日本館で「異質なわたし」を引き受ける──荒川ナッシュ医インタビュー
クィアであり、アメリカ国籍を持ち、同性婚を経て代理懐胎で親になり、複合姓を名乗る荒川ナッシュ医が、「赤ちゃん」をテーマに、19世紀的なナショナリズムの器である第61回ヴェネチア・ビエンナーレ日本館の代表作家を務める。多層的な文脈が重なり合う「異質な私」を提示することにひとつの役割がある──そう考える作家に、ヴェネチア入りを控えた4月、作品の構想から当事者性、そして脱中心化などのキーワードをめぐり、オンラインインタビューを行った。

「赤ちゃん」はまだ何者でもない
名古摩耶(ARTnews JAPAN、以下、名古) この作品の起点には「親になっていく経験」があるとのことですが、具体的に、その経験のどんな部分がどのように作品に結びついたのか、教えていただけますか。
荒川ナッシュ医(以下、荒川ナッシュ) 展示のプロポーザルを求められたのが2025年3月だったのですが、その時点で、アメリカ国籍をもつわたしが、ヴェネチア・ビエンナーレの日本館で作品を発表するにあたり、トランプ的なナショナリズムや、ヴェネチア・ビエンナーレ自体が19世紀的なナショナリズムの構造を引きずっている場(*1)であることに対して、何を提示できるかを考えていました。当時、わたしの子どもたちは生後3カ月で、「赤ちゃんはまだ何者でもない存在」だという感覚があって。その存在を表象するような作品を提示したいと思ったのが、きっかけです。
*1 ヴェネチア・ビエンナーレには、ジャルディーニ地区に恒久的なパビリオン棟を持つ国々と、アルセナーレ地区やヴェネチア市内の建物を会期ごとに借りて参加する国々がある。恒久棟を持つのは、ビエンナーレの歴史的な中心を形成してきた欧米諸国を中心とした約30カ国で、この構造自体が19世紀的な列強秩序を今日まで温存している、という批判は長年根強い。
名古 「何者でもない存在」といういい方に、実は個人的に少し引っかかっていたんです。というのも、わたし自身が育った経験、そして、母親としての経験から、生まれた瞬間から「どの家庭に生まれるか」とか「どういう条件が与えられるか」で、何者かがある程度規定されているように感じていたからです。これはメリトクラシーの話にもつながるとも思います。なので、必ずしも「何者でもない」とは言い切れないのでは、と。
荒川ナッシュ それは本当にそうだと思います。サルマン・ラシュディの『真夜中の子どもたち』という本があります。インド独立の瞬間に、超能力を持って生まれた子どもの話で、個人として生まれても、政治や国家に巻き込まれて自由に生きられない。しかもその子は、生まれた時に看護師が別の子と取り違えてしまう。日本には「親ガチャ」という言葉もありますし、生まれた瞬間から、すでにある程度の条件に規定されているというのは、その通りだと思います。
それでも「何者でもない」と言ったのは、アイデンティティ形成がまだなく、世界との境界線もない状態——私が想像する「赤ちゃんの視点」、つまり、社会や親の関与のなかでそれは次第に固まっていきますが、その前段階としての「赤ちゃんの自意識」として、そう思ったからです。人種差別やナショナリズムという概念も、まだ内面化されていない状態です。
名古 社会化される以前、ということですね。
荒川ナッシュ そうです。ただし大人側は、すでに社会化されたまなざしで赤ちゃんを見ることはあるので、そこにはズレがあると思いますが。

名古 今のお話を聞いていて思ったのですが、その「何者でもない状態」も、どの制度のもとで生まれるかによって、かなり早い段階で変わってしまうとも言えますよね。例えば、荒川ナッシュさんたちは、アメリカの制度下で同性婚(*2)をし、代理懐胎(*3)で子どもをもうけられました。代理懐胎で生まれること自体、日本ではほぼ不可能で、アメリカの制度があって初めて成立します。そう考えると、「何者でもない」という状態と、「すでに制度の中にある」という状態が、同時に存在しているようにも感じました。
