アート・バーゼル香港開幕、続出する高額取引と「迷う買い手」──初日が映す市場回復の現在地

3月25日、2026年版のアート・バーゼル香港がVIPプレビューから幕を開けた(3月29日まで)。この日、ルイーズ・ブルジョワの彫刻が220万ドル(約3億5000万円)、パブロ・ピカソの主要作品も売約となるなど、数百万ドル(数億円)規模の取引が相次いだ。一方で、かつての香港市場に見られた即断即決の購買は影を潜め、コレクターの慎重な姿勢が見られた。ディーラーの証言と売買の実態から、現在の市場の輪郭を探る。

香港コンベンション&エキシビションセンター(HKCEC)で開幕したアート・バーゼル香港2026のプレビューで、展示作品を鑑賞する来場者。Photo: China News Service via Getty Images
香港コンベンション&エキシビションセンター(HKCEC)で開幕したアート・バーゼル香港2026のプレビューで、展示作品を鑑賞する来場者。Photo: China News Service via Getty Images

アート・バーゼル香港の初日、240のギャラリーが一堂に会し、「売れ行きは?」というシンプルな問いに対してさまざまな答えを提示した。資金は動いたが、信頼感の回復はまだ「緩やか」だ。

ハウザー&ワースでは、満員のブースを率いるCEOのマーク・パヨ(Marc Payot)が「驚異的な」スタートを報告し、アジア各地から本格的なコレクターが来場していると述べた。午後5時までに複数の主要作品が売約済みとなり、ルイーズ・ブルジョワの晩年の繊細な小像《Couple》(2002)は220万ドル(約3億5000万円)、2008年のエッチングとミクストメディア作品《À Baudelaire (#1)》は295万ドル(約4億7000万円)で売却された。また、同ギャラリーを離れたばかりのジョージ・コンドによる絵画《Prismatic Head》(2021)は230万ドル(約3億7000万円)で取引された。

パヨによれば、ブースで最も高額な2点もすでに売却されたという。すなわち、アレクサンダー・カルダーの1956年のモビール《Horizontal》と、パブロ・ピカソの1965年の《Chat et crabe sur la plage》である。価格は公表されていない。一方、M+で大規模回顧展が開催中のイ・ブルは、《Untitled ("Infinity" wall)》が27万5000ドル(約4400万円)で売れ、アジアの別のプライベートミュージアムに収蔵された。パヨはこう続ける。

「今年は歴史的作品と現代作家を組み合わせた点が異なる。カルダーとエイヴリー・シンガー(Avery Singer)、ピカソとロニ・ホーンを並置するような構成だ。このフェアのために、できるだけ多くの作品を出せるようにした。このレベルの作品群を他のアジアのフェアに持ち込むことはない」

デイヴィッド・ツヴィルナーは、リウ・イエ(Liu Ye)の2006年の絵画を380万ドル(約6億円)、マルレーネ・デュマスの2002年の絵画も同じく380万ドル(約6億円)で売却したと報告した。その他の100万ドル(約1億6000万円)超の取引には、ベルリンのバスティアン・ギャラリー(Bastian Gallery)が350万ユーロ(約6億4000万円)で販売したピカソの1964年の油彩《Le peintre et son modèle》、ワディントン・カストン(Waddington Custot)が売却した、それぞれ280万ドル(約4億5000万円)と130万ドル(約2億円)で売れたザオ・ウーキーとチュー・テーチン(Chu Teh-Chun)の作品、ホワイトキューブで130万ドルのアレックス・カッツ《Flowers 1》(2011)や、120万ポンド(約2億5000万円)のトレイシー・エミン《Take me to Heaven》(2024)などが含まれる。

回復の手応えと“象徴的作品”──ディーラーが語る香港の変化

モディリアーニ《Jeune femme brune》(1917–18)Photo: Rich Gary

リーマン・モーピンは、イ・ブルの2000年代初頭の作品2点をそれぞれ20万〜30万ドル(約3200万〜4800万円)でアジアの美術館に、またキム・ユンシンの彫刻を約10万〜15万ドル(約1600万〜2400万円)で欧州のコレクターに売却したと発表した。共同創設者のデイヴィッド・モーピンは声明で、「香港のアート市場は明らかに安定した回復局面にあり、フェアと街全体に新たな活気が感じられる。アジアに深い基盤を持つギャラリーとして、この地域は我々のビジネスにとって引き続き不可欠だ」と述べている。

ペース・ギャラリーのCEO、マーク・グリムシャーほど満足げなディーラーはいなかったかもしれない。「香港の状況は、ここしばらくで最も良い」と彼は語り、コロナ禍以降の停滞や「明白な政治状況」による影響を指摘した。価格は明かさなかったものの、最近ギャラリーに加わったアニカ・イの新作絵画が売れたほか、マオ・イェン(Mao Yan)、ワン・グァングル(Wang Guangle)、ジャン・シャオガン(Zhang Xiaogang)といった中国人画家の展示が人気を博したという。

