「杉本博司 絶滅写真」レビュー──写真という名のままで
東京国立近代美術館で開催中の「杉本博司 絶滅写真」展。インディペンデントキュレーターの金秋雨が、現代アートとして昇華された写真の軌跡を辿り、その作品群を時間と記憶の「考古学」として読み解く。

美術評論家の中原佑介が24歳のときに書いたこんな言葉がある。「批評は単に批評で終わってはならない、それがアーティストのあらたな創造につながらなければならない」(*1)。この言葉に、私もうなずくところがある。とはいえ、東京国立近代美術館の「杉本博司 絶滅写真」について言えば、この批評で作家本人の作品が決して変化することはないだろう。そのうえで、この時代に批評を書こうとするなら、目の前で受け取ったありのままの展示を、自分の知識と重ね合わせながら書き留めていきたい。
*1 中原佑介「創造のための批評」(『美術批評』1955年、公募論文第一席)の趣旨。同論文は『中原佑介美術批評選集〈第1巻〉創造のための批評―戦後美術批評の地平』(現代企画室)に所収。
東京国立近代美術館がこの展覧会を開くと知ったとき思い浮かんだのは、10年前に見た杉本博司の個展。2016年から17年にかけての冬、オランダ、アムステルダムの写真美術館、Foamで開かれた展示「Black Box」である。当時ドイツに留学していた私は、美術学生たちのあいだで、写真が少しずつ別のものへ変わっていく空気を見ていた。デュッセルドルフ学派の影響はもちろんあったが、写真は「写真」だけのものではなく、現代美術の文脈のなかで語られることのほうが自然になっていた。
Foamは2001年に開館した写真専門の美術館で、館舎はケイザースフラハト運河沿いのカナルハウス。部屋は住宅の奥行きのまま狭く、展示を追うには階段を何度も上り下りすることになる。大判プリント34点、「劇場」「放電場」「ジオラマ」「肖像」「海景」の5つのシリーズを通して、四十年の仕事をひとつの家のなかに広げてみせた。
Foamの展覧会は、構成が今回の近代美術館の展示とよく似ている。とはいえ、もちろん近年、杉本の個展でもいくつか近い構成の展示があった。「Hiroshi Sugimoto: Time Machine」(中国語題「无尽的刹那」、2024年、北京・UCCA尤倫斯当代芸術センター)、「Hiroshi Sugimoto: Form Is Emptiness(色即是空)」(2026年、シンガポール美術館)などなど。
十年前の冬、アムステルダムであの展示を見終えたあと、デンマークへ渡るフェリーの上で私が考えていたのは、写真の未来への期待だった。この十年のあいだ、杉本の展覧会は折にふれて見てきたし、江之浦測候所にも何度も足を運んだ。そして十年後、国立近代美術館の前に立ち、ポスターの「絶滅写真」という題を見上げる時、写真の未来に対するある種の答えが見えたように思えた。
同展の英題は「EXTINCTION」。ラテン語で火や光を完全に消すことを意味する「exstinctio」に由来する言葉だ。写真はまさに、光の芸術である。
写真と考古学の近さ
展示の第一章の壁面には、『杉本博司自伝 影老日記』(新潮社、2022年)からの一節が引かれている。
その時、私の心にある野心が芽生えた。写真はアートではないと思われている。よしんばアートだとしてもアート界の二流市民だ。この二流市民を一流市民にしてみせよう。こうして私は写真を媒体として写真を裏切り、現代美術作家として世に出ることを決意した。
写真というメディアは、現在でも極めて複雑だ。写真が現代アートとして流通するとき、そこで変わるのは作品の見え方だけではない。写真は従来のマーケットや愛好家の文脈を離れ、異なる観客、別の評価制度のなかに置かれる。その移動によって、写真史の内部とは異なる、並行した歴史が編成されていく。これは写真だけの問題でもない、ただ、こうして写真は芸術の資格を手に入れ、同時に、報道と科学と家族アルバムと無名のイメージたちが作ってきたもうひとつの歴史から、少しずつ遠ざかっていった。大衆性と複製可能性と絶縁したように見せかけることで、写真は美術史とマーケットの承認を得たのだ。
今回の全13シリーズを通してみると、杉本の写真における方法論はよく理解できる構造になっている。複写、長時間露光、実験、物撮り、肖像、レンズの操作、あるいはそれらの重ね合わせ。写真というメディアにどれだけの表現の可能性が残されているかの方法論の見本帳でもある。
けれど、観終えたあとに残った一番の感想は、杉本にとっての写真と考古学の近さである。考古学者のマイケル・シャンクスは考古学について次のように述べている。
「考古学者は過去の残されたものをめぐって仕事をする。考古学とは関係である。過去と現在との、考古学者と痕跡や遺物との関係である」
写真も考古学も、現在に残された、あるいは再構成された物質を手がかりに、すでに手の届かなくなった時間との距離を測ろうとする行為だ。その営みのなかで、私たちは過去を見るというより、現在との関係を少しずつ組み立てていく。そして考古学は、遺跡や遺物といった残された物質の痕跡から、過去の人間の営みをたどる学問でもある。考古学が扱うのは完全な過去ではない。過去が現在に残した物質と、現在に生きる人間がそれをどう利用し、語るか。写真も同じである。

「絶滅」が意味すること
