アーティスト主導型レジデンシーが急増中! NYで勃興する新しいムーブメントを追う

アーティストが主宰する新しい形のレジデンシーが、ニューヨークの郊外やその周辺地域で次々と生まれている。農場や古い教会、地方の博物館、廃工場などを利用したプロジェクトが生まれた背景や経緯を紹介する。

ニューヨーク州中部のキャッツキル山地にあるアーティスト・レジデンシー、デニストン・ヒルの風景。アーティストのジュリー・メレツとポール・ファイファーが、建築家のローレンス・チュアとともに立ち上げた。Photo: Paul Pfeiffer/Courtesy Denniston Hill

固有の歴史を持つコミュニティの重要性

2000年代の初め、アーティストのジュリー・メレツとポール・ファイファーは、建築史家のローレンス・チュアとともに約80万平方メートルの農地を取得した。場所は、ニューヨーク中心部から北へ160キロほどのキャッツキル山地南麓だ。彼らは納屋を作り、メレツは初めての大型抽象画を制作。ファイファーは10週間にわたりヒヨコの成長を追ったビデオインスタレーション《Orpheus Descending》(2001)に取り組んだ。

メレツは US版ARTnewsにこう語っている。「初めのうちは収穫祭をするなど、気心の知れた同士の小さな集まりでした。そのうちより多くの人たちとこの場所を共有するコミュニティに成長し、4、5年経ってから本格的なプロジェクトを立ち上げたのです」

このアーティスト・レジデンシー(*1)プロジェクトは、2008年に「デニストン・ヒル(Denniston Hill、以下DH)」という非営利団体として正式に登録された。メレツの言葉を借りれば、「有色人種のクィアとして、固有の歴史を持つ場を作り、いつでもそこを使えるということの意味を考え始めた」のだ。またこのプロジェクトは、ランド・スチュワードシップと言われる土地管理の「脱植民地プロジェクトの歴史」に貢献するものだと、彼女は考えている。


*1 アーティスト・レジデンシー/アーティスト・イン・レジデンスとは、アーティストが一定期間ある場所に滞在して制作活動を行うプログラムのこと。

DHは徐々に規模を拡大し、2021年には初めてフルタイムのエグゼクティブ・ディレクター、メーガン・スタインマンが加わった。スタインマンによると、DHの組織は「個人の集まりではなく、共同で仕事をすることによって生まれる関係性の集積」だという。

自由を求めて連帯するアーティストたち

アメリカ北東部では、DH以外にもこの10年でさまざまなアーティスト主導のレジデンシーが設立されている。広くて安いスペースを求めてニューヨークの外に飛び出した作家たちが、従来のようなスタジオでの制作で一人ひとりが孤立する事態に陥らないよう、こうした取り組みを行うようになった。その中からは、常設の施設へと発展したものもある。

特によく知られているのが、ロングアイランドのサグハーバーでエリック・フィッシュルとエイプリル・ゴーニックが運営する「ザ・チャーチ(The Church)」だ。アーティスト同士のカップルである2人は、19世紀に建てられた元メソジスト教会の建物を2017年に購入。レジデンシーと展示スペースによるプログラムを2021年にスタートした。

2004年にサグハーバーにやってきた2人は、地元の人々も利用でき、外部から招いたアーティストの制作の場にもなるハブを作りたいと考えていた。そのために、早い段階から理事会やスタッフを任命して準備を進めた。

あるインタビューでフィッシュルは、「資金面で私たちが一番困っているのは、エイプリルと私が資金を提供していると思われ、虚栄心を満たすためのプロジェクトだと誤解されていることです」と答えている。「私たちはシェリー(ザ・チャーチのディレクター、シェリー・パスカレラ)とともに、そうした誤解をなくそうと努めています。私たちはザ・チャーチが存続する限り支援をするつもりですが、そのためには、一般の人々がこの施設の存続を望むようにならないといけません」

初年度の運営は好調で、数多くのプロジェクトが進行している。「正式なオープンの前に、マーサ・グラハム・ダンス・カンパニーの公演が決まったおかげでした」とゴーニックは振り返る。

