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バチカンの古代ローマ彫刻を傷つけた気候変動活動家に420万円を超える賠償命令

2022年8月に、気候変動危機を訴えて貴重な古代ローマの彫像に自分たちの手を接着した環境活動家2人が、バチカンの裁判所から悪質な器物損壊で有罪判決を受けた。彼らに課された賠償金等は2万8000ユーロ(約420万円)を超える。

古代ローマの彫像を破損した罪で賠償金支払いを命じられた環境活動家、グイド・ヴィエーロ(左)とエステル・ゴフィ。Photo: Vincenzo Nuzzolese/SOPA Images/LightRocket via Getty Images

古代ローマの《ラオコーン像》が標的にされた理由

イタリアの環境活動団体、ウルティマ・ジェネラツィオーネ(「最後の世代」の意)のメンバー、グイド・ヴィエーロとエステル・ゴフィは、昨年8月18日、バチカン美術館にある《ラオコーン像》の台座に自分たちの手を接着。「最後の世代:ガスと石炭の廃止を」とイタリア語で書かれたピンクの横断幕を掲げた写真を、活動家のラウラ・ゾルツィーニが撮影した。

この《ラオコーン像》は、紀元前40~30年頃にギリシャのロードス島で作られたと考えられる等身大の彫刻。トロイのアポロン神殿の神官であるラオコーンとその2人の息子たちが、アテナとポセイドンの神々が送り込んだ2匹の大海蛇に襲われて殺される場面を描いている。1506年にローマで発掘され、現在ではバチカン美術館に所蔵される最も貴重な美術品の1つとされている。

ウルティマ・ジェネラツィオーネが発表したプレスリリースでは、古代ローマの《ラオコーン像》を選んだのは、この彫像が今の状況を象徴するものだからとされている。

美術館の公式ウェブサイトなどで紹介されている伝説によると、トロイ戦争の際にギリシャが贈り物として街の外に置いていった巨大な木馬を城壁の中に入れないよう、ラオコーンは仲間のトロイ人たちに警告した。実は木馬には敵兵の一団が隠れていたのだが、女神アテナはギリシャの計画を阻止しようとしたラオコーンに憤り、大海蛇にラオコーンと息子たち2人を絞め殺させた。

ウルティマ・ジェネラツィオーネは、今日の科学者や活動家も、ラオコーンのように現在の人類の行動が未来におよぼす恐ろしい影響について警告を発しようとしているが、政策策定者には聞き入れられず、黙殺されていると批判した。

バチカンのカティア・スマリア検察官は、ヴィエーロとゴフィにそれぞれ2年の刑期と罰金3000ユーロ(約45万円)、ゾルツィーニには刑期1カ月を要求していた。ただし、裁判所が2人に執行猶予付きの判決を下した場合、《ラオコーン像》の被害による賠償金全額を払うよう命ずるべきだとしていた。

これまで、修復作業だけで3148ユーロ(約47万円)の費用がかかっている。裁判前に行われた聴聞では、バチカン美術館大理石修復研究所の責任者であるギー・ドゥヴルーが、彫刻の大理石の台座は作品にとって「絶対に不可欠な部分だ」と証言。抗議行動による台座の損傷はドゥヴルーが危惧したよりは軽かったが、完全な復元は無理だという。

判決では、ヴィエーロとゴフィには2万8000ユーロ(約420万円)の賠償金、1620ユーロ(約24万円)の罰金、執行猶予付きの刑期9カ月が命じられ、ゾルツィーニには120ユーロ(約1万8000円)の罰金が科せられた。

ローマ教皇の環境問題への関心につけこもうとした?

バチカン市国側の弁護士、フロリアーナ・ジリは、ヴィエーロとゴフィが自分たちの手を台座に接着剤で貼り付けたことに言及し、この行為が彫像に「はかり知れない」損害を与えることを知っていながら犯行に及んだと主張。フランシスコ教皇が環境問題に関心を寄せているのを利用した行いだと非難した。

ヴィエーロとゴフィは5月24日に行われた審問で、《ラオコーン像》を傷つけるつもりはなかったと述べ、環境問題への深い懸念を動機とした抗議活動だったと強く弁明した。このニュースを最初に報じたAP通信によると、ゴフィはバッグの中に接着剤を溶かすための溶剤を入れていたと供述したが、バチカン美術館の保存修復師はこれを用いず、別のアセトン系溶剤を使って2人の手をはがしたという。

判決はバチカン刑事裁判所で言い渡されたが、ヴィエーロ、ゴフィ、ゾルジーニのいずれも立ち会わなかった。

昨年8月の《ラオコーン像》「糊付け」事件の前後には、カナダアメリカ、ヨーロッパの環境活動家が、各地の博物館・美術館で同様の抗議活動を重ねていた。活動家はその目的を、化石燃料産業に対する政府の多額の補助金や気候変動の影響拡大に警鐘を鳴らすためと主張している。(翻訳:清水玲奈)

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