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「アート界では地殻変動が起きている」──フリーズ・ロンドンの新部門「Smoke」をレポート

2024年のフリーズ・ロンドンで新たに設立された「Smoke」セクション。先住民と移民のアーティストによる多様なセラミック作品に光を当てた新たな取り組みをレポートする。

フリーズ・ロンドンの新セクション「Smoke」でのノエ・マルティネスの展示風景。Photo: Reina Shimizu

160を超えるギャラリーが参加した今年のフリーズ・ロンドンで、新しい試みが行われた。会場の一角に設けられたこの新セクション「スモーク(Smoke)」は、親密さにあふれた小さな展覧会のようであり、目まぐるしく騒々しい巨大な会場の中で、ひときわ異彩を放っていた。

ここで紹介されていたのは、先住民と移民のアーティストたちによるセラミックアート作品の数々だ。タイトルの由来は、グアテマラを代表するキチェー族出身の詩人ウンベルト・アカバルの物語に登場する「エル・アニマル・ウモ(煙の動物)」。煙の姿をした謎の生き物で、土壌から生まれ、自然を守る存在とされている。「スモーク」セクションもギャラリーごとの構成だが、半分くらいは「こちら側とあちら側」が壁によって仕切られているのではなく、どこか煙を思わせる透けるカーテンによってゆるやかにつながっていた。

「スモーク」に参加しているアーティスト11人は、いずれもアメリカ大陸の先住民、または外国への移民というルーツを持つ。展示されている作品は表現もテーマも多様だが、共通点がある。陶芸という古代から続く技術を通して植民地時代以前の伝統を参照しながら、個人のアイデンティティ、身体性、環境といった今日的な問題を探求しているのだ。

セラミックに用いられる「土」という素材に、「土着」の文化や地下に眠る祖先の記憶、人間による自然への介入といったテーマを見出し、現代ならではの視点からとらえ直す。キュレーションを手掛けたのは、過去にテート・モダン(ロンドン)で先住民アーティスト部門の学芸員を務め、現在はハマー美術館(ロサンゼルス)の学芸員であるパブロ・ホセ・ラミレス。その経験を活かし、「スモーク」ではかねてから交流を持つアーティストたちを中心に取り上げている。グアテマラ出身のラミレスは、英米で活動している移民のキュレーターとして、フリーズによるインタビューでこう語っている。

「グアテマラで育った褐色人種のキュレーターとしての自分の歴史をより深く掘り下げ、アメリカのラテン系アーティストの人生から学び、彼らとのつながりを持つことに努めています。アート界は新たな方向へと動き出している。褐色の肌、先住民、黒人のアーティストたちが国際的なアートシーンにおいて前例のない活躍を見せているのです。私は、(現在の拠点である)ロサンゼルスという理想的な場所で、こうした地殻変動的な変化を目の当たりにし、その変化に貢献したいと望んでいます」

またフリーズ・ロンドンによるビデオインタビューの中で、ラミレスはセラミックアートの特集をした理由について、「セラミックには大きな力があります。有形の器ですが、その中には、目に見えない歴史も秘められているのです。つまり、いわば無形と有形の間の美しい対話なのです」と説明している。会場で特に注目を集めていた作品を見てみよう。

アダン・バレシージョ(Adán Vallecillo)/Galería Extra(グアテマラシティ)

アダン・バレシージョの展示風景。Photo: Reina Shimizu

ホンジュラス出身のアーティスト、アダン・バレシージョは、自身が専攻した社会学の問題意識を取り入れて絵画、陶芸、パフォーマンスを制作している。今回は、長年取り組んでいる「Bonanzas efímeras(短命のブーム)」シリーズの作品が展示されていた。うろこのように立体的に円形が並ぶ絵画は、抽象画のようだが、ホンジュラス中部にある採掘現場の土の表面の模様を描いたものだ。パフォーマンス映像の中では、乱掘の結果、環境汚染が進んでいる現場の土の上にその絵画を置いて、ダンサーが祈祷のようなダンスを繰り広げていた。さらに、酸化鉄を多く含む現場の赤土を使ったセラミックの彫刻も展示された。

