東京は世界15位──「世界アート都市指数」が映すアートワールドの構造的な歪み

英カーディフ大学の経済地理学者ロバート・ハギンズが、アートと都市の関係を定量的に評価する「世界アート都市指数(World Art Cities Index)」を提唱するレポートを公開した。世界50都市のアートワールドに対する影響力を9つの指標から測定する本レポートにおいて東京は15位。その背景に迫る。

東京都庁で上映されたプロジェクションマッピング「PAC-MAN eats TOKYO」。Photo: John S Lander/LightRocket via Getty Images
東京都庁で上映されたプロジェクションマッピング「PAC-MAN eats TOKYO」。Photo: John S Lander/LightRocket via Getty Images

アートと都市の関係を定量的に評価

ある都市がアートワールドでどれほどの力をもっているのか、定量的に測ることは可能だろうか? 美術史を振り返れば、その地政学は比較的シンプルだったと言える。フィレンツェやローマ、アムステルダム、パリ、ベルリン、ロンドン、ニューヨーク……時代ごとにひとつの都市が強い引力をもち、才能が集まる場となってきた。しかし現在、欧米以外の地域で開かれる国際的なビエンナーレも増えており、(比較的コストがかからない)ローカルな活動拠点をもちつつグローバルに活動するアーティストも珍しくない。こうした状況下においては、都市とアートワールドの関係性を見直さなければいけないのかもしれない。

そこで英カーディフ大学の経済地理学者ロバート・ハギンズが提唱したのが、「世界アート都市指数(World Art Cities Index)」(以下、WAIC)なる概念だ。ハギンズは都市がアートに対して果たす機能を、作品を生み出す「生産(Production)」、流通させ値付けする「市場(Market)」、展示し制度的な正統性を与える「消費(Consumption)」の3つに分類した。これら3つの機能は、それぞれに設定された3つの指標から評価される。「生産」なら主要作家の数/美術学校の数/国際的に影響力ある作家の数。「市場」ならギャラリーの数/アートフェアの数/影響力あるディーラー・コレクター・キュレーターの数。「消費」なら現代美術館の数/美術館総数/ビエンナーレ・トリエンナーレの数。これら9つの指標を、50都市の平均が100になるよう標準化することで生まれたのがWAICである。

WAICを比較したランキングの結果は、ある意味で驚きのないものだ。1位はニューヨーク(496.1)、2位はロンドン(339.6)、3位はパリ(236.5)。さらにベルリン(202.8)やロサンゼルス(185.7)……と続いていく。東京は15位(103.3)であり、東アジアで見れば上海(6位)やソウル(11位)よりもやや下位に位置している。

9指標の根拠となる出典がすべて公開されているわけではないため、この数値の妥当性を検証することは難しくもあるが(たとえば「ギャラリー」はコマーシャル・ギャラリーを中心に算出されていると思われるが、アーティスト・ラン・スペースや個人経営の小さなギャラリーがどこまでカウントされているかはわからない)、概ね納得のいくものではあるだろう。

東京のアートシーンは「市場主導型」

もっとも、本レポートの趣旨は影響力のランキングをつくることではなく、アートワールドと都市の関係性を明らかにすることにある。

ハギンズは3つの機能のばらつきから50の都市を「均衡型」(15都市)、「生産主導型」(13都市)、「市場主導型」(10都市)、「消費主導型」(12都市)に分類する。均衡型の筆頭はニューヨークとロンドンで、3つの指数がいずれも高く、しかも差が小さい。対極にあるのがヨハネスブルグで、生産指数はローマやウィーンを上回る10位(114.5)なのに、消費指数は全50都市中の最下位、わずか1.4だ。世界的に評価される作家を多く輩出しているが、その作品を地元で見せる美術館やビエンナーレが少ないと言える。上海はその逆で、消費3位(274.5)に対して生産は36位(56.2)。美術館は山ほどあるが、アーティストの層が薄いということだろう。このなかで、東京は「市場主導型」に分類されている。市場指数は7位(141.8)で上位に位置するが、生産は16位、消費は28位にとどまっている。同じ東アジアでもソウルやシンガポール、台北は均衡型に属しており、東京はやや特殊な立ち位置にいると言えそうだ。

