水野里奈 Rina Mizuno

  • 30 ARTISTS U35
  • 2022
  • 《青い宮殿》(2019) ©MIZUNO Rina Courtesy Mizuma Art Gallery 高橋コレクション蔵 Photo: 宮島径
  • 《山脈の中の御屋敷》(2019) ©MIZUNO Rina Courtesy Mizuma Art Gallery Photo: 宮島径
  • 《From now on》(2017) ©MIZUNO Rina Courtesy Mizuma Art Gallery 大原美術館蔵
  • 《青い宮殿》(2019)
    ©MIZUNO Rina Courtesy Mizuma Art Gallery 高橋コレクション蔵 Photo: 宮島径
  • 《山脈の中の御屋敷》(2019)
    ©MIZUNO Rina Courtesy Mizuma Art Gallery Photo: 宮島径
  • 《From now on》(2017)
    ©MIZUNO Rina Courtesy Mizuma Art Gallery 大原美術館蔵

ボールペンと油彩による絵画作品を制作している。作家自身でさえ驚くような作品が出来れば、鑑賞者には驚き以上の何かが生まれるのではないかと語る水野里奈。中東の細密画のような装飾性、水墨画に用いられるダイナミックな筆致。意図的なキャンバス地の露出、工芸的な絵の具の盛り上げ。さまざまな技法を習得し、相反する要素を一つの画面に同居させることで作品の強度を高め、独自の作風を築いてきた。複数の要素が伯仲する画面は、近年ますます緊張感を増している。2017年には、大原美術館(岡山・倉敷市)が主催する滞在制作プログラムの招へい作家に選出された。約3カ月の滞在で、幅5メートルを超える大作を含むエネルギッシュな作品4点を制作し、注目された。「見ても見きることのできない」絵画を目指しているという。

水野里奈
Rina Mizuno

1989年愛知県生まれ、愛知県在住。2014年多摩美術大学大学院美術研究科修士課程絵画専攻油画領域修了。主な展覧会に、21年「現代美術のコンポジション」(名古屋市美術館)、19年個展「思わず、たち止まざるをえない。」(ポーラミュージアムアネックス)。15年VOCA展奨励賞、14年アートアワードトーキョー丸の内三菱地所賞。コレクションに、大和プレス、第一生命保険株式会社など。
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「画面のどこを見てもすべてが見どころ、というのが理想の作品」

中東の細密画のような装飾性に、若冲の水墨画のようなダイナミックな筆致、その合間に露出するキャンバス地。水野里奈の作品上には多彩な要素が混在している。技巧とイマジネーションの絶妙なバランスの上に成立する独特の作品について、作家に聞いた。

地元のギャラリーで知った、画家という生き方

──水野さんが画家を志した動機を教えてください。

「小さい頃から絵を描くことが好きで、それを仕事に出来たらと考えていました。ただ画家という生き方がはっきりと視野に入ったのは高校生のときです。私は愛知出身なのですが、たまたま訪れた地元のギャラリーが、奈良美智さんが初めて個展を開いたギャラリーだったんです。当時すでに奈良さんは世界的に活躍されていて、私にとっては遠い存在でした

でもギャラリーの方が親切に色々教えてくださって、画家という人生の選択肢が現実味を帯びてきました。美術予備校に入り、一通りの素材や技法に触れて、自分の目指す表現に一番向いているのは油彩だと思い油画科を志望しました。油彩の素材としての質感に惹かれたというのもあります。高校生の頃に描いていたのは、今とはだいぶ傾向の異なる作品でしたが」

──では、水野さんが現在の作風にたどり着いたのは大学入学以降ということですね。転機があったのでしょうか。

「大学生のときのイギリス留学が、現在の私の作品に大きく影響していると言えます。名古屋芸術大学には、試験に合格すれば留学中の費用のほとんどを学校が負担してくれる素晴らしい制度があったんです。3ヶ月の短期留学でしたが、イギリスだけでなく、周辺のドイツ、スペイン、オランダ、トルコも訪問しました。毎週のように出掛け、とにかく色んな物を見てまわりました。

