「知性」は関係性の中で立ち上がる──アニカ・イが語る、AI時代の思考と共生的実践
生物学や先端テクノロジー、感覚、アルゴリズムなどを駆使し、人間と人間以外の存在の関係性や共生の可能性を探る作品で知られるアニカ・イ。近頃、新たにペースの所属となった彼女のギャラリー観や最新プロジェクト、現在のAIをめぐる考え方についてインタビューした。

ニューヨークを拠点とするアーティストのアニカ・イが、ペースと契約を交わした。彼女が以前から所属してきたグラッドストーン・ギャラリー、47キャナル、エスター・シッパーとともに、今後はペースもイの作品を扱う。
1971年にソウルで生まれたイは、ファッション業界で経験を積んだ後、2008年にアーティストに転身。リサーチベースの作品制作を続け、有機素材や人工素材、そして機械を組み合わせ、人間の感覚、特に嗅覚を刺激する想像力豊かなインスタレーションを数多く世に出してきた。
イの代表作の多くは、匂いを巧みに操作することから生まれている。たとえば、《Shigenobu Twilight(重信トワイライト)》という作品は、1971年から2001年まで存在した過激派組織、日本赤軍の共同創設者である重信房子をイメージした、香水による「肖像」だ。また、《Grabbing at Newer Vegetables(より新しい野菜を手に入れる)》(2015)の制作では、女性の友人・知人100人に身体の任意の部分を綿棒で擦ってサンプルを採取するよう依頼。その後、バイオエンジニアの協力を得てスーパーバクテリア(薬剤耐性菌)のペイントを作り、それを使って描いた「YOU CAN CALL ME」という文字を、彼女が「巨大シャーレ」と呼ぶ容器の中に浮かび上がらせた。この作品が放つ強烈な臭気には、男性優位だったホワイトキューブの空間をフェミニスト的に再構築する意図が込められていた。
2021年、イはロンドンのテート・モダンで毎年行われるヒュンダイ・コミッション(タービンホール・コミッション)のアーティストに選出された。この現代美術館の大ホールを飾る新作として、彼女は空中を浮遊する彫刻を制作。異星人を思わせる形状をした、香りを放つこれらの彫刻を、彼女は「aerobes(好気性菌)」と名付けた。この作品は、3月21日に始まるニューヨークのニューミュージアム新館オープン記念展で、再び公開される。「New Humans: Memories of the Future(ニュー・ヒューマンズ:未来の記憶)」と題されたこのグループ展は、科学技術や最先端テクノロジー、さらには人間とそれ以外の世界の境界線を探る彼女の活動にふさわしい。
US版ARTnewsはイに、ペースへの所属を決めた理由やAIの急激な普及について、さらにはAI開発者による「知性」の捉え方になぜ違和感を抱くのかを聞いた。
「サイエンス・ギャラリー」のペースは先進技術を深く理解している
──今のタイミングでペースに所属しようと思ったのはなぜですか? 活動を展開する上で何か具体的な必要性があったのでしょうか。それとも、これまでとは仕事の仕方を変えたいと思ったのですか?
ペースと私の活動には多くの共通点があるのです。ペースは科学技術に関連する作品を見せる「サイエンス・ギャラリー」として知られ、ロバート・アーウィンやジェームズ・タレルなどの作品を扱ってきた歴史があります。これが今回の決断に影響したのは間違いありません。それに加え、CEOのマーク・グリムシャーが、AIのように新しく高度かつ複雑な技術を真に理解する数少ない──もしかしたら唯一の──ギャラリストであることも大きいです。没入型アート事業の「Superblue」やチームラボとのコラボレーションからも分かる通り、こうした作品に対する彼の大胆でリスクを恐れない姿勢を見て、このギャラリーの所属作家になるべきだと確信しました。
私の活動は、伝統的なアーティストとは違います。細菌や藻類などを素材にして作るアルゴリズムベースの作品を見て、大概のギャラリストはどう扱ったものか困惑してしまうのです。その点、マークなら難なく理解してくれます。アートの世界では進化生物学や微生物学の知識がある人が少ないので、私は常にこの世界の人が理解できるように文脈を選び、過剰なまでに言葉で補いながら作品について説明してきました。でも、マークとはすんなり話が通じて、それがとても新鮮でした。彼はハーバードで生物学を学んでいて、彼の兄は著名な神経科学者です。彼の親族には理系の人が大勢いるそうで、とにかく話していて通じ合うものが多くありました。
──科学に明るいというのは、アートの世界では希なことなのでしょうか。
その手の概念や新しい考え方については多くの議論が交わされていて、特にキュレーションの領域ではそれが顕著です。でも正直なところ、ギャラリーはそうした作品の売り方に困るようで、コレクターにそれを届ける最適な方法を理解していません。私はこれまで自分の作品に共鳴してくれ、説明し過ぎなくてもその本質を理解してくれる人を探してきました。単に理解してくれるだけでなく、作品の良さをほかの人たちにも分かるように伝えられる人が必要です。これまでは、自力でやらなければいけないことがとても多かったのです。

──あなたはこれまで多種多様なメディアを使って作品を制作してきました。ペースでの初展示は、今月末のアート・バーゼル香港で発表予定の新作絵画だそうですが、絵画でいこうと決めた理由は何ですか?
