蜘蛛の巣から大気へ、世界を感じ直す装置──「Tomas Saraceno: Interwoven」【EDITOR’S NOTES】

現在、新北市美術館(New Taipei City Art Museum)で開催中の「Tomas Saraceno: Interwoven」は、蜘蛛の巣から大気へと展開するトマス・サラセーノの約20年にわたる実践を横断する展覧会だ。それは、人間を中心に据えてきた知覚の枠組みそのものを、体験を通じて編み直す試みでもある。

「熱力學的想像」展間一隅。(新北市美術館提供,攝影:林軒朗) A view of the gallery of Thermodynamic Imaginary. (Courtesy of New Taipei City Art Museum, Photo_ Hsuan Lang Ling)
新北市美術館で開催中「Tomas Saraceno: Interwoven」展より、「Thermodynamic Imaginary」セクションの展示風景。Photo: Hsuan Lang Ling, Courtesy of New Taipei City Art Museum

環境や自然現象を扱うアーティストは増えているが、科学的事象の可視化や、その鑑賞可能な形態への翻訳にとどまるものも少なくない。しかし、アルゼンチン出身のトマス・サラセーノは、その水準に収まらない。彼は、科学的事象そのものというよりも、それを成立させている関係性や知覚の前提を問い直し、それを空間や身体のレベルで組み替えてしまう。さらにその背後には、クモの巣をめぐる知覚や共存の可能性を探る研究プラットフォーム「Arachnophilia」や、大気を共有する存在としての関係性を再考する「Aerocene」といった学際的な実践が並走し、作品はそれらの一部として位置づけられる。

現在、2025年4月に開館したばかりの新北市美術館(New Taipei City Art Museum)で開催中の個展「Tomas Saraceno: Interwoven」は、こうしたサラセーノの複層的な実践をまとめて提示するだけでなく、観客自身をそのネットワークに招き入れることで、彼の思考を身体的に理解させる展覧会だ。

世界を感知する装置としてのクモ/クモの巣

展覧会の導入で観客を迎えるのは、暗闇の空間だ。天井から吊り下げられた複数のガラスケースが重力をかわすかのように浮かび、その内部では、複雑に張り巡らされたクモの巣が、私たちの知覚とは異なるルールで編まれた構造を示している。展覧会の最初のセクションである「Webs of At-ten(s)ion」において提示されるのは、建築を出発点とするサラセーノにとってクモの巣は構造であると同時に、世界を感知する感覚装置でもあるということ。異なる種の蜘蛛が時間差あるいは同時に関与し、それぞれが糸を張り加えることで形成された三次元的構造は、「関係の可能性」を私たちに問うているかのようだ。続く「How to Entangle the Universe in a Spider/web?」セクションでは、同じく暗い空間に、動く赤い光によってクモの巣の網目が銀河をつなぐ宇宙の構造を想起させるものとして提示される。

Tomás Saraceno, Webs Of At-ten(s)ion (2025) Courtesy of New Taipei City Art Museum, Photo: Hsuan Lang Ling
Tomás Saraceno, Webs Of At-ten(s)ion (2025) Courtesy of New Taipei City Art Museum, Photo: Hsuan Lang Ling
Tomás Saraceno, Webs Of At-ten(s)ion (2025) Courtesy of New Taipei City Art Museum, Photo: Hsuan Lang Ling
Tomás Saraceno, How to Entangle the Universe in a Spider_web_ (2025) (Courtesy of New Taipei City Art Museum, Photo: Hsuan Lang Ling
Tomás Saraceno, How to Entangle the Universe in a Spider_web_ (2025) Courtesy of New Taipei City Art Museum, Photo: Hsuan Lang Ling

暗闇を抜けた瞬間、鑑賞者は一転して白一色の空間へと投げ出される。そのコントラストは視覚的な転換にとどまらず、知覚のモードそのものを狂わせる。《Algo-r(h)i(y)thms》(2017–2026)で構成されるセクションでは、さっきまで鑑賞対象であったクモの巣がヒューマンスケールの張力構造として目の前に現れる。鑑賞者はその内部に入り込むことを促され、クモになったつもりで空間に張り巡らされた糸に触れ、弾くことで、床下に設置されたセンサーが振動を検知し、それが音へと変換される。この音はあらかじめ決定されたものではない。展示空間に居合わせた異なる鑑賞者が同時に関与することで、ばらばらに発せられるDマイナーの音が、その場限りの旋律を奏で始める。それは、見知らぬ他者との即興的な協働であり、振動を介した関係の生成そのものが作品となる。

