「いつだって、答えより問いが重要」──ダニエル・ビュレン、視覚と制度をめぐる思考

ストライプはイメージではなく、見ることの条件を可視化するための装置である──コンセプチュアル・アートの重要人物として知られるダニエル・ビュレンは、半世紀以上にわたり、作品と制度、そして視覚の関係を問い続けてきた。谷中のスカイ・ザ・バスハウスでの個展のために来日し、現在、同ギャラリーの六本木拠点で別の個展が開催されているビュレンに、その思考の核心を聞いた。

Daniel Buren. Photo: Katsumi Omori for ARTnews JAPAN
ダニエル・ビュレン。谷中のスカイ・ザ・バスハウスにて、2026年3月撮影。Photo: Katsumi Omori

自身が「視覚的ツール(outil visuel)」と呼ぶ、反復する幅8.7センチ(87ミリ)の白とカラーの縦縞を通じて、作品を「見る」対象から引き離し、空間や制度、そして鑑賞の条件そのものへと視線を向け直す──ダニエル・ビュレンは、そんな挑発的な実践を長きに渡り行ってきたフランスの現代美術家だ。

1960年代以降のコンセプチュアル・アートを語る上で欠かすことのできない存在である彼は、1972年のドクメンタ5への参加を皮切りに('82年にも参加している)、制度批判的な実践で国際的な注目を集め、1986年にはヴェネチア・ビエンナーレにフランス館代表として参加、国際大賞(現・金獅子賞)を受賞。名実ともに国際的評価を確立した。同年、パリのパレ・ロワイヤル中庭に設置された《Les Deux Plateaux》は激しい論争を巻き起こしながらも、公共空間における恒久作品として広く知られることとなる。その後もグッゲンハイム美術館やポンピドゥー・センターなど主要美術館で個展・回顧展を重ね、都市空間と制度に介入する実践を継続してきた。こうした長年の活動は国際的にも高く評価され、日本においても2007年に芸術文化の分野で顕著な功績を挙げた人物に贈られる高松宮殿下記念世界文化賞を受賞している。

ビュレン作品は一見するとミニマル、しかし、その本質はむしろ、私たちが何をどのように見ているのかという前提を揺さぶる点にある。ストライプはイメージである以前に、見ることの条件を可視化するためのフレームであり、同時に、制度や空間のあり方を露呈させるための手がかりでもあるのだ。

現在88歳のビュレンだが、その思考の鋭さは衰えを感じさせない。2026年春に谷中のSCAI THE BATHHOUSEで開催された個展「Third Eye, situated works」のために来日したビュレンに行った以下のインタビューでは、終始明晰、制度や視覚をめぐる問いを淀みなく展開した(現在、六本木のSCAI PIRAMIDEにて、1960年代から2010年代までの作品を横断的に紹介する「Situated Works 1966–2013」を開催中だ)。

情報が多すぎる時代の「視点」

ダニエル・ビュレン(Daniel Buren)。1938年、フランス・ブーローニュ=ビランクール生まれ。パリ国立高等工芸美術学校を卒業後、パリ国立高等美術学校を経て、絵画制作をスタート。'60年代半ばからストライプを用いた作品制作を開始。一貫して、アート業界の制度への疑義を独自のコンセプチュアル・アートを通じて発信している。Photo: Katsumi Omori

──初来日以来、何度も日本にいらっしゃっています。60年代から一貫して「in-situ(その場所で)」、すなわち都市そのものをキャンバスにする活動を行ってきたあなたの目に、東京という街の変化はどう映っていますか?

初めて日本に来たのは1970年でした。それ以来、少なくとも100回は来ています。東京は70年当時、すでに非常に発展していました。今よりもさらに多くの建設が街のあちこちで進んでいたように記憶しています。ただ、都市の全体的な印象というのは、実はあまり変わっていないと思います。面白いことに、東京は当時もすでに混雑していて、大きくて、活発だった。それは今も変わっていない。もし今、東京を表現する言葉を探すとしたら、同じ言葉を使うと思います。大きくて、活発で、動いている都市。変化はもちろんありますが、発展はとても論理的で理解しやすい。ルールや規制、制約といったものがしっかり存在していて、その中で都市が動いている。そういう意味で、とても快適です。

──ルールや規制、制約に快適さを感じたのですね。

そうです。少し不思議なのですが、私は最初に来たときから、日本に居心地のよさを感じていました。言葉もまったく理解できませんでしたが、人々は親切で、どこに行っても、知らない人が助けてくれる。日本のチームは本当に優秀で、こちらが何を必要としているのかをすぐに理解してくれるんです。

──今回の来日において、東京はどんなふうに映っていますか?

