ルシアン・フロイドが「自作」と認めなかった肖像画、死後の研究で真作認定──初の一般公開へ
ルシアン・フロイド(1922-2011)が生涯にわたって「自分の作品ではない」と主張し続けた肖像画が、死後に発見された資料によって真作と認められた。同作は現在、ロンドンのガーデン・ミュージアムで初めて一般公開されている。
ルシアン・フロイド(Lucian Freud)が数十年にわたって自作であることを否定し続けた肖像画が、初めて本人作としてロンドンのガーデン・ミュージアムで一般公開された。本作は、同館で開催中の展覧会「Benton End: A Paradise of Pollen and Paint」(6月2日~9月20日)に出品されている。ガーディアン紙によると、テート・ブリテンでアーカイブ調査にあたっていた研究者たちがフロイドによる制作を裏付ける証拠を発見したことが決め手となったという。
フロイド否定の背景には友人との確執
今回真作認定されたのは、《Man in a Black Scarf(黒いスカーフの男)》。セドリック・モリスとアーサー・レット=ヘインズという2人の芸術家が設立したイースト・アングリア絵画・素描学校にフロイドが在学していた1939年頃に描いたとされる。モデルはフロイドの友人であり、ジェイムソン・ウイスキーで知られる一族の出身者、ジョン・ジェイムソンと考えられている。
この絵がフロイド作品として認められるまでには、約40年の歳月を要した。1985年、クリスティーズは同作をフロイド作としてカタログに記載した。ところが、フロイド本人がそれを否定したため、オークションハウスは判断を撤回。以降、フロイドは2011年に亡くなるまで、この作品を自作ではないと主張し続けた。
その背景には、古い確執があったとみられている。作品を相続したデザイナー兼作家のジョン・リス・ターナーによれば、フロイドは、絵の最初の所有者であり、かつて同じ学校に通ったデニス・ワース=ミラーとリチャード・チョッピングと仲違いしていた。ワース=ミラーはターナーに肖像画を譲る際、「ルシアンを激怒させるために」真作認定を受けて売却するよう言い残したという。

しかし、実際にそれを実現するのは容易ではなかった。イギリスを代表する画家であるフロイド本人が「自分の作品ではない」と断言している以上、それに公然と異を唱えようとする専門家はなかなか現れなかったからだ。
真作判明のきっかけはお宝鑑定番組
この絵が改めて注目を集めたのは2016年のこと。BBCの人気鑑定番組「Fake or Fortune?」に登場した本作を検証した美術史家フィリップ・モールドは、フロイドの真作である可能性が極めて高いとの結論を下した。
さらにその2年後、テート・ブリテンのアーカイブで調査を進めていた研究者たちは、イースト・アングリア絵画・素描学校の学生たちが日々の制作内容を記録した資料を発見した。そこには、フロイドが1939年にジョン・ジェイムソンの肖像画に取り組んでいたことが記されており、《Man in a Black Scarf》が制作されたと推定される時期と一致する。これを根拠に、「Benton End: A Paradise of Pollen and Paint」で本人作として公開されることが決定した。
本展は、イースト・アングリア絵画・素描学校があったサフォーク州の屋敷、ベントン・エンドに焦点を当てている。《Man in a Black Scarf》の現所有者であるターナーは、この展示がフロイドの初期作品におけるセドリック・モリスの影響を改めて浮かび上がらせるものになると考えている。その根拠として挙げるのが、フロイドが《Man in a Black Scarf》とほぼ同時期に描いたモリスの肖像画との類似性だ。
真作を決めるのは作者か、それとも証拠か
こうした問題はフロイドに限った話ではない。アーティスト本人が「自分の作品ではない」と言い張り、しかし証拠がそれに反するとき、どちらが正しいと判断するかという、アート界における意外に厄介な問いを突きつける。
アポロ誌の2016年のリポートによれば、パブロ・ピカソ(Pablo Picasso)は自作《Erotic Scene / La Douceur(エロティック・シーン/ラ・ドゥスール)》の写真を数十年後に見せられた際、それを「友人たちの悪ふざけ」と切り捨てた。しかしその後、保存修復に関する研究と文書調査を経て、メトロポリタン美術館は同作をピカソの真作と判断。作品は大規模なピカソ展の一作として公開された。
一方、ゲルハルト・リヒター(Gerhard Richter)は、一部の初期作品を自らの公認作品目録から除外し、事実上、自身の公式な制作史から切り離した。
また、ケイディ・ノーランド(Cady Noland)は、自身の承認なく改変が加えられたと判断した作品を、繰り返し自作として認めない姿勢を示してきた。ある事例では、彫刻作品の一部が修復時に交換されたことを知り、その作品の所有者に対して「これはアートワークではない」と書面で通告。140万ドル(現在の為替で約2億2400万円)で売買されていた作品をめぐり、法的争いに発展した。
もちろん、アーティスト本人の否定が正しかったと証明されるケースもある。あるコレクターが、数十年前にピーター・ドイグ(Peter Doig)が描いたものだと主張していた風景画について、ドイグ本人は一貫して関与を否定していた。2016年、シカゴの裁判所はその作品をまったく別の人物によるものと認定し、ドイグの主張を支持した。
フロイドの事例が特異なのは、本人の死後もなお論争が続いた点にある。2011年に亡くなるまで、フロイドは《Man in a Black Scarf》を自作ではないと言い続けたが、その後に発見された資料や研究成果によって評価は覆された。本人不在のまま真作認定が進んだこの作品は今、フロイドの初期作として公開されている。(翻訳:編集部)
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