「見えにくさ」は計算だった?──2500年前のパルテノン神殿に「映画」のような視覚効果

ギリシャアテネパルテノン神殿外壁を巡る全長約160メートルのフリーズは、鑑賞者が外壁と列柱の間を歩くと、視覚効果で彫刻の場面が映画のシーンのように次々と動的に現れるよう設計されていた可能性がある。最新研究で明らかになった。

パルテノン神殿のレリーフ。アクロポリス博物館所蔵。Photo: Wikimedia commons

アテネのパルテノン神殿で、床面から約12メートルの高さに、全長約160メートルにわたって設置されたフリーズの視覚効果を読み解く新たな研究成果が発表された。Greek Reporterが伝えた。

パルテノン神殿は、紀元前447~432年頃、政治家ペリクレスの主導で建設された古代ギリシャ建築の代表作だ。ドーリア式を基調とした大理石建築で、当時は、フェイディアス作の巨大な金象牙像《アテナ・パルテノス》を安置する宗教施設であると同時に、神への奉納品や都市の財産を保管する宝物庫としても使われた。その後はキリスト教会やモスクなどに転用され、1687年の戦闘では、内部に保管されていた火薬が爆発して大きく損傷した。1987年には、パルテノン神殿を含む「アテネのアクロポリス」がユネスコ世界文化遺産に登録されている。

神殿を飾る彫刻のなかでもよく知られているのが、列柱の内側にある外壁上部を巡っていたフリーズだ。ペンテリコン山産の大理石に、378人の人物と約245頭の動物が彫られている。その多くは、アテナをたたえる古代アテネ最大級の宗教祭典、パンアテナイア祭の行列を表したものと解釈されてきた。しかし、これほど精緻なフリーズが、なぜ列柱に遮られる見えにくい場所に設置されたのかは、長年にわたって研究者を悩ませてきた。

先行研究により、神殿周囲の特定の位置に立てば、フリーズの大部分を確認できたことが分かっている。ただし鑑賞者は、外側の列柱と内陣の外壁との間にある幅約2.1メートルの狭い空間を歩きながら、急な角度でフリーズを見上げる必要があった。

ブリストル大学およびリーズ大学に所属するエリー・マッキン・ロバーツは新たな研究で、この見えにくさを設計上の欠点ではなく、鑑賞者が動くことにより変化する視線、列柱の影により視覚効果を生み出す仕掛けだった可能性があると論じている

パルテノン神殿の設計者たちは、建物が視覚的に均整の取れたものに見えるよう、わずかな曲線を取り入れるなど、人間の知覚を考慮した精緻な設計を施していた。

ロバーツは、こうした先行研究を踏まえ、通常は映像に用いられる概念をフリーズの解釈に応用した。その比較対象のひとつが、スリットの間から移動する複数の静止画を見ることで像が動いて見える19世紀の装置、ゾートロープ(回転のぞき絵)だ。

物語を動かす鍵は「列柱」の存在

もちろん、古代ギリシャの彫刻家がアニメーションを発明した、あるいは映画を先取りしようとしたと主張しているわけではない。この比較は、鑑賞者の移動によって個々の場面が連続した物語として知覚される仕組みを理解するための分析手法だ。ゾートロープでは連続する絵が動くのに対し、パルテノン神殿では彫刻は静止したまま、見る側が移動していた。

パルテノン神殿のレリーフ。大英博物館蔵。Photo: Wikimedia commons

鑑賞者が歩くと、フリーズの一部は列柱の影によって隠され、影から別の場面が現れる。影と影の間の空間が、いわば映像の「フレーム」のような役割を果たしていたのだ。人々は彫刻全体を一度に見渡すのではなく、断続的に現れる場面を記憶のなかで繋ぎ合わせ、行列の全体像を組み立てていたと考えられる。

人物の配置も、この解釈を裏付けている。西側のフリーズでは、若者たちが行列の準備を進めている。馬に乗ろうとする者や装具を整える者がいる一方、すでに出発態勢に入った人物も見られ、行列が動き出す前の期待感が表現されている。

北側と南側に進むと、構図は一気に躍動感を増す。中心を占めるのは騎馬の一団だ。馬はそれぞれ異なる姿勢や動きで表され、人物同士の間隔や騎手のポーズにも変化がつけられているため、行列が単調な反復に陥ることはない。騎馬隊の流れは、ところどころに置かれた立像によって中断される。こうした像が行列を短いシーンに分け、鑑賞者が直前に目にした場面を理解するための「間」をつくっている。

行列が東側へ近づくにつれ、物語の速度は再び変化する。供犠に捧げられる動物や音楽家、従者たちが登場すると、人物の密度が下がり、表現される動きも次第に緩やかになっていく。

ロバーツは、この変化を映画のテンポになぞらえた。比較的静かな導入部から、動きの激しい場面へと展開し、物語の結末に向けて再び速度を落としていく構成だ。

研究では、実際のパンアテナイア祭の行列は、出発からアクロポリスに到着するまでを一通り見物するには90分から2時間ほどかかったと推定している。一方、鑑賞者が神殿の周囲を歩きながらフリーズを一通り見るのに必要な時間は、約3~5分だった。長時間に及ぶ公的儀礼が、はるかに短い視覚的体験へと圧縮されていたのだ。

こうした「時間の圧縮」は、物語の一貫性を保ちながら、長時間にわたる出来事を短い場面の連続にまとめる映画の編集にも通じる。フリーズに沿って歩く鑑賞者は、西側での準備、北側と南側を進む行列、東側で迎える儀式のクライマックスという流れを、数分間でたどることになる。

彫刻に施された彩色も識別に貢献

また、科学的調査によって、パルテノン神殿の彫刻からは、顔料「エジプシャン・ブルー」をはじめとする彩色の痕跡や、精緻な文様が描かれていた証拠が見つかっている。これは、古代ギリシャの彫像や建築彫刻が、もともと鮮やかに彩られていたことを示す研究成果のひとつだ。

フリーズが高い位置にあり、列柱によって光と影が変化する場所に置かれていたことを考えると、色彩はとりわけ重要だっただろう。ロバーツによれば、彩色された衣服や強調された細部は、鑑賞者が柱の間を歩く際に、一人ひとりの人物を見分けやすくしていた可能性がある。

現在、パルテノン神殿のフリーズは大英博物館やアクロポリス博物館などに分かれて展示されているが、いずれも鑑賞しやすい高さで置かれている。そのため、南北から東へ収束する行列の方向性や、列柱の間を歩きながら頭上の彫刻を見上げる本来の鑑賞体験は失われているとロバーツは指摘する。

今回の研究は、パルテノン神殿のフリーズを、単に建物を飾る静的な彫刻ではなく、鑑賞者の移動によって物語が展開する作品として捉え直すものだ。映画やアニメーションを先取りしたとするのではなく、空間に並ぶ場面を通じて時間や動き、物語を表現した、古代の独創的な設計手法に光を当てている。

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