2021年に元メソジスト教会の建物を改装してオープンしたザ・チャーチ。Photo: Scott Frances

自宅を先住民アーティストたちのハブに

ザ・チャーチの役員を務めるジェレミー・デニスは、自らもレジデンシー・プログラムを立ち上げた経験がある。アーティストであり、ロングアイランドの先住民シンネコック・インディアン・ネーションの一員でもある彼は、2021年に先祖から受け継いだ自宅で「マーズ・ハウス(Ma's House)」の運営を始めた。ここでデニスと彼のパートナーは、レジデントと一緒に生活しながら制作を行っている。このプログラムは先住民のアーティストや有色人種のアーティストを対象としていて、公式ウェブサイトを通して常に参加者を募集している。

「私が車で迎えに行き、2週間好きなことをやってもらいます」とデニスは言う。参加者は何らかの講演を行うことが条件とされ、アーティスト支援プログラムのクリエイティブス・リビルド・ニューヨークから、額は少ないが活動資金が支給される。「唯一の難点は、シンネコック族の決まりで、自分がここにいるときしかゲストを呼べないことです」とデニスは説明する。つまり、現地にやってくるアーティストと自分のスケジュールをやりくりしなければならないのだ。それでも、19人のアーティストを受け入れ、自分の母親を講師としたビーズ細工のワークショップを毎週開催するなど、常時活発なプログラム運営をしている。

小規模で手作り感のあるレジデンシーと展示スペースを持つマーズ・ハウスのような施設は、アーティストが郊外に手頃なスタジオを求めるようになったことから生まれた。

シェリル・ドネガンは、画家のジョシュア・アベローがニューヨーク州モンティセロの古いメソジスト派の礼拝堂で運営する「フレディ(Freddy)」で、自分の作品を発表することになった経緯を振り返る。「ぜいたくなことでした。輸送費を気にする必要もなく、コロナ禍で制作した作品を全部レンタカーに詰め込んで持っていき、いろいろとアイデアを出し合ったんです」

アベローはボルチモアの店舗スペースでフレディを始め、2016年に礼拝堂を購入してプロジェクトを拡大移転した。礼拝堂の身廊(入口から祭壇にかけて続くスペース)で絵を描き、ギャラリースペースは寝室とつながった部屋に設けられている。ドネガンの展覧会では、ベッドの上やペンキがはがれた外壁にも作品を設置した。

メソジストの古い礼拝堂を利用したフレディのファサードには、シェリル・ドネガンの作品が飾られている。Photo: Dani Arnica

古い建物の再利用がアーティストにもたらす利点

ニューヨーク州アムステルダムにあるウォルター・エルウッド博物館の現代アート展示ギャラリーであるウォルターズは、ブレント・バーンバウムの発案によって誕生した。バーンバウムは、アムステルダムの古いカーペット工場に理想のスタジオスペースを見つけたとき、契約書にサインするため風変わりなウォルター・エルウッド博物館に案内された。彼はその建物を見て、「18の部屋がある。全部違うカーペットが敷いてある。何もかもがゆがんでいて、ほこりっぽい。まるで天国にいるようだった」と、有頂天になったという。

バーンバウムは、博物館のスタッフに現代アートの展示プログラムを提案し、約110平方メートルのスペースを無償で提供してもらった。そして、ギャラリースペースとZINE(ジン:個人やグループが作る雑誌、同人誌)を売るためのストアを作り上げた。展示プログラムは、アルバニー近郊の作家とアムステルダム市内のアーティストの作品を融合させたもので、「今後は、アーティストが博物館の所蔵品から選んだものをギャラリーに持ち込んだり、所蔵品に着想を得た作品を制作したりできるようにする予定です」と説明する。

マルチメディア・アーティストのアンソニー・ディチェンザがマサチューセッツ州西部で運営するレジデンシー、「ロウワー・キャヴィティ(lower_cavity)」は、洞窟のような地下スペースが魅力的だ。2020年に元製紙工場の地下にある約280平方メートルのスペースでアーティスト仲間とともに制作を始め、地上階は商業スペースとして貸し出している。ディチェンザは、「レジデンシーをどう使うかは、それぞれのアーティストに任せています」とUS版ARTnewsに語っている。

アーティストのスーパームリンは、ロウワー・キャヴィティで2カ月間、芝生の刈りくずから作った可鍛性(*2)のある植物素材作品の制作を行った。素材は地元の果樹園から調達し、地下にあるアーチ状の構造物や廊下に彫刻を取り付けた。「一番良かったのは、通常のギャラリースペースとはまったく違う環境を得られたことでした」と、彼女はインタビューで語っている。「私の作品は生物をテーマとした実験的なものなので、衛生面の制約が厳しくなく、広い空間を活用できたことは、制作の大きな助けになりました」