Tomás Saraceno《Algo-r(h)i(y)thms》(2017-2026) Courtesy of New Taipei City Art Museum, Photo: Lin Guan-ming
Tomás Saraceno《Algo-r(h)i(y)thms》(2017-2026) Courtesy of New Taipei City Art Museum, Photo: Lin Guan-ming
Tomás Saraceno《Algo-r(h)i(y)thms》 (2017-2026) Courtesy of New Taipei City Art Museum, Photo: Lin Guan-ming
Tomás Saraceno《Algo-r(h)i(y)thms》(2017-2026) Courtesy of New Taipei City Art Museum,Photo: Lin Guan-ming
Tomás Saraceno《Algo-r(h)i(y)thms》 (2017-2026) Courtesy of New Taipei City Art Museum, Photo: Lin Guan-ming

資源と環境をめぐる関係を別の条件で組み直す

身体的な振動体験を経て現れるのは、浮遊する彫刻群によって構成されたセクション「Thermodynamic Imaginary」だ。「都市=固定的な場所」という前提を崩すサラセーノのラディカルな建築的思考が可視化されたこの展示空間では、鏡やガラスで構成された彫刻群が宙に浮き、反射と透過という性質を共有しながら、境界を曖昧にする。ここでは「空気」は単なる背景ではなく、「関係を媒介する場」として立ち上がり、内部と外部、実体と像が反転し、重力に従属する私たち鑑賞者の位置感覚は心地よく不安定化される。

Thermodynamic Imaginary 展示風景Courtesy of New Taipei City Art Museum, Photo: Hsuan Lang Ling
Thermodynamic Imaginary 展示風景 Courtesy of New Taipei City Art Museum, Photo: Hsuan Lang Ling
Thermodynamic Imaginary 展示風 Courtesy of New Taipei City Art Museum, Photo: Hsuan Lang Ling
Thermodynamic Imaginary 展示風景Courtesy of New Taipei City Art Museum, Photo: Hsuan Lang Ling

サラセーノの実践が社会的・政治的次元へと接続される最後のセクションの主役は、国境や化石燃料から自由な時代に向けて、大気と環境との倫理的協働を構想する学際的コミュニティ「Aerocene」の実践としてサラセーノが世界各地で発表してきた《Museo Aero Solar》(2023–2026)だ。本作の背景には、電池材料としてのリチウム採掘が大量の地下水を消費する現実に対する、母国アルゼンチン北部の先住民コミュニティの抵抗がある。

《Museo Aero Solar》は、再利用されたプラスチックバッグによって構成された巨大な浮遊体で、本展で展示されているそれは、過去に韓国で展示された際に用いられた素材を基盤に、台湾のコミュニティが新たにドローイングを施したレジ袋やゴミ袋が接合され、更新されたもの。鑑賞者は、異なる場所と時間に属する参与の痕跡が見て取れるその内部に実際に入り込むことができるのだが、軽やかに包まれるような感覚は、通常の建築とはまったく異なるスケールの身体感覚をもたらす。この構造体は、太陽熱によって空気を温めることで浮上する仕組みを持ち、サラセーノら「Aerocene」チームは、実際に化石燃料を用いずに飛行する実験を行い成功させてきた。しかしそれは、単なる技術的可能性ではなく、日常的には価値を持たないとされる素材──ゴミ袋──でできた巨大な飛行体を通じて、資源と環境をめぐる関係を、別の条件で組み直す実践でもある。

Tomás Saraceno《Museo Aero Solar》 (2023-2026) Courtesy of New Taipei City Art Museum, Photo: Lin Guan-ming
Tomás Saraceno《Museo Aero Solar》 (2023-2026) Courtesy of New Taipei City Art Museum, Photo: Lin Guan-ming
Tomás Saraceno《Museo Aero Solar》 (2023-2026) Courtesy of New Taipei City Art Museum, Photo: Lin Guan-ming
Tomás Saraceno《Museo Aero Solar》 (2023-2026) Courtesy of New Taipei City Art Museum, Photo: Lin Guan-ming

体験によって再編される知覚

暗闇の中で「見る」ことから始まり、振動として「感じ」、空気を「捉え」、最終的に大気の中で「共に存在する」ことへ──本展の特徴は、蜘蛛の巣、振動、空気、大気といった主題を身体を通じて段階的に経験させる構造にある。こうして私たちは、サラセーノが提示する「人新世」という人間中心的な世界理解を相対化する視点としての「more-than-human」を、思考ではなく感覚として引き受けることになる。私たちは「網の外」にいるのではない、いつも内部に組み込まれているのだ。

Tomas Saraceno: Interwoven
会期:3月21日(土)〜9月13日(日)
場所:新北市美術館(No. 300號, Guanqian Rd, Yingge District, New Taipei City, 台湾 239)
時間:10:00〜17:30(土は18:00まで)
休館日:月曜

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