アルベルト・ジャコメッティの高額落札作品トップ10──彫刻史上最高額を叩き出した作品とは?
20世紀を代表する彫刻家の1人で、一目見たら決して忘れないほど極端に細長い人物や荒い質感の肌を持つ作品で知られるアルベルト・ジャコメッティ。今も高い人気を誇るその作品群から、オークションにおける高額落札トップ10を紹介する。

- 10. 《Femme Leoni(女:レオーニ)》(1947):2850万ドル(約45億6000万円)
- 9. 《Grande femme debou II(大きな女性立像 II)》(1960):2950万ドル(約47億2000万円)
- 8. 《Trois hommes qui marchent (grand plateau)(3人の歩く男たち [大きな台座] )》(1948-49):3020万ドル(約48億3000万円)
- 7. 《Diego en chemise écossaise(チェック柄のシャツを着たディエゴ)》(1954):3264万5000ドル(約52億2000万円)
- 6. 《Grane tête mince (Grande tête de Diego)(大きな細い頭部 [ディエゴの大きな頭部] )》(1954):5000万ドル(約80億万円)
- 5. 《Grane tête mince(大きな細い頭部)》(1954):5328万2500ドル(約85億3000万円)
- 4. 《Le Nez(鼻)》(1947):7840万ドル(約125億4000万円)
- 3. 《Chariot(戦車)》(1950):1億97万ドル(約161億6000万円)
- 2.《L'Homme Qui Marche I(歩く男 I)》(1960):1億430万ドル(約166億9000万円)
- 1. 《L’Homme au doigt(指差す男)》(1947):1億4130万ドル(約225億円)
ざらついた肌、マッチ棒のように細長い体、そこに滲む実存的不安──アルベルト・ジャコメッティの彫刻には、すぐにそれと分かる特徴がある。1901年にスイスのボルゴノーヴォで生まれたジャコメッティは、初期のシュルレアリスム的な実験、古代エジプトに着想を得たフォルムの探求を経て、第2次世界大戦後には孤独や不安、人間の脆さを表現した細長い人物像に行き着く。こうした作風の変化は、同時代のアーティストやパトロンたちの関心と想像を大いに掻き立てた。
「アートの目的は現実を再現することではなく、それと同等の強度を持つ現実を創造することにある」
そう語ったジャコメッティは1966年に死去したが、今も人気は高まる一方だ。彼が手がけたブロンズ彫刻がオークションに出品されるたびに世界的な注目が集まり、貴重な機会を逃すまいと主要美術館や個人コレクターが競い合う。こうした競争には市場の憶測がつきもので、「今回はどの有力コレクターが入札合戦を制するのだろう?」「すでに天文学的な額に達しているオークション記録は維持されるのか? それとも、また塗り替えられるのか?」と、さまざまな推量が飛び交う。
以下に紹介するのはジャコメッティの高額落札作品トップ10だ。そこには、もともと高値で取引されていた彼の作品が、彫刻では極めて稀な1億ドル(最近の為替レートで約160億円、以下同)を突破し、さらなる高みへと駆け上っていった軌跡が示されている。なお、ジャコメッティ作品は、美術史上最も高額で落札された作品のトップ10にもランクインしている。
10. 《Femme Leoni(女:レオーニ)》(1947):2850万ドル(約45億6000万円)

《Femme Leoni(女:レオーニ)》(1947)は、2023年5月16日にサザビーズ・ニューヨークで開かれた近代美術イブニングセールの目玉の1つとして出品され、2500万から3500万ドル(約40億~56億円)の予想価格に対し、「Femme Leoni」シリーズの作品として最高額の2850万ドル(約45億6000万円)で落札された。制作は1947年で、1960年に鋳造されたこの彫刻を作家本人から贈られたのはスイスのキュレーター、フランツ・マイヤーだった。その後、アメリカの個人コレクションに渡り、そこからサザビーズに出品されている。
《Femme Leoni》は、ジャコメッティが戦後に多く手がけた女性立像の第一世代に属する。女性立像は「歩く男」シリーズと並んで、彼の円熟期を代表するモチーフの1つだ。シュス美術鋳造所によって8点が鋳造された豆の茎のように細長い像からは、ジャコメッティが長年にわたって思索し続けた実存的孤独が伝わってくる。それは、自分を見つめる大勢の人々に囲まれていてもなお孤独の中にあり、脆さを抱えつつも決して折れることない女性の姿だ。
9. 《Grande femme debou II(大きな女性立像 II)》(1960):2950万ドル(約47億2000万円)

