アート界最大のオンライン販売サイト、Artsyが35人を解雇。アート市場の減速により「収益性が悪化」
オンラインでアート作品の販売仲介を行うArtsy(アーツィ)が、全従業員の約15パーセントにあたる35人を解雇した。アメリカの景気観測が楽観論と悲観論の間を目まぐるしく行き来する中でのことだった。
破竹の勢いで成長してきたArtsyの経営に暗雲
US版ARTnewsが入手した6月21日付のEメールの中で、同社CEOのマイク・スタイブは、退職金についての面談のため、解雇が決まったスタッフには5分以内にカレンダーアプリから招待メールが届くと書いている。スタイブはまた、「皆が人目を気にせず事実を受け止められるよう」、ニューヨークの拠点の従業員には在宅勤務を推奨した。
メールではまた、「今のところ私たちの事業は安定し、収益も伸びているが、経済全般の逆風とアート市場の減速により、今年度は収益性が随分と悪化している。このままでは私たちの事業は危うくなり、ミッション達成が困難になるだろう」と述べられている。
Artsyの広報担当者はUS版ARTnewsのメール取材に対し、35人の従業員には「別の道を歩んでもらう」ことになったと、解雇の事実を認めた。「苦渋の決断ではあったが、これにより私たちは持続可能な運営を続け、私たちのパートナーである何千ものギャラリーと彼らが抱えるアーティストたちをサポートし続けることができる」
Artsyは、2009年にArt.sy, Inc.として設立され、3年後に公式に事業を開始した。それから10年で同社のビジネスモデルは急速に進化していった。アート・ゲノム・プロジェクトと呼ばれる最初の取り組みは、機械学習を使ってサイト訪問者のアートの嗜好を分類・予測するもの。このツールは後に、ギャラリーが月額料金を支払ってプラットフォーム上に作品を掲載するサブスクリプション・サービスに組み込まれている。さらに、プラットフォームへのトラフィックを生み出すため記事コンテンツも追加。これは2010年代初頭のウェブサイトとしては標準的な戦略で、クリック数(インプレッション)が潜在的な顧客数の指標として投資家に示された。
同社は資金調達ラウンドを重ね、合計で1億ドル(現在のレートで約145億円、以下同)を獲得。2017年のラウンドでは5000万ドル(72億5000万円)を調達し、評価額が2億7500万ドル(約399億円)に達した。Artsyに出資している主な投資家には、メガギャラリーのオーナーであるラリー・ガゴシアン、アートコレクターでモスクワのガレージ現代美術館の創設者ダーシャ・ジューコワ、ツイッターとブロック(旧スクエア)の創業者ジャック・ドーシー、アートコレクターのウェンディ・デン(アメリカのメディア王、ルパート・マードックの元妻)など、アート界とテック界の著名人たちが名を連ねている。
コロナ禍での不用意な発言で顧客の反感を買う
Artsyは2019年2月に初の大規模なレイオフを発表し、コンテンツ販売部門の大半を解雇。さらに同年9月には、編集、コミュニケーション、キュレーション部門全体で20人の従業員を解雇している。
当時の報道によると、この時の人員整理の対象はArtsyの従業員の10パーセントに相当し、コンテンツ販売部門の残りのメンバーも含まれていた。レイオフの直前には、カーター・クリーブランドとともにArtsyを立ち上げた共同創業者で、それまで9年間社長兼COOを務めていたセバスチャン・クウィリッチが、ガゴシアン・ギャラリーに移籍するため退任していた。なお、マイク・スタイブ(元XOグループCEO)は、同年6月にCEOに就任している。
Artsyのコミュニケーション部門シニアディレクター、サイモン・ウォーレンは当時、US版ARTnewsのメール取材に応じ、2019年のレイオフは、「当社のビジネスにとってますます重要な収益源であり、成長の鍵となる分野」であるアートマーケットプレイスに注力するための施策の一環だと答えた。ウォーレンは、「一桁台という小規模な人員削減によって、マーケットプレイスへの投資を増やし、記事コンテンツへの投資を継続することが可能になる」と説明している。
コロナ禍が広がった2020年、不要不急とされる業種が休業を余儀なくされる中、資金に余裕のあるギャラリーのほとんどが取引をオンラインに移行させた。250万人のユーザーを擁し(2023年時点)、「アート界最大のデジタル販売プラットフォーム」を称するArtsyは、2020年に月会費を全面的に値上げしている。また、アートニュースペーパー紙の報道によれば、その年に導入された「今すぐ購入」機能の手数料を15パーセントに設定、それ以前の月会費は通常400ドルから1000ドル(約5万8000〜14万5000円)の間で、手数料の上限は5パーセント程度だった(未上場企業であるArtsyは利益や損失を公開する義務はない)。
一方でArtsyは、コロナ禍で特に大きな打撃を受けていた小規模ギャラリーの会費を引き下げ、アートフェアの中止や延期によって影響を受けた一部のギャラリー(非会員ギャラリーも含む)に対し、オンラインフェアの参加費を割り引きしたとされている。
しかし数カ月後、同社はオンライン販売プラットフォームの事業が好調なことをアピールするあまり、顧客から反感を買った。アートニュースペーパーによると、スタイブは顧客向けのニュースレターの中で、不要不急とされるビジネスの長期休業により、ウェブサイトのトラフィックが25パーセントも増加したと、楽天的な調子で書いていた。彼はその後の声明で、この文面が配慮に欠けていたことを謝罪している。
彼は6月21日付のメールでも遺憾の意を表明し、「今回の改革により、Artsyはこれまで懸命な努力で達成を目指してきた財政的な持続可能性に手が届くだろう。そうすれば、パートナーやコレクターにサービスを提供し続け、今後何年にもわたってより良いアートの世界を構築していくことができる」と書いている。
さらに「別の方法でそれを達成できればよかったのだが……」と続け、「本日、失望させることになった1人ひとりのスタッフに謝罪の言葉を述べたい」と結んでいる。(翻訳:野澤朋代)
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