本来であれば現地の大学での課題があったのですが、担当の先生が寛大で、制作よりも見聞を広めることを優先したいという私の意志を容認してくれました。留学以前から海外の建築や工芸品に興味があり、図書館で図版などを眺めてはいたのですが、現地で実物を見る体験に勝るものはありませんでした」

新型コロナウイルス以前は海外旅行によく行っていたという水野。特に中東の建築や装飾品に惹かれるという。自宅からビデオ通話で取材に応じてくれた彼女の後ろには、瀟酒な香水瓶が並んでいた。

ひとつの画面に真逆の要素を共存させる

──水野さんの作品から受ける濃密で多国籍な印象は、そうした海外留学や旅行での体験の賜物なのですね。非常に多くの要素が混在しているように見えます。どのような意図があるのでしょうか。

「一つの作品の中に、真逆の性質を持つものを取り入れたいと考えています。激しい動きと穏やかな動き、鮮やかな色と淡い色などです。画面上に正反対の要素が共存することで、観る人に強いインパクトを与えることができると考えています。

私は、あまり下図をかっちりと決定せずに作品を描き進めていきます。正反対の要素を一つの画面に取り入れていくので、全体のバランスを取るのに非常に神経を使います。実は、構成が破綻してしまう不安を常に抱えながら制作しているんです。本当に些細な点で、それまで描いてきたものを台無しにしてしまうこともありますから。

でも、ちょっと冷や冷やしながら描いていたものが、出来上がってみると自分でも意外な方向にまとまっていたりして、最近はそれが楽しいんです。日頃からドローイングや趣味の刺繍など、常に手を動かしているので、ある程度作品をまとめ上げる筋力のようなものが培われてきたのだと思います。多少均衡が崩れても、力技でねじ伏せられるようになったというか(笑)。

スムーズに描けた作品よりも、途中で煮詰まって悪戦苦闘した作品の方が、観る人にも印象深くなると思います。力強い作品を描きたい、その一心でやっています」

──感覚的に筆を走らせる作家さんもいますが、水野さんの場合は、色彩や筆致がもたらす視覚的効果を非常に意図的に組み合わせているんですね。

「ひと筆ひと筆、丁寧に作り込みたいという気持ちが強いのだと思います。写真画像だとお伝えしづらいのですが、私の作品の表面は絵具の厚みで半立体に近い状態になっています。

《木々の間から》(2020) ©MIZUNO Rina Courtesy Mizuma Art Gallery 撮影:宮島径

トルコを訪れたとき、モスクの内装に使用されているタイル表面の絵具が、手描きのため盛上がっていることに気づきました。そこに生じる物質としての存在感が、見る者を圧倒する空間の要因のひとつになっているのではないかと思ったんです。ただ、あくまで私は絵画作品を制作しているので、工芸に寄り過ぎないようには心がけています。

そして緻密な描き込みの真逆は、何も描かない状態です。私の作品ではキャンバス地をそのまま見せている部分もあります。市販のキャンバスは、通常地塗り材が塗られていますが、私は白い塗料が塗られていないキャンバスに透明な定着剤を塗って使用しています。本来の麻の地色を画面上に見せることで、描くという行為を強調しているんです」

《木々の間から》部分(2020) ©MIZUNO Rina Courtesy Mizuma Art Gallery 撮影:宮島径

「みてもみきれない」作品を目指して 大画面への果敢な挑戦

──水野さんの展覧会は「みてもみきれない。」や「思わず、たち止まざるをえない。」といったユニークな作品タイトルが付けられています。これは何に由来しているのでしょうか。

