99歳で死去したベティ・サールに美術界から追悼相次ぐ。「家庭をめぐる表現を再定義した」

ファウンド・オブジェクトを用い、黒人女性をめぐるステレオタイプや家庭、政治を鋭く問い直してきたベティ・サールが99歳で死去した。美術界からは、その先駆的な功績を讃える追悼の声が相次いでいる。

ベティ・サール。1980年代に撮影。Photo: Anthony Barboza/Getty Images
ベティ・サール。1980年代に撮影。Photo: Anthony Barboza/Getty Images

アッサンブラージュの先駆者として知られるベティ・サール(Betye Saar)が、100歳の誕生日を目前にした7月26日に死去した。

1926年にロサンゼルスで生まれたサールは、60年間にわたり、ファウンド・オブジェクトを用いてアメリカ社会に根深く残る人種差別や政治的問題を問い直してきた。作品には家具や羽、鳥かごのほか、黒人を戯画化したピカニニー人形やスイカなど、人種差別的なステレオタイプを帯びたモチーフも取り入れられている。1972年の《The Liberation of Aunt Jemima(ジェミマおばさんの解放)》では、マミー(*1)の姿をした黒人女性が、おもちゃのライフルとほうきを手にし、その前にはブラック・パワーを象徴する拳が掲げられている。サールはこの作品について、「犠牲者だった女性を戦士に変えるのです」と語っていた。US版ARTnewsは訃報記事の中で、「この女性は、何を犠牲にしてでも自らを解放するだろう」と作品を評している

*1 アメリカ南部の白人家庭で子守や家事を担う黒人女性を、従順で献身的な存在として描いた人種差別的なステレオタイプ。奴隷制下の女性像に由来する。

ベティ・サール《The Liberation of Aunt Jemima(ジェミマおばさんの解放)》(1972) Photo: Benjamin Blackwell/Courtesy Roberts Projects, Los Angeles, California
ベティ・サール《The Liberation of Aunt Jemima(ジェミマおばさんの解放)》(1972) Photo: Benjamin Blackwell/Courtesy Roberts Projects, Los Angeles, California

多くの美術機関が別れの言葉を投稿

サールの訃報を受け、多くの文化機関やキュレーター、アーティストが哀悼の意を表している。ロサンゼルス現代美術館(MOCA)はInstagramにこう投稿した

「サールは現代アートを再定義しました。彼女はアッサンブラージュとコラージュの巨匠であり、ファウンド・オブジェクトを彫刻的なフォルムや野心的なインスタレーションに統合することで、日常と神秘、政治と個人を融合させたのです」

MOCAはまた、サールと同館との長年にわたる関係にも触れた。サールは、現在のゲフィン・コンテンポラリーの前身にあたるテンポラリー・コンテンポラリーの開館記念展「The First Show」に参加。1984年には、同館の敷地内にあったレンガ造りの旧ガソリンスタンドで作品48点を展示した。1990年には、エレン・セバスチャン演出の演劇『Sanctified』の公演にあわせ、MOCAの依頼を受けてアッサンブラージュとインスタレーションを制作している。

ゲティ美術館は、サールを「アメリカ美術における中心的な人物」と評した。ハマー美術館は、活動家のアンジェラ・デイヴィスが《The Liberation of Aunt Jemima》を「黒人女性運動の始まり」と位置づけていたことを改めて紹介している。

ロサンゼルス・カウンティ美術館は、デヴィッド・ゲフィン・ギャラリーで展示されている1998年作《I’ll Bend But I Will Not Break(曲がっても折れはしない)》を取り上げた。アイロン台を土台にした同作には、奴隷制や奴隷船、女性に課されてきた家事労働、19世紀後半から20世紀初頭の美術史への参照、現代の人種差別といった複数の主題が重ねられていると同館は説明する。また、同館のInstagramアカウントに公開されたインタビューで、サールはこう語っている

「子どもの頃から、アートは私にとって大切なものでした。アートは、人が心の奥に抱えていながら、失って初めてその存在に気づくような欲求を満たしてくれるのです」

「師であり、魂の導き手であり、親友」

サールと半世紀近くにわたって関係を築いてきたスタジオ・ミュージアム・イン・ハーレムは、彼女の創作活動が「現代アートにおける家庭をめぐる表現やブラック・フェミニズムの概念を再定義した」と記し、こう付け加えた

「娘のレズリー・サール、アリソン・サール、トレイシー・サール=キャヴァノーをはじめ、ご家族とご友人の皆さまに心より哀悼の意を表します」

サールの孫で陶芸家のマディ・イネスは、祖母の写真とともに別れの言葉を綴った。「さようなら、グラン・ベティ。私たち一族の中心であり、師であり、魂の語り手であり、私の親友。そして間違いなく、私が人生で最も深く愛した人のひとりでした。すべてに感謝します」

2025年にサールへアート・バーゼル・アワードを贈ったアート・バーゼルは、訃報を受け、2021年に行ったインタビューをSNSで紹介した。そのなかで、サールはこう語っている。

「なぜか、あるものに目を引かれ、『これはアートにできる』と思う瞬間があるんです。どんなものでもアートになり得ると、私は早くから気づいていました」

SNSには、サールとの思い出や彼女への感謝を綴った個人的な追悼も相次いだ。MoMA PS1のディレクター兼キュレーターを務めるコニー・バトラーは、次のように記している

「私がベティ・サールと知り合ったのは、大学を卒業して間もない頃でした。フランク・ゲーリーが手がけたテンポラリー・コンテンポラリーの一角にあった、現在は残っていない旧ガソリンスタンドで、彼女の素晴らしい展覧会が開かれ、その仕事に携わったのです。駆け出しの美術史家だった私が、ローレル・キャニオンにある彼女のスタジオを訪れた日のことは決して忘れません。人としても並外れた魅力を持つ、素晴らしいアーティストでした」

「最も大切にすべきアーティストのひとり」

アーティスト兼文筆家、美術誌Brooklyn Railの共同創設者でもあるフォン・H・ブイは、サールを「私たちが最も大切にすべきアーティストのひとり」と称賛した。さらに、「黒人女性にまつわるステレオタイプに立ち向かいながら、自らが選んだアッサンブラージュという表現を比類ない高みへと押し上げた」と記している。

また、批評家でキュレーターのヒルトン・アルスは、2023年にロサンゼルスのローレル・キャニオンにあるスタジオでサールと撮影した写真を公開。「これまでの歩みにふさわしい、安らかな眠りを。なんと豊かで充実した人生だったことでしょう」と追悼した

詩人、パフォーマンス・アーティスト、活動家として活動するパメラ・スニードは、Instagramにサールを描いたパステル画を投稿した。「亡き人々を称え続けるには、私たちも作品を作り続けるしかないのでしょう」と記し、「安らかに眠ってください。そして、その力が受け継がれますように」と結んでいる

ほかにも、アーティストたちから短くも愛情のこもった追悼が寄せられた。写真家のマリリン・ナンスは「ベティへ、愛を込めて」と記し、シアスター・ゲイツは「あなたがいなくなって寂しくなります。素晴らしいダンスをありがとう」と別れを惜しんだ。(翻訳:編集部)

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