詩人・菅原敏が詩で拡張する名画の世界──チュルリョーニス《第5ソナタ(海のソナタ):アンダンテ》【Poetry & Painting Vol. 6】

詩人・菅原敏が毎回異なる絵画を一点選び、その作品のために一編の詩を詠む「Poetry & Painting」。第6回は、国立西洋美術館で6月14日まで大規模展開催中のミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニスによる《第5ソナタ(海のソナタ):アンダンテ》。菅原自身による朗読と合わせてお届けする。

 
 
 
わたしたちは波間に漂っている

ピアノの天板が流れてきて

必死にしがみつく者がいる

波が来るたび 裏に表にひっくり返り

やがてその姿は見えなくなった

 

あまたの楽器も波間に漂っている

バイオリンやビオラと同様に

木管楽器を束ねた筏は

いともたやすく

深みへとほどけていった

 

浮力を見込んでコントラバスに

乗り込んだ者たちもまた

背中で押し合いながら

あぶくを残して消えた

 

海底に沈んだトロンボーンは

魚たちのきらめく住処となり

ホルンを背負ったヤドカリは

群れを作って行進する

 

ただ 二艘のチェロだけが

私たちが最後に手を伸ばし

朝焼けへと

弓をひくべき船として

そこにあった

 

波が寄せるたびに楽譜から

いくつも音符がこぼれ落ちているのに

何度も演奏は繰り返されてしまう

そのことが悲しいと あなたは言った

完璧な演奏から少しずつ遠ざかるように

沖へと流されていく

 

陸を失ってまで

求める理由をあなたは知らない

あなたの響きのなかで

いにしえの都市を泳ぎながら

私は満たされていく

コップの淵から

海がこぼれ落ちるまで

 

誰もいなくなった朝

空に浮かぶ方舟が

すべての音符を等しく拾い集め

そのひかりを すくいあげる

  

ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス《第5ソナタ(海のソナタ):アンダンテ》1908年、テンペラ/紙、国立M. K. チュルリョーニス美術館(カウナス)所蔵 M. K. Čiurlionis National Museum of Art, Kaunas, Lithuania.


ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス(1875–1911)は、リトアニアを代表する画家であり作曲家。音楽と美術を横断する独自の表現で知られる。ワルシャワやライプツィヒで音楽教育を受け作曲家として出発したのち、次第に絵画へと軸足を移し、象徴主義や神秘思想の影響のもと、宇宙や自然、精神世界を描き出した。音楽的思考をそのまま視覚へと翻訳する試みとして「ソナタ」や「フーガ」といった音楽形式を絵画に導入し、そのリズムや構成を画面上に展開した。《海のソナタ》は三部作として構想され、1908年の夏、婚約者のソフィヤ・キマンタイテと過ごした海辺の保養地・パランガでの滞在が背景にある。「アレグロ」「アンダンテ」「フィナーレ」によって海の運動、時間とリズムを描くとともに、生命の果てしない循環という思想を体現した。精神的疲弊ののち肺炎を患い、35歳の若さで没した。本国リトアニアにとどまらず、現在では国際的にその評価が高まっている。

菅原敏(すがわら・びん)
詩人。2011年、アメリカの出版社PRE/POSTより詩集『裸でベランダ/ウサギと女たち』 をリリース。執筆活動を軸に、毎夜一編の詩を街に注ぐラジオ番組「at home QUIET POETRY」(J-WAVE)、Superflyや合唱曲への歌詞提供、ボッテガ・ヴェネタやゲランなど国内外ブランドとのコラボレーション、欧米やロシアでの朗読公演など幅広く詩を表現。現代美術家との協業も多数。近著に『かのひと 超訳世界恋愛詩集』(東京新聞)、『季節を脱いで ふたりは潜る』(雷鳥社)、最新詩集『珈琲夜船』(雷鳥社)。東京藝術大学 非常勤講師。
https://www.instagram.com/sugawarabin/

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