宇宙を見渡して、最後は内へ向かって見る。〈海景〉の前に立てば、この感覚がよくわかる。
水平線が画面を二等分し、上半分は大気、下半分は海。海は、人の記憶にならなくても存在する。観る者より先にあり、観る者が消えたあとも、おそらく在りつづける。銀も、光も、化学変化も同じである。それぞれ、人間とは異なる時間のなかで存在し、変化し続けている。けれど、私たちが〈海景〉の前で見ているのは、海そのものではない。杉本が選んだ場所と構図、レンズと露光、そして銀塩という物質を経て、一枚の像となった海である。だから、〈海景〉が太古の時間を想像させるとしても、私たちはその時間そのものに触れているわけではない。写真という媒介を通して、人間が理解できる時間のイメージに触れているのである。杉本が宇宙的なスケールへと視線を広げるときも、その壮大な時間は、最後には人間の認識へと折り返される。
そう考えると、「絶滅」という言葉もまた、物質の状態を指しているというより、人間が世界を理解するための時間の尺度なのではないか。重要なのは、海が太古から存在してきたという事実ではない。なぜ私たちは、この一枚の写真を前にして、「時間」や「記憶」を思い描くのかということである。個人の力が薄れていったとしても、その先に世界の「真実」が姿を現すわけではない。残るのは、私たちが何を通して時間を認識し、何を「過去」として信じてきたのかという問いである。
人類は、真実を手にしたという確証に触れたことがない。現実が存在しないという意味ではないし、写真が嘘だという意味でもない。私たちは言語と、装置と、身体と、制度の外側で、完全で透明な世界に触れたことが一度もない。現実への近づき方はいつも何かを経由していて、どの近づき方も、可視と不可視を同時に作り出す。フーコーは知の考古学で、言説の背後にある本源を探すのではなく、ある時代に何が可視化され、どのような言明が知として成立しうるのか、その条件を問う(*2)。だとすれば、重要な問いはもう、杉本の写真が真実かどうかではない。なぜこれらの写真が、時間と記憶と文明についてのイメージとして信じられるのか。焦点を外した〈建築〉が、ピンぼけの失敗ではなくモダニズムの亡霊として観られるのはなぜか。白く発光する〈劇場〉のスクリーンが、映画一本分の時間の圧縮として、つまり時間の写真として読まれるのはなぜか。
*2 ミシェル・フーコー『知の考古学』〈河出文庫〉より。
写真術が生まれる前から、光、影、化学的な感光と複写は存在していた。それらはまだ寄せ集められて、「写真」という独立した領域になっていなかっただけだ。青が、いくつかの言語で独立した名前を得る前も同じである。青は存在しなかったのではない。海水と、影と、緑と、闇とのあいだから、まだ安定して切り分けられていなかっただけだ。ホメロスの海が「葡萄酒色」と歌われたことは、よく知られている(*3)。命名とは、ひとつの区分である。写真も、そうやって名前を得た。
*3 ホメロスの定型句「葡萄酒色の海」(oinops pontos)。青の名の不在をめぐる議論はW・グラッドストンのホメロス研究(1858年)に始まり、ガイ・ドイッチャー『言語が違えば、世界も違って見えるわけ』〈インターシフト〉の第1部に詳しい。
写真が消えるとき、逆向きの過程が起こるのかもしれない。未来の人間がふたたびこれらの作品の前に立つとき、それはもう、永遠についてのイメージとしては見られないだろう。むしろひとつの写真遺跡として、かつてこういう時代があったことを教えるはずだ。銀塩の上に光が残す変化が世界の証言になると信じ、写真家の眼が混沌とした現実をひとつの安定した表面に組織できると信じた時代が、たしかにあったことを。
展示の最後に、会場でただひとつのカラー写真の展示。谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』に想を得たという、幻想的な光の像である。また《伝寂蓮法師筆 地獄草紙詞書断簡》。平安時代の詞書の断簡に、杉本が自ら描き表装を施した一幅だ。そのかたわらに、《光学硝子五輪塔 335 ノルウェー海、ベステローデン諸島》が置かれていた。光学ガラスでできた小さな五輪塔で、水輪の球体のなかに白黒フィルムの〈海景〉が納められている。レンズと同じ素材の塔のなかで、フィルムが舎利のように眠っている。
中国の伝統的な葬送習俗には「長明灯」がある。長明灯とは、正覚の心の喩えである。解脱を求める者は、身を灯台とし、心を灯炷とし、戒行を保つことをもって油を添え、智慧の明達を灯火とする。その灯で無明の痴暗を照らし、一灯が百千灯を燃して、灯々相続して尽きることがない。法はそうやって伝わってきた(*4)。
*4 達磨に帰される『破相論』(『少室六門』所収)に「長明灯とは、即ち正覚心なり。(中略)身を灯台と為し、心を灯炷と為し、諸の戒行を増すを以て添油と為し、智慧明達なるを灯火の如しと喩う。(中略)一灯百千灯を燃し、灯灯無尽なるが故に長明と号す」とある。一つの灯から百千の灯へという喩えは『維摩経』菩薩品の「無尽灯」にも見える。
心に光があるかぎり、「写真」は絶滅しない。
杉本博司 絶滅写真
会期:6月16日(火)〜9月13日(日)
場所:東京国立近代美術館(東京都千代田区北の丸公園3-1)
時間:10:00〜17:00(金土は20:00まで、入場は30分前まで)
休館日:月曜(7月20日を除く)










