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デ・クーニングの有名絵画を盗んだ夫婦。その謎を追うドキュメンタリー映画が完成

美術品泥棒というと、犯罪組織の手先や、闇市場で売りさばくことを目論む略奪者など、一攫千金目当ての犯罪者をイメージするのではないだろうか。だがもしも、自分で所有したいがために美術品を盗む泥棒がいたとしたら?

「The Thief Collector(泥棒コレクター)」(2022)より Roots Productions
「The Thief Collector(泥棒コレクター)」(2022)より Roots Productions

この問いかけに答えているのが、3月13日にサウス・バイ・サウスウエスト(SXSW)の映画祭でプレミア上映されたアリソン・オットー監督のドキュメンタリー映画、「The Thief Collector(泥棒コレクター)」だ。エンターテインメント性と謎に満ちたこの映画は、世の中にはお金以外が目的で美術品を盗む人間がいることを伝えている。彼らを盗みに駆り立てるのは、倒錯的な愛のようなものかもしれない。

「The Thief Collector」が取り上げたのは、1985年にツーソンにあるアリゾナ大学の美術館からウィレム・デ・クーニングの絵が持ち去られた事件。美術史に残る数多くの盗難事件のなかでも、いささか変わったケースだ。感謝祭が終わってすぐの、人もまばらなある日、一組の男女がデ・クーニングの絵を額縁から切り取り、丸めたキャンバスを手に急いで美術館を出て行った。

その絵の評価額は当時で40万ドル、現在では約1億6000万ドルとされている。泥棒たちが絵を持って美術館を出る時も、赤いトヨタ・スープラに乗って走り去る時も、誰も彼らを追いかけていない。それから2年後、確かな手がかりが得られないまま、FBIはこの絵を盗難美術品の最重要指名手配リストに加えた。

事件の驚くべき結末が訪れたのは2017年、古物商のマンザニータ・リッジ・ファニチャー&アンティクイティーズのスタッフが、亡くなったばかりのリタ・アルターの遺品を鑑定するためにアリゾナ州の人里離れた場所に立つ家を訪れた時のこと。寝室のドアを入った脇にあった絵が、他ならぬデ・クーニングの《Woman-Ochre(女性-オークル)》(1955)だったのだ。ドアを開けたときに絵に当たらないよう、床にはドアを止めるネジが付いていた。映画の中で、古物商のリック・ジョンソンはこう漏らしている。「正直言って、これまで見た中で最も醜い絵だ」

この意見に専門家は異を唱えるだろう。しかし、美術史における作品の位置づけは、この映画の主眼ではない。この絵は、デ・クーニングの有名な抽象表現主義絵画「Woman(女性)」シリーズのうちの一枚。一連のシリーズ作品は、豊満な胸と体を持つ女性ヌードが荒々しい筆遣いで塗られた絵具の中に溶けていくような印象を与える。ちなみに、フェミニストの批評家の中には、こうした絵画で女性を暴力的に描写するのは、男性の抽象表現主義作家による女性蔑視の表れだと批判する向きもある。

ニューヨーク近代美術館、メトロポリタン美術館、ホイットニー美術館には、同シリーズの作品(あえて言えば、より重要な作品)が所蔵されている。「Woman」シリーズは、戦後を代表する抽象絵画だとされ、デ・クーニング作品の中でも最も有名なものだと言ってもいいだろう。

このように重要な作品であるため、映画を見ている人たちはリタ・アルターと2012年に亡くなった夫のジェリーによる絵の扱いに胸を痛めることになる。彼らは絵を丸めて持ち出した後、新しい額にホッチキスで留めて傷つけてしまっていたのだ。また、痛みがひどい箇所には絵の具が塗られ、さらに上からニスも塗られていた。絵にダメージを与えるため、現在の修復では使われない方法だ。2017年に発見された《Woman-Ochre》を丹念に修復したゲティ美術館(ロサンゼルス)の保存修復師、ローラ・リバースは、「プロの仕事を真似たつもりだったのかもしれない」と述べている。

アナリン・スワンとの共著でデ・クーニングの伝記を2004年に出版し、ピューリッツァー賞を受賞したマーク・スティーブンスの言い分はこうだ。「訓練も受けていないのに、自分で絵の具を塗るバカがどこにいる? どんな神経をしてるんだ」

オットーのドキュメンタリーは、スティーブンスの疑問に真っ向から挑み、アルター夫妻がなぜ盗みを働いたのかを探っている。映画に登場するアルター夫妻の友人たちは、彼らのことを「いい人たち」だったと口々に言う。アルター夫妻はスリルを求めるような人たちではなかったのだ。彼らは世界中を旅し、こまごまとした土産物を買って帰ってきた。頻繁に家に人を招いたりして、ごく普通の中流家庭の生活を送っているように見えた。しかし、デ・クーニングを盗んだ事件からは、彼らに別の顔があった可能性が見えてくる。

オットー監督の解釈では、アルター夫妻にとってデ・クーニング作品を盗んだことは一種のファンタジーの成就だったとされ、これを強調するような演出になっている。ピアース・ブロスナンが演じる億万長者が、メトロポリタン美術館からモネの絵を盗み出す1999年の映画「トーマス・クラウン・アフェア(「華麗なる賭け」(1968)のリメイク版)」の映像を挟みつつ、夫妻が盗難を決行する様子をB級映画風に再現しているのだ。その中でクローズアップされるのは、ジェリーが絵を盗んだ時に付けていたとされる偽の口ひげだ。オットーの演出ではまるでプラスチックのようで、よくも変装がばれなかったものだと思わされる。

オットー監督は時に、アルター夫妻の誇大妄想、特にジェリーの妄想を真に受けすぎているようだ。『The Cup and the Lip(カップと唇)』というジェリーの著書には、彼の実体験に脚色を加えて書かれた部分がある。それは、デ・クーニングの絵の盗難事件を宝石泥棒の話に仕立てたもので、でたらめな作り話だが実際に起きたことも見え隠れしている。

ドキュメンタリーでは、この本に出てくるエピソードもいくつか再現される。たとえば、リタとセックスをしたラテン系の庭師をジェリーが殺し、家の浄化槽に投げ込むという話だ。その浄化槽は、アルター夫妻の要望で一度も空にされたことがない。この展開の人種差別的な側面や、それがフィクションである可能性に言及する代わりに、オットーは実際に殺人が行われたのかどうかの追求に多くの時間を費やしている。『The Cup and the Lip』の他のエピソードには事実だと証明されたものがあったからだろう。彼女は下水処理会社に調査をさせたが、確かな証拠は得られなかった。

デ・クーニングの盗難事件に話を戻そう。盗みを働いたことを除けば、アルター夫妻は犯罪者ではなかったように見える。では、いったいなぜ彼らは高額の絵画を盗み、それを所有し続けたのだろうか。そのヒントは、夫妻の甥の推測にある。彼はアルター夫妻の考え方をこう表現している。「有名になれなくても、悪名を轟(とどろ)かすことならできる」と。(翻訳:野澤朋代)

※本記事は、米国版ARTnewsに2022年3月16日に掲載されました。元記事はこちら

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