このシリーズの制作を始めたのはコロナ禍の時期でした。最初の作品群は2022年にグラッドストーンで発表しましたが、全てAIによって生成されたアルゴリズムベースの絵画で、人間とAIのコラボレーション作品です。2020年から開発してきた技法を用いたこのシリーズは、ペースでの初めての展示にぴったりだと思いました。ペースは絵画とテクノロジーの両方に注力しているギャラリーで、この作品にはその両方の要素が絶妙なバランスで入っているからです。香港も、この作品を発表するのにふさわしい場所だと思います。
──いまや誰もが話題にするAIですが、あなたの創作活動にとってAIは常に重要な要素でしたか?
私の創作においてAIはますます存在感を増していて、主題や技法に限らずあらゆる側面に影響を及ぼしています。とはいえ、私は闇雲に先端技術を追いかけているわけでも、自動化自体に興味があるわけでもないので、軽い気持ちでそう言っているのではありません。AIエージェントとヒューマンエージェントによるハイブリッドなスタジオを構築しようとしているのです。
私が使っているのは最新かつ発展途上にある技術で、制作中の多くの作品のテーマでもあります。今、挑戦しているプロジェクトでは、因果推論(*1)によるAIの新たなパラダイムを探求していますが、これは現在主流となっている機械学習(OpenAIのChatGPTやアンソロピックのClaudeのような大規模言語モデル)とは異なります。このプロジェクトは刺激的かつ非常に野心的で、私たちの生活にAIが深く入り込んできた現在、重要な意味を持つものです。
*1 データをもとに原因と結果の関係を推定すること。
そう遠くないうちにパラダイムシフトが起きて、新たなAIが普及していくでしょう。それを見据えて共同制作者たちと試行錯誤しています。テクノロジーやAIに関する問いを突き詰めるのに、アートは重要な場です。受け身の姿勢でいたり、エンジニアや開発者でなければ主体的に関われないと諦めたりせず、アーティストも積極的に議論に加わり、さらに踏み込んで新たなツールを開発していくべきだと思います。

強化学習型AIには懐疑的──「知能は社会的な相互作用から生まれるもの」
──AI関連の作品を制作している何人ものアーティストと話をしてきて思うのは、彼らの実践は2つの極の間のどこかに位置付けられるということです。一端には、こうした技術の基盤となっている構造を浮き彫りにして、その社会・政治的な影響を問うアプローチがあり、もう一端には、AIと協働しながらその可能性を限界まで探ろうとするアプローチがあります。自分はどのあたりに位置していると思いますか?
AIの可能性については……現在主流になっている強化学習型のAIモデルに私は否定的で、不要だとさえ思っています。AIについてはもっと空間的に考えるべきです。物理的に捉えなければならないのに、現在私たちは1次元あるいは2次元のレベルでAIに接しています。現行のモデルはそれなりの役目を果たしてきましたが、持続可能ではありません。主な理由はそれが膨大なエネルギーを必要とするからです。
知的なレベルにおいても、それは生物学的な生命の在り方を全く反映していません。私たちのように因果関係に基づいた思考や推論ができないのです。思考の方法が極めて限定されているものを、本当に知能と呼べるのか疑問です。
──最近、ニューヨーカー誌に掲載されたアンソロピック社(Claudeの開発元)に関する記事で、神経科学者と最先端のAI研究者の双方が、知能の定義とその仕組みの解明に苦戦していると書かれていました。この点についてどう考えますか?