しかし、この日の主役はモディリアーニだった。30年の歳月をかけて制作されたインスティチュート・レステッリーニのカタログ・レゾネの対象であり、2027年にはペースとレステッリーニの共同企画展が予定されている。グリムシャーはUS版ARTnewsに対し、このレゾネが最終的にセローニ版に取って代わることを期待していると語った。さらに、今後すべてのフェアに同カタログ掲載作品を持ち込む予定であり、香港で展示された肖像画には約1330万ドル(約21億円)からの入札があるという。おそらく本フェア最高額の作品だろう。

同価格帯のハイライトには、前述のトレイシー・エミン《Take me to Heaven》(2024)の120万ポンド(約2億5000万円)、リウ・イエによる2006年の絵画380万ドル(約6億円)、タデウス・ロパックが約53万2000ドル(約8500万円)で出品したマーサ・ユングヴィルト(Martha Jungwirth)《Ohne Titel》(2021)などが含まれる(リウ作品は売約済み、ユングヴィルト作品は中国の機関が取得)。

エントリーからデジタルまで、多層化する市場

エントリー価格帯の作品も好調だった。釜山のジョヒョン・ギャラリー(Johyun Gallery)は、パク・ソボ、キム・テクサン(Kim Taek Sang)、イ・ベ(Lee Bae)らの作品を含む37点を、9000ドル(約140万円)から18万ドル(約2800万円)のレンジで販売した。

アジア初登場となるデジタルセクター「Zero 10」もキュレーターやコレクターの関心を集め、絵画や彫刻以外の表現にも積極的な購買が見られた。アスプレイ・スタジオ(Asprey Studio)はチュ・レイレイ(Qu Leilei)の作品を4万5000ドル(約700万円)、ティム・イップ(Tim Yip)を3万5000ドル(約550万円)で販売。インフルエンサーでもあるローレン・サイ(Lauren Tsai)は110万フォロワーを持つアーティストで、今回初めてペロタンと協働し、眠りにつく頭部だけの人形と明滅するテレビを組み合わせたインスタレーションを発表。すでに2点が売約済みで、全体は保留中となっている。同ブースのステフ・ホアン(Steph Huang)の《Grafting》は、中国本土、香港、台湾の有力機関から関心を集めている。

サンフランシスコのギャラリー、ジェシカ・シルバーマン(Jessica Silverman)は、加賀温(Atsushi Kaga)の《Homage to Jakuchū – Panel 7》(2025)をアメリカの機関に販売した。また、ジュディ・シカゴの新作シリーズも展示され、作家アナイス・ニンを彷彿とさせる、「温室」のようなパール調のパネルの一つが16万5000ドル(約2600万円)でプレセールされた。

シルバーマンは、シカゴはアメリカでは著名だがアジア市場での露出は限られていると指摘し、「コレクターが彼女の作品を購入する機会はほとんどなかった」と述べた。同ギャラリーは、アート・バーゼル以外のアジアのフェアに出展する機会は少なく、販売は主にギャラリーやオークションハウス経由で行われているという。

慎重なコレクター心理と残る不確実性

2026年アート・バーゼル香港で「驚異的な」スタートを報告したハウザー&ワースの展示風景。Photo: Courtesy of Art Basel Hong Kong 2026

一方、プレビュー開始から約4時間後も、上階は比較的落ち着いていた。シルバーマンは、ブルーチップ・ギャラリーがホール1に集中しているレイアウトの影響だと分析する。

ロンドンのリチャード・ナジー(Richard Nagy)では、午後7時までに売約された作品はなかったが、その理由を地域ではなく嗜好の違いに求めた。「今年は戦前美術を扱うギャラリーがほとんどない。われわれくらいだ」と語り、アクアヴェラの不参加にも言及した。前年はこのセクションがセカンダリー市場中心だったこと、そして、アジア・アート・センターに並ぶ長い列を指さした。

ナジーは、「アート・バーゼルの出展コストとリターンのバランスが悪かったのだろう」と推測する。自らの価格帯が20万ドル(約3000万円)から400万ドル(約6億3000万円)と高額で、ポール・デルヴォー(Paul Delvaux)の大作《Nudes with the Statue of Marcus Aurelius》が最高額であることも説明した。

「ここでは、価格設定への信頼が低いと感じる。人々はギャラリーに質問した後、アートネットにログインしている」

一方、香港のパール・ラム(Pearl Lam)のディレクターであるシャルメーヌ・チャンは、より慎重な見方を示した。午後5時までに数件の5桁取引があったとしつつも、香港のコレクターに典型的な「即決」の購買が見られないと指摘し、こう続ける。

「明らかに売れ行きは通常より遅い。香港の買い手は通常、非常に決断が早い。3年前に展示したミスター・ドゥードゥル(Mr. Doodle)は初日で完売したのに」

この見方は、グリムシャーの「急ぐ必要はない」という発言とは対照的だ。チャンは、このペースの鈍さを香港の不安定なコレクティング環境の表れと捉える。

「その解決策はまだ分からない。総じて言えば、この市場は依然として"疑問符"のままだ」と彼女は締めくくった。(翻訳:編集部)

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