『極楽鳥/BIRDS IN PARADISE』──鳥に魅せられた人間の創造力とアート・オブ・ジュエリー
東京大学総合研究博物館と、フランスのハイジュエラーであるヴァン クリーフ&アーペルが支援する宝飾芸術の教育研究機関「レコール ジュエリーと宝飾芸術の学校」が共同で主催する特別展『極楽鳥』。最高峰の技術をもってつくられたジュエリーと、自然誌標本やスケッチを始めとする研究資料が一堂に会する同展では、人間の想像を超える進化を果たしてきた鳥と、それに魅了され、表現しようとしてきた人々の歩みが語られている。
約2万年前に描かれたラスコー洞窟の壁画に登場する「鳥人間」から、世界各国の神話や伝承、視覚芸術からファッションまで、鳥は人類史を通して人々の創造のインスピレーションとなってきた。もちろんジュエリーもその例外ではない。デザイナーや職人たちは、贅沢な貴石や金属、ときには実際の鳥の羽根を材料に最高峰の技術を用いながら、本物の鳥の美しさを越えてみせようと試行錯誤し、挑戦を重ねてきた。
東京・丸の内にあるインターメディアテクの開館十周年を記念して2023年5月7日まで開催中の特別展『極楽鳥』は、そんな人間の創造力を掻き立ててやまない鳥をモチーフとするジュエリー約100点を一度に目にできるまたとない機会だ。フランスのハイジュエラー、ヴァン クリーフ&アーペルが支援する宝飾芸術の教育研究機関「レコール ジュエリーと宝飾芸術の学校」と東京大学総合研究博物館が共同で主催する同展には、各国のメゾンや作家が19世紀半ばから現代までに手がけた選りすぐりの作品が集められている。
さらに同展の妙は、人間の技術と創造力を駆使して表現した美しいジュエリーとともに、東京大学総合研究博物館や日本最大の鳥類標本コレクションを誇る山階鳥類研究所が所蔵する貴重な標本や研究資料の数々が並んで紹介されている点にある。その対比によって、ジュエリーによる鳥の表現、そしてその着想源となった鳥そのものの魅力を、芸術と自然科学の両方の視点から迫ろうという試みだ。
試行錯誤と研鑽の痕跡
『極楽鳥』展は「夜の鳥」「朝の鳥」「昼の鳥」「ファンタジーの鳥」の4テーマで構成されている。
「例えば、『朝の鳥』ではニワトリやクジャクといった鳥たちと、それを模したジュエリーを展示しています。ただ、標本の種とジュエリーを1対1で対応させているわけではありません」と、東京大学総合研究博物館特任研究員で美学・美術史学が専門の大澤啓は説明する。「たとえ種が違っていても、鳥のシルエットや羽根の特徴がジュエリーのヒントになることもあります。同じ空間に置いてみると、ジュエラーたちが鳥をどう宝飾品のデザインへと発展させていったかが伺えますよね」
そうしたジュエリーの表現は、各時代の技術や知見、さらには芸術運動などと連動して変わってきたのだと大澤は語る。写実的な表現が流行った時代、デフォルメした抽象的な表現が流行った時代など、当時の流行はジュエリーにも表れている。例えばクジャクのジュエリーでは、向きや姿勢、色といった表現の特徴が時代ごとに変わっていく様子が見て取れるだろう。
興味深いのは、剥製や研究資料にも同じように時代ごとの特徴が見られる場合がある点だ。「19世紀の標本や資料に出てくるある種のハチドリが揃って同じ姿勢をしている、なんていうこともあるんです」と、東京大学総合研究博物館特任准教授で、動物行動学を専門としている松原始は説明する。
数は少ないものの、そうした特徴的なポーズがジュエリーと剥製の両方で見られるものもある。例えば1880年ごろに製作された「エキゾチックな鳥のブローチ」は、その羽根の特徴からアカフタオハチドリと同定されているが、そのポーズは同展で展示されている剥製とまったく同じだ。
大澤も語る。「剥製は実際の鳥をもとにつくられていますが、製作の課程でモデリングされています。ジュエリーも剥製も、同じ図像を共有しているんです」。アーティストの目と研究者の目、それぞれに鳥がどう映っていたのか、その共通点や違いを見るのも面白い。
一方、「リアルではないところもまた面白い」と松原が話すように、ジュエラーたちが鳥のどこを切りとったのかを想像するのもまた同展の楽しみ方のひとつだ。
「芸術創造はいかにモデルから離れるかも重要です」と大澤は言う。「『ファンタジーの鳥』のセクションには、ジュエラーがつくった想像上の鳥を展示しています。いろんな鳥の特徴をキメラのように融合しているものもありますね。『鳥のエッセンスとは何か』が問われています」