さらに本レポートは、『ArtReview』が毎年発表する影響力ランキング「Power 100」20年分の推移や今後10年でオープンが予定されている美術館の数から、未来の数値も算出している。2035年には、依然としてニューヨークが首位であるもののポイントは28.2%減と全都市中で最大の下落を示す。ベルリンが4位から3位へ上がり、香港は21位から8位へ大幅ランクアップ。サンパウロとソウルも30%を超えた伸びを見せ、ソウルは9位まで上昇する。東京はほぼ横ばいの16位だ。逆にバーゼルとチューリッヒは、Power 100上の存在感が薄まることが予想され、大きくランクが下がってしまうという(もっとも、本レポートは新しい美術館の設立があくまでも計画段階にあるものであり、前提を覆すような大きな変化によってこの予測が無効になりうることを付記している)。

こうした予測から見ても、アートワールドの地政学が少しずつ変わろうとしていることがわかるだろう。

活動拠点の多極化が生む新たな美学

ただし、これは単にアメリカやフランス、イタリア以外でもアートシーンが成熟しつつあることを示しているわけではない。本レポートはアートフェアや美術館のような制度だけではなく、アーティストの分布を見ていくことで、都市とアートワールドの関係を定量的に見直そうとしている。

たとえばハギンズはヴェネツィア・ビエンナーレ(2024・2026)とアート・バーゼル(2024〜26)の出品作家から36人を抽出し、出身地でも国籍でもなく「実際に住み、制作している場所」で分類する。その結果、ニューヨークやロンドンのような既存のアート首都である「中核都市」に25人、そこから離れた地方や遠隔地である「周縁」に6人、湾岸や北アフリカのように国家や財団の投資で台頭しつつある中規模拠点「地域ハブ」に2人、そして中核都市と非中核都市の二拠点で活動する作家が3人いることが明らかになった。

この数だけ見ると依然として中核都市が強力な場となっているように思えるが、本レポートはむしろ周縁の都市に可能性を見出す。6人のうち、2024年のヴェネツィア・ビエンナーレでオーストラリア館として金獅子賞を受賞したアーチー・ムーアはクイーンズランドに、イヌーテク・ストーチはグリーンランドのシシミウトに、グリセリア・トゥピナンバはバイーアの村に住み、イブラヒム・マハマはガーナ北部のタマレに自ら3つの施設を建てている。こうした状況から、本レポートは「周縁は克服すべき不利ではなく、イノベーションの土壌そのものだ」と記している。

なぜ周縁がイノベーションの土壌になりうるのか? 本レポートはこの分布を、創造的エコシステムの4つの柱を、担い手の多様性(Agency)とネットワークの密度(Connectivity)、安定と実験の均衡(Dynamism)、新しい形態の出現(Emergence)の頭文字をとった「ACDEモデル」で読み解く。

ACDEモデルが明らかにするのは、メディアと地理の連動だ。アルゴリズムやゲームエンジンなどテクノロジー主導の実践が資本と計算資源が集まる中核都市に集中する一方、ローカルな文化に根ざした工芸的な実践は周縁に分布している。たとえば日本・韓国・台湾といった東アジア圏ではテクノロジーとアニミズムが合体したポスト・ヒューマン的な表現が増えているなど、活動拠点の多極化によって新たな美学が生まれていることを本レポートは指摘している。

市場は依然として偏っている

問題は、アーティストの活動拠点や表現形態の多様化が進む一方で、権威を与える装置が偏っていることだ。国際的なビエンナーレやアートフェアで注目されるアーティストの経歴で強調されるのはMoMAやテート・モダン、ポンピドゥー・センターといった世界的美術機関への収蔵やメガギャラリーでの展示実績だ。「制作は分散したが、つくられたものを認知された作品へ変える装置はあまり分散していない」とハギンズが述べるように、世界のアート市場の売上のうち約4分の3が米英中の3カ国(米国だけで44%)に集中しており、いまなお市場は中核都市が先導している。

なぜ市場は動かないのだろうか? アーティストとアートの買い手には正反対のインセンティブが働くからだ。アーティストは賃料が安く、助成や制作施設のあるところに集まる。買い手は税制や法制度が有利で、超富裕層が多く住むところに集まる。なかでもベルリンはこのギャップが顕著に現れており、世界最高密度のアーティスト人口を誇る一方で市場が小さく、多くのアーティストはほかの都市のギャラリーを通じて生計を立てているという。

同時に、本レポートはこうした状況へのカウンターとなる動きも指摘している。サウジアラビアやカタールなど湾岸諸国の国家資本による制作基盤の整備、アフリカの国内アートフェアが育てたギャラリーネットワーク、そして東アジアの「通勤市場効果」だ。ソウルや東京のアートウィークが国際化したことで、海外のコレクターやキュレーターが現地に足を運ぶようになり、グローバルよりもローカルを好む若手国内コレクターが育ったことで、アーティストは海外へ出ず国内で活動を続けられる基盤ができつつある。アーティストが市場へ移住するのではなく、市場がアーティストへ近づいているのである(本レポートはこれを「通勤市場効果」と呼んでいる)。

周縁都市は搾取されつづけるのか?

