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ジェイ・Zを称える企画展がブルックリン公共図書館で開幕! 華やかなオープニングパーティをリポート

ヒップホップ誕生50周年を迎える8月を前に、ニューヨークブルックリン公共図書館の分館である中央図書館で、ミュージシャン、起業家、慈善家として活躍してきたジェイ・Zの偉業に敬意を表する企画展が開幕した。オープニングパーティには、各界のセレブが顔を揃えた。

ジェイ・Z(写真右)と、彼が創設したロックネイションのCEO、デジレ・ペレス。ニューヨークのブルックリン公共図書館の中央図書館で開催された「The Book of HOV」展のオープニング会場で2023年7月13日撮影。Photo: Getty Images for Roc Nation

オープニングパーティはトップシークレット扱い

7月13日の午後、私は件名に「トップシークレット」と書かれたメールを受け取った。グランド・アーミー・プラザを見下ろすブルックリン公共図書館の前に、午後6時ちょうどに到着するようにという内容だった。図書館のドアは30分間だけ開き、その後は閉鎖されるという。

こんな厳戒態勢の中で行われたのが、ヒップホップのスーパースター、ジェイ・Zを称える大規模な企画展「The Book of HOV」(*1)のグランドオープニングパーティだ。ジェイ・Zが設立したエンタテインメント企業、ロックネイションとブルックリン公共図書館とのコラボレーションで実施される無料展覧会の開幕を告げるパーティは、さまざまなメディアでトップニュースになった。


*1 正式タイトルは「The Book of HOV: A celebration of the life and work of Shawn "JAY-Z" Carter」(HOVの書:ショーン・"JAY-Z"・カーターの人生と仕事を祝う)。HOVはジェイ・Zの愛称。

中央図書館の特徴的なファサードが、「Hovi Baby」、「So Ambitious」、「Dirt Off Your Shoulder」といったジェイ・Zのヒット曲の歌詞でラッピングされたことで、企画展の噂は7月10日頃からすでに広まり始めていた。図書館前の広場には4面全体がLEDスクリーンになっている立方体の造作物が設置された。パーティの夜になると、黒一色だったスクリーンにジェイ・Zのミュージックビデオのさまざまなシーンが点滅するように映し出された。地元ニュースメディアのHellgateがこのイベントをスクープしたのは前日のこと。招待メールにあったように「トップシークレット」だったのだ。

私が会場前で入館を待っていると、富裕層や明らかにコネのありそうな人々、そしてセレブのゲストが集まってきた。イベントコーディネーターが、遅れが生じてまだ入場できないと告げる。「特別なゲストが交通渋滞に巻き込まれた」というのだ。ジェイ・Zのエンジニア、グルが編成したと思われるバンドが、彼のヒット曲メドレーをジャズにアレンジして演奏しているのが聞こえるが、7月のうだるような暑さの中、シルクのシャツがみるみる汗で染まっていく。

一方、入場口に設けられたバリケードの向こうには、時の人であるジェイ・Z、そしてできることならその妻であるビヨンセを一目見ようと群衆が集まっている。彼らは、まだ到着しないスーパースター夫妻の代わりに、図書館の入口でVIPが入場を待たされるのを面白がって見ていた。白黒チェックのサングラスをかけ、バリケード前で夫や子どもと一緒に待っていた女性に、イベントがあるという情報をどこで知ったのか聞いてみた。

「壁に歌詞が書いてあったから、そうかなと思っただけ」

ヒップホップ50周年を記念し、ジェイ・Zの歌詞で覆われたブルックリン公共図書館の中央図書館(2023年7月10日撮影)。Photo: Getty Images

やがてイベントスタッフたちが、誰のものか分からない顔写真を手にしつつ、集まっていたゲストたちを適当に整理して列に並ばせた。VIPの集団は正面階段を経て、フェイクの生け垣と黒いスーツを着た警備員たちが待ち構える方向へ向かったが、私を含む数人は、ゲストリストに載っていないと告げられて行き場を失った。そこに、アートディーラーのジーン・グリーンバーグ・ロハティンが、いつものようにプラム色の口紅を塗り、ストレートヘアにピチピチの白いクロップトップ、薄いブルーでハイウエストのワイドレッグジーンズといういで立ちで現れ、警備員のところまで連れて行ってくれた。

グリーンバーグ・ロハティンは、10年ほど前からジェイ・Zのアートアドバイザーを務めていて、アルバム「Magna Carta... Holy Grail」のミュージックビデオとして制作された「Picasso Baby: A Performance Art Film」(2014)の企画にも関わった。ジェイ・Zがペース・ギャラリーで少人数の観客を前にライブパフォーマンスを行うこのビデオは、マリーナ・アブラモヴィッチの《The Artist Is Present》(2010)をそのまま引用している。鑑賞者は1人ずつ、ラップするジェイ・Zのすぐ前に置かれた椅子に座り、パフォーマンスを見るよう指示される。当然ながら、その反応はさまざまだ。なお、グリーンバーグ・ロハティンは、「The Book of HOV」展でもがアート作品の選定に協力している。

「Picasso Baby: A Performance Art Film」(2014)

8つのセクションでジェイ・Zの事績を紹介

グリーンバーグ・ロハティンに案内されて図書館の金色に輝くドアを抜け、会場に入る。何とかしてジェイ・Zを見つけようと思った途端、館内は彼の姿であふれていることに気がついた。

