫りに。「The Japanese Art Market 2025」が公開
日本のアート市場の実態や構造的な変化を分析した最新レポート「The Japanese Art Market 2025」が公表された。本レポートの概要をARTnews JAPANが注目したポイントとともに紹介する。

文化庁の委託により発行された最新レポート「The Japanese Art Market 2025」が公表された。本レポートは、Arts Economicsのクレア・マカンドリューが調査を担当し、日本のアート市場の実態や構造的な変化を分析したもの。
以下、ARTnews JAPANとして注目したポイントとともに、その概要を紹介しよう。
市場は堅牢に推移。日本特有の価格構造も
レポートによると、2024年の日本のアート市場の売上高は6億9200万ドル(約1031億円)と推定されている。世界全体の売上が前年同期比で12%減少した一方、日本の市場は2%増と堅調に推移していることになる。

日本のアート市場で実際にどのような作品が売買されているのかを紐解くと、一部の超高額な名画ではなく、比較的手の届きやすい価格帯の作品が市場の土台を支えている実態が見えてくる。2024年の取引データによれば、全体の93%が5万ドル(約745万円)未満の価格帯に集中しており、100万ドル(約1.5億円)を超えるような超高額取引は全体の1%にも満たない。
またオークション市場においても、日本の特徴である低価格帯への集中がはっきりと表れており、落札された作品の98%が5万ドル未満。さらにその半数は、1000ドル(約15万円)未満の手頃な価格で取引されている。このことからも、日本のアート市場はよく言えば多くの人に開かれた、悪く言えば大きな売買が成立しづらい構造になっていると考えられる。
ギャラリーの新規参入とトップ作家への依存
日本のアート市場の中核を担うのはディーラーとギャラリーだ。2024年の売上は両者で4億9400万ドル(約736億円)と、市場全体の71%を占めている。特に2024年には、新規参入の増加や海外展開の拡大など、市場構造の変化を示す兆しが見られた一方、オンライン専業モデルは減少した。

また、新興の事業者も多く、現在活動するディーラーとギャラリーの約2割が2020年のパンデミック以降に創業しているというデータもある。なかでも年商25万ドル未満の小規模事業者は前年比22%増と最も高い成長率を示しており、市場全体として新作を扱うプライマリーマーケットへの注力が強まっている。一方、年商1000万ドル以上の大規模ディーラーも、世界全体で売上が15%減少するなか、日本では6%の伸びを記録した。
一方で、作品を販売するギャラリーのビジネス手法は、よりシビアになっていると言えるだろう。一つのギャラリーが契約するアーティストの数は、前年の平均27名から16名へと大きく絞り込まれた。さらに、ギャラリーの売上の約半分を上位3名の人気アーティストが稼ぎ出していることも明らかになった。これは、手広く多くの作家を売り出すのではなく、確実に売れる少数の作家に経営のエネルギーを集中させてリスクを抑えようとする、ギャラリー側の防衛的な姿勢の表れとも言えるだろう。
コレクターにみられるジェンダーギャップ
一方、市場における明確な変化としては、女性アーティストの目覚ましい躍進が挙げられる。ギャラリーに所属するアーティストのうち女性が占める割合は44%に達し、売上シェアも前年の20%から33%へと伸長。市場における女性の存在感と評価が急速に高まっている。レポートでは、日本の富裕層によるコレクションのうち、女性アーティストの作品が占める割合は2025年に44%へ上昇、おおむね世界平均並みとなっていることも示された。

一方で、コレクター所有作品のジェンダーギャップへの指摘もある。日本の女性コレクターが所蔵する作品の54%は女性アーティストの作品で、世界トップクラスの高水準である一方、日本の男性コレクターによる保有率は、世界最低水準となる35%。女性アーティスト作品の収集行動における男女間のギャップは世界でも珍しく、日本において特に顕著であるとレポートでは言及されている。
主戦場化するアートフェアと露呈する国内イベントの課題
コレクターが作品を購入する場所や方法も、従来とは様変わりしている。これまではギャラリーの店舗に直接足を運んで買う対面販売が主流であったが、その比率は全体の半分以下である47%まで低下した。その代わりに大きく伸びているのが、インターネットを通じたオンラインでの購入(16%)と、複数のギャラリーがひとつの会場に集まるアートフェアでの購入(19%)だ。とくにアートフェア経由の売上比率は前年から倍増しており、コレクターの購買行動が従来の店舗から、オンラインや大型イベント会場へと明確に移行していることがデータから読み取れる。

ギャラリー側のアートフェアへの参加状況を見ると、全体の約3分の1は出展コストなどの理由で不参加であったが、参加したギャラリーは平均して年間3つのフェアに精力的に出展している。さらに来年以降も、多くのギャラリーが今年と同じかそれ以上のペースで出展すると回答しており、作品を売るための重要な主戦場としてアートフェアを位置づける姿勢は鮮明だ。
なおアートフェア経由の売上は倍増したが、シェア上昇分のすべてが海外アートフェアでの売上増に起因している点は押さえておきたい。売上高全体に占める国内アートフェアのシェアは、2023年の8%から2024年には7%へと若干低下した。
レポートによると、一部のディーラーは海外アートフェアのコスト増と、代替として参加する国内アートフェアを比較する必要があると考えているものの、国内アートフェアはバラエティがなく変化に乏しいと認識しているという。さらには、国内のアートフェアで国際的に競争力を有するものは皆無で一部のイベントは陳腐化しているとのコメントや、主要なアートフェアが内輪だけのイベントと化し、新興ギャラリーが参加することは容易ではないといった指摘もあった。
専門ネットワークへの波及とインフレによるコスト高騰
アート市場の拡大は、作品の売買に留まらず周辺産業へも大きな経済効果をもたらしている。

2024年のアート関連取引は、梱包、輸送、保険などの付随サービスに少なくとも1億3800万ドル(約205億円)を支出し、高度な専門技能を要する産業ネットワークの雇用と収益に寄与した。多くのディーラーは2025年の見通しを前向きに捉えており、80%が売上の安定または増加を予測している。
ただし、同時に事業者を直撃するコスト上昇の現実にも目を向ける必要がある。レポートによると、ギャラリーの運営費のなかで最大の割合を占める人件費が前年から平均8%上昇したほか、出張や宿泊費に至っては前年比16%増となっている。世界的な不安定性とあわせて、こうしたインフレによる経費の高騰が、今後のディーラー活動における主要な課題として報告されている。