アートの世界という意味では、東京は大きく変わりました。1970年当時、日本にアートワールドはほとんど存在していなかったと言っていい。東京でさえそうでした。むしろ当時は、西洋で起きていることに対する関心がようやく生まれ始めた時期でした。なぜそうしたことが起きているのかを理解しようとする動きがあり、それは一種の興奮でもありました。

しかし、今は逆で、選択肢も情報も多すぎると感じます。多すぎると、選ぶことが難しくなる。膨大な情報に囲まれていると、それに引き込まれてしまいますから。それはもはや、自分の目で見るというより、何かを見せられている状態です。そんな中では、自分の視点を持つことは難しい。

「なぜ絵画を作るのか」から始まる批判

六本木のSCAI PIRAMIDEで開催中のダニエル・ビュレン個展「Situated Works 1966-2013」展示風景。Photo: Courtesy of the artist and SCAI THE BATHHOUSE Photo by Nobutada Omote
ダニエル・ビュレン《5 Elements》(1989) 青と白の縞模様の布、アクリル絵の具 個別サイズ:h.87 x w.87 cm インスタレーションサイズ:h.87 x w.470 x d.13 cm Photo: Courtesy of the artist and SCAI THE BATHHOUSE Photo by Nobutada Omote
ダニエル・ビュレン《5 Elements》(1989)青と白の縞模様の布、アクリル絵の具 個別サイズ:h.87 x w.87 cm インスタレーションサイズ:h.87 x w.470 x d.13 cm Photo: Courtesy of the artist and SCAI THE BATHHOUSE Photo by Nobutada Omote
ダニエル・ビュレン《Variable forms painting》(1966)白と黒の縞模様の布、アクリル絵の具 h.206 x w.128 cm Photo: Courtesy of the artist and SCAI THE BATHHOUSE Photo by Nobutada Omote
SCAI PIRAMIDEで開催中のダニエル・ビュレン個展「Situated Works 1966-2013」展示風景。Photo: Courtesy of the artist and SCAI THE BATHHOUSE Photo by Nobutada Omote
ダニエル・ビュレン《Fibres optiques - Bleu clair J2》(2013)光ファイバー生地、白色LED、カラースクリーン印刷、白色塗料、焼付塗装された金属筐体、電気部品 h.217.5 x w.217.5 cm Photo: Courtesy of the artist and SCAI THE BATHHOUSE Photo by Nobutada Omote
ダニエル・ビュレン《Fibres optiques - Rouge I》(2013)光ファイバー生地、白色LED、カラースクリーン印刷、白色塗料、
焼付塗装された金属筐体、電気部品 h.217.5 x w.217.5 cm Photo: Courtesy of the artist and SCAI THE BATHHOUSE Photo by Nobutada Omote

──視点というと、あなたの作品は、作品自体に鑑賞者の「目を向けさせる」というより、「見方そのもの」を変えるものですね。

ある意味ではそうですね。私はずっと、アートシステムを変えたいと思っていました。それが制作を始めた野心でもあります。1960年代のフランスにおいて、アートは本当に面白くなかった。イタリアやドイツでは、もっと活発にさまざまなことが起きていたし、状況自体がそれを支えていました。対するフランスは、パリでさえ私にとっては退廃的な状況でした。だから、そのシステムと戦う必要があったんです。

──あなたのいう「システム」とは、具体的に何を指していますか?

ギャラリー、ミュージアム、アーティスト同士の関係、作品制作のあり方、それら全てを含むアートのシステムです。それは非常に古く、重い伝統にずっと動かされてきました。今でもそうです。多くの人にとっては当たり前のことだったかもしれませんが、私にはそう思えなかった。私は「別の絵画を作る」ことではなく、「なぜ絵画を作るのか」ということに関心があったんです。全ては非常に伝統的なシステムと結びついていて、それを壊すことができれば、単に別の作品を作るのではなく、その前提を変えることができるかもしれないと考えていました。

Photo: Katsumi Omori

──アーティスト自身がその伝統的なシステムに絡め取られているのだとしたら、あなたはご自身をアーティストだとは思っていなかったのですか?