*2 アメリカでは2015年の連邦最高裁判決により、同性婚が全州で合法化された。一方、日本では同性婚は法的に認められておらず、2019年以降、各地で提起された訴訟が現在も続いている。近年の判例では判断が分かれている。2025年の名古屋高裁・大阪高裁判決は同性婚を認めない現行制度を違憲とした一方、東京高裁は合憲と判断した。高裁レベルでは違憲性を指摘する判断が増えているものの、統一的な結論には至っておらず、最終的な判断は最高裁に委ねられている状況にある。この問題は単に結婚の可否にとどまらない。税制、相続、親権、医療同意など、家族としての権利全体に影響を及ぼす。つまり、「誰と家族になれるか」という問いは、そのまま「どのように生きられるか」に直結する。
*3 代理懐胎(サロガシー)は、第三者の女性が妊娠・出産を担う生殖のかたち。商業的代理懐胎(報酬を伴う形態)を制度として認めている国・地域は世界的に見てもごく限られており、代表的にはアメリカの一部州(カリフォルニア、ネバダなど)、ウクライナ、ジョージア、ロシア(近年は規制強化の動きあり)などに限られる。一方で、フランス、ドイツ、イタリアなどでは代理懐胎自体が禁止されており、イギリスやカナダ、オーストラリアなどでは「無償(利他的)代理懐胎」のみが限定的に認められているにとどまる。日本においては明確な法制度が存在せず、日本産科婦人科学会は原則として否定的な立場を取ってきた。そのため、実際には海外での実施に依存するケースが多い。
荒川ナッシュ そうですね。その二重性は確かにあります。
名古 代理懐胎という個人的なプロセス自体も、作品構想に影響を与えていますか。
荒川ナッシュ 国立新美術館の展覧会(「荒川ナッシュ医 ペインティングス・アー・ポップスターズ」、2024年)のときは、まだ双子が生まれる前でした。代理懐胎そのものが、ヴェネチアの初期の構想にどう影響していたかは断言できませんが、当時から「ヘテロの家族ではない」という意識は強くありました。
今回、作家・映像作家の中村佑子さん、社会学者の佐伯栄子さんと、記録映像を兼ねた独立した作品を作ろうと思っています。代理懐胎を引き受けてくださった女性がヴェネチアに来て、私の作品を見てどう思うか──インタビューなども記録をする予定です。
名古 かなり踏み込んだ試みですね。
荒川ナッシュ はい。アメリカでは、代理懐胎と卵子提供によって生まれた子どもたちは既に第3世代・第4世代になっていますが、日本ではまだ議論が多い。だからこそ、自分の言葉で発信したいと思っています。中村さんや佐伯さんとのコラボレーションを通じて、育んでいるところです。
名古 医さんが最初におっしゃった「トランプ的ナショナリズム」とも関係すると思うのですが、アメリカって、すごくねじれた状況にありますよね。一方では代理懐胎のような生殖技術がかなり制度化されているのに、もう一方では中絶の権利が揺らいでいる。つまり、「産むための技術」は進んでいるのに、「産まない権利」は後退しているようにも見える。
その状況の中で、ご自身が代理懐胎によって子どもを持ったということを、どう捉えていらっしゃるのか、気になります。
荒川ナッシュ そうですね。自分がその制度の中で可能になったことと、その制度自体が持っている問題は、切り離せないですよね。
名古 代理懐胎については、強い反発のある国はいくつもあります。商業的な意味での代理懐胎を許可する国は世界的にも少ない。非商業的に許可しているキリスト教国などでもさまざまなスティグマがあります。そうした事実が、今回の作品鑑賞を通じて立ち現れることもあるだろうと感じます。
荒川ナッシュ 作品の要素では、女性のリプロダクティブ・ライツ(*4)の問題に言及した部分もあり、少子化やケアの労働という観点から見る人もいます。いろんな入り方があると思います。わたしは、代理懐胎が制度化されるほうが、ブラックボックス化したりアンダーグラウンド化するよりも良いと考えています。当事者の声を受け止めながら、議論を促すことに興味があります。ただ、ヴェネチアの作品を最初に見た人に代理懐胎の問題が真っ先に立ち上がって見えるかというと、そうではないとも思っています。
*4 リプロダクティブ・ライツは、日本語では「性と生殖に関する権利(SRHR)」と訳される。これは、子どもを持つか否かの選択だけでなく、性に関する自己決定、妊娠・出産・中絶・不妊治療へのアクセス、適切な医療や情報へのアクセスまでを含む広い概念。