アトリウムには巨大なLEDビジョンの柱がそそり立ち、デリック・アダムスによるジェイ・Zのデジタルポートレート《Heir to the Throne》(2021)を映し出す(この作品は2021年にNFTで販売された)。あちこちでガラスケースの中に吊るされたアルバムジャケットにジェイ・Zの顔が浮かび、中には、ヘンリー・テイラーが2017年にニューヨーク・タイムズが発行する雑誌『T:The New York Times Style Magazine』の表紙用に描いたジェイ・Zの肖像の複製が展示されたケースもあった。また、ひし形のハンドサインで「スローイング・アップ・ザ・ロック」として知られるジェスチャーをするジェイ・Zの両手・両腕をかたどったダニエル・アーシャムの彫刻《Hov's Hands》(2023)もある。

会場の飲み物までジェイ・Zにちなんだものだった。ウエイターたちの銀のトレイに載っていたのは、コニャック「デュッセ」で作ったカクテルと、シャンパン「アルマン・ド・ブリニャック」。いずれも、ジェイ・Zが所有するブランドだ。私はカクテルのグラスを手にしたものの、金色にキラキラかがやくねっとりした渦巻きを見て、正直なところ飲む気が失せた。タダでふるまわれたカクテルに文句を言うつもりは毛頭ないのだが。

「The Book of HOV」展の会場風景(2023年7月13日撮影)。Photo: Getty Images for Roc Nation

周囲を見回すと、ヒップホップのスーパープロデューサーでソーシャルメディアでも人気のDJキャレドが、スマホを見ながらエレベーターから降りてきた。映画『アンカット・ダイヤモンド』(2019)の共同監督、ジョシュア・サフディは、笑い声を立てる人たちの輪の中で自分も笑っていた。実際に見たわけではないが、スポットライトを浴びるのが大好きなニューヨークのエリック・アダムス市長も会場にいたようだ。さらに、バスケットボールのスーパースター、ジェイソン・テイタム選手、ニューヨーク・ヤンキースやニューヨーク・メッツで活躍した元プロ野球選手のロビンソン・カノ、ミュージシャンのリル・ウージー・ヴァートやクエストラブのほか、世界有数のスポーツライセンスマーチャンダイズ企業、ファナティクスのCEO、マイケル・ルービンも出席していたという。

3700平方メートルもの会場を使い、アート作品や音楽、ジェイ・Zゆかりの品、大型のインスタレーションなどで構成されるこの展覧会は、「ジェイ・Zのキャリアのさまざまな側面を生き生きと伝える」8つのセクションに分かれている。

起業家精神に関する「Business」、慈善活動に関する「Win-Win」のほか、ブルックリンの若者600人あまりがデザインした紙飛行機で子ども図書館を埋め尽くす「So Fly」といった意外性のある展示もある。図書館の会議室は、ジェイ・Zとロッカフェラ・レコードが長年使用してきたレコーディング・スタジオ、ベースライン・スタジオを再現した「A Work of Art Already」に姿を変え、「ザ・ブラック・アルバム」時代のクリップがスクリーンに映し出されていた。ヤングアダルトのセクションには、ジェイ・Zが受賞した数々の賞のトロフィーのレプリカ、サイン入りのフットボール、フェスティバルのパスやニュースの切り抜きなどが展示されている。また、壁を白く塗ってギャラリー風に変身した書庫エリアでは、初期のミュージックビデオのフィルムや、カセットテープ、額装されたプラチナレコードやプラチナCDが並んでいた。

ジェイ・Zの人生は、1つのメディアであり、進化し続けるテクノロジーのアーカイブでもあるようだ。会場の一角にはレコードプレーヤーが積んであって、見学者が自由に使えるようになっていた。試してみたものの、使い方が間違っていたのか、プレーヤーが壊れていたのか、引っかくような甲高い音がするだけだった。

「The Book of HOV」展の会場でカメラに微笑むDJキャレド(写真左)とジェイソン・テイタム選手。Photo: Getty Images for Roc Nation

目の前にジェイ・Zとその娘が!

気がつくと、図書館は静かになっていた。角を曲がって図書館のレコード室に入ると、そこはジェイ・Zが引用した400冊の本や、ジェイ・Zのプロデューサーがサンプリングした曲のレコードを並べたセクション「Did It Without a Pen」になっていた。パパラッチの一団が数メートル先でフラッシュをたいているのを横目に、数人が静かに飲み物を飲んでいるのをよく見ると、歌手のアリシア・キーズと話しているジェイ・Zその人だった。その横には、ビヨンセの2000年代の衣装のようなフレームのない茶色がかったサングラスをかけた娘のブルー・アイビーがいる。

セレブを実際に目にしたという衝撃は感じなかった。アリシア・キーズもジェイ・Zも、私がこれまで見てきた何千もの写真やビデオとまったく同じ、そのままの姿でそこにいたからだ。ただ、ブルー・アイビーには驚愕した。ありえないほど有名な両親の顔を足してきっかり2で割った顔をしている。

しばらくすると、ジェイ・Zはその場を離れたいと言ったが、すぐに出発するわけにはいかなかった。警備員が一行を図書館の奥に案内し、別の出口が使えるようになるまで待つように告げるのが耳に入った。ジェイ・Zと家族や友人たちは常に、これほど入念に調整された中で人生を過ごしているのだ。パワーがあるどころか、むしろ弱々しい存在に思える。

私は好き勝手に会場を歩き、館内が静かになった理由を発見した。入り口に警護要員が配置されていたのだ。外では、中にいるとわかっている人物を一目見ようと、人々がいら立った様子で押し合っていた。私が図書館を出る頃、バンドは帰り支度をしていたが、図書館前を走るイースタン・パークウェイの向こう側にも、暗闇の中で忍耐強く待つ人たちの群れが見えていた。(翻訳:清水玲奈)

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