さらにハギンズは、WAICがアートだけでなく都市の競争力ともつながっていると指摘する。WAICを世界各都市のスタートアップ環境を年次で採点する調査機関StartupBlinkの「グローバル・スタートアップ・エコシステム指数」と突き合わせると、有意な正の関係が出るという。さらに50都市それぞれに、同じ大陸・同程度の人口・同水準の国民所得をもつ都市と比べると、45都市で対象都市が比較都市を上回った。それはアートが「経済的に自らを正当化する必要のない、低リスクのリハーサルの場」として新しい見方や組織のあり方を検証し、技術的・社会的イノベーションの土台となるからではないかとハギンズは記している。

そのうえで本レポートは、文化やクリエイティブ産業を都市再生の駆動力に据えてきた政策モデル「クリエイティブ・シティ」が限界を迎えつつあるのではないかと指摘する。クリエイティブ産業が都市の成長を促すという考え方はリチャード・フロリダの「クリエイティブ・クラス」論とともに世界に広がったものの、価値が付与される場が限られたままであれば、「新しい制作の地は、都市づくりの文化的労働を負いながら、その経済的リターンを確保できない」からだ。

このズレは、価値を回収する側である中核都市にも跳ね返っている。ニューヨークでは不動産と美術教育のコストが高騰し、労働者階級・中産階級出身の作家はきちんとキャリアを形成する前にふるい落とされてしまう。生き残った作家も、実験的で大型の作品ではなく、売れやすい手頃なサイズの絵画を制作せざるをえない。市場が一極に集中すれば、そこで制作・認知される作品の種類も狭まってしまうのだ。周縁の都市は自らが生み出した価値を回収できず、中核都市では多様性が失われていく。結果的に、どちらか一方が利益を独占するのではなく双方が損失を被る状況が生まれてしまっているのである。

新たな価値づけのモデルを求めて

そのうえで、ハギンズは「美的なイノベーションは大都市から去ったわけではない。ただ、かつてより多くの種類の、より多くの拠点をもつようになったのだ」と結論づけ、変革の希望を見出そうとする。フィレンツェやアムステルダム、パリ、ニューヨークの都市文化は、そこに宿った創造的エコシステムによってつくられた。アートは都市の「装飾」ではなく、都市の「つくり手」だった。いま、その力はより多くの場所に開かれている。ハギンズは資本や技術、人材を奪い合う中核都市ではなく、固有の素材や工芸、文化的伝統をもつ場所にイノベーションの可能性が眠っていると説く。

だからこそ、いま問われるべきは新たな価値づけのモデルなのだろう。たしかに周縁に位置づけられてきた都市からはこれまでにない表現が生まれるかもしれないが、経済的・文化的価値を生み出すモデルが中核都市にしか存在しなければ、周縁の都市は搾取されつづけることになってしまう。

現に本レポートも、共同代理契約によって地元ギャラリーが国際的なコレクターへ直接営業できない懸念や、文化的労働を担う新興都市が経済的リターンを得られない危険を指摘している。ただし、本レポート内では地域固有の文化から生まれた利益をアーティストや共同体へ還元する方法までは論じられていない。ローカルな文化を成長資源として称揚するだけでは、その搾取を防げないだろう。

いずれにせよ、アートワールドの地政学は少しずつ変わってきており、中長期的に見ればアートシーンの成熟は都市の競争力を高めていきうることも確かだろう。アート・バーゼル香港やArt SGといったアートフェアはアジア圏のアーティストやギャラリー、コレクターが集まるハブとして機能しており、ソウルにおいてはフリーズ・ソウルが定着しグローバルとローカルをつなぐ回路を生み出している。東京においても、さまざまなアートフェアが広がりを見せている。こうしたアートフェアがただローカルなアーティストをグローバルに輩出するだけでなく、アーティストや作品の価値を権威化するための仕組みをつくれるのか──それこそが、いま東京に突きつけられた問いなのかもしれない。

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