アメリカでは、不妊治療や代理懐胎を含む生殖技術へのアクセスは比較的進んでいる一方で、2022年のドブス対ジャクソン判決によって、かつて中絶の権利を保障していたロー対ウェイド判決が覆され、判断は各州に委ねられた。その後、2025年のトランプ第2次政権下では、州レベルでの中絶禁止がさらに強化される動きが続いており、体外受精(IVF)の法的位置づけをめぐる議論も各州で起きている。
日本では、SRHRという概念自体は政策文脈で用いられているものの、制度との接続は限定的。中絶は合法である一方、代理懐胎や同性カップルによる生殖医療については法的枠組みが整備されておらず、「制度の外」で行われることが多い。
「解体」ではなく「脱中心化」
名古 本作は「ナショナリズムや父権制を脱中心化する」ものであるとおっしゃっています。あえて「解体」ではなく「脱中心化」という言葉を選んだ理由は何でしょうか。構造の重心をずらす、という意味合いでしょうか。
荒川ナッシュ そうです。家父長制の中心=父親なのだとしたら、それをずらす、という意図です。「解体」と言ってしまうと、ではどう再構築するのかという問題が生じます。中心をずらすほうが、構造を変える方向に近いと思いました。
名古 そこに個人的に強く引っかかったのは、日本では家父長制が戸籍制度と直結しており、夫婦同姓の基盤にもなっています。一方、わたし自身の状況をお話しすると、実はわたしと娘は別姓なんです。学校で保護者の署名が本人の姓と異なると、「誰だ?」となりますし、母子での海外旅行時、子どもがまだ小さかった頃は、入国の際に誘拐を疑われたことが何度もあります。そうしたことがある度に、家族とは何をもって規定されるのかと考えさせられてきました。だから、家制度を「解体」ではなく、制度としての枠組みを残した上で「脱中心化」とおっしゃった選択に、引っかかったのだと思います。
荒川ナッシュ わたしは12歳の頃から母がソロペアレンティングで育ててくれました。なので、わたしには父親のモデルがなく、自分が「父」になって家父長的になる実感もありませんでした。自身のプロナウン(代名詞)も、「he」ではなく「they」を使い始めました。これは比較的最近のことです。そういう背景もあり、むしろ「解体」という言葉は、わたしにはしっくり来なかったのです。一方で、結婚時、家父長制の刷り込みかもしれませんが「家族4人で荒川ナッシュというファミリーネームにしよう」とパートナーのフォレストと話し、「荒川ナッシュ」を姓に選びました。そこには、「家」というファンタジーのような概念だけでなく、いざクィアな家族形成が認められない国に行った場合、法的に子どもたちを守る手段(つまり、同姓であることや、われわれ親が一人ずつ、双子たちと遺伝的に関係していること)として選択しました。ただ逆に、日本の選択的夫婦別姓(*5)が合法化されないことには歯がゆさを感じています。
*5 日本では、法律上の結婚において夫婦同姓が義務づけられている(民法第750条)。そのため、結婚後にどちらかが姓を変更する必要があり、実際には女性側が改姓するケースが大多数を占める。法務省が把握する限り、同様の制度を持つ国は他にない。選択的夫婦別姓制度は長年議論されているが、いまだ実現していない。この問題は単なる「名前の選択」ではなく、家族を一つの単位として管理する家制度の延長線上にあるもの。
名古 ご自身が育った家族と、ご自身が築いた家族を受容していくプロセスとも関係しているわけですね。脱中心という概念については、下見でヴェネチアに行かれた際、日本館の床のモザイクに「吉阪大竹(吉阪隆正が設計の思想を、大竹十一が実質的なリーダーとして設計・実務を支えた)」というサインを見つけたことにもヒントを得たとか。
荒川ナッシュ そうです。2カ所くらい入っていて、なぜこういう考え方だったのかなと思っていろいろ調べたら、吉阪さんが日本館を建てた年に、日本の山岳隊がネパールのマナスル登頂に成功するんです。女性が山岳隊に入っていたのも世界初だったようです。その隊に吉阪さんもマネジメントのような役割で加わっていた。山岳隊というのは、異なる専門性や役割を持つ人間が、一つの目標に向かって有機的に動く集団です。吉阪さんはその経験から、その年に「不連続統一体」という概念を考え出していて。脱中心的というか、中心がいくつもあって、違った要素が一つになって空間が成り立つ、という感覚です。私も作品やパフォーマンスの中でそういうことを考えていたので、ちょっと引き合わされた気がしました。