《Grande femme debou II(大きな女性立像 II)》(1960)は、2017年10月19日にクリスティーズ・パリで開かれたパリ・アヴァンギャルド・セールに出品され、その年にフランスのオークションで落札された美術品の最高額を記録した。高さが約270cmもあるこのブロンズ像は、ジャコメッティ作品の中でも最大級のものだ。当時クリスティーズ・パリで20世紀美術部門の責任者だったピエール・マルタン=ヴィヴィエはこう語っている。
「何より、その威厳に圧倒されました。まるでシャルトル大聖堂の彫像や、アフリカのトーテムの前に立っているような気持ちになるのです。細部も驚くほど精緻に作り込まれており、不規則な質感の表面は光の加減で表情が変わります」
ジャコメッティは1960年に建築家のゴードン・バンシャフトから依頼を受け、ニューヨークのチェース・マンハッタン銀行ビル前の広場に設置する「Grande femme」シリーズ4体(I~IV)を制作することになった。クリスティーズによると、ジャコメッティはニューヨークの摩天楼の壮大さに触発されてこの大型彫刻シリーズを手がけたという。しかし、10点ほど作ったものの自らの厳しい審美眼に叶うものは1つもなく、最終的にこのプロジェクトは頓挫した。ただ、このときに作られた彫刻は保存され、2点の《Grande femme》が1962年のヴェネチア・ビエンナーレに出品されている。
8. 《Trois hommes qui marchent (grand plateau)(3人の歩く男たち [大きな台座] )》(1948-49):3020万ドル(約48億3000万円)

《Trois hommes qui marchent (grand plateau)(3人の歩く男たち [大きな台座] )》(1948-49)は、2022年11月14日にサザビーズ・ニューヨークの近代美術イブニングセールに出品された。ジャコメッティの戦後作品を代表するブロンズ像の1つであるこの彫刻の予想価格は2000万から3000万ドル(約32億円~48億円)だったが、当時アートネット・ニュースが報じたところによると、同年11月のオークションで最も長い7分間にわたる入札合戦の末に3020万ドル(約48億3000万円)で決着。ジャコメッティ作品中、最高レベルの金額で落札された作品の1つとなった。これを手に入れたのが誰なのかは公表されていないが、アートニュースペーパー紙によると、ほかに3人の電話入札者がいたという。
《Trois hommes qui marchent》は、知られている限り2点しか鋳造されていない。これはそのうちの1点で、もう1つよりも大きな台座の上を3人のやせた人物が歩いている。その様子は、第2次世界大戦後に人々が感じていた孤独や疲弊を表していると解釈されてきた。それに対してジャコメッティ財団は、彫刻の情景を戦時中スイスに疎開し、1945年にパリへ帰還した作家自身の境遇に重ねている。「この彫刻の特筆すべき点の1つは台座で、作品を無名の英雄を称える記念碑のように見せています」と財団は記している。
7. 《Diego en chemise écossaise(チェック柄のシャツを着たディエゴ)》(1954):3264万5000ドル(約52億2000万円)

1954年作のこの油彩肖像画は、2013年11月5日にクリスティーズ・ニューヨークで開かれた印象派・近代美術イブニングセールに出品され、3264万5000ドル(約52億2000万円)で売買が成立した、これはジャコメッティの絵画として当時のオークション記録を更新する価格で、全体として精彩に欠けたこのセールにわずかながらの華を添えた。同セールの売り上げは総額1億4430万ドル(約231億円)で、予想最低額の1億8880万ドル(約302億円)を大幅に下回る結果だった。
《Diego en chemise écossaise》には第三者保証が付いており、作品はこの保証人の手に渡った。実質的に売却が確約されていたとはいえ、彫刻で知られるジャコメッティの絵画という希少性からこのロットは注目され、オークション後の記者会見でも価格の妥当性についての質問が出ている。それに対し、オークショニアのアンドレアス・ランブラーは、ジャコメッティ作品の愛好家である買い手は購入価格に満足していると答えたという。
6. 《Grane tête mince (Grande tête de Diego)(大きな細い頭部 [ディエゴの大きな頭部] )》(1954):5000万ドル(約80億万円)