展示では、宝石を使って鳥の羽の構造色(色素ではなく、光の波長程度の微細構造によって生じる色)を表現した作品や、一部が振動するようにつくることで鳥の動的な部分を表現しようとした作品など、ジュエラーたちの試行錯誤と研鑽の痕跡が見てとれる。
美をとらえんとする欲望の歴史
それにしても、なぜ鳥はこれほどまでに人々を惹きつけるのか? その理由のひとつは、人間と感覚のレンジが近いことだと松原は話す。「哺乳類だと嗅覚に頼る種が多いのですが、鳥は人間と同じように視覚刺激や聴覚刺激を重視します。これは基本的にはメスを呼ぶため、あるいは種や個体を見分けるためです」
さらに視覚に関しては、人間は三原色であるのに対し、鳥は四原色(赤・緑・青・紫外線)だ。それゆえ、派手な色で気を引いたり、角度で色が変わる様子を踊って見せたりするなど、色を使ってさまざまな信号を送れる。また綺麗な色の鳥はそれだけ栄養状態が良いことを意味するので、自らの有能さのアピールにもなるのだという。
もちろん、空を飛べるということも人間を惹きつけてきた要因のひとつだ。「だからこそ、かつて芸術がいまよりもっと宗教や呪術と結びついていた時代には、鳥は神やその使者として描かれることも多かったんです」と、松原は説明する。「それでも、同じく空を飛ぶコウモリは鳥ほど興味をもたれませんでした。それは、昼間に飛ばないので目にすることが少なく、色のバリエーションも少ないうえ、鳴き声も人間には聞こえないからでしょう」
人間にも聞こえる声でさえずり、人間の目が効く昼間に活動し、人間にわかる色合いで同種にアピールをする──。そうした感覚の共有こそが、人間が鳥を芸術のなかに採り入れてきた理由だと松原は語る。
しかし、そうした人々の憧れがゆえに、鳥たちは乱獲の犠牲になってきたという事実も忘れてはならない。本展のタイトルである「極楽鳥(Birds of Paradise)」は、熱帯に生息するフウチョウという鳥の別名だ。オスは飾り羽を持ち、その美しさをメスにアピールするために求愛のダンスを踊ることで知られている。
16世紀に初めてヨーロッパに紹介されたフウチョウは、「天上に住む伝説的な鳥」と説明されたと松原は話す。「ヨーロッパにゴクラクチョウの剥製を初めて持ち込んだのは、世界一周を果たした探検家マゼランだと言われています。現地の商人から買ったものだったのですが、原住民が儀式に使うために翼が切り取られ、足もなくなっていました」
美しい羽根と胴体だけになった剥製と、「地上に降り立つことなく、一生飛び続ける天国の鳥」というイメージが合わさり、ヨーロッパではどんどん話に尾びれがついていった。そして19世紀にヨーロッパ人がニューギニアなどで生きたゴクラクチョウを発見すると、ファッションに鳥の羽根を採り入れるという当時の流行も相まって一気に乱獲が進んだ。この乱獲は長く続き、1973年のワシントン条約締結まではフウチョウの剥製が土産物で売られていたという。
「鳥はなぜ美しいのかという生物学的要素や、人間が憧れを抱いてつくった物語、ファッションに使われてきた歴史、そして乱獲と保護の過程など、フウチョウは人と鳥の関係に関するあらゆる要素をあわせもっています」と松原は語る。「展覧会のタイトルを『極楽鳥』にしたのは、それが理由です」
同展ではほかにも、大判の紙に野鳥を原寸大で描いたジェームズ・ラフォレスト・オーデュボンの『アメリカの鳥類』(19世紀)や博物図譜である毛利梅園の『梅園禽譜』(1877年)、鳥を標本のように細部まで描き、日本画の参考資料としても使われた河辺華挙の『鳥類写生図』(1854~1920年)など、鳥の姿や生態を描きだした作品も展示されている。また、会場で聞こえてくる鳥のさえずりは、オーストラリア北部の森林に生息する鳥たちの声を録音したものだ。
ジュエリーや剥製標本、絵画、鳥の声、そしてそれをつなぐキュレーション。そのすべてを通して、同展は「人と鳥」「実物と表現」「アーティストの目と研究者の目」といった相対するふたつの要素が影響しあいながら歩んできた道を振り返っている。
インターメディアテク開館十周年記念特別展示『極楽鳥』
会期:開催中~2023年5月7日(日)
会場:インターメディアテク(東京都千代田区丸の内2-7-2 KITTE 2・3F)
時間:11:00 ~ 18:00(金・土曜日は20:00まで、入場は30分前まで)*月休