「I(アイ)」を引き受けること
名古 展示の実務的な部分も伺えますか。5~6キロの重さがある57体の赤ちゃん人形は、どこから調達して、どう改良されたものですか。
荒川ナッシュ 市販のものをフロリダで購入して改良しました。わたしは、今回の作品において生後4カ月くらいの子どもを想定していましたが、市販の人形だとボディが少し小さかったので大きくしました。チャックを付けて重りを出し入れできるようにして、一体一体に可動式の骨組みを入れて、異なるポーズが取れるようにしています。市販品は5種類あって、2種類が白人モデル、残り3種類は、それぞれアジア人、ヒスパニック、黒人の顔立ちのデザインです。肌の色は4種類しかないので塗装して、だいたい14種類くらいのバリエーションを作りました。これは、ギョウ・フジカワさん(1908-1998)という日系アメリカ人の絵本作家の仕事へのオマージュでもあります。
名古 その57体のうち一体を、希望する観客は抱えて日本館を巡ることができる、というのがメインの参加型要素になるわけですね。
荒川ナッシュ そうです。赤ちゃん人形を抱っこして館内を回る体験に加えて、2階でおむつ替えをしてもらいます。そのおむつの中にQRコードがあり、スキャンすると詩が読める仕掛けを想定しています。
今回、57体の赤ちゃんの誕生日として、日本の植民地主義に関する出来事に言及する日付やリプロダクティブ・ライツに関係する日付など、57の日付を選んでいます。この選定には、かなり時間をかけました。おむつのQRから読める詩は、それぞれの日付に紐づいた内容なのですが、占星術師・ライターの石井ゆかりさんにお願いしました。石井さんのおとぎ話的な言葉で祝福されるなかに、その背後にある重さが浮かび上がるようにしています。
さらに、内覧会と一般オープニングの2日目(母の日)に、日本館をステージとして、ロサンゼルス拠点のアジア系アメリカ人アーティスト7人からなるFAC XTRA RETREAT(FXR)としてパフォーマンスを行います。
名古 医さんの作品はこれまで、作家の「個」に回収されない——それこそ、脱中心化されたオーサーシップのあり方を問い続けてこられたと感じています。今回、観客が人形を抱えて歩く以外に医さんがコントロールしている要素は何がありますか。むしろ、コントロールを手放すこと自体が重要なのかなとも感じていて。
荒川ナッシュ そうだと思います。中心がないということは、動きが生まれる、固定されないということです。他者が作品のアイデアを出してくれることで、私の領域からは出てこないものが現れる。自分の枠組みを外す狙いがあります。自分に分からないこと——コントロールできないリスクや、失敗してしまうかもしれない状況——も重要です。韓国館ともコラボレーションするのですが、一個人では決められないことが多く、順序も複雑で大変です。そこをパフォーマンス的にこなしていく、バランスを取りながら進める、そんなイメージです。
名古 逆説的に、その結果として、今回は医さん個人の存在がこれまでよりも前面に出てきているとも感じています。過去作では、当事者性を自ら手放す選択をしてこられたと思っていたのですが、今回はむしろ当事者である自分を引き受けているようにも見える。その変化について知りたいと思っていました。
荒川ナッシュ 正直、これまではやりにくさを感じていた要素です。コラボレーターがいることをポイントにしてきたのですが、今回はビエンナーレという政治性の強い場、そして代理懐胎の当事者の一人であることから、自分の言葉を探して発信しなければならない局面が作品の中で自然に出てきました。当然ですが、展覧会に作品を提供してくれた何人かからも、それを求められました。