ルシア・ピッツァーニ(Lucía Pizzani)/Cecilia Brunson Projects(ロンドン)

ベネズエラ出身のルシア・ピッツァーニは、同国の大学で保全生態学を学んだ環境アクティビストでもあり、2007年からはロンドンを拠点に活動している。今回紹介された「フローラ・トーテム」シリーズ(2023-2024)は古代のトーテムを思わせるかたちで、ピッツァーニがベネズエラ北部のマルガリータ島にあるエル・セルカド陶芸ワークショップでのレジデンシーで制作したもの。現地の粘土を素材に用い、表面には島に自生する植物が型押しされており、ベネズエラ北部で先史時代から盛んに行われていた焚き火で焼く手法で制作された。また、光に反応するインクで紙に絵を描いた上に、椰子の葉などの植物を置いて太陽光に当てるという手法によるドローイング「ソラレス」シリーズ(2024)は、植物の光合成にインスピレーションを得ている。

ノエ・マルティネス(Noé Martínez)/Patron(シカゴ)

メキシコ先住民のアーティスト、ノエ・マルティネスによる「Racimo(束)」シリーズは、ラ・ウアステカの遺跡から発見された遺物のリサーチに基づいて制作された。マルティネスは、遺跡に眠る祖先とのコミュニケーションを取る手段としてアートを制作していると語っている。会場でとりわけ目を引くのが、発掘現場で見つかった楽器をヒントに、小さなセラミックをひもで天井から吊り下げた《Racimo 3》(2022)。他のセラミックの作品は会場の床の上に盛った土の上に並べられていて、遺跡の発掘現場を思わせる。

カルラ・エカテリーネ・カンセコ(Karla Ekaterine Canseco)/Murmurs(ロサンゼルス)

カンセコはロサンゼルス出身のメキシコ系アメリカ人で、現在はメキシコシティで活動している。今回展示されているのは、メキシコ古来の犬種で無毛を特徴とするショロイツクインツレ(メキシカン・ヘアレス・ドッグ)をテーマにした彫刻のシリーズだ。無毛犬はアステカ文明では神からの贈り物とされ、地下の死後の世界に誘うスピリチュアルなガイドと考えられていたと言われる。カンセコは、地下の土壌に埋まっているこれらの犬の骨格が地表に再び出現して現代に蘇る様子を表現している。細長く尖った爪や牙は、ガラスファイバーを陶土と混ぜ合わせて強度を出すことにより実現した。ブロンズや釉薬、鉄くぎなども使い、セラミックの可能性を実験的に押し広げている。

アイラ・タバレス(Ayla Tavares)/Galeria Athena(リオデジャネイロ)、Hatch(パリ)

タバレスはブラジル出身で、マドリッドとリオデジャネイロで活動している。《Uma forma sempre umida(常に湿っている形)》(2024)は、水を張った水槽の中にセラミックの作品を半ば沈めた作品だ。周囲の水を吸い込む「土」は、生きているというメッセージを込めている。周囲の小さな壁掛けのセラミック作品「Materia Materia(物質、物質)」シリーズは、タバレス自身の手のひらのサイズで、それぞれが地上と宇宙のさまざまな現象を表している。

クリスティーヌ・ハワード・サンドバル(Christine Howard Sandoval)/parrasch heijnen(ロサンゼルス)

カリフォルニア州の先住民アーティスト、ハワード・サンドバルは、現在はバンクーバー大学で教鞭をとりながら、さまざまなリサーチに基づいて先住民オローニ族の文化に敬意を捧げる作品を制作している。先住民の言葉を型押しした紙の上に、建築用の土を盛り上げるように載せた絵画のシリーズは、それぞれ《Hoomontwash》(2024)など、取り上げた言葉がタイトルになっている。これらの言葉は、薬用植物や古代の知恵を表す単語だという。抽象画《Sketch-Ignition Patterns 3》(2023)は、北米でカゴの素材として用いられてきた草、ベアグラスを紙と組み合わせた上にマスキングをして上から煤を塗り、マスキングを外すことによって制作し、先住民の暮らしの記憶を繊細に織り込んでいる。

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