*2 粘り強く、衝撃に耐え、成形過程でひび割れを生じたりしない性質。

ロウワー・キャヴィティでレジデンシーを体験したアーティストの1人、ジャック・リトガーは、このスペースは使いにくいという点でユニークだと語る。

「巨大なので、光のインスタレーションを制作している間は、中を行ったり来たりするだけでも疲れました。それに、とても汚いので機材は全部ほこりまみれです」

それでもエキサイティングな挑戦だったと話すリトガーは、元工場だったこのスペースの産業史を念頭に置いた写真やインスタレーション、リサーチに基づく作品を制作した。

オンラインプラットフォームのドゥ・ノット・リサーチは、2022年にロウワー_キャヴィティのギャラリーで初のリアル展覧会を開催した。Photo: Courtesy Do Not Research

ディスコードから地下空間へ

リトガーの紹介で、ロウワー・キャヴィティの存在を知ったのがジョシュア・シタレラとオンラインコレクティブのドゥ・ノット・リサーチ(DNR)だ。DNRは、シタレラがロード・アイランド・スクール・オブ・デザイン(RISD)やスクール・オブ・ビジュアル・アーツ(SVA)で教えていた講義を、チャットアプリのディスコードで公開し、それに反応したアーティストたちが作品やブログ記事を作り始めたことがきっかけで結成された。2022年春には、DNRのユーザー数は1600人を超え、初の実空間での展示を目指して会場を探していた。

「古代の地下墓地や世界滅亡後の隠れ家を思わせる、この地下空間で展覧会を開催したのは私たちが初めてでした」とシタレラは言う。「ロウワー・キャヴィティの分散したフロアレイアウトは魅力的でしたし、過激なインターネット・ポリティクスの雰囲気を表現するうえで、この空間の力が大きな意味を持ちました」。展覧会では、41人のアーティストによる46点の作品が展示された。オープニングには150人以上が集まり、その多くが実際に会うのは初めてだったという。

シタレラは、DNR初のリアル展覧会の会場として、これ以上のスペースはありえなかったと振り返る。その大きな理由は、アーティストが運営していることにある。「トニー(アンソニー・ディチェンザ)は、細かい設営を行う全ての過程で、私たちを導いてくれる天使のような存在でした。おかげでとても奥深い経験ができました」

ウォルター・エルウッド博物館の現代アートギャラリー、ウォルターズにあるZINE専門店。Photo: Lauren Clay

アーティスト主導型レジデンシーの意義

アーティストにとって、レジデンシーの主宰は自分の制作活動とのバランスを取るのが難しく、大きな負担になりかねない。コネチカット州ニューヘイブンで、有色人種のアーティストのためのレジデンシーとフェローシップ組織NXTHVNを共同設立したタイタス・カファーは、あるインタビューでこう強調している。

「本当に取り組むべき自分の使命だと感じているアーティストに来てもらいたいですし、義務や負担だと感じてほしくもないのです。有色人種アーティストとして、世界で成功するためには自分自身で制作のための施設を作らなければならないという状況は望ましくありません。とても大変な仕事ですから」

DHやザ・チャーチ、NXTHVNのように、恒久的なスタッフや体制が整っているレジデンシーもあれば、短期間で終わるレジデンシーもある。ディチェンザは、「スタッフを常駐させたとしても、何をしてもらえばいいか分からない」と認めた。「ある時点で、私はこの地域からいなくなり、ここに来ることもなくなるでしょう。そうしたら、ロウワー・キャヴィティは自然消滅するしかありませんね」

アーティストたちのニーズを理解し、そのニーズを満たす新しい方法を試すことができ、しかも問題が生じたときも適切に対処できる人といえば、アーティストをおいて他にはいないだろう。ここで紹介したさまざまな試みの根底にあるのは、レジデンシーは主宰するアーティストにとっても、新たな何かを生み出すチャンスをもたらすということだ。NXTHVNのカファーは言う。

「レジデンシーの運営を続けているのは、私の仕事全般に通じるものがあるからです。アーティストを続けていくうえで、糧になる気づきを与えてくれていると感じます」(翻訳:清水玲奈)

from ARTnews

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