具体的には、前述した赤ちゃんの誕生日である57の日付についての、「I feel~(わたしは〜と思う)」という主体的な言葉から始まるわたしが作成したリストを会場内に掲示します。なぜ「I feel」にしたかというと、政治的な日付は見る人の立場によって解釈が分かれるため、その日付を選んだ理由を明確にする必要があったんです。カップルセラピーで相手を批判せず状況を伝えるときに「I feel~」を使うとコンフリクトが少ないというメソッドがあるんですが、「You are~(あなたは〜だよね)」と相手を断定するのではなく、まず自分の立場を示すことが、オーディエンスとのコミュニケーションにおいても重要だと考えました。
名古 作品の中で「I」という主語を引き受けるというのは、これまでの作品と比べても大きな差異ですね。
荒川ナッシュ 「国」という枠組みがある中で、社会的責任のようなものを引き受ける感覚が、国立新美術館での個展の時よりさらに強くなりました。主体性をもって発信したほうがいい──というより、そうせざるを得なかった。今の時代のせいなのか、ヴェネチア・ビエンナーレの性格ゆえなのかは分かりません。
日本館を設計した吉阪さんは、若い頃をスイスで過ごしていたらしく、日本館を建てる際に「もっと日本らしい建物を」と求められたそうです。そこから「日本とは何か」を考えざるを得なかったと思いますが、その「日本らしさ」は19世紀的な日本観に縛られがちです。わたし自身、クィアであること、アメリカ国籍であること、そして代理懐胎を選んだことなど、「日本らしさ」の枠から外れている。とはいえ「ジャパン・パビリオン」という構造の中で発表する以上、「異質なわたし」を提示することに、ひとつの役割があるのではないかと考えました。
カウンターバランスとしての重さ

名古 ジャルディーニという場所性についても伺いたいです。ナショナル・パビリオンというコンセプト自体に対する賛否もあると思いますが、そうした場所で発表することに矛盾を感じますか。
荒川ナッシュ わたしがヴェネチア・ビエンナーレに初めて参加したのは2013年で、ジョージア館でした。当時は暫定的なパビリオンでのグループ展で、中心から外れた位置づけでした(*6)。今回はジャルディーニ内に恒久設置された日本館が会場なので、19世紀的な列強の国々やヨーロッパの植民地史と結びつく場所です。だからこそ責任の重さも感じますし、この機会を得た以上は、自分が子ども時代に日本の植民地主義の歴史を十分に学んだ記憶がないからこそ、事実として言及する必要もあると思いました。
また、この展示には多くの人が関わってくれているので、先ほどの「I feel」と矛盾するようでもありますが、わたし一人の責任にしないメソッドを使っているんです。国家のパビリオンで「何かをやる」ことには責任がある。一方で、パフォーマンス・アーティストらしい「ちゃんとしていないやり方」でやれているところもある。それで良かったなと思っています。
*6 荒川ナッシュ医がゲラ・パタシュリ、サージ・チェレプニンらとの共同名義で参加した第55回ヴェネチア・ビエンナーレ(2013年)のジョージア館は、アルセナーレ会場内の既存建物に対して60平方メートルの屋上スペースを公式に賃借し、仮設の増築構造物としてパビリオンを建設するという形式をとった。この構造物は、ソ連崩壊後の1990年代以降、トビリシで住居スペースを増やすために既存建物へ非公式に付け足されてきた増築建築の様式をもじり、「カミカゼ・ロッジア」と名付けられた。展覧会のコンセプト自体も、こうした「非公式・周縁・ポストソビエト」の建築的実践を主題とするものだった。
名古 責任の分散という考え方は、ケアについて考える際にも重要ですね。今回の作品は複数の文脈が多層的に絡み合っていますが、一方で、かわいい赤ちゃん人形がサングラスをかけてたくさん並ぶという、少し異様な光景でもある。赤ちゃんという存在は、さまざまな差異を超えて「かわいい」「純粋」と捉えられがちですが、それが問題を覆い隠し、無批判な共感を強いる可能性もあるのでは、とも考えています。