「最初から全ての視線は《Grane tête mince (Grande tête de Diego)》に注がれていた」
2013年11月6日にサザビーズで開催された印象派・近代美術イブニングセールを、現場で取材していたニューヨーク・タイムズ紙の記者はそう報じている。この記事によると、1954年に制作され、55年に鋳造されたブロンズ製の胸像を競り合った入札者は4人。3500万から5500万ドル(約56億~88億円)の予想価格に対し、最終的に5000万ドル(約80億円)をわずかに上回る価格で、アクアヴェラ・ギャラリーの代理を務めていた当時のサザビーズ・アメリカ会長ジェームズ・G・ニーヴンに落札された。予想最高額には届かなかったものの、この胸像はジャコメッティ作品の当時のオークション記録を更新している。出品者は、30年以上にわたりこれを所有していたロンドンのディーラー、デズモンド・コーコランだった。
この彫刻は、ジャコメッティの弟ディエゴをモデルにしたものだ。ディエゴは生涯にわたって兄を支えた共同制作者で、最も長くモデルを務めた人物でもある。ジャコメッティ作品の中でおそらく最も広く知られているのは、人物の本質を捉えようと何度も手直しを重ねたこうした肖像彫刻だろう。ジャコメッティは、1つの頭部を作るため丸1日を費やしたとしても、結局「ゼロからやり直す」こともあると語っていた。
5. 《Grane tête mince(大きな細い頭部)》(1954):5328万2500ドル(約85億3000万円)

高さ60cmを超える《Grane tête mince(大きな細い頭部)》は、ジャコメッティが1950年代に制作した胸像の中でも最大規模のもので、後に制作された《Grane tête(大きな頭部)》に次ぐ大きさの作品だ。ゴツゴツとした質感、大きく細長い形、漂う絶望感──どれをとってもこの時期のジャコメッティの典型的な肖像彫刻と言える。
2010年5月4日、この作品はクリスティーズ・ニューヨークで、5328万2500ドル(約85億3000万円)で落札された。当時クリスティーズは、ジャコメッティの芸術的変遷におけるこの作品の位置付けを示し、それ以前の10年間で取り組んだ全身像が「ヨーロッパとアメリカ双方で彼を有名なアーティストに押し上げた」と評価。一方で、「そこから一歩進んで新たな作風を確立したいという彼の熱意は、成功の重荷や世間の期待を振り払いたいという願望とも深く関わっていた」と解説している。
4. 《Le Nez(鼻)》(1947):7840万ドル(約125億4000万円)

《Le Nez(鼻)》(1949)は、2021年11月15日にサザビーズ・ニューヨークでオークションにかけられた。有力コレクターのハリー&リンダ・マックロー夫妻の離婚にあたり、裁判所から売却を命じられたコレクションの中にこの作品も入っていたからだ。檻のような枠の中に吊り下げられたシュールなブロンズ像は激しい競り合いとなり、オークションに出品されたジャコメッティ作品としては史上4番目の高値となる7840万ドル(約125億4000万円)で匿名の入札者が落札。アート市場が冷え込む中でも、美術館級のジャコメッティ作品には高い需要があることが示された。
《Le Nez》は、ジャコメッティの中でも特に心理描写が際立つ作品で、彼の代名詞とも言える実存的な苦悩を漂わせた全身像とは一線を画すものだ。ピノキオのような鼻が檻の枠を突き抜けるほど大きく伸び、叫び声を上げる人物の頭を表現した《Le Nez》を、ジャコメッティ財団は1946年にこの作家が書いた文章と重ね合わせて説明している。それは彼が見た悪夢についての文章で、天井から巨大な蜘蛛がぶら下がっている様子が記されていた。財団によると、この作品もその夢と同じく、記憶と潜在意識の深層から掘り起こされたものだという。
3. 《Chariot(戦車)》(1950):1億97万ドル(約161億6000万円)