私は、知能とは社会的な相互作用から生まれると考えています。それは自律的な現象ではなく、周りの環境やほかの知能との相互作用を通じて初めて発生するものです。そのようにして知能は発達します。
つまり、大規模言語モデルが膨大なデータを単独で学習するという考え方は、真の知能だとは思えないのです。知識を扱う計算機、あるいは確率的機械学習に近い気がします。この分野では知能という言葉が乱用されがちです。
──つい最近まで、単に機械学習と呼ばれていたことを思い出しました。私の理解が間違っていなければ、あなたにとって知能とは関係性、つまり人間同士や物事と物事の間にあるものなのですね。
その通りです。それは相互依存です。何ものも自己の外に存在できません。誰だって、自分で自分を創造することはできません。知能とはそういうものです。宇宙そのものも相互依存から成り立っています。
──その考え方が、初期の感覚的な作品とリンクしているのは理解できます。では、現在の活動にはどのように反映されていますか? また、この先どこへ向かうのでしょうか。
以前と異なるツールを使ったり、新たなモデル──私たちはそれをデジタルブレインと呼んだり、デジタルニューロンと呼んだりしています──を訓練したりしています。今、私はスイスのINAITという企業と協働しているのですが、この会社の設立者はヘンリー・マークラムという神経科学者で、彼は20年以上にわたり哺乳類の脳のデジタルマップを作るブルー・ブレイン・プロジェクトを推進してきました。
興味深いのは、これらのシステムが必要とするデータ量は機械学習よりはるかに少なく、必ずしも人間を反映したものではない点です。現在の機械学習モデルは人間のデータ、言ってみれば人間の歪んだデータに依拠しています。それに対し、デジタルブレインは因果推論能力があるので、はるかに少ないデータで機能します。やがてそれは私たちが知らない知覚世界、たとえばピンクイルカの知覚世界や、ブラジルのアマゾンに生えているゴムノキの知覚世界などにアクセスし始めるかもしれません。
私がワクワクするのはそうした点で、人間の歪んだコピーではなく、もっと超越的な存在となり得るAIに関心があるのです。
──人間の思考を模倣するのではなく、機械独自の方法で思考するAIということですか?
あるいは異星人の知性です。私たちは異星人が機械か機械ではないかとは考えません。それが興味深いところだと思います。現行のAIは、人類が自分自身を反芻しているだけで、まやかしの知性に過ぎない独我論的知性です。
確かに、こうしたアルゴリズムは人間には不可能なことができます。量子物理学を極め、あらゆる言語を操ることができるけれど、実際は扱っているデータを理解しているわけではありません。できるのはデータを整理することだけで、推論や哲学的思考の能力はないのです。

ギャラリー同士が協力し合い、共生するエコシステムを望む
──あなたの作品の多くはどこか繊細で、儚げな感じがします。5月にはニューヨーク州のストーム・キング・アート・センターでインスタレーションの発表予定がありますが、このようなコミッション作品と、コレクターに購入してもらうことを想定しているギャラリー空間とで見せ方に違いはありますか?
私はギャラリストではないので、作品を販売する立場にありませんが、結局はナラティブ(物語)をどう伝えるかだと思います。アートの多くは言語、つまり作家や作品をめぐる物語や背景、言い伝えなどの要素で成り立っています。歴史的にコンセプチュアル・アートの作品には視覚的要素があまりなく、かなりの部分をナラティブに依存しています。
同じように鑑賞者もまた、作家の活動の意味やそれを取り巻く文脈など、アートの実践それ自体に関心があるのではないでしょうか。制作手法、文脈、意図から切り離されたモノが欲しいということではなく。そういう意味で、私の実践は非常に粘着性が高いというか、ある部分を切り離して独立したモノとして扱うのが難しく、その核心は実践が変容していく過程そのものにあります。リアリティの真の性質に迫ろうと、進化生物学や宇宙の諸システムについての概念を探求していますが、作品の多くはその中で見つけたメタ的な命題から生まれてきたものです。
──そうやって、モノと環境の境界線を曖昧にしているのでしょうか?
作品と鑑賞者の境界線もです。私の作品の場合、鑑賞者はただ受動的に作品を見る存在ではないことが多いのです。たとえば、香りの分子を吸い込むことで、作品の参加者になります。会場に来た人によって作品が活性化されるのです。
──鑑賞者に受け取られることで初めて作品が完成するというのは、知能を関係性に依るものとして捉える考え方に通じますね。
まさにその通りです。あるいは複数のエージェント──AIであれ、展示室にいる虫であれ──が作品を作っているとも考えられます。
──今後はペースが、グラッドストーン、47カナル、エスター・シッパーと共にあなたの作品を扱うことになります。複数のギャラリーに所属することについてどう考えていますか?
これら全てのギャラリーと良い関係を築けていること、そして皆がコラボレーションに積極的であることに心から感謝しています。現在のアート界は、覇権争いや作家の囲い込みをしている場合ではないのです。そうした姿勢ではやっていけなくなっています。
私たちは共存し、協力し合わねばなりません。ペースにはそうした考え方があって、私を通してほかのギャラリーとの関係を持つことで、アート界にとって非常に前向きなメッセージを発信しています。ギャラリーは規模の大小に関わらず、ほかのギャラリーと協力できるはずです。これは1つのエコシステムです。共生しながら互いを支え合い、アーティストを支えていってほしいと思います。(翻訳:野澤朋代)
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