荒川ナッシュ 「アミューズメントパーク的なかわいさ」一色になるのでは、という懸念ですね。1997年、ドイツの彫刻家イザ・ゲンツケン(Isa Genzken)によるミュンスター彫刻プロジェクトで、赤ちゃんの人形を使った作品がありました。教会の裏、道端に赤ちゃんが置かれていて、暴力性やユーモア、おぞましさが同居していた。赤ちゃんモチーフの成功例だと思います。ほかにも、アメリカのパフォーマンスアーティスト、マイク・スミス(Michael Smith)は70年代から「ベイビーイッキ(Baby Ikki)」として赤ちゃんになりきり、サングラスをかけて即興パフォーマンスをしていました。大人の男性が赤ちゃんになる可笑しさがありつつ、動きは驚くほどリアルで、かわいさと違和感が同居する。
今回のわたしの展示でも、かわいさだけでなく、赤ちゃんにまつわるアンビバレンス(愛憎併存)をオープンに語れる場にしたいです。57の日付の重さや、赤ちゃん人形そのもののリアルな重さが、その希望に対してカウンターバランスとして作用してほしい。会場内では赤ちゃんが大人の目線より上に配置される場面もあり、赤ちゃんから見られている感覚を作れたらと。その視線に晒されることで、「この自分でいいのか」「親としてどう育てていけるのか」といった不安、あるいは過去を正したい衝動や内省が喚起される。そういうことも考えています。
名古 子どもが欲しくても授からなかった人や、もたない選択をした人、子どもを失った人——赤ちゃんという存在をめぐる思いは本当に多様です。また、ケアという意味でも、自らの選択以前に、「女性」であることで負わされているものはあまりに多い。そうした人たちをどう受け入れるのか、作家としてどう考えていますか?
荒川ナッシュ クィアな家族形成の中でも、子どもを持つ喜びとかがもちろんありますし、そこは隠さずに話せたらと思います。様々な痛みを持つ人が、この作品を通して、何か、私とでなくても誰かと共有したいと思う、そういうきっかけになって欲しいです。ただ、やってみないとわからない部分があります。アートは実際の人生とは少し違う枠組みで機能するフィクションの部分があります。赤ちゃん人形が全員サングラスをかけているのも、匿名的なケアの象徴でもあるし、現実とはどこか違うフィクションの印でもあります。
今年3月に森美術館で行った「アージェント・トーク052:荒川ナッシュ医―どんな日本館になるの?」で、初めて人形を公開したとき、「かわいい」「抱っこしたい」という反応が思った以上に多かった。一方で、非常に個人的な子どもに関するエピソードを語ってくれた方もいた。つまり、赤ちゃん人形がなんらかのトリガーとして作用する側面がある。繰り返しますが、そのトリガーが暴力的にならず、セーフスペースのように話せる契機になるといいなと思います。そのためにも、私自身が「I(アイ)」メッセージをきちんと出すことで自分の境界線を示すことが大切だと考えています。子どもを持つ喜びを隠す必要はないと思いますが、それを「こうあるべき」と一般化せず、自分の当事者としての感覚として示す。誰かを傷つけてしまう可能性があることは、慎重に考えています。
名古 「産むこと」「育てること」の素晴らしさを語ってはいけないわけでは全くないけれど、どうすればそれが優位性にならないか、暴力にならないか、配慮しながら話す必要があるのはわたしも自分の経験から共感します。
荒川ナッシュ 私の場合は男性2人でのクィア・ペアレンティングという、マイノリティ的なモデルです。その差異を提示することで、どこかのアンバランスな部分に貢献できたらと思っています。
ビエンナーレ後には、東京でも同じ展示を再構成する予定なので、そこも楽しみです。ヴェネチアとはコンテクストがまったく違う会場ですから。それまでにいろいろ経験を重ねたいと思います。
名古 7カ月という会期の長さも、パフォーマンスとインスタレーションの間に立つ作品にとっては特別な条件ですよね。医さんがコントロールできない変化が生まれていく。
荒川ナッシュ 作品がサステナブルに作られていない面もありますし、自分がいる時といない時の差が出ないよう考えなければいけない。参加型であることは、そういう意味でちょうどいいと思っています。
名古 最後に、赤ちゃん人形の服はお母さまが縫われたと聞きました。親子コラボレーションでもあるのですね。
荒川ナッシュ そうなんです。母と、母の友人2人の計3人に、アルバイトとして縫ってもらいました。母が裁断などのサポートをして、縫うのが得意な2人が、ミシンでものすごい速さで縫ってくれました(笑)。