その通りです。私は「アーティスト」という言葉が好きではありませんでしたし、「アート」という言葉にも違和感がありました。なぜそのように使われているのか、なぜそれが自然なものとして受け入れられているのか、私には腑に落ちなかったし、別の言葉、別のあり方が可能なのではないかと思っていました。いわゆる「アバンギャルド」も、当時すでに死んでいると思っていました。前衛と呼ばれているものが、実は反動的なものになってしまっていたんです。

──当たり前に受け止められていたシステムそのものに抗おうとする行為は、孤独ではなかったですか?

問題があまりにも大きいので、長い時間をかけて取り組むしかありませんでした。それは終わりのない闘いです。ただし、状況は変わります。1960年代にミュージアムを批判することと、今それを行うことはまったく違う。当時は、たとえば、パブロ・ピカソやクロード・モネのような芸術家ですら、生前に2-3度も展示の機会が与えられるのは例外的なことだったんです。そのように、存命の作家に展示機会を与える美術館は、世界で5つほどしかありませんでした。それが今では、無数にあります。ヨーロッパ各地にも、日本にも、中国にも。なんなら、30歳で回顧展を開催することだってあります。これは革命的な変化です。良いか悪いかはわかりませんが。

──そんな現在のアートワールドについては、どう捉えていますか? システムは変わりましたか?

難しい問題ですが、現在の状況はとても新しいようでいて、同時に、いまも非常に古い構造に基づいています。文化は確かに異なりますが、いわゆるアートワールドに関して言えば、いまだにルネサンス期に形成された枠組みで構築されている。ヨーロッパのみならず、アジアもアフリカも、相変わらず同じシステムの中で制作がおこなわれています。

「アートワールド」は小さい

Photo: Katsumi Omori

──アート“ワールド”ではなく“システム”ですね。

そうです。「アート」は「ワールド」ではありません。非常に限定された領域です。そこに関わっている人々は、世界全体から見ればごくごく少数です。私たちは、アートワールドという非常に小さな領域の中に生きているということを決して忘れてはならないのです。

──それでもあなたは作品制作を止めなかった。

若い頃は、映画にとても興味がありました。バスター・キートンから、エリア・カザン、オーソン・ウェルズ、そしてジャン=リュック・ゴダールまで、非常に多様な才能が重要な仕事をしていました。映画は、現代の知的歴史の大きな一部だと思います。だから、もし時代が違っていれば、映画監督になっていたかもしれませんが、当時は映画制作には莫大な資金や他のリソースが必要で、私には不可能だと感じたんです。でも今であれば、たった一人でも映画を作ることができますね。

──あなたの作品は、作品を介して「シーナリー」を立ち上げるという意味で映画的とも言えます。

確かに、それを完全に否定することはできません。ただ、視覚芸術についていうと、継続的に見てはじめて見えてくるものがあります。アートにしても映画にしても、断片だけ見て「これは良くない」と思ってしまいがちですが、本来、全体の中で見ない限り、判断などできないはずなんです。

──その意味でも、あなたの作品は脱作品的ですね。

私は、システムの中で何が起きているのかを見ようとしています。システムを批判するためには、それがどのように動いているのかを理解する必要がある。どこに強い柱があるのか。それは守るべきなのか、壊すべきなのか。それは常に変化します。

問い続けるということ

Photo: Katsumi Omori

──アートは世界を変えうると思いますか?

全くそうは思いません。むしろ世界が変われば、アートは変わるでしょう。

──個人的には、アートに救われた経験があります。

それは理解できます。個人にとっては、アートは大きな影響を持つことがある。ただ、それを全体に広げることは難しい。繰り返しますが、アートに関わる人々は少数派なんです。

──それでも希望を持つことはできますか?

長い時間の中で見れば、何かは変わっているかもしれない。ただし、それが良い方向か悪い方向かは分かりません。

──でもやはり、あなたは作品制作を止めない。何があなたを今もドライブしているのでしょうか。

問いです。いつだって、答えよりも問いのほうが重要です。

ダニエル・ビュレン「Situated Works 1966-2013」
会期:2026年5月14日(木)〜9月19日(土)
前期:5月14日—7月18日 / 後期:7月23日—9月19日
場所:SCAI PIRAMIDE(東京都港区六本木6-6-9 ピラミデビル3F)
時間:12:00〜18:00
休廊日:月・火・水・祝日
入場料:無料・予約不要

Photos: Katsumi Omori Interview & Edit: Maya Nago

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