《Chariot(戦車)》(1950)は、2014年11月4日にサザビーズ・ニューヨークで開かれたオークションに、彫刻作品としては史上最高水準の1億ドル(約160億円)超の予想価格で出品された。木製の台座に据えられた彩色ブロンズ像はその期待に応え、活発な競り合いの末、1億97万ドル(約161億6000万円)で落札。オークションで1億ドル台に達した3点目の彫刻作品となった。
6点が鋳造された《Chariot》は、古代エジプトのファラオの儀式用戦車を思わせる二輪の台座の上に、細身の女性像がどこか危なげな様子で立っている。ジャコメッティによるとこの作品の着想源の1つは、彼が1938年に自動車事故で入院していた病院の廊下で見かけた「きらきらと光る薬の台車」だという。彼はまた、人物像を「見やすいように、そして床から一定の距離をとるため」、何もない空間に配置したかったと口にしていた。このときの買い手は、ヘッジファンド業界の大物、スティーブン・A・コーエンだったと後に判明。そのコーエンは、2度に渡りジャコメッティのオークション記録を更新する額で作品を落札している。
2.《L'Homme Qui Marche I(歩く男 I)》(1960):1億430万ドル(約166億9000万円)

2010年2月3日、サザビーズ・ロンドンに出品された《L'Homme Qui Marche I(歩く男 I)》(1961)が歴史的な結果を残すのはほぼ間違いないと見られていた。ジャコメッティが手がけた中で最も象徴的な彫刻の1つであるこの巨大なブロンズ像は、数十年にわたり個人蔵となっていたもので、8分間の競り合いを制した落札者が支払った金額は手数料込みで1億430万ドル(約166億9000万円)にのぼる。これは、当時オークションで落札された美術品の最高額を樹立するものだったが、その記録はわずか3カ月後にパブロ・ピカソの《ヌード、観葉植物と胸像》に破られた。
1人の細長い人物が歩みの途中で凍りついたような《L'Homme Qui Marche I(歩く男 I)》は、ジャコメッティ特有の作風を象徴する彫刻だ。6点が鋳造されたこの彫刻の他のエディションは、ピッツバーグのカーネギー博物館やニューヨークのグッゲンハイム美術館といった主要美術館に収蔵されている。2010年のオークションで誰がこの彫刻を手に入れたのかは判明していないが、この結果によってジャコメッティは、1億ドル超の落札価格を叩き出せる数少ない彫刻家の地位を確固たるものにした。
1. 《L’Homme au doigt(指差す男)》(1947):1億4130万ドル(約225億円)

2015年5月11日、クリスティーズのオークションに《L’Homme au doigt(指差す男)》(1947)が出品された際、市場ではさまざまな憶測が飛び交った。「45年ぶりに市場に出たこの高さ約183cmのブロンズ像は、彫刻作品のオークション記録を塗り替えるのか?」──その答えは「イエス」で、手数料込みで1億4130万ドル(約226億円)という驚異的な額で買い手が付いた。この記録は今日に至るまで破られていない。
6点鋳造された《L’Homme au doigt》は現在、個人コレクションやジャコメッティ財団、美術館などに所蔵されている。クリスティーズのオークションでの落札者は公表されなかったが、直後にゴシップメディア「Page Six」がヘッジファンド・マネージャーのスティーブン・A・コーエンだと報じた。近現代美術の重要コレクションを所有するコーエンは、その1年前にもこのリストに掲載されているジャコメッティ作品《Chariot(戦車)》(1950)を、サザビーズで1億97万ドル(約161億6000万円)で落札していた(報道によればそのロットで唯一の入札者だったという)。
ジャコメッティの最高記録が樹立された後、マンハッタンの著名アートディーラー、ウィリアム・アクアヴェラはこの作品を「20世紀を代表する偉大な彫刻の1つ」だと評し、落札者についてこう付け加えた。「スティーブンはとても真剣なコレクターで、鋭い目を持っています。美術史の本を読んだだけでは得られない、確かな直感もあります」(翻訳:野澤朋代)
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