「大学の卒業制作時、作品完成前にタイトルを提出しなければならなかったんです。お恥ずかしい話なのですが、私は『これがかきたかった。』という大胆なタイトルを提出し、そう言い切れるような作品を描けるのだろうかとすぐに後悔しました。けれど結果として、そのプレッシャーの中で描き上げた作品が、自分なりに納得のいく仕上がりになりました。以降、名前負けしない作品を作るように自分を鼓舞しているんです。

2020年の個展タイトル『みてもみきれない。(Unable to See Whole)』は、自分の制作のテーマをそのまま表しています。ずっと見ていられる、いつまでも見飽きることのない作品を描きたいと思っています。画面のどこを見てもすべてが見どころ、というのが私の考える理想の作品なんです」

──先に挙げられた真逆の要素を共存させることは、作品を見飽きさせない要因かと思いますが、他に配慮している点や工夫している点はありますか。

「工夫の一つとして、作品の中にちょっとした遊び心のあるものを描き込むようにしています。例えば最近の作品では、画面の中に誰かの制作途中の絵画と筆を描いてみました。お箸とフォークをこっそり描いてある作品もあります。観る人が気づいた時に嬉しくなるようなモチーフを忍ばせて。私自身も見つけていただいたときに嬉しくなります」

《細密ドローイング2019年 2》(2019)©MIZUNO Rina Courtesy Mizuma Art Gallery Photo:宮島径

──2017年の大原美術館、2019年のポーラミュージアムアネックスでの個展では、5メートルを超える大作を発表されました。画面の大きさも、作品を「みきれない」ものにすることに関わってくるかと思います。

「大原美術館でのレジデンスではもっと大きな作品を描こうと思っていたのですが、周囲から『それだと壁画になっちゃう』と止められました(笑)。私の場合、作品の中のモチーフの大きさや密度は画面サイズとほぼ関係なく、画面が大きくなればそれだけ多くのことが描けて作品の世界観が広がります。だから、できる限り大きな作品を描きたいと思っているんです。

大原美術館の大作は、そのときの自分のこれが限界というところまで出し切った作品でした。でも2年後にポーラアネックスの個展に向けて同じ大きさの作品を制作したときに、少し余裕ができたというか『自分はもっと描ける、まだ描き足りない』と思えたんです。自分の成長と可能性を自覚することができたという意味でも、両作は自分にとって大切な作品になりました」

水野は、2019年から2021年まで母校の名古屋芸術大学で教鞭を執り、20年から21年にかけて島田雅彦氏の小説「パンとサーカス」の新聞連載の挿画に挑戦するなど、この三年ほどの間に活躍の場を大きく広げてきた。

──非常に精力的に活動され、この数年は特にご多忙だったと思います。作家活動を続けていく上で大事にしていることを教えてください。

「週に一度の非常勤講師でしたが、教職では初心に返ることができ、色々な生徒に出会えて楽しかったです。小説の挿画の仕事は、ふだんのペインティングとはアプローチが異なり大変でしたが、自分なりに工夫していろんな表現を試すことができました。4月20日からミヅマアートギャラリー(東京)で、この挿画を担当した6名のアーティストによる展覧会も開催されます(5月21日まで)

昨年は名古屋市美術館のグループ展への参加や愛知県美術館の新作収蔵もあり、充実していました。もっと作品を制作したいので、2022年は絵画制作に専念しようと思っています。描くことのハードルを上げずに、とにかく日常的に描くこと。それを続けていくことが大事だと思っています。自分が本当に納得できる作品を描きたいし、そんな作品を見てみたいんです」

<共通質問>
好きな食べ物は?
「制作の合間のおやつが楽しみです。自分でクッキーを焼いたりもします」 

影響を受けた本は?
「ミヒャエル・エンデの『はてしない物語』。内容以上に、物語とリンクした装丁(岩波書店のハードカバー版)に惹かれました」

行ってみたい国は?
「ニューヨークです。メトロポリタン美術館に行きたくて」

好きな色は?
「マゼンタ」

座右の銘は?
「特になし」

(聞き手・文:松崎未来)

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